第178話 消えないアンチ

 夜。

 脚本会議が伸びてしまった俺らは、夕食を外で済ませることにした。


「あーあ、ハニーには三食ボクの手作りご飯を食べてほしかったんだけどなぁ。それでいつかハニーの肉体がボクの愛だけで構成されるの」


 ビル群に囲まれ雑踏に埋め尽くされたスクランブル交差点を渡りながら、桐葉は夢見るような声で言った。

 


「まぁまぁ、一緒に外食っていうのもいい思い出だろ?」

「ならよし」


 桐葉は、ぐっと親指を立てながら、白い歯を見せて笑った。

 街灯を反射する亜麻色の髪がさらりと揺れて、桐葉の魅力は夜でも目立った。

 すると、真理愛たちが語気を強めて自己主張した。


「私の愛も入っています」

「あたしも愛も入っているんだからね」

「美稲お姉さんの友情も入っているよ」

「シサエの何かもきっと入っているっすよ」

「最後のはいらない」


 俺は真顔で言った。あと、舞恋がこの流れに乗って自分も何か言うべきか迷っていた。

 栗毛のワンサイドアップがぷるぷると震えているのが可愛い。


 ――無理はしなくていいんだぞ。


「ハニーはみんなから愛されているのです」


 何故か、麻弥が自慢げな眼差しでドヤった。


「いや、さりげなく美稲だけやんわりフッていなかった?」


 茉美が苦そうな声で指摘すると、美稲はニコニコ笑った。


「ん? 何の話?」


 八方美人はやめたはずなのに、底が見えない美稲だった。

 ただ、持ち前の美少女ぶりのおかげか、怖くはない。

 八方美人だけに、八方向どこから見ても美稲は美人で魅力的だ。


「ねぇあんた絶対ハニーのこと好きでしょ!?」

「う~んどうかなぁ、私は隣のお姉さんポジションかなぁ?」


 そうやって、美稲は茉美からの追及をのらりくらりとかわしつづけた。

 俺は、ちょっと考えた。


 ――実際、桐葉も真理愛も茉美も俺のことが好きなんだから美稲も俺のことが好きに決まっているとか、とんだ勘違い野郎だよな。


 坂東の魔の手から、俺は美稲を助けた。

 だから美稲は俺に感謝をしている。

 けれど、それで恋愛感情を抱くかは別だ。


 あの子もこの子も俺が好き、なんて勘違い野郎にだけはなるまいと、俺は硬く心に誓った。


「難しい顔してどうしたっすかハニーちゃん?」

「うん? 別に、ただ俺って幸せだよなぁって」


 茉美や美稲、桐葉たちが女子トークをしながら歩く後ろで、俺は詩冴の隣を歩きながら、しみじみと言った。


「俺なんて、つい半年前まで年齢イコール彼女いない歴どころか、友達いない歴のボッチだったんだぜ? なのに、桐葉と真理愛と茉美、俺にはもったいないくらいイイ子が、三人も俺を愛してくれるんだ。幸せ過ぎて、ちょっと怖ぇわ」

「そうっすね、じゃあ、その怖さをシサエも半分背負ってあげるっす」


 それは桐葉たちを貸せってことか?

 と、ツッコもうとしたが、詩冴の雰囲気がいつもと違う。


「体育祭がテレビとネットで放送されたのは、ハニーちゃんも知っているっすよね?」

「ああ、凄い人気だって聞いたぜ」


 詩冴は、いつになく神妙な面持ちで語り始めた。

 そうすると、アルビノ特有の白い髪が夜の街に映えて、詩冴はミステリアスな魅力を持ち始めた。


「ネットの動画は視聴回数1億回。テレビの視聴率は23パーセントっすからね」

「すげぇな」


 一番視聴者が多い夜19時から22時の、いわゆるゴールデンタイムと呼ばれる時間帯でも、視聴率はせいぜい8パーセントか9パーセントだ。


 いまどき20パーセント台なんて、それこそオリンピックやワールドカップぐらいのものだろう。


「はい。詩冴たちいま大人気っす。けど、中にはやっぱりアンチもいるんすよ」

「そりゃ当然だろ? 人気芸能人にだってアンチはいるし」


 淡々とした口調の詩冴に、俺は少し明るい声で、前に見た教育系動画の受け売りを述べた。


「アンチは必ず湧く。だけど俺らがやるべきはハエ叩きじゃない。成功の階段を上ることだ。だから俺はネットでエゴサも逆エゴサもしないぞ」


 言い切る俺に、詩冴は微笑を浮かべた。


「ハニーちゃんは強いっすね。流石はシサエの彼氏っす。でも、みんながハニーちゃんみたいに強くはないんすよ」


 詩冴の赤い瞳が、桐葉の後姿を捉えた。


「桐葉ちゃん、綱引きで最終形態を披露したっすよね?」

「ああ」


 綱引きで、琴石と滑川に対抗すべく、桐葉は見た目が怖いからと封印している最終形態を使い、巨大なハチの姿になった。


 俺はアメコミヒーローみたいで好きなのだが、伊集院はバケモノのように扱っていた。


 まさかと思い、俺は目を見張った。

 詩冴は頷いた。


「詩冴は、桐葉ちゃんには人気者になって欲しいっす。ネットのアンチコメントが一瞬で流されるぐらい、応援コメントでいっぱいになるように。詩冴も、ずっと、ずっとこんな日々が続いて欲しいっす。だから、この日常を守るためなら、なんでもするっすよ?」


 そう言って彼女は最後にニコリと満開の笑みを見せてくれた。


 その笑顔はいつものハイテンションなものでも、スケベな笑顔でもない。深い情愛を感じさせる、守りたくなるような笑顔だった。


 こいつもこんな顔ができるんだなぁと、思い知らされた。


 桐葉のために、演劇を提案してくれたのは知っている。


 だけどまさか、そこまで桐葉のことを想ってくれていたなんて、思わなかった。


「詩冴……」


 胸に宿る感情のまま、俺も笑いながら、彼女にお礼を言った。


「ありがとうな」


 雪のように白い肌が桜色に変わった。


 目は丸く広がり、くちびるは小さく引き締まる。


 下品な声が割り込んできたのは、詩冴が何か言おうとした時だった。



「やっと見つけたぞ奥井ぃいいいいいい!」


 飲食店が立ち並ぶ大通りを歩いていると、正面奥から見慣れたくない連中の顔が迫ってきた。


 それは、前の高校の連中だった。

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 本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー15935人 485万8966PV ♥72244 ★6649

 達成です。重ねてありがとうございます。

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