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「とりあえず、何でお前が鎮魂歌の歌詞を知っているのか説明しろ」
据わった目をしたヴェルナーに、がっちりと頭を鷲掴みにされたワタシの運命やいかに。
いや、そんな冗談を言っている場合ではない感じがする。あーうー。ワタシは別に何も悪いことをしていないのに。ただちょっと、お気に入りのゲームのお気に入りの挿入歌を口ずさんだだけなのに。何でこんな大事になっているんだ。解せぬ。
とりあえず、さっきのライナーさんの発言から考えるに、ワタシは今回も微妙にやらかしてしまったらしい
この世界には、ワタシがゲームで聞いていた挿入歌が鎮魂歌として存在している。ただし、伝わっているのは旋律のみ。楽譜は存在していて、音楽隊が葬式とかの度に演奏しているらしい。
……そう、旋律しか、伝わっていない。
何をどうしたのか、歌詞は一文字たりとも伝わっていないらしい。そして、そんな歌を、ワタシは口ずさんでしまったのである。今ヴェルナーに頭を鷲掴みにされているのは、そのせいだ。
でも、言わせてほしい。
ワタシだって、こんなことになってるなんて、思いもしなかったんだ。知っている歌をうきうきで口ずさんだら、めっちゃ大事になりそうだなんて、誰が思うのさ!ワタシの平穏、どこ行った!!帰ってきて、平和な日常!
「何でって言われても……。ワタシの世界には、歌詞ありで伝わってたんだよ……。っていうか、何でこっちでは歌詞が伝わってないのさ……。そっちの方が謎だよ……」
しょんぼりと肩を落として呟くワタシに、ヴェルナーは目を細めた。頭を掴んでいる手に、力はこもらない。ギリギリされないだけマシなんだけども、逃がすかというように捕まったままなのである。可哀想なワタシ。
助けを求めるように側にいる三人に目を向けても、めっちゃ普通にスルーされた。ヒドい。
ライナーさんとユリアーネちゃんは、慎ましく笑みを浮かべて佇んでいる。ワタシが何かをやらかすことに慣れているらしい二人は、ヴェルナーを止めるどころか生温く見守ることを選んだらしい。そこ、別に慣れてくれなくて良いのに。
「正しい歌詞なんだな?」
「……何をもって正しいと言うかはわかんないけど、少なくとも、ワタシが知ってるのはこの歌詞です」
「なるほど」
何がなるほどなのか、ワタシにはちっともわからない。真剣な顔をしたヴェルナーが、ワタシの頭を掴んだまま無言だ。超怖い。
しばらく考え込んだ後、ヴェルナーは口を開いた。相変わらず真顔だった。顔面偏差値は無駄に高いロップイヤーの腹黒眼鏡なので、真顔になられるととても怖い。勘弁してほしい。
「とりあえず、歌詞を書き出せ」
「え」
「上に提出する。全文書き出せ」
「……あう」
有無を言わせないヴェルナーの言葉に、ワタシは固まった。
いや、別に歌詞を提出するのは良いんですよ。あくまでもワタシが記憶しているものでしかない、という前提を伝えてもらえるなら。正しいかどうかは知らないという前提なら。
問題は、ワタシにとってこの世界の文字がハードルが高いという現実だ。自分の名前ぐらいは書けるようになったけど、見本もなくすらすら書けるかと言われたら、まだ無理です。そもそも普段から文字を書いてるわけじゃないので、一向に上達はしていない。
ヴェルナーは宣言したらそれで満足したのか、自分の仕事に戻っていった。やだー、ワタシを放置しないでー。ワタシ、読める字で書ける自信がないんですけど!
「
「はい?」
ちょんちょんと肩を突かれて、ワタシはゆっくりと背後を振り返った。真綾さんがにこにこしたいつも通りのステキな笑顔で、ワタシにある提案をしてきた。
「代筆しましょうか?」
「……へ?」
「私、文字も翻訳されるみたいだから、未結ちゃんより楽に書けるわよ」
「真綾さん大好き!愛してる!」
心優しいお姉様の提案に、ワタシは一も二もなく飛びついた。真綾さんのそういう優しいところ、本当に大好きだ!本来なら、休憩を兼ねた時間だろうに、雑務に付き合ってくれるなんて本当に良い人過ぎる。ありがとう、ありがとう。
そんなわけで、ワタシは歌詞を思い出しつつ真綾さんに伝えて書き出してもらうことにした。素で思い出すのって案外難しいから普通なら歌いながらになるけど、記憶力チートのおかげで羞恥プレイは免れた。ありがとう、記憶チート。初めて感謝するわ!
とりあえず、それで一仕事を終えて、ワタシの役目は終わりだと思った。思っていた。そんなワタシに爆弾が投げつけられたのは、夕飯の席だった。
「お前、聖歌隊に呼ばれてるぞ」
「……はい?」
今日も絶品なお料理を幸せいっぱいで食べているときだった。ワタシの目の前に座ったアーダルベルトから、寝耳に水の一言が飛んでくる。というか、何を言っているのかさっぱりわからない。
とりあえず、切り分けてフォークに刺したままのステーキを口に運ぶ。美味しい。肉汁がじゅわわっと出てくる。シンプルに塩胡椒で焼き上げているだけなのに、お肉が美味しいのと料理人の腕が良いのとで、めちゃくちゃ美味しい。ビバ、ステーキ。
付け合わせの茹で野菜も絶品。でも、個人的に一番美味しいと思っているのはマッシュポテトです。きっちり裏ごしもされているマッシュポテトは、なめらかな舌触りで実にクリーミーだ。ジャガイモ万歳。
「料理に逃避するな。聖歌隊がお前を呼んでいるらしいから、明日にでも顔を出せ」
「何でだよ!」
「本当に身に覚えがないのか?」
「……うぐっ」
ジト目で問われて、思わず言葉に詰まった。詰まってしまった。反論できない。
身に覚え、嫌と言うほどあります。ありますよ。認めたくないけれど。アレだろ。昼間、ヴェルナーに提出した鎮魂歌の歌詞のことだろ!
でもだからって、どう考えても面倒くさいことの気配しかしないので、御免被りたいだけです。ワタシの平穏な日常が、消えていく……。
というか、何で聖歌隊に呼び出しされるんだろう。歌詞は提出したし、旋律は楽譜があるんだから問題ないと思うんだけど。何でワタシが必要なんだよ。
「旋律と歌詞はわかっても、歌となるとまた違うからお前に確認したいそうだ」
「何その面倒くさいイベント。いらない」
「口を滑らせたお前が悪いんだ。諦めろ」
「少しは助けようとしろよ!薄情者!」
あっさりとワタシを人身御供よろしく差し出すことを決定しているアーダルベルトに、思わず食ってかかる。しかし、思いっきりスルーされました。知ってたけど!そういう扱いだろうってわかってたけど!
うー。主旋律に乗せて歌えば良いだけじゃないかー。自分たちでどうにかしてくれよー。ワタシは面倒くさいことも目立つことも嫌いなんだよ。こんちくしょう。
あと、教会ってヴェルナーの本拠地だし、話の流れであいつもそこにいそうだから行きたくないのに。猫被りモードのヴェルナーと一緒に過ごすの、胃がキリキリするし気持ち悪いし嫌なんだけどなぁ……。
思わず盛大にため息をついてしまうけれど、ワタシは悪くないと思います。あいつの猫被りは本当に不気味なんだからな。
「それにしても、お前の知識は本当に際限がないな」
「言い方」
「まさか、失われた歌詞まで記憶しているとは思わなかったぞ」
「ワタシの世界じゃ失われてないんだよ。普通に歌われてたんだよ」
「ほう?」
やけっぱちになりながら食事を続けるワタシを、アーダルベルトは面白そうな顔で見ている。何だよ。何も面白いことなんてないよ。
「お前の世界でも鎮魂歌として使われていたのか?」
「いや、鎮魂歌ってのとは違ったかな。ただ、特定の場面で歌われる歌だったのは同じだよ」
「なるほど」
ゲームのイベントムービーで流れる挿入歌ですとは言えないので、適当に濁して返事をしておいた。まぁ、嘘は言ってないから大丈夫だろ。
それにしても、何だったこんな面倒くさいことになってるんだろう。まさか歌詞が消失してるなんて思わなかったしなぁ……。あと、歌詞を提出したらそれで終わりだと思ってたので、仕事が増えたことが解せぬ。悲しい。
こう、ゲーム知識と無縁なところでイベントが発生するとどうして良いのかわからなくなるんだよねぇ。いや、ある意味でゲーム知識が原因ではあるんだけども。誰がこんなイベント発生の仕方があると思うよ。
まぁ、ワタシが面倒くさいと思うだけで、何か危ないことが起こるわけでもないから、まだマシか。そう思うことにしておこう。でないとこう、ワタシの心が落ち着かない。
「ミュー」
「何?」
「何も起こらんとは思うが、ライナーは連れて行けよ」
「うん?あぁ、わかってるよ。そもそも、ライナーさん無しで行動することってほぼないじゃん」
「それはそうだがな。念のため」
何故か釘を刺されてしまった。
いや、本当に、何で釘を刺されたのかわからない。そりゃ、お城から出るけどさ?聖歌隊がいるのは礼拝堂だから、街に繰り出すのは決定だけども。何でそんな釘を刺されるんだろうか。
ライナーさん無しで行動したことなんて、片手で数えた方が良いんじゃないかってぐらいだよ。それも、代わりとばかりにアーダルベルトが隣にいたし。無力で非力なワタシは、一人で行動なんてしてません。
そこでふと、気付いた。何で釘を刺されたのか、何となく察した。
「心配しなくても、ヴェルナーが一掃できるように上奏してきたんでしょ?」
「……む」
「行き先が教会陣営だからって、そんな警戒しなくて良いと思うんですけど」
「…………わかってる」
「こら、こっち見て返事しろ、アディ」
不備を見咎められた子供みたいな感じで目線を逸らすアーダルベルト。まったく、変なところで過保護だよなぁ、この覇王様。
アーダルベルトが護衛から離れるなと釘を刺してきたのは、多分、ワタシが刺された事件のことがあるからだろう。実行犯の神父さんは無理矢理実行犯にされただけなので除外するとして、ワタシに敵意を抱いた大司教一派は既に一掃されている。それなのに妙に心配性なのだ。
確かに心配したくなる気持ちもまぁ、わからなくもないけれど。ワタシとしては、ヴェルナーがそんなヌルい仕事をするとは思ってないんだよね。あの男、仕事はちゃんとやるんだ。
だから、今の教会陣営に大司教一派だったり、それに準ずる面々はいないと思う。仮にいたとしても、大きく動くことはないはず。今動いたら芋づる式に全滅させられるのは誰の目にも明らかだし。
「アンタ、時々妙に過保護だよねぇ」
「お前が非力なのが悪い」
「アンタら
確かにワタシは非力だけども、比較対象が間違ってるんだ!
だって、一般人だって協力してモンスターを倒せちゃうような種族なんですよ?お城の女官や侍女、侍従の皆さんだって一通り戦えるスペックが要求される国ですよ?その国の普通で、平和な現代日本で育ったワタシを計らないでほしい!
とりあえず、明日の予定は礼拝堂で聖歌隊に会うことになりそうで、今からちょびっと憂鬱なワタシなのでした。平和が、平穏が、欲しい……。
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