12章 増えたイベント、消えたイベント

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 色々あった新年会も無事に終わり、ワタシはのんびりとした日常を過ごしている。

 特に何か大きな事件が起こることもなく、季節は春真っ盛り。過ごしやすい気候の中、ワタシはガエリア城のすぐ隣にある教会にいる。正確には、礼拝堂みたいな大きな建物は街の別の場所にある。ここは、城に詰めている神父たちが仕事をする場所らしい。

 何でワタシがそんなところにいるのかというと、真綾まあやさんがそこにいるからだ。真綾さんは、お城のすぐ隣の教会所有の建物で暮らしつつ、神父さんやお医者さんたちに色々と病気や薬についての知識を教わっているのだ。

 また、お城に含まれる土地なので、余人が入ってこないということもあって貴重な薬草を栽培もしている。真綾さんにはそういったものの知識も必要になるだろうからと、特別待遇で色々とお勉強をしているそうだ。

 え?お前、真綾さんの邪魔をしに来てるのか?ちーがーいーまーす!ワタシはワタシで、仕事があるんです!

 私の仕事相手は、教会所属の医者の皆さん。正確には、医術の心得のある神父の皆さんだ。ワタシが接触する相手は最低限の身元確認が出来てないとダメだとか、何かあったときに誰かが対処できる相手でないとダメだととかで、厳選された人選である。

 ……腹を刺された一件から、周囲の過保護が加速している気がする。壊れ性能な国宝級の魔導具まで装備させられてるのに。

 学園都市ケリティスの理事長様ことかつての魔王様(個人的には今もどう考えても魔王じゃないかと思うんだけども)に、頭に直接流し込む形で与えられたイゾラ熱の知識。その中で必要そうな情報を、医術の心得のある皆さんに伝えるのが、ワタシの仕事。

 頭に入ってる情報を全部書き出すのは、この世界の文字にまだまだ不慣れなワタシにはしんどいのです。いや、仮に書けたとしても、書籍何冊分やねんみたいな分量を手書きするとか、腱鞘炎で死にます。無理ゲーです。

 なのでとりあえず、口頭で伝えて、それを聞いてる人にまとめてもらうというやり方で情報整理をしております。ワタシ一人が知っていたところで何にもならないからな。で、ワタシと話をした皆さんがまとめた情報を、他のお医者さんとかと共有するらしい。

 んでもって、不足してる情報があった場合は、向こうからの質問という形でワタシが情報を伝えることにした。なので、定期的にこっちに足を運ぶワタシなのである。

 ……いや、あのさ、魔王様が取捨選択を面倒くさがった結果、関連情報を全部ワタシに叩き込んでくれたんですよね。おかげで、何を伝えれば良いのかワタシにもさっぱりわからず……。仕方ないので、皆さんに申告してもらおうってことになりました。マル。

 そんなわけで、一仕事終えたワタシは真綾さんと会うために移動しているのだ。真綾さんとの待ち合わせ場所である休憩室へと到着したら、ちょうど同じタイミングで真綾さんもやって来ていた。


「真綾さーん、お疲れ様でーす」

未結みゆちゃん、お疲れ様」

「タイミングばっちりですね」

「そうね~」


 ひらひらと手を振って微笑んでくれる真綾さん。今日も優しい笑顔が心の癒やしです。

 真綾さんは関係者だということがわかるように、ロングカーディガンみたいな上着を羽織っている。手首や襟元に教会の印章が入っているので、身分証の代わりみたいなものらしい。

 ぶっちゃけ、真綾さんはワタシと同じく日本人なので、物凄く目立つ。ワタシの同郷人で友人であるという感じのお知らせは届いているけれど、知らない人ももちろんいる。だから、一目で教会の関係者だとわかるように、この上着を羽織るように言われたらしい。

 ……腹黒眼鏡の神父様に。

 いやうん、正直ワタシは、その話を聞いたときに目を点にした。ヴェルナーが!あの、腹黒と毒舌と、レッツゴー下克上な性格歪みまくったヴェルナーが!そんな優しい配慮をしてくれているなんて!

 なお、正直に口に出したら、ヴェルナーに頭をぐりぐりされました。でも、居合わせたアーダルベルトも、通りがかったラウラとアルノーも、異口同音で「珍しいな」って言ってたから、ワタシ間違ってないです。ヴェルナーが個人相手に特別に配慮するなんて、滅多にないもん。

 確かに、真綾さんのことを頼んだのはワタシや覇王様だけどね。彼女が最強の切り札になり得るって情報も伝えたけれど。だからって、甲斐甲斐しいヴェルナーだなんて、誰も想像しなかったんだ。仕方ないじゃん。普段が普段だもん。


「大変だった?」

「ううん。聞かれたことに答えるだけだから。むしろ、ワタシが医術の知識がないもんだから、何が必要かわからなくて迷惑かけてる感じ」

「それは仕方ないわねぇ」


 ワタシがしょんぼりと肩を落とすと、真綾さんは労るように頭を撫でてくれた。優しい。流石、真綾さん。ワタシの癒やし。

 ワタシの癒やしは、真綾さんと侍女のユリアーネちゃんと、料理番のシュテファンだ。皆、笑顔が優しくて、ワタシの心を慰めてくれる。

 もちろん、他にも優しい人はたくさんいる。けど、この三人以外は優しいときと厳しいときがあるのだ。ライナーさんだって、最近はワタシの扱いがちょいちょい雑なのだ。女官長なんて、飴と鞭が完璧すぎる。それを思えば、この三人は完全なる癒やし枠と言える。


「今の未結ちゃんは、図書館司書さんみたいなものね」

「へ?」

「こういう情報が欲しいといわれて、それを伝えるお仕事って、司書サンみたいじゃないかしら?」

「うーん、ワタシの中では、思いっきりネットの検索サイトって感じがしてます」

「あら」


 真綾さんに素直に答えたら、楽しそうに笑われてしまった。

 いやでも、今のワタシのやってることって、ネットの検索サイトって感じじゃないです?それも、使われる側。つまり、ワタシに対峙する皆さんが検索ワードを入力する使用者で、それをヒントに情報を引っ張り出すワタシが検索サイトみたいなイメージ。多分間違ってない。


「真綾さん、この後もお勉強ですか?」

「この後は、気分転換も兼ねて礼拝堂に書類を届けに行くのよ」

「……何でまた、真綾さんがそんな雑用係みたいなことを……」

「籠もってばっかりもよくないだろうってことなの。大丈夫よ。届け先はヴェルナーさんだもの」


 知らない人じゃないわ~と微笑む真綾さん。……うん、まぁ、後見役の腹黒眼鏡と仲良くしてるみたいで、それは別に良いです。あいつも何だかんだで真綾さんには甘いからな。

 でも、この天然ぽやっぽやの真綾さんを、一人でお城から街へと解き放つのってどうなんだろう。城下町の治安は良いから拐かしとかはないだろうけども、真綾さんはほわほわ系美人なのだ。どう考えてもナンパされる。

 そして、そのナンパ男を相手に、普通に、のんびりと会話をしちゃいそうなところまで想像が出来た。……二人旅の間は、きっと、遼くんがそういうのからガードしてたんだろうなぁ。あの子、小学生のくせにしっかりしてたもんなぁ……。


「あ、じゃあ、ワタシも一緒に行こうかな」

「え?」

「実はワタシ、礼拝堂をちゃんと見たことがなかったから。遠出するわけじゃないし、ライナーさんとユーリちゃんも一緒なら、真綾さんのガードも出来るし」

「私のガードが何かはわからないけれど、未結ちゃん、行き先を伝えておかなくて大丈夫?」

「アディに?……伝えた方が良いですかね、ライナーさん?」


 別に逐一行動を報告しているわけでもないので、そういうの必要かなと視線を向けたら、ライナーさんは少し考えた後に、傍らのユリアーネちゃんを見た。出来る侍女ちゃんは何も言わず、優雅な仕草で一礼してから去って行った。……一瞬で伝令役は自分だと理解するユーリちゃん、マジ有能。

 まぁ、ライナーさんは護衛役だもんな。ワタシの側を離れちゃいけない人だし、そうなると自由に動けるのはユリアーネちゃんなんだけども。

 報告、いるもんなのかなぁ……?ちょっと城下の礼拝堂に向かうだけなんだけども。護衛役のライナーさんも一緒だし、そんな長時間のお出かけでもないのに。


「ダメよ、未結ちゃん。陛下に心配をかけちゃ」

「へ?」

「未結ちゃんに何かがあったら、きっと陛下はとても心配されるわ」

「……あー」


 優しく微笑む真綾さんの言葉に、ワタシはそっと目を逸らした。チラリと視線を向けたら、ライナーさんも視線を明後日の方向に逸らしていた。どうやら気持ちは同じらしい。

 確かにまぁ、何もないだろうけども、何かあった場合は大変なことになりそうだなとは思う。以前、ワタシが襲撃されたと聞いただけで執務机を粉砕した覇王様である。沸点が限界突破したらちょっと考えたくない。

 ……まぁ、ワタシが腹を刺されたときは、そんな余裕もなかったみたいだけど。アレは衝撃が強すぎて感情の整理が付いてなかったからだと思うので、あのままワタシが目覚めるのがもうちょい遅かったら何かが起きていたかもしれない。

 やだ怖い。考えるの止めよう。物騒な話題はごめんである。


「行き先の報告ぐらいはしておいた方が良いのか……。過保護だなぁ、あの悪友……」


 遠い目をして呟けば、真綾さんは相変わらずの柔らかな微笑みを浮かべていた。ライナーさんは困ったような顔をしている。でも、あいつがワタシに過保護なのは事実じゃないですか。

 とはいえ、過保護になる理由もわからなくもない。ワタシが非力だからだ。非力どころじゃないからだ。吹けば吹っ飛ぶような小娘のワタシなので、まぁ、心配されてるんだろうなあ。

 それを言えば、真綾さんもか弱いんだけどさ。ワタシと違って無駄に目立つことのない真綾さんが襲われることは、まずないだろう。彼女の能力の異質さ、その凄まじさを理解しているのは身内だけなので。


「それじゃ、ユーリちゃんが帰ってきたら、真綾さんと一緒に礼拝堂に行くということで」

「ヴェルナーさんとお話しできるわね、未結ちゃん」

「ワタシ、それは別に願ってないかな。あの腹黒眼鏡、顔を合わせると毒舌が飛んでくるから」

「あらあら。仲良しなのね」

「どこが!?」


 楽しそうに微笑む真綾さんに、ワタシは思いっきりツッコミを入れた。いや、本当に。今の流れで、どこに仲良し要素があったの、真綾さん!?

 安定の、天然なお姉さんだなぁ、この人……。毒気を抜かれるというか……。あのヴェルナーを優しい人と形容するぐらいだから、色々とズレてると思う。遼くん、カムバック。ツッコミが圧倒的に足りてないよ。




 とりあえず、初めて向かう礼拝堂がどんな感じか、今からわくわくしているワタシなのでした。




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