第195話 舞台公演


 ステージが暗くなると桐葉が出て行き、最終形態へ変身した。


 詩冴のMR画面操作で、今度は森が謁見の間に変わってから、ライトが点いた。


 玉座の前に佇む最終形態の桐葉を目にして、観客がざわついた。


 全身を鋭利な甲殻に覆われ、手足の延長された巨躯は2メートルを超えるだろう。


 両手の先にはナイフのような五指がゾロリと輝き、手首にはスズメバチのオオアゴがギチギチと音を立て、開閉している。


 俺にとってはアメコミヒーローのようにカッコイイ姿も、人によっては禍々しいモンスターやヴィランに見えるらしい。


 ――センスのない連中だ。


 頭から生えた二本の触覚をうごめかす桐葉の前に、美稲は引っ立てられる。


「貴様が、我が領内へと土足で踏み入った侵入者か?」


 桐葉は坂東や伊集院と戦った時のように容赦がない、絶対零度の声音で突き刺すように美稲を見下した。

 演技だとわかっていても、その迫力には背筋がゾクリとしてしまった。


「お願いです。家では子供たちが私の帰りを待っているんです! どうか許して下さい!」

「ダメだ。その女は牢に閉じ込めておけ」

「かしこまりました」


 桐葉のにべもない返事に美稲は泣きそうな顔になり、真理愛は無表情に敬礼をした。

 そのまま、美稲は真理愛たちに舞台袖へと連れていかれ、ステージの照明は落ちた。

 ここで、俺の出番だ。

 暗闇の中、俺はステージ中央へと歩いてから、芝居がかって台詞を発した。


「母さんが帰ってこないから探しに来たけど、母さんはどこにいるんだろう。かーさーん! かーさーん! ん? あの屋敷はなんだろう?」


 再び舞台が照らされると、謁見の間で俺と桐葉が向かい合う形になった。



「姫様。話は家来の人から聞きました。どうか俺の母さんを返してくれませんか?」

「侵入者は返せん。命を惜しむなら消え失せろ」


 冷徹な眼差しを崩さず、無感動に言い捨てる桐葉へ、俺は必死に訴えた。


「なら、俺が代わりに捕まります。だから母さんを返してください。家には幼い妹たちがいるんです!」


 すると桐葉は顔色を変えて、ハチミツ色の瞳を好奇心で光らせた。


「ほお」


 ためつすがめつ、俺のことを爪先から頭のてっぺんまで品定めするように眺めまわした桐葉は、桜色のくちびるを舌なめずりをした。


「いいだろう。貴様は今日から私のものだ。貴様の母親は村の入り口まで届けさせよう」

「ありがとうございます!」


 俺が頭を下げると照明が落ちた。

 詩冴のナレーションが入る。


「それから、青年はお屋敷で使用人として暮らし始めました。けれど、他の家来と一緒にお屋敷の掃除や洗濯をする日々の中で、青年は聞いてしまいます。姫様の、本当の顔を」


 続けて、暗いステージの中で俺らが誰と言わず、次々に喋った。



「姫様、魔女に呪いをかけられハチになってしまい、おいたわしや」

「なんとか救ってあげられないものか」

「わたしたちはいい。でもせめて、姫の呪いだけでも解いてあげたいわ」

「悪いのは先代様だ。姫は何も悪くないのに」

「昔はあんなに優しかったのに、ハチの姿を怖がられ、心を閉ざしてしまった」



 再び照明が点くと、俺は向かい合う桐葉に言った。


「姫様は、愛されているのですね」

「なんの話だ?」


 酷薄な声を返す桐葉に、俺は穏やかに言った。


「この屋敷に来てから、貴方の悪口を一度も聞きません。それに、姫様なら俺と母さんを閉じ込めることも、殺すこともできるのに、俺の願いを聞いて、母さんを返してくれました。姫様って、本当は優しい方なのですね」


 桐葉は目を丸くしてから、顔を隠すようにさっと振り返った。


「ふざけるな。私はバケモノだぞ。優しいわけがない」


 彼女の背中にそっと歩み寄り、俺は桐葉の甲殻に触れた。


「教えてください。姫様の呪いについて。俺にできることならなんでもします。だからどうか力にならせてください」

「ッッ……」


 桐葉がうつむくと、詩冴のナレーションが流れた。


「そうしてお姫様は青年に打ち明けました。父親のせいで魔女から呪いを受けたことを。16歳の誕生日までに呪いを解くには愛されること、愛してくれた人と愛し合い、結婚することを」


 俺と桐葉は演技を再開した。


「なら、俺と結婚しませんか?」

「なん、だと?」


 信じられないとばかりに、桐葉は驚愕で瞳を震わせ、声を硬くした。


「俺、姫様のこと好きです。まだ会って数日ですけど、姫様を助けたいです。あ、もちろん俺が姫様好みじゃなかったら無理ですけど。すいません、俺みたいなただの村男が、出過ぎたことを」

「いや、良い」


 のけぞり、俺が右手を左右に振ると、桐葉は俺の左手を手に取り、身をかがめて顔を寄せてきた。

 硬い甲殻に覆われているのに、桐葉の手は暖かくて、優しかった。


「でもいいのか? 私はハチだぞ? ハチの私を愛せるのか?」

「ハチでも綺麗ですよ、お姫様。そういう姫様も、貴族じゃない村男の俺を愛してくれますか?」


 桐葉の頬に赤みが挿した。

 これは演技じゃない。

 桐葉は、本当に喜び、興奮していた。


 体表にハチの器官を構築した最終形態だけど、俺の目には、桐葉が戦乙女のように美しくも、愛らしく映った。


「わかった。では結婚式は明日、私の誕生日に執り行う」

「はい。じゃあ一度村に帰ってもいいですか? 母さんたちや村の人にも出席してもらわないと。もちろん逃げたりしませんよ」

「ふ、ふんっ、もしも逃げたら、その時はその首を刎ねてくれよう!」


 まるで恥ずかしさを誤魔化すように、桐葉は赤い顔でツンとそっぽを向いた。

 けれど、


「だが、だ。その、期待していいぞ。人間に戻った私は凄い美人だからな。逃げずに戻ってきたら、とびきり美人な私がずっと一緒にいてやる!」


 最初はたどたどしく、最後はまくしたてるように叫ぶ桐葉が可愛すぎて、俺は演技抜きの笑顔で頷いた。


 照明が落ちると、今度は村の背景が映り、桐葉がはけて、代わりに美稲と茉美が現れた。


 照明が点くと、俺は笑顔で身振り手振り、MRオブジェクトの村人たちに言って聞かせた。


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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー16859人 555万7744PV ♥83952 ★7018

 達成です。重ねてありがとうございます。

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