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ガエリア帝国の城下町の礼拝堂ともなれば、そりゃもう立派なものです。礼拝堂って言うか、何かこれ、大聖堂って感じだな。礼拝堂と大聖堂の違いとか欲わからないけど、何となく大聖堂の方が大きくて立派なイメージがある。
それにしても、やっぱりこう、大きな国の大きな街の礼拝堂って、本当にすごいなぁ。ステンドグラスもそうだし、何か柱とか壁に彫刻っぽいのがあったりして、とりあえずすごい。ワタシに美術や建築に関する教養は存在しないので、善し悪しその他は良くわからない。ただ、ワタシがすごいなぁ、綺麗だなぁと思っているだけだ。
「
「はーい」
入り口でお登りさんよろしく感動していたワタシに、真綾さんは優しく声をかけてくれる。なお、ライナーさんとユリアーネちゃんは微笑ましくワタシを見ていた。城下町在住の彼らにしてみれば見慣れたものなのだろう。礼拝堂に驚く姿も含めて。
真綾さんに案内される形で進む先は、ホールの横にある廊下っぽい通路だった。ホールには長椅子が並んでいて、参拝者がいっぱいいた。面白いのは、老若男女入り乱れていることだと思う。真剣に祈る大人に交じって、意味がわからないなりに拝んでいる子供たちの姿が微笑ましい。
神父さんやシスターも何人もいて、参拝に来た人々と話をしているようだ。礼拝堂って言うと何か厳かな雰囲気を想像してたけど、確かに厳かな部分はあるんだけど、温かい場所だなぁと思った。一般人がふらりと立ち寄って気軽に話を出来る場所でもあるのか。
現代日本だと、こういう光景はあんまり見ない気がする。いや、ワタシが宗教関係の場所とは殆ど縁がないからなんだけど。田舎の寺社仏閣だったら、こういう光景もあるんだろうか?
「そういえば、真綾さんは宗教ってどうなんですか?」
「うーん?我が家は、良くある日本人らしく、法事はお寺だけれどクリスマスも祝うし、ハロウィンも楽しんじゃうし、普段はあんまり意識してないわねぇ」
「あ、うちと一緒だ」
「そういうお家の方が多いんじゃないかしら?でも、一応家にお仏壇があるから、きっと仏教徒なのよね」
「ものすごいライト層な仏教徒と言うか、ちゃんとやってる人からしたらツッコミ満載なんでしょうけどね」
「どこだってきっと、そういうものよ~」
のほほんと笑う真綾さんに、ワタシも笑った。
こういう、日本人あるあるみたいな会話が出来るのはとても楽しい。ライナーさんたちに話しても、理解されないだろうからなぁ。別にそれが悪いわけじゃないんだけど、世間話としてあるある話が出来るのは結構楽しいんだなと気付いたワタシです。ありがとう、真綾さん。
そんな風にのんびりと会話をしていたら、目当ての部屋に辿り着いた。途中で幾つも部屋を通り抜けた奥まった場所だ。……そして、部屋の奥で書類仕事をしていたらしい腹黒眼鏡のロップイヤーは、真綾さんの後ろから顔を出したワタシを見て、一瞬の半分だけ表情を消した。
……あ、こいつ、今、どんな顔をしようか悩んだ結果、無表情になったな。何でお前がいるとか思ったんだろうけど、室内に他の神父さんもいるし、いつ誰がやってくるかわからないから、無難な無表情に落ち着いたとみた。
「ヴェルナーさん、書類を届けに来ました」
「マーヤ殿、わざわざありがとうございます。まさか、ミュー様までご一緒とは思いませんでした」
「礼拝堂を見たことがなかったんで、真綾さんに同行させてもらったんです」
「おや、そうだったんですね。てっきりミュー様は礼拝堂に足を運んでおられると思っておりました」
マーヤさんに向ける笑顔は素なんだろうなと思った。それと同時に、ワタシに向けられた笑顔は作り物だった。おのれこの野郎。ワタシに対する扱いが本当に雑である。格差がヒドい。
でもまぁ、とりあえず事情の説明は出来たし。ヴェルナーの職場がどんな感じなのかを眺めることが出来て、割と楽しい。楽しいので、一瞬の半分だけ面倒くさそうな顔をしたヴェルナーには気付かないフリをしておいた。安定の腹黒眼鏡様である。
そうこうしている間に、室内にいた他の神父さんが出て行った。外回りのお仕事でもあるんだろうか。まさか、ワタシに遠慮して出て行ったとかはないよね?嫌だよ、追い出したみたいになるの。
「心配するな。元々あいつらは外出予定があった」
「あ、そうなんだ。良かった」
ヴェルナーは、真綾さんが持ってきた書類を見ている。何やら難しい顔をして読んでいる。お返事が必要な案件らしく、真綾さんはヴェルナーが処理を終わるまでは待機だそうです。暇なので、ワタシも一緒に待機することにした。真綾さんを待ってるんだ、ワタシは。
真綾さんが使いっ走りみたいになってるのは良いのか?と思ったりもするんだけど、当人は何も気にしてないし、にこにこしている。もしかしたら、こういう雑用をすることで、外の世界と繋げようとしてくれているのかもしれない。理由がなければ外出しにくいみたいだし。
というのも、真綾さんもワタシと一緒で庇護対象ではあるからだ。ワタシより自由に出歩くことが出来るのは事実だけど。それでも、今日の書類お届け任務も、ワタシと一緒じゃなかったら誰かが同行したらしい。真綾さんの安全には皆が気を配っている。
客人用のソファに座って真綾さんと他愛ない雑談をして時間を潰す。そうやって過ごしていると、不意に音楽が聞こえた。どうやら、音楽隊が練習をしているらしい。
教会には専属の音楽隊がいると聞いている。宗教と音楽は切っても切れないんだろうか。式典のときに音楽は欠かせないらしく、音楽隊としてプロが常駐しているのだ。そして、城下町の礼拝堂に所属している音楽隊だけあって、ここの音楽隊のレベルはめっちゃ高いらしい。流石だ。
「綺麗な音楽ね~」
「ですねー」
音楽に聴き惚れながら二人でのんびりと笑う。色々な曲が聞こえてくるのは楽しい。それも極上の演奏なのだから、何だか得した気分だ。
そんなとき、不意に聞こえてきた音楽にワタシは目を見開いた。ワタシの知っている音楽だったからだ。
『ブレイブ・ファンタジア』の作中で流れた音楽だ。それも、Ⅴで。アーダルベルトのお葬式イベントで流れた挿入歌だ。澄み切った声が印象的な女性ボーカルが、情感たっぷりに切なく歌い上げるバラード。曲の出来が良かったからこそ、お葬式イベントという状況と相まってこちらの涙腺を爆撃してくれたのは懐かしい思い出だ。
とはいえ、曲に罪はない。ましてや、プロの演奏で聞けるならなおさらに。
「ヴェルナー」
「何だ」
「これってどんなときに使う曲?」
「どんなときって、鎮魂歌だ」
「鎮魂歌……?え?これ、お葬式の曲?」
「そうだ」
何言ってんだと言いたげなヴェルナーに、ワタシは思わず目を点にした。お葬式イベントの挿入歌が、実際の世界では鎮魂歌扱いだったことに驚いたのだ。えー、これ、そういう扱いになっちゃうんだ?現実ってすごい。
ゲームと現実が思いもしなかった融合を果たしていたのが嬉しくて、思わず歌を口ずさんでしまう。大きな声で歌うのは恥ずかしいけど、ついつい歌詞が口からこぼれてしまう。
女性ボーカルの歌だけどそこまでキーは高くなくて、割と歌いやすい。カラオケにも入ってたんだよねー。一番の歌詞も良いけど、二番もぐっとくる。サビの部分も秀逸だし。いやー、本当にこれは神曲だなー。
……って感じで暢気に口ずさんでいたら、何故か目の前に仁王立ちしたヴェルナーに頭を掴まれました。
待って?いきなり何?無言がすごく怖いんですけど、ヴェルナーさん?え?お仕事の邪魔でした?煩かった?そこまで音痴じゃないと思うんですけど!
「小娘、お前、今、何を、歌った……?」
「な、何って、この歌を、歌っただけ、ですけど……?」
怖いくらい真剣な顔をしたヴェルナーが、ワタシを見下ろしている。頭を鷲掴みにされているので、逃げられない。助けてと視線を向けた先では、ライナーさんもユリアーネちゃんも衝撃を受けた顔をしていた。な、何故……!?
何も、何もしてないです!ただちょっと、お茶目に歌を口ずさんだだけなのに!何が起きてるのか全然意味がわからない!」
歌っちゃいけなかったの?もしかして、決まった人しか歌っちゃいけないお歌とか、そういうやつだった?しまった!宗教が絡む歌なんだから、そこら辺の配慮をするべきだったのか!ワタシのバカ……!
と、色々とぐるぐるしたんですが、ヴェルナーのツッコミはワタシの予想もしていなかった方向から飛んできた。
「お前、何でこの歌の歌詞を知っている……!」
「……はい?」
思わず目が点になった。何を言っているのか良くわからない。
ヴェルナーはものすごく真剣な顔をしていた。ワタシの頭を鷲掴みにしたままだけど、別に力は込められなかった。これはお説教でギリギリするためではなく、ワタシを逃がさないためらしいと理解した。
そこは理解できたけど、ヤツの発言の意味は理解できない。何を言っているんだろうか?鎮魂歌だってお前が言ったんじゃないか。歌には歌詞があって普通だろう。歌なんだから。
そう思っていたら、ライナーさんが静かに、静かに答えをくれた。
「ミュー様」
「はい、何でしょうか?」
「こちらの鎮魂歌の歌詞は、失われて久しいのです」
「……は、い……?」
「旋律は伝わっており、楽譜も無事ではありましたが、長い歴史の中で歌詞は失われ、どのような歌であったのかを知るものはおりません」
「何だ、と……?」
ライナーさんの丁寧な説明に、ワタシは顔を引きつらせた。待ってほしい。めっちゃ待ってほしい。ワタシは今、自分がやらかしたことを、何となく理解した。理解したけど、全然嬉しくないやつだった!
えーっと、つまり、演奏することは出来ても、歌詞がわからないので歌えなかった曲だと言うことです?んでもって、その歌を、ワタシは暢気に気楽に口ずさんだ、と?え?ナニソレ、タイミングが悪いにもほどがある。やってられない。
真綾さんを見たら、あらあらって言いたげに笑っていた。いつも通りの笑顔だった。真綾さんは本当に、本当に、別の意味で器が大きすぎると思います!ちょっとは動じようよ!
ユリアーネちゃんは慎ましく沈黙している。ライナーさんも生暖かい微笑みを浮かべている。ダメだこの人たち、ワタシを完全に見捨てている。
どうするのが正解かわからずに正面に立つヴェルナーを見上げたら、ワタシの頭を鷲掴みにしたままで腹黒眼鏡様はにっこりと微笑んでくれた。それはそれは美しい微笑みだった。顔面偏差値は高い男なので、大層見目麗しい微笑みである。
……ただし、背負うオーラの不吉さを隠すことは出来ず、ワタシは、自分が捕縛された蛙なんだと理解した。へーるぷみー。
ワタシは、ワタシは何も、悪くないんだぁああああああああ!
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