38

 お城に戻って美味しい夕飯をもぐもぐして、お風呂に入って、今日はゆっくり寝るぞー!ってなことを暢気に考えていたワタシですが、お風呂上がったところであっさりと覇王様に連行されました。ちっ。

 風呂上がりのジャージ姿で、いつもみたいに米俵のように担がれたワタシが連れて行かれたのは、アーダルベルトの執務室でした!室内には、エーレンフリートとユリウス宰相がスタンバイしていた。ライナーさんはワタシ達の背後を歩いていましたよ。……ライナーさん、傍に居るんだから、担がれるの阻止してくれんかな。荷物扱いは色々と辛いっす……。


「さて、色々と詳しく話をしろ」

「何で?ご飯の時にもう全部お話したじゃん。ワタシがこれ以上話すことねーもん!」

「俺にはしたが、ユリウスにはしとらんだろうが」

「アディが話しとけば良いじゃん!ワタシは今日はもう、ふかふかのベッドで寝ようと思ってたのに!」


 べしべしべしとアーダルベルトを叩くけれど、けろりとされている。ワタシは今日はもう疲れているんですが、という意味合いの視線を向けたけれど、ユリウスさんはイケオジの美貌でにっこりと微笑んでくれるだけだった。……あい、色々と説明しなきゃ駄目なんすね?


「陛下やエーレンフリートから、概ねの流れは聞いております。ただ、ミュー様に確認したいことが」

「何でしょうか」

「彼の国は、何故我が国を巻き込もうと?」


 穏やかな微笑みだというのに、威圧感がぱねぇです、ユリウスさん。激おこですか?マジギレ五秒前ですか?本気で怖いので、その微笑みの背後に吹雪ブリザードとか灼熱マグマとか背負うの止めて頂けませんかね?ワタシには怒ってないというのは解っても、それでも、非常に怖いので!


「えーっとですね、海の向こうの国が不意打ちをするために、ガエリアとどんぱちやりたかったという感じなんですが…?」

「それは状況から理解できております。問題は、どこの誰が、そのような阿呆なことを企てたのか、ということでございます」

「…………王の叔父の阿呆でごぜーます」


 ぽつりと、呟いた。瞬間、ユリウスさんの顔が、歪む。いや、相変わらずの美しい微笑みなんですが、唇がゆるりと持ち上がって、ちょっとだけ表情を変えたのだ。眉がほんの少し下がる。眉が下がって唇の端が上がると、それは確かに笑顔だ。笑顔なんだけど、何か違う。明らかに違う。こんな攻撃的な表情を笑顔とは、断じて認めてはいけない!

 思わずガクブルしながらアーダルベルトにしがみついたら、宥めるみたいに頭をぽんぽんしてくれた。ありがとう。明らかな子供扱いだけど、今はアンタの体温が非常に落ち着きます。何でユリウスさんこんなに怒ってんの!?ワタシには意味がわからないです!



「王族自ら、我が国に喧嘩を売りましたか。…………たかだか数十年で全てを忘れるとは、彼の国も存外愚かでございますね」



 優美に微笑みながら、こぼれ落ちる声さえ美しいというのに、マジで今すぐ逃げ出したいぐらいの怖いオーラがダダ漏れですが?!殺気とか憎悪とかそういうのじゃ表せないぐらい、色んな負の感情を詰め込んで、これでもかって煮込みまくったような感じの声でした!何で?!何でユリウスさんこんなに怖いの?!

 っていうか、ユリウスさんもしかして、ウォール王国嫌いなの?ガエリアの人たちって、別にウォール王国のこと嫌いじゃ無いんだけど。喧嘩売られたら買うし、向こうが獣人ベスティ嫌いが多いから付き合いにくいって思ってはいるけど、こっちからは悪意も敵意も向けてないよ?なのに何で、エルフのユリウスさんがそんな不機嫌になるの!?


「……実はな、ウォール王国の獣人嫌いには原因があってな」

「あったのかよ。元々獣人嫌いな人間が住んでる国じゃなかったっけ?」

「それは事実なんだが、決定的になる事件が、数十年前に起こってる」

「……ハイ?」


 沸々とお怒りモードなユリウス宰相を見ながら、アーダルベルトがぼそりと呟いた。意味がわからずに首を捻ったワタシに、彼は答えを与えてくれた。



「祖父さんの代の時に、囮作戦でおびき寄せて完膚なきまでに叩き潰して、ほぼ再起不能なまでに追い込んだ」



「……お、おぅ……?」

「で、その実行者片割れが、ユリウスだ」


 だから怒ってるんだろうな、と続けられた言葉は、半分以上ワタシの耳からすり抜けた。ちょっと待て。かなり待て。その話、ワタシちょびっと知ってるぞ?

 えーっと、ユリウスさんを宰相に据えたアーダルベルトのお祖父さんである先々代が、「俺が前線行ってる間、留守番頼む☆」とか言ったときに、「なら、虎視眈々とこちらを狙っているあの馬鹿共、おびき出してきっちり完膚なきまでに叩き潰しておきますね☆」って答えて、しかも実行しちゃったアレのことじゃね?!戦の名前とか、時間軸とか、どこの国が相手とかはゲーム中では言及されず、ユリウスさんが見た目に似合わず好戦的なイケオジエルフだってことを知らしめるエピソードでしたが!

 ……そうか。そぉぉかぁああああ……。あのエピソード、相手がウォール王国だったんだぁ……。詳しい描写はされてないけど、無防備装って王都までおびき寄せて、敵が勝利を確信した瞬間に、囲ってフルボッコにしたんだよね…?

 なお、撤退していく敵の指揮官に対して若ユリウスさん(あくまで今と比べてであって、当時も既にイケオジナイスミドルだった)が言い放った台詞が、秀逸すぎる。というか、普通に鬼過ぎた。



――その程度の兵で我がガエリア帝国に勝とうなどと、愚かの極みでしょう。己の愚行を身に刻み、二度とこのような事が無いように。……次は国土諸共壊滅させますよ?



 それに恐れ戦き、敵は速攻立ち去り、諸外国に「ガエリア帝国の新たに就任した宰相は凄腕で死ぬほど怖い」という評価が流れまくったとか、何とか。獣人の国でエルフが宰相として普通に君臨できちゃう原因は、この戦争だったとか言われてる。実力示したら、誰も文句は言わんわなぁ…。

 っていうか、そうか……。だからウォール王国の皆さん、獣人に対して非友好的だったんだ……。おっさん始めとする騎士団は比較的普通だったのは、彼らが自制心の塊だったか、そういう偏見を持たないメンツだからこそ派遣されてきたかの、どっちかだろう。一般人の皆さんの視線は結構非友好的だった。でも、過去のことを考えたら、そら嫌いになるわ、と思いっきり納得できた。うん。

 んでもって、だからこそ、当事者であるユリウスさんが物凄く怒ってるんだな。あれだけ釘を刺したのに、もう忘れたのかっていう気分なんだろう。ただし、エルフのユリウスさんの感覚では《数十年前》は《ちょっと前》ぐらいかも知れないが、あくまで人間の国であるウォール王国にしたら、《数十年前》は《ずいぶん前》ぐらいの認識だと思う。当事者も生きてないだろう。忘れてても仕方ない。

 ……いや、忘れてたわけじゃないかもしれない。単純に、阿呆叔父が綺麗さっぱり無視したというか、その辺のやりとり忘れたまま「ただでさえ目障りな獣人を、我らの役に立てることができるのだ」みたいな思考でやらかした感じはある。直接の面識は無いけど、そういう頭悪いことが出来ちゃう系のがっかり残念王族だ。


「陛下」

「何だ」

「この件に関しまして、我が国は正式に彼の国に抗議をしても宜しいでしょうか?」

「まぁ、好きにしろ。実際、向こうが国境侵犯をしてきたのは事実だからな。ついでに、事件解決に協力したこいつに向けて、刺客を放ってくれたようだしな」


 にっこり笑顔のユリウスさんの発言に、アーダルベルトは面倒そうに許可を与えた。実際、ここでキレる寸前みたいなイケオジエルフ宰相閣下相手にあーだーこーだやるの、面倒くさかったんだろうな。そもそも事の発端からして向こうが悪いんだから、こっちが文句付けても怒られたりはしないだろう。ユリウスさんなら、その辺のさじ加減は上手にやってくれるに違いない。

 …………事件解決に一生懸命だったおっさんとその部下の騎士団メンツとか、阿呆叔父のせいでとばっちり喰らう国王陛下とか、その隣で怒髪天突いてそうなインテリ眼鏡さんとかを思うと、色々と不憫になるけど。でもワタシはガエリア帝国の所属なので、ウォール王国のことなど知らぬ。せいぜい、これ以上ユリウスさんを怒らせないことを祈るだけである。

 ところで、今のアーダルベルトの発言、ワタシの疑問に対する答えがしれっと紛れてたな。


「……あ、やっぱりあの襲撃者、目当てワタシだったんだ?」

「お前は他にどんな目的があると思ってたんだ」

「いやー、獣人嫌いがゲージ振り切って、邪魔してくれた獣人へのお怒りかな?とか思ってた」

「そんなわけがあるか、阿呆。どう考えても、色々と先回りの元凶になったお前への恨み辛みだ」

「それ逆恨みって言わねぇ?!」

「そういう逆恨みするような阿呆だろ、あそこの叔父」


 物凄くあっさりと、アーダルベルトは他国の王族をこき下ろした。うむ、そう言いたくなる気持ちはよくわかるし、この感じだとアーダルベルト、その阿呆叔父と顔合わせたことあるんだろうな。基本的に幼い頃からハイスペック野郎だったアーダルベルトにしてみれば、当たり前のことが解らない阿呆として、彼の叔父殿は認識されたに違いない。

 その評価は間違ってない。間違ってないけどお前、色々と棚上げした発言だということを忘れていないか?ウォール王国も迷惑な身内が王族にいるけど、ガエリア帝国にもいるだろうが。似たり寄ったりな非常に迷惑な王族。


「うん、アンタの弟とイイ勝負で阿呆だよ」

「…………流石に、テオドールはアレよりはマシだと思いたいぞ」

「アディ、それ身内の欲目。贔屓目で見ちゃダメ。テオドールもどっこいどっこいで阿呆だから」

「……」


 視線を明後日の方向に逸らす覇王様に、ワタシは現実を突きつけて差し上げた。……宰相+近衛兵ズも真顔で頷いてるから、ワタシは間違っていないのだ。アーダルベルト、弟が可愛いのは解るけど、現実はちゃんと認めような?通算五回も謀反企てるような弟、阿呆以外の何でもないからな?

 そういや、今頃テオドールとカスパルはどうしてんのかね?無罪放免とは行かないから、辺境に追放の上で監視付けてるって聞いたけど。そこでまた阿呆なこと考えてるようなら、ワタシは全力で叩き潰してやるからな。……あいつが次に何かを起こすのはワタシにとって《知っている未来》だけれど、それが外れて、未来が変わってくれたらと思う。こんな風に、未だに弟を可愛がってるアーダルベルトを見ると、余計に。


「お前は本当に、発言に容赦が無いな」

「アンタも大概、ワタシに対して容赦無いじゃん」

「言いにくいことをずばずば言う」

「嘘付けない性格だもん」

「オマケに逃げ道を塞いだ上で突きつけてくる」

「現実逃避は良くないと思う」

「……だが」

「うん?」


 ぽんぽんといつものように軽快に言葉の応酬を繰り返すワタシ達。いつも通り過ぎるワタシ達を、三人は何も気にせず普通に見ていた。異常に見えるだろう光景も、慣れてしまえば日常風景です。ははは、皇帝陛下相手にぽんぽんやらかすワタシもだけど、それを赦す皇帝陛下もどうなんだろうね?ワタシ達コレで、皇帝陛下と参謀閣下とかいう、笑っちゃうような関係ですよ。実際はただの悪友だけどな。

 途中でぽつりと言葉を句切ったアーダルベルトが、隣に座るワタシの頬をむにっと掴んだ。獅子の大きな肉球とか毛皮で覆われた掌が、むにむにとワタシの両頬をつまんでいる。力は加減されているのか、痛くない。……こらこら、何がしたいんだ、覇王様。


「そんなお前が俺は気に入っているし、やはりお前がいないと退屈でたまらん」

「……そりゃどうも。だったら遠方に貸し出しすんなし」

「俺だってしたくてしたわけじゃない。お前がうっかりすぎるんだ」

「今後気をつけますよーだ」

「そうしてくれ。……心配するのは苦手なんだ」

「……おう、悪かった」


 ぼそりと呟かれた本音に、ごめんと素直に謝った。なるほどね。やっぱりワタシ達は似てるわけだ。ワタシはアーダルベルトの隣なら絶対安全だと思ってた。そしてアーダルベルトも、隣にいるなら絶対守り通す自信があったわけだ。それがうっかり単独行動になったから、心配してたのか。ありがとうよ、悪友とも



 っていうか、照れてんのか困ってんのかわからん横顔が、むっちゃ子供みたいで可愛かったんですけど、誰か同意してくれんかね?


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