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 平和な日常が続いていた。

 いやもう、物凄く平和だった。そりゃ、ちょいちょい小競り合いだの、モンスターの出没だのとあったりするけど、概ね平和。大きな事件が起きることもなく、ワタシの日常はようやっと平穏無事になっていた。

 気付いたら季節は夏だ。夏真っ盛り。きっと、ひまわり畑があれば綺麗にいっぱい咲いてるだろう。何かそんな感じの夏。

 ……まぁ、つまりは、暑いです。

 暑いとはいっても、流石はお城。仕組みはよくわかってないけど、空調機能みたいな感じで快適な温度に保たれている。ただ、それはあくまでも屋内の話。移動するために一歩外に出れば、熱い日差しが照りつける夏です。

 ってなわけで、外に出て暑かったワタシは、冷たいお昼ご飯をシュテファンに要求している。ありがとう、シュテファン。いつも優しい。


「ミュー様、言われた通りに茹で上がったうどんを冷水で冷ましましたけれど」

「わーい、ありがとー。それじゃあ、水気を切って器に盛りつけてー」

「はい」


 今日もシュテファンはワタシに優しい。ワタシが食べたいと駄々をこねたら、ワタシの拙い知識からうどんを作ってくれたシュテファン。今も時々作って貰っているのだ。

 最初に作って貰ったのが温かいうどんだったので、うどんはスープに入れて食べるものだと思っていたらしいシュテファン達。でも、実際うどんは温かいのも冷たいのも美味しいので、今日は冷やしうどんを所望したのだ。

 いやー、暑い日はね、冷たいおうどんが食べたく鳴るよね!何かこうね!のど越しが良いというか、夏バテの時でも食べやすい感じがするよね!

 ……え?しない?ワタシはするんですけど。うどんとか素麺とか、暑い季節に食べるの美味しいと思うんだけど。つるんって喉を通る感じが好きです。


「それじゃ、その上にサラダを載せて、温泉玉子を割ってからめんつゆかけてね」

「わかりました」


 シュテファンはワタシの言葉に頷くと、綺麗に盛り付けをしてくれる。色取り取りの野菜が目に鮮やかなサラダが真っ白なうどんの上に盛りつけられ、中央のくぼみに温泉玉子が割られる。そしてそこに、濃いめに作っためんつゆがくるーりと。

 うん、実に美味しそうなサラダうどんです。暑さで食欲が落ちているので、ワタシはサラダうどんを所望しました。冷たくてのど越しすっきりで食べやすいし、サラダも玉子も食べられるので栄養バランスも悪くないと思う。

 完成したサラダうどんを手にワタシがうきうきと向かうのは、料理番の皆さんが休憩に使っている場所だ。そこで料理番の皆は食事を取ったり、試作品を食べたり、休憩したりしている。

 ……何でそんな場所で食べようとしているかというと、普通の食堂に行くと目立つからです。ワタシは目立ちたくないんだ。静かにご飯を楽しみたいんだ。

 ワタシの食事は、基本的にはアーダルベルトと一緒ということになっている。でも、お忙しい皇帝陛下といつも一緒というわけにはいかない。毒味役(といっても匂いで判断するだけ)はライナーさんが代わりにやってくれる。なので、アーダルベルトと一緒じゃないご飯のとき、ワタシは料理番の休憩室へと入り浸っている。

 いや、お邪魔している自覚はあるけど、ここがワタシにとっては一番の安全地帯なんですよ……。

 何せ、料理番の皆さんはワタシのことをよくわかっている。ワタシとアーダルベルトのことを正しく理解しているし、ワタシのことも割と把握してくれている。なので、ここだと物凄く自由に過ごせるのだ。平和ってありがたいよね!

 アーダルベルトがいないのに、皇族とかお客様用の食事場所なんて使いたくない。だだっ広いテーブルに一人で座るのとか、寂しすぎるし。

 かといって、お城に務めている人たちが使う従業員食堂みたいな場所へ行くのも、疲れるのだ。別に何か言われるわけじゃない。何かされるわけじゃない。ただ、物凄く視線が突き刺さるだけで。まるで動物園の動物になった気分なのだ。そんな中で落ち着いてご飯なんて食べられませんよね!

 ワタシのこの行動は今に始まったことではないので、料理番の皆さんももう慣れている。むしろ、ワタシが要求する賄いレベルのご飯を「それはどういう料理ですか?」みたいに興味津々だったりする。今も、シュテファンにサラダうどんを要求している人がいる。美味しいよ、サラダうどん。


「それでは、いただきます」


 食前の挨拶をして、いざ、実食!

 めんつゆのかかったサラダとうどんを一緒に食べるサラダうどんは、夏にぴったりの料理。まずは、つやつやぷるんぷるんの温泉玉子を箸で割るところからスタートだ。玉子の黄身をサラダに絡め、めんつゆの絡んだうどんと一緒に口の中へ。

 ちゅるん、と麺が口の中へと滑り込む。サラダのシャキシャキとした食感に、とろりと絡んだ温泉玉子がなんとも言えずに絶妙。濃いめに作っためんつゆだけど、サラダと一緒に食べるならこのぐらいで丁度良い。温泉玉子でも薄まるしね。

 暑さに敗北していた身体に、冷たいうどんの美味しさが染みるー。今度は海藻サラダにしてもらおう。普通のサラダでも良いけど、海藻サラダも絶対に美味しいし。あー、それにしても温泉玉子が絶妙のとろとろ具合。流石だよ、シュテファン。

 温玉サラダうどんを食べて夏を満喫しているワタシの隣では、ライナーさんががっつり肉定食みたいな感じの食事をしていた。焼いた肉とサラダとスープにパンという感じのシンプルなランチ。ただ、全体的に量が多い。

 せっかくだからこの時間にお昼ご飯食べちゃえば良いじゃんというワタシの誘いを、ライナーさんは最近やっと聞いてくれるようになった。基本的に、誰かと交代してご飯に行ってたからなぁ。

 そりゃ、アーダルベルトと一緒にご飯っていうのは難しいかもしれないけどさ。ワタシと一緒にここで食べるなら、誰も気にしないと思うんだよね。最近は料理番の皆さんもライナーさんに慣れたらしくて、通りすがりに挨拶したり、お裾分けに何かを持ってきたりしている。

 ライナーさんは有能な近衛兵さんで、子爵家の人で、まぁ、下級とは言えお貴族様だ。ワタシにとっては優しい(けど最近ワタシの扱いがちょっと雑になってきてる)お兄さんでしかないけど、庶民が多い料理番の皆さんにしたら凄い人になるらしい。顔を出す頻度で徐々に慣れた感じである。

 時間の効率的な活用をっていう方向で説得したら通じたんだよねー。身体が資本の近衛兵さんなんだから、ちゃんと食事はとって欲しい。おやつのときも参加してもらうのは確定だし。


「ミュー様」

「ん?何ですか、ライナーさん」

「多分ですが、近日中にまたサラダうどんを食べることになるかと思います」

「へ?」


 美味しい食事を堪能していたら、ライナーさんが突然よくわからないことを言い出した。何のことかわからずに首を傾げていたら、ライナーさんは困ったように笑って説明してくれた。


「自分が食べたことがない料理が増えたとお聞きになったら、どうされると思います?」

「……一緒に食べよう、と?」

「おそらくは」

「……子供か、あいつは!!」


 思わず腹の底からツッコミを入れてしまった。というか、皇帝陛下が食べるような料理じゃないよ、温玉サラダうどんって!もっとご馳走食べようよ!

 ……でも、やりかねないなぁと思った。何でか知らんけど、アーダルベルトって庶民飯を美味しそうに食べるんだよねぇ。それで良いのか、皇帝陛下。


「……まぁ、本人が食べたがるなら、それで良いんじゃないですかね……」

「ミュー様、顔が死んでます」

「いやー、だってこう、どう考えてもこれ、皇帝陛下の食べる料理じゃないですよね?」

「……」


 ワタシの問いかけに、ライナーさんは答えてくれなかった。そっと目を逸らした。答えるのを拒否する辺り、もう答えがわかりきってる感じじゃないですか。

 なお、念のためにシュテファンを初めとする料理番の皆さんにも聞いてみたけど、全員物凄く微妙な顔をしてくれました。そりゃそうですよね。どう考えても庶民飯だもんね!




 そんな愉快な昼食を終えて、ワタシはアーダルベルトの執務室へと向かっていた。お忙しい覇王様にお手数をかけるのはアレなのだが、ちょっと確認したいことがあるのだ。とても大事なことだ。


「アディー、今時間あるー?」

「お前は何度言えば、返事を待たずに扉を開ける癖が直るんだ?」

「あ、ごめん。ノックはしたよ」

「ノックをしていようが、返事を待たないのでは同じだろうが」

「はーい」


 ついうっかり、我が家気分で扉を開けちゃう癖、どうにかしようとは思ってるんだけどさ。流石に、お客さんがいるだろう場所へ行くときはちゃんとお返事を待つんだけども。友達の部屋に行く感覚になってるんだろうなぁ。

 まぁ、口でアレコレ言ってても、アーダルベルトはあんまり気にしてないみたいだけど。隣のエーレンフリートがすっごい顔で見てるだけで。……なお、ちらりとアーダルベルトに視線を向けられて、ぴゃって感じでぷるぷるしてた。わかりやすい。安定の忠犬です。狼だけど。


「それで、何か用事でもあったか?」

「ちょっと聞きたいことがあってさ」

「聞きたいこと?」

「うん」


 気持ち真面目な雰囲気で口を開いたら、大事な話だと判断したらしいアーダルベルトは書類から手を離した。真っ直ぐとワタシを見てくる。

 先を促されているのだと理解して、ワタシは質問を口にした。なるべく、あまり重くも真面目にもならないように気を付けながら。


「テオドールって、どうしてる?」

「……いきなりだな」

「うん、ちょっと気になって。あのバカ、ちゃんと反省してるのかなーって」


 へらりと笑ってみせたけど、探るような視線が突き刺さる。

 うん、まぁ、そうだよね。脈絡が全然ないよね。それも、別に普段から話題にしてるわけでもないもんね。でもとりあえず、聞きたいので答えて欲しい。ワタシにはワタシなりの理由があるので。

 ワタシがそれ以上の説明をしないと理解したらしいアーダルベルトは、面倒くさそうにため息をついてから教えてくれた。


「あいつなら、監禁先で大人しくしているぞ。特に妙な動きをすることもなく、日々を静かに過ごしているらしい」

「本当?大人しい?ちゃんと反省してる?」

「反省してるかどうかは知らんが、大人しいぞ」

「そっか。なら良いや」


 アーダルベルトの素っ気ない返事に、ワタシは満足した。この話題でこいつが嘘をつくことはないだろう。それなら良かったと胸をなで下ろすワタシに、突き刺さる三対の瞳。

 ……止めて。全員でワタシを凝視するの止めて。正面のアーダルベルトとエーレンフリートも嫌だけど、隣のライナーさんの視線もめっちゃ突き刺さるの勘弁して欲しい。


「今度は何があった?」

「何もないよ」

「ミュー」

「いや、だから、あのバカが本当にちゃんと反省してるなら、この先も安全だなと思ったの。それだけ!」


 嘘ではない。それは本当だ。なので、ワタシの瞳に曇りなどあるまい。

 ワタシが本音で話していると理解したのだろう。三人の視線はいつもの普通のものへと変わった。あー、怖かった。顔面偏差値の高い集団に真顔で凝視されるの、圧迫面接どころじゃない威圧感があるよね。

 ……詳しい説明を、するわけにはいかない。匂わせるのも、よくない。ワタシが知っている未来の中で、これは多分、口にしない方が良い未来なのだから。


「仕事の邪魔して悪かったね。ちょっと思い出して気になっただけだから」

「ミュー」

「また、おやつの時間に来るね!」


 いつもの笑顔で告げたら、仕方ない奴だなみたいな顔をして、アーダルベルトはそれ以上何も言わずにワタシを見送ってくれた。サンキュー、親友。問い詰められるとちょっと、ワタシも困るんだ。

 ワタシがあのバカ、テオドールの動向を確認したのには、一応、意味がある。ゲームでは、今年の夏の終わりに、テオドールは最後のクーデターを企てる。

 勿論、失敗に終わる。どれだけ綿密な計画を立てていようと、どれだけ執念があろうと、主人公はアーダルベルトだ。皇帝はアーダルベルトだ。正統に、継承権順に即位した皇帝であり、善政を敷いているアーダルベルトが討たれる理由は、どこにもなかった。

 そのテオドールが動きだす時期が、今だった。一応、別れる前にきっちり釘を刺しておいたし、ゲームと違って兄弟間で会話も出来たっぽいから、フラグがへし折れていると信じたいけれど。

 それでも確認せざるをえなかったのは、……アーダルベルトの危機感を刺激するようなことを言ってしまったのは、多分、ワタシがあの男を完全に信じ切れていないからだろう。あいつが本当に改心したのかどうか、ワタシには、わからないのだから。

 ぶっちゃけ、テオドールが謀反の果てに死のうが、ワタシはあんまり気にしない。あっそうって感じだ。自業自得のバカとしか思わない。

 でも、たった一人の弟を、可愛がっていた弟を、自分の手で殺すしかなかったアーダルベルトの苦悩を知っているから、その未来は起きて欲しくないなぁと思うのだ。どれだけバカな弟でも、アーダルベルトにとっては大切な弟みたいだから。




 ワタシの介入で少しでも未来が変わっていれば良いのにと、そう、思ってる。




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