第129話 Fリーグ
アビリティリーグの宣伝を兼ねたデモマッチは、大成功を収めた。
初めて目にするであろう、本格的な異能バトルに、観客はまるでトップアイドルのコンサートを堪能した後のような興奮ぶりだった。
客が帰ると、美稲がコロッセオをただの土に還し、他の選手たちは後片付けや今日のデータ集計を行った。
「真理愛、客の反応はどうだ?」
「満足度は96パーセント以上。アンコールやプロ競技化希望の声が多数です」
無数のMR画面にネット上の反応を念写しながら、真理愛はどこか嬉しそうに説明してくれた。
「残り4パーセントはなんなんだ?」
「おそらく、廃絶主義者の人たちでしょう。明らかに悪意のある書き込みがあります」
――ちっ、やっぱりそういう奴は出るんだな。
数十年進歩しないネットリテラシーが歯がゆい。
「あと、バトルの影響で桐葉さんと美稲さんの服が破けるエロハプがないから減点という声もあります。廃絶主義者の方でしょうか?」
「いや、それは本音だと思う」
「『桐葉ちゃんが飛んできたとき、パンチラを期待したのに短パンをはいていてガッカリっす』とあります」
俺は詩冴をアポートした。
逃亡ダッシュポーズで固まる詩冴が現れた。
「ここ、これは違うっすよハニーちゃん! 誰かがシサエを陥れるためにこんな書き込みをしたんすよ! いやぁどこの誰でしょうねぇ、こんなハレンチな書き込みをしているけしからん美少女は!」
「明らかにお前だろ!」
俺は鋭く空手チョップポーズを取った。
そこへ桐葉のマネをするように、詩冴はおでこを当ててきた。
「でこちゅーっす」
ちゅっとくちびるを尖らせる。
だが、俺は眉ひとつ動かさなかった。
「ちょっ、なんで無反応っすか!? キリハちゃんの時と反応が違うっす」
「可愛い彼女とオヤジとの差だ」
「むぅ~、今日は司会者役をがんばったんだからもうちょっと優しくしてもバチは当たらないっすよ!」
「それもそうだな。司会者役ありがとうな」
そう言って、俺は詩冴のあたまをなでた。純白の髪はつやつやとして手触りが良く、ずっとこうしていたいと思ってしまう。
――本当に、素材は一級品だよな。
猫のように目を細めながら喜ぶ姿は、かなり可愛い。本当に可愛い。
詩冴に麻弥の十分の一でも無垢さがあれば、きっと俺は恋に落ちていただろう。
つまり、俺は浮気しないのは詩冴がオヤジなおかげだ。
「ありがとうな詩冴。お前はこれからも変わらずオヤジでいてくれ」
「どこに感謝しているんすか!?」
そこへ、勇ましい女傑声が割り込んできた。
「大盛況であったな! 重畳重畳(ちょうじょうちょうじょう)!」
力強い足取りで距離を詰めてくるのは、我らが龍崎早百合次官だ。
「客席から観戦させてもらったが、うむ、実に見事であった。あの興奮、私はすでにやみつきだ!」
凛々しい瞳をキラリと光らせ、早百合次官は握り拳を固めた。
「そう言って貰えると嬉しいですね」
早百合次官の視線が、真理愛の表示されているMR画面を捉えた。
「ほお、プロリーグ化して欲しい、か。そうなれば、戦闘系能力者が花形職業につけるようになるかもしれんな」
アニメや漫画と違い、戦闘系能力者は戦闘ヒーローにはなれない。
現実の警察や自衛官は、目の前の悪を倒せばいいわけではないからだ。
事件解決の捜査能力、作戦遂行能力、仲間との連携、知識が求められる現場に、ただ戦闘力が高いだけの人材は無用なのだ。
でも、ボクシングやプロレスのようなこのアビリティリーグがプロ化すれば、戦闘系能力者にも居場所ができる。
――最初からこの計画を進めていれば、坂東は道を踏み外さなかったし、美稲が襲われることも無かったのかな。
俺と同じ気持ちなのか、早百合次官もどこか安堵した顔になる。
「そうすれば、戦闘系能力者たちが肩身の狭い想いをすることもなくなる。少年院を出所した者も、更生できるかもしれん。平等で公平な社会に一歩近づく」
早百合次官の笑みに、俺は軽い充実感と達成感を感じた。
「大きな一歩ですね」
「ああ。理想までの距離はわからん。あと一万歩あるかもしれん。だが千里の道も一歩から。歩き続ける限り、いつかは叶う。亀と競うアキレスにはならんさ」
「アキレスと亀のパラドックスですか? パラドックス問題は好きですよ。一時期解説動画漁って、俺なりの答えを考えるの好きでした」
「それは面白い。次の食事の時に聞かせてくれ。言っておくが社交辞令ではない。本気で聞かせてもらうから答えをまとめておくがいい」
好意的な声で指を伸ばして、早百合次官は俺の胸板を突っついた。
大人なのに、まるで漫画に出てくる先輩キャラのような親しみやすさだ。
「おっとすまん、今のはセクハラだったな。お返しに私の胸を突っついていいぞ」
「むしろ上塗りですよ」
桐葉を超えた爆乳の誘惑を断ち切るように俺が視線を外すと、オーディションに落ちた6人組の姿が目に入った。
「あの6人て、落選したはずですよね?」
どうやら、俺がアポートで集めたグラウンドのゴミを運んでいるようだった。
本当はそれもテレポートすればいいのだけど、なんでもかんでもテレポートに頼ると駄目人間になるしテレポート先の人が驚くので、使うのは最小限にしている。
「雑用でもいいから何か手伝いたいと言うのでな。ゲスト(客)の案内や列整理を頼んだのだ。真面目に働いてくれて助かる」
―—そういえば、同じ戦闘系能力者でも、出力が低すぎて役に立たない人もいるんだよな。
彼らに、桐葉や美稲のような試合をして観客を盛り上げるのは無理だろう。
でも、それじゃあ俺らの目指す平等で公平な社会にはならない。
「あ、早百合次官、お疲れ様です。奥井もお疲れ」
一人目を皮切りに、残りの5人も早百合次官と俺に挨拶をしていく。
「見ていろよ奥井。俺らもそのうち能力を伸ばして活躍してやるからな」
「俺の鼻電撃で客を驚かせてやるぜ」
「見てくれ、火力はライターレベルだけど同時に二本の指に出せるようになったぜ」
「それまでは雑用で役立たせてもらうよ」
「でもこのままじゃ終わらないぞ」
この6人も、居場所が欲しいんだ。
自分の能力を発揮して、役立って、自分はいらない人間なんかじゃないって、認められたいんだ。
同級生たちが活躍する中、いつまでも雑用をしている未来の6人を想像して、俺は暗い気持ちになった。
「あの、アビリティリーグはABCDEの五階級制でしたよね?」
「うむ。いずれはSリーグというのも作りたいが、今はまだ早いだろう」
「前座専門ですけど、笑い、ファニー要素強めのFリーグも作りませんか?」
早百合次官の顔色が変わった。
「ほう……つまり、Fリーグのチケットを売るわけではなく、AからEまでの、あらゆる試合の前座として試合をするわけだな?」
「はい」
「面白い。貴君ら、やる気はあるか?」
『是非お願いします!』
6人の顔はパッと明るくなり、やる気満々で前のめりに一歩踏み出した。
その光景に、全ての人が自信の持てる社会へ近づいた実感を得て、俺は充実した気分になった。
真理愛が声を硬くしたのは、その時だった。
「大変です皆様。こちらの書き込みをご覧ください」
真理愛が一枚のMRのサイズを広げながら、俺らに見せてきた。
そこには、目を疑うような悪意ある書き込みが羅列してあった。
内容はどれも、今日の試合に巻き込まれてケガをしたという嘘の書き込みと、それに付随した、アビリティリーグを危険視する書き込みだった。
明らかに廃絶主義者の陰謀だろう。
そうした書き込みは、どんどん増えている。
書き込みだけでなく、覆面を被ったユーチューバーたちによるアンチ動画も続々投稿されている。
今日の試合を目にした人たちは、これが嘘の書き込みだとわかるだろう。
けれど、一般人はいちいち事実確認なんてしない。
悲しいことにネット上の情報を「そうなのか」と疑いなく信じてしまう人が多い。
そうした実例を思い出しながら、俺は一抹の不安を抱えてしまう。
「早百合次官」
誰かに頼りたい気持ちから視線を向けると、彼女はすでに戦前の武将のように好戦的な笑みを浮かべていた。
「いい度胸だ。2040年になってもネットに匿名性があると思っている連中には天誅を降してやろうではないか」
頼もし過ぎるにもほどがあった。
連中にご冥福をお祈り申し上げた。
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本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
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達成です。重ねてありがとうございます。
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