7
「始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋とるな~♪」
「ミュー様、その変な歌、何ですか?」
「ワタシの故郷で、お米の炊き方をわかりやすくしたお歌~」
わくわくしながら竈とその上の鍋を見ているワタシに、少年は呆れたようにため息をついた。
彼の名前はシュテファン。ガエリア帝国育ちのエルフ。王城の料理番の、若手の一人。白いコックさんスタイルがよくお似合いです。金髪碧眼はエルフのお約束なのか、尖った耳も白い肌も、人形みたいに性別不明な美貌も、持ち合わせている。ステキ。男前イケメンと並べてによによしたい。
少年、と形容したのは、彼の外見がワタシの基準で
で、ワタシが何をしているのかというと、シュテファンを巻き込んで、ご飯を求めて三千里やってます!
先日申し上げたとおり、ガエリア帝国の主食は、パン。次に主食扱いなのがジャガイモ。確かにそこに存在するお米さんは、「特に美味しくも無いし、興味ないし、スルー」ぐらいの扱いだった。なんてヒドイ。こんなに美味しいのに。
つーわけで、ワタシは、日本人らしくお米に飢えて、食料庫から精米されているお米さんを掻っ払い、シュテファンにお願いして、ご飯を炊いて貰っている。炊き方ぐらいは料理番たちは皆さん知っているけれど、お忙しいので若手代表シュテファンを、ワタシの生贄に差し出して下さったらしい。それでも、こんな我が儘聞いて貰えるのは、ワタシが参謀というポジションに落ち着いてるから、らしい。
すごいね!ワタシが「予言の力を持つ参謀」というのが、完全に定着してたよ!
トルファイ村から帰って後、アーダルベルトは忙しく働いている。一ヶ月しか無いのだから、その間に出来ることをやってしまうつもりらしい。よろしく頼む、とほぼ丸投げしたワタシは、ヤツに質問される以外は暇で、城の探索にも飽きて、こうしてお米を求めてさすらうことにしたのだ。
いやね?正直、パンに飽きたんです。ジャガイモも飽きた。今まで自分がそんなにお米大好きだとは思ってなかったけど、お米が恋しくてたまらぬのです。……お米に満たされたら、次は麺類に飢える可能性があるなぁ。
「ミュー様は、そんなにお米が食べたいんですか?」
「食べたいよ。ワタシの故郷の主食はお米だったし。お米、色々と美味しく食べれるんだからな!」
「はぁ……。パンの方が食べやすくて、種類も豊富で良いと思うんですけど……」
「それは価値観の違い。とにかく、今は、美味しいご飯が炊けるのを待つ!」
お米が食べたいとワタシが駄々をこねた瞬間、アーダルベルトは「は?お前何言ってんだ?俺は今忙しいんだ」っていう蔑みの眼差しをしてくれた。けれどワタシはめげなかった。ここでめげたら、ワタシは下手したら、一生お米さんを食べられないかも知れない。白米が無い生活なんて、耐えられない!
――故郷の主食が食べたいと思って何が悪い!
――我が国の主食はパンだ。
――ワタシはお米が食べたい!お米あるんだから、白米求めても赦されるだろ?!
――お前は子供か。
――じゃあ、アディは食卓から半永久的に肉が消えても耐えられるのか!?
――……料理長に連絡しろ。誰か適当な料理番を一人、ミューに貸してやれ。
――ありがとう、アディ!
ワタシの説得に応じたのでは無く、自分の食卓から肉が消えるのは嫌だと思っただけらしいけど、アーダルベルトはとりあえず、ワタシの希望を叶えてくれた。それ以上の文句を言っちゃいけない。仕事で忙しいのはわかってるしね。邪魔しないように、大人しく台所でご飯炊けるの待ってる。
「ところで、ミュー様は女性ですのに、何故、侍従のお召し物なのですか?」
「アディがこれしかくれなかった」
「そ、そうですか……」
どうも、初対面がジャージだったせいか、アーダルベルトの中で、ワタシはズボン着用が基本らしい。侍従の服を三枚ぐらい貰ってる。いや、確かに着心地良いし、動きやすいんだけど、ね?女子はよほどで無い限りズボンを穿かないと言われる世界で、当たり前みたいにズボン着用女子としてふらふらするの、どうなん?とは思わなくもない。
ただ、アーダルベルトに言わせると、「お前は異世界の人間で、《予言》の出来る参謀だ。普通である必要は無い」ってことらしい。ようは、ハッタリきかせる為にも、多少奇抜にしていろ、と。黒髪黒目だけでも目立つのに、衣装でも普通から外れるってどうなん?ワタシ目立ちたくないのに……。
「ミュー様、炊きあがりましたよ」
「マジ?ありがとう、シュテファン!やったー!お米、お米!」
笑顔で教えて貰って、ワタシも笑顔で答えた。
さっそくお茶碗(というか小さな深めのスープ皿)にご飯をよそって貰う。お箸は無いので、諦めてスプーンでご飯をもぐり。炊きたてご飯うんめぇ……。これよ、これ。ワタシが食べたかったのは、このお米の甘みですよ!
もぐもぐとひたすら白米をかっ込むワタシ(ここ台所)を見て、料理番さん達が微妙な顔をしていた。あ、すみません。ここは調理場ですよね。ご飯食べるのは別の場所ですよね。わかってるんですけど、つい、炊きたてご飯の旨味には勝てなかった……。
とりあえず、残ったご飯を持って隣の料理番さんたちの食事処へ向かう。だって、普段アーダルベルトと使ってる食堂まで遠いし。かといって、城勤めの皆さんがご飯食べてるところへ行くのも、息が詰まる。めっちゃじろじろ見られる。台所の面々にはもう既に色々見られてるので、気にしないですむしな!
途中で、とても良いモノを発見いたしました。
「料理長、それ、残り物?」
「は?えぇ、賄いの残り物ですが」
「それ、ちょっと温めて、ご飯の上にのっけてくれませんか?」
「…………は?」
料理長が器にぽいっと盛りつけてたのは、タレがしみこんだと思しきお肉の山。切れ端っぽいのは、賄いに使っていたからだろう。でも、こう、鼻腔をくすぐる匂いが、アレです。焼き肉のタレとか、ステーキソースとか、すきやき風味とか、そういう感じ!これ、絶対炊きたてご飯の上にのっけたら、美味なやつ!
早よ、早よ、とキラキラした瞳で訴えたら、首を捻りつつも、要求通りにしてくれた。ほんのり温められたお肉が、どかんと白米の上に。やったね!白米オンリーだと思ってたら、焼き肉丼になったよ!
「ミュー様、それ、」
「わーい!焼き肉丼の完成だー!あ、シュテファン、ワタシお水欲しいから、入れてきて-!」
「……はい」
何か、シュテファンが微妙な顔してたけど、他の料理番さんたちもめっちゃ微妙な顔してたけど、ワタシは知らぬ。日本人には白米も丼もとても馴染みのある物体なのだ。よっしゃー!久しぶりの白米が、グレードアップして焼き肉丼やでぇ!お水貰ったら遠慮無くかっ込める!
と、いうわけで、隣の料理番さん達の食事処で、休憩中の料理番さん達にすっごい微妙な目を向けられながら、焼き肉丼イタダキマス!
スプーンでお肉ごとご飯を掬って、一口。美味い。タレが白米に染みこんで、マジ美味しい。このお肉も賄い用らしいけど、味が良く染みこんでるし、何より、切れっ端だから大きさが小さくて、スプーンでも食べやすい。こうやって考えると、お箸って凄いなぁ。シルバー三点セットで丼食べるのは、難易度高いよね。スプーンはギリギリセーフだけど、上に乗ってる具材によっては、くっそ食べにくいし。
もっしゃもっしゃと食べてると、シュテファンがお水をくれた。ありがとうと会釈しつつ、ひたすらもぐもぐと焼き肉丼を食べる。あぁ、美味しい。幸せ。美味美味。
「……お前、白米を食べるんじゃなかったのか?」
アレ?アーダルベルト、いつの間に来てたの?っていうか、仕事どうしたし。
でも、口の中にご飯が入っているので、ワタシは喋れませんからね。口にモノが入ってる状態で喋るのは、非常にお行儀が悪いのですから。それぐらいはワタシだってわきまえてる。
というか、何で皇帝陛下が、料理番の食事処にやって来てるん??そっちのが不思議じゃね?
「で、それは何だ?」
「焼き肉丼」
「ヤキニクドン?何だ、それは」
「ワタシの故郷にある料理。こう、白米の上に色んなおかずをのせて、丼と呼ぶのだ。主食と副食が一緒に食べられて、超便利だよ」
「ほぉ?」
あ。嫌な予感。このパターン前にもあった。すごく嫌な予感がする。
慌てて器を抱えこもうとしたけれど、時既に遅し。アーダルベルトの腕がワタシから器を奪い、スプーンも奪い、まじまじと眺めた後に、一口食した。一口。
でもな、アーダルベルトの一口だと、器の中身が半分近くなくなるからな?!
ワタシの、ワタシの焼き肉丼が!やっと手に入れた白米さんが!何でアンタは、毎度毎度そうやって、ワタシの美味しい食生活をジャマすんじゃ!虐め?これ新手の虐めかナニカ?!
「……美味いな。白米がこんなに美味くなるとは思わなかった」
「お米さんに謝れ。あと、ワタシに謝れ。ワタシの焼き肉丼!」
「そんな本気で泣くな。シュテファン、お代わりを持ってきてやれ。ついでに俺の分も」
「シュテファン!お代わりくれるなら、料理長に、お肉をタレと一緒に卵とじにしたのかけてって頼んで!」
「は、はい!」
お代わりを注文するアーダルベルトに続いて、ワタシも注文をした。焼き肉丼取られたから、他人丼にしちゃる。甘辛いタレと卵とお肉のハーモニーも絶品。卵とじ自体は料理として存在してる。豆の卵とじとかしてたし。だから、意味はちゃんと伝わってると思うのだ。
「何で卵とじなんだ?」
「アンタに焼き肉丼取られたから、他人丼でお代わりするだけだい」
「タニンドン?」
「このお肉は牛肉だろ?卵は鶏だろ?だから、他人」
「あぁ、その他人か。……なら、肉が鶏ならどうなる?」
「親子丼」
「そのまんまだな」
「我が国のネーミングセンスはわりとそのまんまが多い」
わかりやすさが重視されて何が悪いのか。あと、美味しければそれで良いじゃ無いか。別に誰にも迷惑などかけていない。というか、お前はいい加減ワタシに謝れ。ワタシの食べ物を強奪してケロッとするの、いい加減どうにかしやがれし。
しばらくして、シュテファンが器を二つ持ってきた。アーダルベルトには焼き肉丼。ワタシには他人丼。行儀良く「いただきます」してからちゃんと食べるワタシ。焼き肉丼を、瞬間芸みたいにかっ込んだアーダルベルトは、じぃっとワタシが他人丼を食べているのを見てる。見てる。すっげー見てる。
「……器寄越せし」
「うん?」
「いいから、寄越せ」
素直に器をこっちに渡したアーダルベルト。ため息をつきながら、ワタシは他人丼を半分ほどヤツの器に入れてやった。どうせ取られるなら、自分から渡した方が傷は浅い。主に、分量を決められるという意味で。
「それ以上はやらんからな!」
「……お前、何だかんだで優しいな」
「どの口が言うか!あげなかったら勝手に食うだろ?!」
「あぁ」
「……少しは否定しろし」
あっさり頷いたアーダルベルトは、そのまま平然と他人丼を食べ始める。あー、でもマジで美味しい。流石プロの卵とじは違うわ-。半熟卵とお肉とタレが絶妙に絡み合ってる。素晴らしい。美味しい。
後日、何か知らんけど、食卓のメニューに丼系が増えました。何で?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます