第83話 放送事故が止まらない


「うん! この話はいったん置こうか!」


 真理愛の言葉を遮って、MCの人は放送事故を防いだ。うちの子がポンコツでごめんなさい。


「それで有馬さん、有馬さんと言えば昨日から続いている芸能人のスキャンダル事件だけど、有馬さんて誰のスキャンダルでも暴けるの?」

「ある程度情報がそろっていれば可能です。しかしどこの誰かわからない人や、スキャンダルが存在しない人は不可能です。私の能力はあくまでも存在する事実を念写することです。映像編集能力ではありません」

「それは怖いなぁ、じゃあ悪いことをしたら僕も捕まっちゃうのかな?」

「はい。ですが貴方は離婚済なのでどれだけただれた女性関係を作っても――」

「さぁでは続いて内峰さんに質問をしましょう!!!」


 真理愛の言葉を遮って、MCの人は保身に走った。おいおい。


 本当は真理愛への質問こそ、一番需要があるだろうに、話題は早々に美稲へと移ってしまった。


「いやぁ、日本円の価値が暴落して金属資源を輸入できなくなっちゃったけど、内峰さんのおかげで日本中の工場が救われたよ。二次産業のヒーローだよね!」

「そんな大げさですよ。総務省異能局の人たちのサポートがあればこそです」

「そうかなぁ? ところで内峰さん、ゴミの埋め立て地から金属資源だけ取り除いていたら、埋立地がスカスカになっちゃうんじゃない?」

「代わりに育雄君がアポートしてくれた土砂を詰めるから大丈夫ですよ。私の【リビルディング】なら土を再構築して硬く固めることもできるので、むしろ以前より地盤は強固になります」


 嘘である。

 実際に美稲が金属資源を取り出しているのは、ゴミの埋め立て地ではなく、海だ。

 海水には、あらゆる金属が粒子レベルで含まれているため、美稲は海水からあらゆる金属を生成できる。


 とは言っても、この事実を知れば、日本の発展を快く思わない国が、海水の使用を制限してくることは必至。


 なので、表向きにはゴミの埋め立て地から金属資源を取り出している、ということにしている。


「へぇ、ちなみにいやらしい話、けっこう貰っているんじゃない?」


 MCの男性が親指と中指をこすり合わせ、歯を見せてズルそうに笑った。


「はい。でも初任給はみんな寄付しちゃいました。だってあんなに貰っても使い道ありませんから。今後の寄付先もすでに決まっているので、ある意味右から左の自転車操業ですね」


 MCからの問いに、美稲は上品な表情と温和な声音で流れるように応対していた。


 彼女は自分の居場所を確保するために8年間、八方美人を演じてきたらしい。その対応力は、ここでも遺憾なく発揮されていた。


 それに引き換え詩冴はと言えば。

「君はどこの聖女ですかもう。では続いて枝幸さんに聞きたいんですけど、君の【オペレーション】て人には効かないの?」

「ッッ!?」


 MCの一言で、詩冴のまぶたが、ジャキーンと開いて固まった。


「セ、セバスチャン!」

「誰がセバスチャンだ」

「あ、間違ったっす、ハニーちゃん!」

「ハニーでもねぇよ!」


 ガチガチの詩冴に空手チョップのジェスチャーを浴びせた。

 ゲストたちが笑った。

 真理愛が詩冴をたしなめた。


「そうですシサエさん。いつもと違い、収録中は育雄さんのことをハニーさんと呼ばないとみんなで約束したではないですか」

「……え? みんな? 普段からハニー呼び?」

「オペレーションは人間に効きませんよ!」


 ゲストたちが深堀りする前に、俺は勢いよく質問を引き継いだ。


「相方の俺が保証します。一切効きませんね。何度か試したことはあるんですけど、何も感じませんでした。ただし犬、猫、猿には効くので、知能の高さというよりも、同族には効かないんだと考えます」

「なるほど、それでこれからの予定ですが、日本中の外来種を駆除するんですか?」

「はい。日本の食糧問題を解決することだけでなく、これを機に外来種問題を一気に解決するつもりです」

「それってどうなんですか?」


 不意に、ゲストの若い女性タレントが声を上げた。


「いやだってそうじゃないですかぁ? 外来種ってようするに人間のせいで無理やり連れてこられた被害者ですよね? 勝手につれてきて邪魔だから駆除するってそれって人間の都合じゃないですかぁ? それって動物虐待ですよねぇ?」


 まためんどくさい奴がわいたなぁ、と辟易する。


 それでも、努めて冷静に、俺は説明した。


「外来種が繁殖したら在来種の動物が絶滅する恐れがあるんだからしょうがないでしょう?」

「それって差別ですよねぇ? 在来種だからいい、外来種だから駆除するって、じゃあ外国人は殺していいって話になりますよね? そういう差別的なのっていけないと思います。時代は多様性を認めるダイバーシティ社会だしぃ、ウィズ外来種の方法を私たち人間が責任をもって模索するべきだと思います。みんなもそう思いませんか?」


 べらべらと詭弁をまくしたてながら、女性タレントは会場やカメラにこれでもかと目配せをしまくる。


 こういう馬鹿が国を滅ぼすんだろうなぁと思うと、本当に頭が痛くなる。

 頭のいい人は現実に沿って考えるが、頭の悪い人は現実に沿わず考える。


 この手の馬鹿の正体は二種類。


 本当に頭が足りていなくて、非現実的な理想論を掲げて妥協した現実論を批判するパターン。

 それから、社会問題に寄生する形で儲けていたり、聖人様ゴッコをして注目を浴びることで自己顕示欲を満たしているパターンだ。


 どちらにせよ、度し難い馬鹿だ。


「だいたい肉なんて食べる必要ないじゃないですかぁ? みんなヴィーガンになりましょうよぉ。だいいち日本人は江戸時代まではほとんど肉なしで生きていたんだし、欧米文化にかぶれて肉食べる必要なんてないんですよぉ」


 ――そのヴィーガン思考も欧米発祥なんだが? 江戸以前は日本でも肉食ってたぞ?


 とは言えなかった。


 9年間の小中学校生活で俺が学んだこと、それは馬鹿には勝てないということだ。

 馬鹿は馬鹿なのでどれだけ正論で説き伏せても認めず支離滅裂なことを言ってきて時間の無駄になる。


 正統に退治しても、逆恨みして後で仕返しに来る。ちょうど、美稲に襲い掛かった坂東亮悟のように。


 馬鹿とはかかわった時点でこちらの負けなのだ。


 かと言って何も言わないでいると、馬鹿は自分が論破してやったと勘違いして世間に勝利宣言する。


 テレビ局はなんでこんな奴をゲストに呼んだんだろうと思いながら俺が対応に困ると、誰かが言った。


「え? 外来種がいると在来種が絶滅して生態系が壊されるからっすよ?」


 詩冴だった。

 さっきとはうってかわり、緊張感のない素の顔で、きょとんと答えていた。


「いや、だからウィズ外来種で生態系が壊れない方法を探しましょうってことを私は言ってるんですぅ! 日本語わからないんですかぁ!?」

「うん。その方法を探している間に在来種が絶滅するんすよ。一度絶滅した生物は戻らないっす。恐竜と同じっす。だから生態系が崩壊する前に外来種を駆除するんす。外来種は地元にたくさんいるから駆除しても絶滅しませんから」


 詩冴は立て板に水とばかりに、つらつらと舌を回した。


 ――なんだ、どうした詩冴? いったい何が起こっているんだ?


 詩冴の豹変ぶりに、俺はいろんな意味でドキドキが止まらなかった。


 女性タレントも、狼狽ぎみだ。


「だ、だからぁ、それは人間の責任でしょ? 人間が悪いのに殺して解決って酷いじゃないですか!?」

「人間の責任だから人間が責任を以って殺すんすよ?」

「ほら出ましたよ神様気取り理論。結局人間の都合で殺すんでしょ? 神様気取りもたいがいにしてくださいよ」


 女性タレントが立ち上がって抗議すると、詩冴は眉根を寄せて首を傾げた。


「神様じゃなくても生き物は殺せるっすよ? ライオンはシマウマを食べるけどライオンは神様気取りなんすか?」

「あ、あれは生きるために仕方なくじゃないですか! 動物は人間と違って必要な分しか殺しません!」

「え? 動物って遊びで仲間や他の動物殺しますよ? ゾウもウマもライオンもサルも、群れを作る動物は基本イジメするんで。もしかしてあまり動物に詳しくない感じですか?」

「ど、動物はそんなことしませんよ!」

「するっすよ? 証拠映像とデータならいくらでも提示できま――」

「あなたみたいに地球は人間だけのものだと思っている人が地球を滅ぼすんです! 動物に謝ってください!」


 女性タレントが詩冴の言葉を遮るように喋り続けると、詩冴は真顔で頬をかいてから、

「なんだろう、【嘘】つくのやめてもらっていいっすか?」

 と尋ねた。


 女性タレントが顔を真っ赤にして、次の言葉を探している間に詩冴は機先を制するように舌を回した。


「動物は遊びや攻撃性を満たすために意味もなく他の動物を殺すし痛めつけます。けど、シサエたち人間は殺しを楽しむための殺しはしないという選択ができます。食べるため、革製品を作るため、生態系を維持するため、疫病を防ぐため、何かを守るため、必要のある殺ししかしない、それが人間が人間たるゆえんすよ」


「ぐぐぐ、それは人間が強者だから言えるんです。じゃああなたは宇宙人が必要だからと地球人を殺そうとしたら良しとするんですか?」


「いや、殺されそうになったら抵抗するに決まってるじゃないっすか? シマウマもライオンに食べられないようめっちゃ抵抗しますし。それが生存競争っすよ? 必要だから殺す、殺される側は抵抗する。そこに善悪はないって話なんすけど、ついてこれています?」


「……っ……っ……っ」


 女性タレントが瞳孔と鼻の穴を開き、今にも破裂しそうな気配を放つと、MCの男性がジャンプした。


「まぁまぁまぁ、みんな違ってみんないいってことでね、じゃあ次の質問にいきましょうか?」


 強引に締めくくられて、女性タレントはまだ納得がいっていない様子だが左右に座るゲストになだめられて、無言のままこちらを睨みつけてきた。


 きっと、後で何かくだらない仕返しでもしてくるんだろう。


 けれど、もう俺の心には女性タレントに対するイライラはなかった。


 ――詩冴って、やっぱり頭いいんじゃないか?


 初めて会った時、家畜を殺して食べることや害獣駆除の話題になった時も、彼女は哲学的な持論を展開してくれた。


 いつもはただのハイテンションかまってちゃんだが、時々、こうした面を見せられると、そのたびに評価をあらためてしまう。


 結局、その後、女性タレントが絡んでくることはなく、その後の収録はつつがなく進行した。

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 ちなみに現在、代替肉の研究はかなり進んでいて、大豆や小麦から抽出したたんぱく質を加工して味、触感、共に本物の肉とそん色のないシロモノが作れるようになりつつあるようです。

 菜食主義者でも安心して食べられる肉料理が早く、そして安くできればいいなと思う今日このごろ。

 そしてブタは愛玩動物にジョブチェンジ。可愛い。

 子豚の毛はふわふわだそうですよ。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー10312人 239万7147PV ♥32644 ★5186

 達成です。重ねてありがとうございます。


 明日は14時過ぎ投稿です。

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