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「まぁ、ミュー様に怪我が無くて何よりでございました」


 にこやかにユリウスさんが告げた言葉に、じゃれ合っていたワタシとアーダルベルトは動きを止めた。はて?と首を捻るワタシと、明後日の方向を見ている覇王様。近衛兵ズは何かを察しているのか、二人とも顔は真面目を装っていながら、視線がうろうろしていた。明らかに、挙動不審である。……ヲイ、何があったし。

 じーっと隣の覇王様を見上げるが、ワタシの視線に気づいた次の瞬間、ふいっと別方向を見た。おいこら、お前何を子供みたいな行動を取ってるんだ。というか、ユリウスさんの発言の意味を聞きたいんだが。明らかにユリウスさん、何か色々と含んでるよね?んでもって、その含みの元凶、近衛兵ズの微妙な反応から察するに、アンタのことだよね?


「アーディー?」

「……うむ。ユリウスへの報告もすんだことだし、寝るか?部屋まで送らせよう」

「あからさまに話題を逸らそうとすんなし!ユリウスさんの発言の意味の説明を求めるわ!」

「気のせいだ。そしてお前には関係無い。大人しく部屋で寝ろ!」

「えぇえい!そこまで露骨に誤魔化されて、気にならん方がおかしいだろうが!」


 べちべちべちとアーダルベルトの肩を叩きながら訴えても、覇王様は面倒そうにワタシを部屋から追い出そうとしやがります。こら待て、こら待て、こんな気になる話された状態で、大人しく寝れるわけないだろうが!ワタシの安眠のためにも、大人しく状況暴露しやがれ!


「……お前が」

「ワタシが?」

「襲撃されたと聞いて」

「聞いて?」


 ぼそぼそと呟く覇王様の言葉を、ワタシはきっちり反芻する。うん、ワタシは帰って一番にシュテファンのトコに突撃したから、アーダルベルトへの報告はエーレンフリートが先にしててくれたよね?あっちはあっちで、一刻も早く陛下のお側に馳せ参じたい!っていうオーラ出てたから、完全に利害関係の一致が起こってたし。

 じーっとアーダルベルトを見る。顔ごとワタシから視線を逸らして、それでもワタシの視線を感じているのか、視線が一瞬だけこっちを見て、そして、答えを告げた。非常にバツが悪そうな顔で。




「うっかり怒りが爆発して執務机を粉砕した」




「…………は?」


 え?お前何言ってんの?冗談言った?っていうか、執務机粉砕って、うっかりで出来ることだっけ?!いやでも、今ここに執務机あるじゃん?壊したって言うなら、残骸とか在るはずじゃね?っていうか、ワタシが執務室に顔出した時には、いつもの机が普通にあったと思うんだけど?!


「……これは予備の机だ。まったく同じデザインで作ってある」

「……お、おう」

「我ながら子供じみているとは思うが、ついうっかり、力加減を忘れて、打ち付けた拳で粉砕してしまってな……」

「…………アンタ何やってんだ」


 どこかしょげている感じのアーダルベルトの前で、ワタシはがっくりとその場に崩れ落ちた。止めて。そういうの止めて。いらないから止めて。完全無欠のワイルドイケメン覇王様どこ行ったの。今のアンタ、新年会の後に見た、悪友モード(ver小学生)じゃねぇか!何やってんの?!阿呆なの!?

 っていうか、理由は?ワタシが襲撃されたからって、それだけで執務机粉砕するとかオカシクね?だって、ライナーさんもエーレンフリートもついてるんだし、ワタシちゃんと無事に戻ってきてるじゃん?壊された執務机さんが可哀想!日々の激務にちゃんと耐えてた執務机さん可哀想!何も悪くないのに粉砕されるとか、とっても不憫!


「好きで貸し出したわけでもなく、俺が同行するのも向こうに断られた状態だったからな……。それなら責任持ってお前の安全を確保しろよとか思ったら、こう、うっかり執務机を粉砕し」

「てんじゃねぇよ、バカタレ!」


 べっしーんとワタシは渾身の力でアーダルベルトの頭をぶん殴った。しょげてる覇王様は座っているので、ソファの上に立ったワタシなら殴れた。殴れたけど、全然ダメージ無いよね!知ってた!でも一応、今回は状況が状況だからか、ちょびっと精神的にはダメージ喰らってくれたようです。阿呆め。この大馬鹿め。

 ……でも、よくわかった。ワタシが襲撃を受けた、というだけで執務机をうっかり粉砕しちゃったアーダルベルトである。これでもしも、ワタシが怪我をしてたら、怒りが爆発して、ウォール王国に喧嘩をふっかけに行きかねない。というか、ユリウスさんにも近衛兵ズにもそう見えた、ってことだろう。

 いや、流石にそれはしないだろうけどね?お怒りのままに、ウォール王国に乗り込んで、王様に直談判して、襲撃者とっ捕まえさせて、ついでに阿呆叔父ボコるぐらいはするだろうけど。戦争にはしないだろう。だってアーダルベルトは戦争が大嫌いだ。無関係の民が巻き込まれるのが一番嫌いな男だ。そこはきっとぶれないだろう。



 だけど、だからって、ワタシの存在がこいつの逆鱗になってるなんて、誰が思うかね?



 あー、と思わず呻いてしまった。仲良しこよしの悪友モード覇王様は大好きだ。ワタシだって、アーダルベルトが侮られたらキレるし、不当に断罪されようものなら、相手を叩き潰すための手段を思いっきり頑張って探し出しちゃうだろう。ただし、ワタシ自身には戦闘能力は皆無だから、直接襲撃するとか言う手段は使えない。使わない。

 だからって、頼むから、ワタシのせいで判断基準うっかり間違えそうになるような暴走は、勘弁してくれ。あのな、アーダルベルト、ワタシはアンタの重荷になりたくないの。頼りになる悪友とかなら喜んで受け入れるけど、ワタシの安否云々でアンタが色々ぶれて間違えたりするのは、断固拒否するからな。そういうのは全然いらない。

 ……むしろ、そうなった瞬間に、ワタシはここに自分の居場所を見失うぞ。


「ミュー」

「ワタシを心配してくれるのは嬉しい。ワタシもアンタに何かあったら心配する。でも、ワタシを心配することでアンタが間違えるのは、絶対にお断りだ。そんなことになるぐらいなら、ワタシは消える」

「……解っている。お前ならそう言うだろう」

「解ってるなら、良い。今後気をつけて」

「善処する」

「うん」


 真顔で告げたワタシに、周囲はびっくりしているけれど、アーダルベルトは当たり前みたいに頷いた。そうか。解っていてくれたか。それなら、ワタシは安心できる。同じ過ちを繰り返すことはしないだろう。それぐらいにはワタシはアーダルベルトを信頼している。頑張れよ、理性型。感情を理性で抑えつけて、いつだって最善を選んできた覇王様じゃないか。ワタシ如き小娘のために、アンタの評価を落すようなことはせんでおくれ。

 役には立ちたいけど、足は引っ張りたくない。それがワタシの本音。大切にされるのも、頼りにされるのも嬉しい。だけど、そのせいで判断基準を狂わせるのは真っ平ごめんだ。ワタシの為に怒ってくれるのは構わないけれど、起こす行動は常識の範囲内でお願いします。……そうでないとワタシは、アンタにとってお荷物とか弱点とかになっちゃうじゃないか。そういうのは全力で御免被るよ。

 ……まぁ、それもこれも、ワタシが弱いのが悪いんだろうけど、さ。ワタシが、自分の身は自分で守れるぐらいの戦闘能力を保持していたら、アーダルベルトもここまで焦ったりしないんだろう。現状、ワタシはそこらの一般人以下でしかない。しかも、種族的にも戦闘に向いているとはお世辞にも言えない人間だ。心配するなと言う方が、無理なのかも知れないけれど。

 魔法に関しては、獣人より人間の方が圧倒的に適正値が高いと言われている。そもそも、獣人は身体能力が特化している代わりに、魔力が低い種族だ。中には獣人でありながら魔法に長けた存在もいるらしいけれど、全体的に見てしまえば、獣人はやはりその類い希な身体能力を生かした系統になる。そういう意味では、人間であるワタシは、彼らより魔力保有値は高い。…らしい。



 ただし、異界の存在であるワタシには、この世界の魔法を使うことは出来なかった。



 物凄くガッカリした。

 異世界転移という状況で、しかも魔法が存在する世界で、召喚された存在ってのは結構普通に魔法が使えたりするじゃないですか?ワタシもちょびっとだけそれを期待したんですよ。稀代の大魔導士みたいなのになりたかったわけじゃなくて、一般人と一緒に魔法が使えるぐらいのことを期待した。そしたら、魔力の含有量は文句なしなのに、魔法の適正がからきしだと言われてしまったのだ。……ワタシの夢が破れ去った瞬間であった。

 この世界に来て、お城に来てすぐに、その辺は教えて貰った。ラウラと知り合って、本職の魔導士で妖精で魔法に関してエキスパートな外見幼女ロリババアに聞いても、同じ答えが返った。ついでに、物凄く残念そうな顔をされた。ワタシの魔力は、人間としてはかなり優秀な部類に入るらしい。無論、魔法に特化しているエルフや妖精に比べたら微々たるものらしいけど。

 そのワタシが魔法をちっとも使えない状況を、本職魔導士であるラウラは哀れんでくれた。いやもう、普段余計なことしか言わない厨二病ロリババアラウラが、とてもとても勿体ないと言いたげな顔でワタシを見ていたのだ。……それだけで、傷口がガリガリ抉られたのを覚えている。お前に哀れまれたくなんかないやい!魔法系の宿命で、防御力は紙並にぺらっぺらのくせに!

 …………そういやラウラ、「ワシに少し考えがあるので、しばらく待っておれ」とか言ってたな。暇が出来たらあいつのとこ行ってみるか。現状を打開する、ワタシにもちょびっと戦闘能力が付加される可能性があるなら、嬉しいし。


「まぁ、とりあえず、だ」

「うん?」

「無事に戻ってきてくれて何よりだ。お前に怪我が無くて、良かった」

「褒めるならエーレンフリート褒めといて。敵ぶっ倒したのあいつ」

「それはもう褒めた。思いっきり」

「…………そうか。それは何よりだ」


 笑顔の覇王様に、ワタシは微妙な顔で頷いた。思いっきり褒めたのか。そうかそうか。………………だから、エーレンフリートの毛艶がめっちゃ良いというか、ご機嫌オーラが隠し切れてないというか、尻尾が未だに少しぱたぱたしてるとか、そういう状況だったんですね。んでもって、それが解ってるから、ライナーさんが時々エーレンフリートの方を見て、笑いを堪えてるんですね。理解した。

 良かったな-、エーレンフリート。お前、たった数日離れてるだけで、アーダルベルト欠乏症みたいになってたもんな?普段饒舌なくせに、アーダルベルトいなくて、関連する会話が無いからって、ウォール王国にいる間、すっげー無口だったもんな。戻ってきたら普通に喋るから、アンタ本当に、アーダルベルトいないと電池切れでも起こしてんじゃね?とか思ったぞ、ワタシ。

 だってこの狼、王城にたどり着いた瞬間、城門くぐった瞬間、「台所に行くからアディへの報告よろしく☆」って言ったら、次の瞬間既に見えないぐらいの勢いで走り出してたからな。お前ー、廊下は走るんじゃねーよー、というツッコミをうっかり入れちゃうぐらいには、見事なダッシュだったぞ。もうこの狼、本気で色々残念すぎるわ。スペック高いイケメンのくせに、これじゃ絶対彼女出来ない。結婚できない。


「アディ、ワタシそろそろおねむだから、部屋に戻って良いか?」

「あぁ、構わん。……ライナー」

「承知しております。ではミュー様、参りましょうか」

「うん」


 ひらひらと手を振って執務室を出るワタシの背後に、ライナーさんが続く。おやすみと聞こえたアーダルベルトの声に、おやすみと返事をしておいた。扉が閉まる寸前、室内から聞こえてきたのはアーダルベルトとユリウスさんが真面目なお話をする声だった。まだ仕事するんだ。皇帝陛下ってのも大変だね。お疲れさん、アーダルベルト。



 さて、ふかふかベッドでゆっくり寝ましょうかね。ガエリア王城おうちなら安心できるし、ね?


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