第55話 シサエはキリハちゃんの味方っす!


 翌日、5月23日、水曜日の放課後。


 俺は桐葉、美稲、詩冴と共に、貨物船の倉庫にいた。


 開け放たれたハッチから、各種金属の川が上ってきて、倉庫の奥でインゴットのピラミッドを形成していく。


 美稲の能力、リビルディングで、海水から金属を生成しているのだ。


 その横で、俺ら4人はソファに腰を下ろし、早百合部長の話を聞き入っていた。


「貴君らも目にした通り、愚かな金田総裁が日銀の保有する国債を、海外へ売り払うと決めた」


 早百合部長の声は厳粛で、それが事態の深刻さを物語っていた。


 桐葉の淹れたハチミツとローヤルゼリー入りの紅茶を一口飲んでも、彼女の眉間から縦じわが抜けることはなかった。


「早百合部長。確認ですけど、国債が海外へ流れたら、日本は1600兆円を現金で支払わないといけないのですよね?」

「そうだ」


 俺の問いかけに、早百合部長は即答した。


「以前にも話した通り、政府が発行し、日銀が買い取った国債は、【借金】という名目にはなっているが、自分で自分にしている架空の借金だ。紙幣は日銀で発行される。だが日銀は日本の政府機関だ。日本政府は必要に応じて、日銀を介して紙幣を刷っている。だから日銀に売っている国債は、借用書ではなく、『一万円札を何枚刷れ』という辞令に過ぎん。借金ではない」


「早百合ちゃん。そもそもの話なんですけど、なんでそんな面倒な仕組みになってるんすか? その話が本当なら、国債なんて発行せずに日銀にお金を刷らせて政府の通帳残高にプラスして貰えばいいじゃないんすか?」


「それをすると、ハイパーインフレになる可能性があるからだ」

「どういうことっすか?」


 詩冴は首を傾げた。純白のツインテールが、ふわりと舞った。


「そもそも、日銀とは国内の通貨流通量をコントロールするための機関なのだ。市場が金で溢れれば金の価値が下がりインフレになる。市場に金が足りなければデフレになる。だから、経済規模の成長に対して金の流通量が足りないときは低金利で金を貸して、市場に金を供給したり、インフレになったら金利を上げて、市場から金を吸い上げる」


「ほうほう、あのボンレスメガネにそんな役割が」


 ――総裁の名前がひどすぎる……。でもツッコまないでおこう。


「だが、もしも日銀が政府の完全支配下に置かれ、国債を発行せずとも、自由に政府の預金残高を増やせるようになったらどうなる? 経済に明るくないバカが総理になった際、際限なく紙幣を刷り、残高を増やし、市場へ金を流すだろう。そうなれば日本はハイパーインフレまっしぐらだ。日銀はいくら金利を上げても追いつかないだろうな。戦後、これに近いことが起こった」


 桐葉が、知的な表情を作った。


「復金のせいだね」

「ふっきん? 腹筋? 筋トレがどうかしたんすか?」

「桐葉、説明を頼めるか?」


「いいよ。復興金融金庫、通称復金。戦後の経済復興のために作られた政府金融金庫で、色んな会社に融資をしまくったんだ。けど、そのためのお金は日銀が大量の紙幣を刷ることで賄ったんだ。それこそ、刷るのが追いつかなくて紙質はバラバラ、インクは滲んでる、すかしは入っていないぐらいにね」


 ――人生ゲームのお金より酷いな……。


「そのせいで市場にお金が溢れてお金の価値は暴落。1つ7円のタバコが2年で30円になったぐらいだよ」

「そんなの庶民が干上がっちゃうっすよ!」


 悲鳴を上げながら、詩冴はアルビノ特有の赤目を白黒させた。


「ありがとう針霧桐葉。100点満点の説明だ。ともかく、そういうわけで日本は通貨を発行する際は、借金という形を取り、制限をかけているのだ。だが、それが裏目に出た。愚かな総理が出ずとも、愚かな総裁が、幻の借金を現実にしようとしている」

「でも売り払うってことは外貨が入ってくるんすよね? なら、プラマイゼロじゃないっすか?」

「それは違うわ」


 リビルディング能力で、次々金塊のピラミッドを作る美稲が、困り顔で口を挟んだ。


「このあたりがすっごく面倒なんだけどね、日銀は政府機関だけど、政府機関とは別組織でもあるの。だから日銀が保有する国債を海外に売って、日銀に外貨が入っても、日本政府がそのお金を使えるわけではないの。借金も払う相手が日銀から海外へ移るだけで、一円も減らないわ」


「にゅわぁあああああああああ! 八方ふさがりっすぅ! こうなったらあのボンレスメガネのお宝エロフォルダに全個人情報を添付してネット上に念写するしかないっす!」


「真理愛を犯罪者にするなよ」


 俺は右手で、空手チョップポーズを取った。


「なら毎日お腹に下剤を1瓶テレポートさせて辞職に追い込むしかないっす!」

「俺ならいいわけじゃないからな!」


 左手も空手チョップポーズにして威圧すると、詩冴は美稲の陰に隠れた。


 それから、豊乳の丘から顔を出して、こちらの様子をうかがってくる。


 真紅の瞳が邪悪に歪み、濁り切った声を漏らした。


「ちっ、ならしょうがないっすね。ここはシサエのオペレーションであのボンレスメガネの体内に存在する全善玉菌の活動を停止させつつ、全悪玉菌と潜伏菌を最大活性化させて自然死に追い込むっす」


「お前そんな怖い能力持っていたのか!?」

「え? そりゃ半径10キロ以内の生き物を操れるんだからできるっすよ? ハニーちゃんシサエの能力説明聞いていたっすか?」

「いや聞いていたけどよ、まさかそんなことできるとは思わねぇーよ!」

「まぁまぁ二人とも、暗殺計画は置いといて」


 ――置いとくんだ。中止にしないんだ。美稲もけっこうワルだな。


「それで早百合部長、今のところ、対抗策はあるんですか?」

「今のところはないな。だが、奴はすぐにでも国債を売るだろう。せめて、時間を稼ぎたいところだが、これは完全に財務省の管轄だ。我々がどうこうするものではない」


 ――そりゃ、国債を売る売らないは、超能力でどうこうできるものじゃないしな。


 だから、今回は講堂でみんなに説明したり意見を募らないで、こんな個人的な形を取ったわけか。


「最悪、これが原因で内峰美稲の能力がバレるだろうな。内峰美稲の作り出した金塊を使えば、1600兆円の支払いは可能だ。しかし、サイコメトリー能力者を管理している先進国へ大量の黄金が流れれば、確実に調べられる。そして、黄金を海水から作っていることがバレ、国連は海水の使用を制限、ならまだマシだ。世界のパワーバランスを崩しかねない内峰美稲を、国連に引き渡すよう要求するだろう」


「要求を断ったら?」


 俺が問いかけると、早百合部長は剣呑な視線で、声を殺気立たせた。


「国連は日本への経済制裁を始めるだろう。場合によっては、武力制裁による戦争も辞さないだろう」


「ッ、いくらなんでも、それはフィクションじゃないですか?」


 声を硬くして、俺は否定するも、桐葉が冷たい声を被せてきた。


「それはどうかな。むしろ、戦争は【資源】を巡って起きる場合が多い。砂漠地帯の中東なんて、水を奪い合って戦争が起きるぐらいさ。美稲を巡って戦争が起きても、なんら不思議じゃないさ。もっとも、そうなったらボクが全力で美稲を守るけどね」


 不敵に笑って、桐葉は両手の指先に、透明な毒針を形成した。その先端から、半透明の雫が膨らみ、今にも滴り落ちそうだった。


 照り輝くその毒の魔性を想像して、俺は息を呑んだ。


「桐葉……まさか、ソレ、致死毒?」

「ううん、感度と性衝動を1000倍にする媚薬」

「ちょぉっ」


 ソファの上で仰け反りながら、俺は桐葉と距離を取ろうとする。


 なのに、桐葉は十指をあやしく蠢かしながらじりじりと迫ってくる。


 ――くっ、こんなところで欲情してたまるか。


 俺はソファから立ち上がろうとして、詩冴にガードされた。


「おっと、逃がさないっすよ♪」

「うぉおお、裏切ったか詩冴!?」

「詩冴は元からキリハちゃんの味方っすよん♪」

「離せ! 逃げられないじゃないか!」

「ふはははは、さぁキリハちゃん、今のうちにブスッと」

「そうだ、逃げた人を材料にすればいいんだよ」


 ぽん、と美稲が手を打った。


 俺らはふざけるのをやめて、ソファに座り直した。


「どういうことだ、内峰美稲?」


「はい。早百合部長、前に言っていましたよね。外国人や世界の投資家たちは、私たち能力者のことを信頼していないって。だから日本の財政破綻が回復するとは思っていなくて、日本企業の株を次々売っているって」


「うむ」

「だから、信用のない今の日本から国債を買おうなんて国は少ないと思うんです」

「ふむ、言われてみると、それもそうだな」


「そこに加えて、外国資本や在日外国人の人たちが日本から逃げ出しているという事実を、世界中に報道するんです。【日本から逃げ出す外国人】【今、日本がヤバイ】って。そうすれば、日本の落ち目のイメージをさらに強調できるはずです」


「いや美稲、そんなことしたら、日本の経済復興が遅くならないか?」


「少しはね。でも、今の日本は金属資源も燃料も自活できているし、食料と衣類は金塊で輸入しているし、円安で輸出はむしろ伸びている。被害は最小限だと思うよ」


「なるほど、だが日本の将来にマイナスのイメージを広めれば、誰も国債を買わなくなる。【損して得取れ】というわけか」


「そうです。これなら、根本的な解決にはなりませんけど、時間は稼げるはずです。あとは、それこそ政治屋の皆さんのお仕事ですけど、稼いだ時間で、金田康則氏を、日銀総裁の座から引きずりおろせば」


 美稲の作戦に、俺はふと気づいた。


「そういえば、日銀総裁ってどうやって決まるんだ?」

「えーっと」


 成績優秀な美稲も、流石に困った。


 日銀総裁の決め方なんて、中学の公民でも、高校の政経でも、習わないのだから仕方ない。


「日銀総裁は、国会で衆参両院で過半数の賛成票を得て決まるんだよ」


 と、桐葉が教えてくれた。これが、全学試全国1位の実力かと、舌を巻いた。


「早百合部長」

「うむ。私から内閣に働きかけて、時間稼ぎと総裁罷免の工作を仕掛けよう。貴君らに相談して正解だったな」

「ふっ、これからも困ったことがあったらシサエたちを頼ってくれていいっすよ」

「俺とお前は何もしていないよな?」

「たっはー、ハニーちゃん厳しいっす♪」

「なんで喜んでいるんだよ?」


 俺は詩冴の目の前で、デコピンをした。


 空振りしたデコピンが当たったように、詩冴は仰け反るジェスチャーをした。


―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—

 本作を読んでくれてありがとうございます。

 みなさんのおかげで

 フォロワー8287人 109万PV ♥18500 ★3453

 一週間連続現代ファンタジー月間1位

 を達成しました。重ねてありがとうございました。

―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—●嘘のような実話9

 長州征伐の時、幕府軍15万VS長州3500だったが、幕府軍は、自分たちの大軍を見れば長州は驚いて勝手に降伏するだろうと思い、ろくな作戦も考えずに突撃して負けた。(他、指揮系統の乱れも原因)

●余談

 関ヶ原の戦いで勝利した東軍は、西軍総大将石田三成の城から金銀お宝を略奪しようとしたが何もなかった。お金も宝も、立派な調度品も、贅沢品が何もなかった。

 石田三成は自身の贅沢を度外視して、税収を領民の生活に還元してしまう極めて勤勉で奇特な領主だった。が、無欲無心で滅私奉公な性格が災いして他人から理解されなかった。

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