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聖歌隊の前で歌うという苦行を、ワタシは何とかやり遂げた。何だこの苦行。知ってたけど。わかってたけど。非常に精神が疲弊する。
いや、歌を歌うのは嫌いじゃないんですよ。カラオケも好きですし。友人たちとオタクカラオケするのは実に楽しいと思っています。
でもね?ワタシはあくまで素人なんですよ。
そのワタシに、プロである聖歌隊の皆さんの前で歌えとか、圧がすごいと思いません?しかも皆さん、超真剣なんですよ。緊張しすぎて音を外しまくったわ!!
音が外れてようが、リズムが多少おかしかろうが、うっかり歌詞を間違えそうになろうが、誰一人茶化さない。ツッコミを入れない。むしろ真剣に、ド素人の調子っ外れな歌を聴いているんですよ。何このカオス。泣きそうだった。
護衛役のライナーさんと、お付きとしてユリアーネちゃんがいてくれたから、まだ、耐えられた。視界の端に猫被りモードのヴェルナーを見つけて安心してしまう程度には、緊張してたんですよね。アレを見て安心するとか、世も末だ。
「ミュー様、お疲れ様です。飲み物をお持ちしました」
「ありがとう、ユーリちゃん」
何度も何度も同じ歌を歌わされたワタシを労るように、出来る侍女のユリアーネちゃんは飲み物を用意してくれていた。ほんのり温かいレモネード。蜂蜜が優しい。美味しい。癒やされる。
ちなみに、ワタシをこの苦行に追い込んだロップイヤーの腹黒眼鏡様は、猫被りモードのままで聖歌隊の皆さんとお話をしている。まぁ、ワタシは自分の仕事をしたので、お前も自分の仕事をしろ。あとは知らん。
ワタシが素人なりに歌ったことで、鎮魂歌の歌詞と楽譜がちゃんと繋がったのだそうな。ハモりの部分とかはワタシにはわからないけど、楽譜があるので対応は出来るらしい。リズムや音程を把握したことで、鎮魂歌の完全復活の目処が立ったとか。
……ゲームの挿入歌を口ずさんだだけでこんな大事になるなんて、ワタシは思わなかったんだ。むしろ、何で歌詞が伝わってなかったのか、謎だ。
「楽譜が伝わってるのに歌詞が伝わらないって、どういうことなんだろう?」
――奏者の絶えた時期があるからだ。その後楽譜が発見され、辛うじて譜面は読めたが歌詞は読めなかった。それが原因になる。
「……!?」
突然頭の中に響いた声に、思わず声を出しそうになって、必死に耐えた。いやだって、周りを確認しても、誰も何も反応していない。つまりこれは、ワタシの頭にしか聞こえていないのだ。
それだけなら、幻聴かと思う。極度の緊張で疲れたんだろうなとか。
でも違う。絶対に違う。何故なら聞こえた声が、声の主が、あやつだからだ……!
(ちょっとぉおおお!何ヒトの頭に声を送ってんですか、魔王様ぁあああああ!アンタそんな芸当出来たんですかい!)
――うん?目印があれば、声を飛ばすぐらいは簡単だろう?
(そんな手紙送るみたいなノリで言わないでください!あと、そんなことのためにワタシに目印付けたんですか!)
――何だ。せっかく疑問に答えてやったのに。
(頼んでませんけど!?)
ヒトの頭に直接好き勝手に声を送ってくる相手に、ワタシは心の中で叫ぶ。何でこう面倒くさいんだ、このヒトは!
……おわかりかと思いますが、ワタシが脳内で会話している相手は、元魔王様だ。現在は学園都市ケリティスの理事長様。女神と十神竜の愛息子殿は、今日も元気に人生に退屈し、手頃な玩具のワタシをおちょくることにしたらしい。物凄く迷惑だ。
とはいえ、迷惑は迷惑だけども、最高の情報源であるのは事実。彼が語る内容ならば、それが真実なのだろう。何だって楽譜の歌詞だけ読めなくなってるんだ。誰か諳んじてたりしなかったのかよ。
(それじゃあ、一つ確認したいんですが)
――何かな?
(ワタシが伝えた歌詞、あってるんです?)
――あっているよ。
(そうですか。ありがとうございます。……って、聞いてたのかよ!プライバシーの侵害だ!!)
情報の真偽が確かめられて良かったと思ったけど、良く考えたら何も良くなかった。あの素人の歌を聞かれていたのだと思ったら、穴があったら入りたい。むしろ殴りたい。無理だけど。
頭の中だけで会話をしているので、表情に出すわけにもいかないし、叫ぶわけにもいかない。普段ならともかく、ここは大聖堂で目の前には聖歌隊の皆さんがいらっしゃるのだ。奇行は慎めという常識ぐらいはワタシにだってある。
そんなワタシに、魔王様は相変わらずの、物凄く普通の口調で理由を宣った。
――ちょっと暇だったんだ。
(そんな理由でワタシのプライバシーを侵害しないでください!)
――まぁ、元気そうで何よりだよ。これからも愉快に楽しく世界を引っ掻き回してほしい。その方が私が面白いので。
(…………そうですか)
安定の、自分の欲求をブレずにぶっ込んでくる魔王様だった。ワタシの存在を面白い玩具かつ、女神様たちへの嫌がらせ道具としか思ってない。
いや、別にワタシは女神様たちに喧嘩を売るつもりはないのだけれど。あー、でも、覇王様の死亡フラグをへし折ろうっていうのは運命に、世界に、女神に喧嘩を売ることになるんだろうか?良くわからん。
とりあえず、個人的には穏便に生きてきたいだけなんだ。それなのにこういう扱いをされると、ちょっと悲しい。ワタシにだって平穏が与えられて良いはずなのに。
「ミュー様?どうかされましたか?」
「あ、ううん。ワタシのポンコツな歌はともかく、聖歌隊の皆さんが歌うのは楽しみだなぁって」
「ミュー様のお歌もとてもステキでした」
「ありがとう、ユーリちゃん。お世辞はいらないよ。ワタシは素人だからね」
顔色を窺うような心配そうな表情のユリアーネちゃんに、笑って答える。彼女に告げた内容に嘘はない。魔王様と脳内で会話してたとは言えないので、仕方ない。
柔らかく微笑んで褒めてくれるユリアーネちゃんの言葉は、話半分ぐらいに受け止めておく。大丈夫だ。ワタシはそこまで自惚れたりはしない。あくまでも自分は素人だということはわかっている。
まぁ、致命的な音痴とかではないから、そこまで聞き苦しくはなかっただろうと思っているんだけども。割と好きな歌だったから、ゲーム中も口ずさんだし、カラオケで歌ってたりもするし。
……比較的良く歌ってた曲でセーフだった。そうじゃなければ詰んでいた。
「ミュー様、よろしいですか?」
「ヴェルナー?」
聖歌隊の皆さんと話をしていたはずの腹黒眼鏡様が、何でかワタシの元へとやって来た。なお、猫被りモードは続行中である。外部の方々がいる以上、素を出すわけにはいかないのだろう。
しかし、何度見ても背中がぞわぞわするなぁ。顔面と表情は合ってるし、声音もまぁ、合ってはいる。優しげな神父様というイメージはちゃんとある。
ただし、中身を知っていると、こう、ギャップというか何というかで、気色悪いのだ。違和感がすごいというか。
顔にそれが出ていたのだろう。ヴェルナーは一瞬だけワタシを睨み付けた。素だった。でも、本当に一瞬なので、ワタシの側にいたライナーさんとユリアーネちゃん以外には気付かれていない。別の意味ですごい。
まぁ、良い。こうやってわざわざやってきたということは、何か用事があるんだろう。言ってみろ。
「ミュー様のおかげで、鎮魂歌復活の目処が立ちそうです。ありがとうございます」
「いえいえ、微力ながらお手伝い出来て何よりです」
「後日、聖歌隊が歌をお披露目させてほしいと言っております」
「へ?」
「お教えいただいたお陰で判明した歌詞と旋律を、ミュー様と陛下にお聴かせしたいとのことです」
「……そ、うですか。光栄です」
微笑みを浮かべながらヴェルナーが告げた言葉に、顔が引きつった。聖歌隊の皆さんの感謝の気持ちはありがたいし、プロの生演奏での生歌(しかも合唱バージョン)とか、大変素晴らしいだろうなとうきうきはする。
するが、陛下と一緒にと言われた段階で、心臓が痛い。何その巨大ミッションみたいなの。絶対、めっちゃ豪華な感じのお披露目会みたいになるんじゃないの?ワタシは地味に平和に生きていきたいのに。
本音を言うなら、隅っこでひそっと聞いているぐらいで楽しみたい。でもこれ、どう考えてもワタシの座席はセンターですね。覇王様の隣でどどーんと座らないとダメなやつですよね。知ってた。
ヴェルナーはワタシの心境がわかっているのだろう。一瞬だけ同情するような顔を見せた。ワタシが派手な催しが好きじゃないことぐらいは、わかってくれている。
というか、実はユリアーネちゃん以外で一番庶民的な感覚が通じるのはヴェルナーだ。アルノーの割と庶民的ではあるんだけど、旅から旅を重ねて傭兵稼業をやってきたおっさんの普通は、ワタシの普通とはちょっと違った。
一庶民として目立ちたくないし、派手な催しに主賓として招かれたら緊張するという意味合いの感覚が通じる、数少ない相手ではある。……ただし、この男は必要ならばワタシをその現場に引っ張り出すのも辞さないので、ユリアーネちゃんのように癒やしにはならない。おのれ、ロップイヤーの腹黒眼鏡め!
「より完璧な鎮魂歌をお披露目出来るよう、聖歌隊一同、修練に励むと申しております。どうぞ、楽しみにお待ちください」
「はい。皆様のステキな歌声を、楽しみにしております」
「日程につきましては、こちらで完成の目処が立ちましたらご連絡いたします」
「そちらは陛下とご相談ください」
「承知しました」
猫被りモード続行中のヴェルナーと、顔が引きつるのを必死に誤魔化しながら外面で対応しているワタシ。背後に佇むライナーさんとユリアーネちゃんは無言だった。無言だけど、労りのオーラがめっちゃ伝わってきた。
いや、聖歌隊の皆さんの歌はめっちゃ楽しみに待つけどさ。絶対にステキな仕上がりだろうし。コンサートみたいなもんじゃん。
問題は、覇王様と二人で聖歌隊による完全復活した鎮魂歌のお披露目などという場所に引っ張り出されるときに、ワタシに普段の装いが許されるのかという話だ。主に、侍女や女官の脳内お花畑軍団の中で。
着飾るのが嫌いなわけではない。でも、彼女たちの妄想を満たすためだけに着せ替え人形にされるのは嬉しくないんだ……!せめて、せめていつもの服装での参列を希望する……!
後日、聖歌隊の皆さんによる見事な鎮魂歌を聴いたワタシは、ゲームバージョンも良いけど聖歌隊の生歌も最高だと感動しました。あ、服装はいつものやつで大丈夫でした。セーフ。
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