37

 ライナーさんに運ばれたワタシは、無事にアロッサ山を降りて、トルファイ村に戻ってきた。村には、アーダルベルトが用意してくれていた馬が三頭いた。村の人たちがお世話してくれてたらしい。王城でワタシが乗馬の練習に使っていた馬がいてくれたので、近寄ったら向こうも覚えてくれてたらしくて、優しい目でいなないてくれた。うん、帰りはよろしく、お馬さん。

 

 まだ帰らないけどな!


 ライナーさんは、エーレンフリートのことは全然心配してないし、むしろワタシがここに留まり続けることを心配していた。それは確かに正論だと思うし、エーレンフリートの馬を残して、ライナーさんと二人で王城に帰れば良いだけだってこともちゃんと理解している。それでも納得がいかないので、ワタシが駄々をこねて、こうしてトルファイ村でエーレンフリートが追いつくのを、待っている。

 ……だって、不安じゃないか。ワタシは、自分の目で見たものしか信じない人種なんだ。周りがどれだけ大丈夫だって言っても、ワタシはエーレンフリートの強さを知らないのだ。彼が目の前に無事に戻ってくるまでは、皆が口にする大丈夫を信じることが出来ない。……自分でも面倒くさい性格してると思うけど、今更なので諦める。最終的にライナーさんも折れてくれたし。

 トルファイ村の入り口で、アロッサ山の登山口をじーっと見つめているワタシの隣には、ヤン君がいる。別に何かをするわけじゃなくて、ただ、大人しくワタシの隣に、ワタシと同じように三角座りをして、登山口を見ているのだ。……少年よ、君は何がしたいのかね?


「ヤン君、何してんの?」

「邪魔ですか?」

「いや、別に邪魔じゃ無いけど。ただ座ってるだけじゃ、つまらなくないかな?」

「……ミュー様が」

「ワタシが?」

「……寂しそうだった、から」


 ぽつっと呟かれた言葉に、思わず瞬きを繰り返した。おや、こんな子供に気を遣われるくらいに、ワタシは気落ちしていたのだろうか。ごめんよ、ヤン君。お姉さんはまだまだ内面的に弱いところがあってね。というか、とてもとても平和な、戦いなんて無縁な国から吹っ飛ばされてきたので、こういう状況に弱いのだよ。だから、えっと、見逃してくれんかね?

 あぁ、そうだ。ただエーレンフリートを待っているのも味気ないから、君が隣にいるなら、お姉さんが知っていることを色々と教えて上げよう。君は貴重な魔物使いテイマーだから、悪用されないためにも自分の力をちゃんと知っておくのは悪いことじゃないよ?


「あの、俺は本当に、その魔物使いテイマーなんですか……?」

「まぁ、ワタシも実物を見たことが無いから確証は無いけど、可能性は高いよ。だって君は、あの山の主様と普通にオトモダチになれちゃうぐらいに、魔物に好かれてるからね」

「……じゃあ、俺が魔物におそわれないのも、そのせいですか?」

「………………ヤン君、そういう状況だったなら、もうちょっと色々と疑って良いよ。ご家族はなんて?」

「ヤンは不思議だなって言ってました」



 そ・れ・で・す・ま・せ・る・な!!!!


 

 色々とビックリだよ!これも田舎の大らかな気質とかそういうので片付けておkなのか!?そりゃね?山の主であるグライフ様を孫の馬代わりに使っちゃうような村長さんが筆頭だと考えたら、その可能性も十分あり得たかも知れないけどね!?……ちょっと覇王様、可及的速やかに、帝国全土に教育を布教させよう。色々と頭痛い現象が起こりそうだから。

 とりあえず、ヤン君にはワタシの知っている限りの魔物使いテイマーのことを伝えておいた。…知らせておいた方が良いと思うんだ。魔物側からの認識については、山の主であるグリーが教えてくれるだろうけれど、ヒト側の事情については、ワタシの方が詳しいだろうから。

 魔物使いテイマーは戦況を一変させることが出来るほどの、圧倒的なまでの能力を持つ超人だ。けれど同時に、魔物使いテイマー自身には戦闘能力はそれほどない。彼らの強さは、ただただひとえに、絆を結んだ魔物達の強さ。それゆえに、彼らは戦場に送り込まれ、多大な戦果を上げながらも、儚く散っている。彼らは自衛能力は殆ど無い。そして、魔物と親しいがゆえに、彼らを《兵器》として扱えず、寄り添い、共に散ることもあったとか。

 ……だから、ヤン君には自分のことをちゃんと理解しておいて欲しい。ワタシはこの子を、戦場に送り出したくなんてない。きっと、アーダルベルトもそんなことはしないだろう。魔物使いテイマーがどれほど優れた能力を有していると知っていても、戦力になると解っていても、我が身も守れぬ幼い子供を戦場に駆り立てるような男ではないから。……そして彼は、戦争なんて、いつも望んではいないのだから。


「君は、ここで、グリーやその仲間達と楽しく暮らしてたら良いよ。それで、時々彼らの力を借りて、村の皆を守ってあげたら良い」

「ミュー様?」

「君が魔物使いテイマーでも、村の人たちは何も気にしないだろうから。君も何も気にしないで、ただ、君として生きれば良いよ。……ただ、自分が何者であるかを知っておいて欲しかっただけだから」


 そうして、誰かに利用されることなく、平和に幸せに生きて欲しいとワタシは思う。だって、ヤン君はこの村で平和に楽しく暮らしてるじゃないか。外の世界なんて彼にはいらないだろう。家族がいて、友達がいて、グリー達がいて。それがきっと、この子の幸せだ。ずっとそれが続きますようにと、ワタシは密かに祈る。……ワタシだって、たまには真面目に祈るよ。

 ふと、何気なく向けた視線の先に、人影が見えた。ワタシの視線を追うようにヤン君がそちらを見て、そして、笑顔を浮かべた。あぁ、君が笑顔になると言うことは、アレはエーレンフリートでおkなんだね?獣人ベスティの視力って怖いわー。何でこの距離で確認できんの?凄すぎね?

 まぁ、良いか。ヤン君が立ち上がって手を振っている。ワタシも立ち上がって、一緒に手を振った。ワタシ達の行動に気づいたのか、ライナーさんが近づいてきて、視線の先のエーレンフリート(らしき人影)に向けて片手を上げていた。お帰り、エーレンフリート。

 


「何でまだここにいるんですか」



 笑顔でお出迎えしようとしたワタシより先に、エーレンフリートが苦虫を噛み潰したみたいな顔で、低く呻くような声で、告げてきた。おぉおう、頭上から不機嫌オーラが振ってくる。すっげー不機嫌ですね!ワタシの行動はそんなに赦されないものだったのか?!


「ライナー、何をやっている。さっさと城に戻れば良いだろう」

「俺もそう言ったが、ミュー様がお前を待つと仰ってな」

「………………頭沸いてるんですか、ミュー殿」

「ヒドっ!?心配して待ってたのに!馬が三頭置いてあったから、三人一緒に帰らないとって思っただけなのに!」

「それが頭沸いてるって言うんですよ!何で俺なんか待ってるんですか!安全を考えたら一刻も早く城に戻って、陛下に事の次第を報告するのが普通でしょうが!」

「痛い、痛い、痛い!頭ぐりぐりすんなし!」


 激おこ状態のエーレンフリートが、ワタシの頭を上から容赦なく体重を乗せてぐりぐりしてくる。拳がめり込みそうです。痛いです。ひどすぎない?!んでもって、ライナーさん困ったみたいに笑ってるだけで、助けてくれないの何で?!いつもなら助けてくれるのに!エーレンフリートの行動を放置するぐらいには、貴方も怒ってたってことなんですか?!ねぇ、ライナーさぁあああんん!

 ヤン君がおろおろしながらワタシを助けようとしてるけど、危ないから下がってて。激おこの狼には君じゃ勝てないだろう。君は確かに虎だけどまだ子供だし。っていうか、マジで痛いから、ちょっと加減してよ!何でワタシが怒られないといけないんだよ!ただアンタの心配をしてただけなのに!


「何が俺の心配なんですか。そんなモノは不要です。そんな暇があるなら、とっとと陛下の所に戻ってて下さい」

「煩いな!アンタは確かに強いかも知れないけど、ワタシはそれを見てなかったんだから、心配したって良いじゃないか!」

「いらんと言ってるんです!貴方はそんなことはせずに、俺達に護られていれば良いんですよ!それが俺達の仕事なんですから」

「……ライナーさん、こいつ機嫌悪い……」

「機嫌悪いんじゃ無くて、ミュー様の無自覚に怒ってるだけですよ」


 くすくすと楽しそうに笑うライナーさん。何が?ねぇ、何が悪かったの?ワタシが大人しくお城に戻ってないから怒られたの?心配してたのに怒られるとか、理不尽じゃね?

 そう思ったのに、不機嫌そうなエーレンフリートは全然ワタシの話を聞いてくれなかった。大人しく護られてろって、ワタシそんな偉いヒトじゃないもん。近衛兵に護られるの当たり前とか思いたくないもん。…まぁ、これがアーダルベルトだったら、遠慮無く護られてるけどな!あの覇王様を護衛ボディーガードにしないとか、ただの馬鹿だわー、と思うし。

 そこはほれ、友情の成せる技ってやつですよ。友情価格はプライスレスです。


「ところで、奴らはどうした?」

「全員昏倒させて、縛り上げて適当に転がしてきた」

「……おや、殺さなかったのか」

「殺したら後々面倒だろう?アレがどこの手のものかもわからないんだ。無意味に殺したら、宰相に怒られる」

「確かにそうだ。……後は宰相様の外交にお任せしようか」

「あぁ」


 にこやかなライナーさんと、平然とした様子のエーレンフリート。ヤン君は彼らの間に流れる冷ややかな空気にちっとも気づいていないのか、エーレンフリートの拳から解放されたワタシの頭を撫で撫でしてくれている。ヤン君、君は本当に良い子だね。そしてそのまま、怖い大人の世界なんぞ知らぬまま、真っ直ぐ育っておくれ。お姉さんとの約束だよ。

 っていうか、普通に怖いな、アンタ等。優秀な近衛兵さんだっていうのがよくわかる感じで。エーレンフリート、面倒そうに迎撃してたのに、一応殺さないで転がしてきたんだ。後腐れ無くぶっ殺してきたかと思ってドキドキしてたのに、後のこと考えて殺さないとか、その余裕があるぐらい実力差存在したってことでおk?


「……だから、心配など無用だと言ったんです」

「……うい」


 ジト目で告げられて、素直に頷いた。ごめんなさい。ワタシが悪かった。アーダルベルトの近衛兵やってるのに、弱いわけないとは思ってるよ?でも、ほら、多勢に無勢だったから、心配しても、仕方ないじゃん。


「余計なことしてごめん。でも、ありがとう」

「……は?」

「いや、護ってくれて、ありがとう」


 そうそう、ぐりぐりされた頭は痛いけど、ちゃんとお礼は言わないとね。早くアーダルベルトの所に戻りたかっただろうに、ワタシを護るために一人残ってくれたわけだしね。笑顔でお礼を告げたら、エーレンフリートが固まってた。……何で固まるかね。ワタシだって、お礼言う時は言うからな!


「エレン、固まってないで、戻るぞ」

「……あぁ、そうだな」

「ミュー様も、今からなら夕飯に間に合いますので、城に戻りましょうか」

「了解でっす!あ、でも、ワタシそんなに馬術上手くないんで、ほどほどの速度でお願いします」


 真顔で告げたら、ライナーさんはわかってますと綺麗な笑顔で答えてくれた。ありがとうございます。遅いと一刀両断されて、普段は覇王様の馬に乗っけられてるワタシですので、乗馬の実力は推して知るべしというやつですよ。でも大丈夫。普通に走るぐらいはできるし、賢いお馬さんはお城までたどり着いてくれるから!



 さぁ、料理番さんたちのご飯を目指して、ガエリア王城へと帰還しますよ!


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