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「それじゃおっちゃん、ありがとう!またねー!」
「ははは、坊主、兄ちゃん達に迷惑かけないように、気をつけるんだぞ」
「はーい!」
フェルガの街の入り口で、ワタシは大きく手を振っておっさんに別れを告げた。お子様モードで手を振るワタシの隣では、ライナーさんとエーレンフリートが礼儀正しく会釈をしていた。おっさんは楽しそうに豪快に笑いながら手を振ってくれている。……これで、「道中を共に過ごし、街で起きたハプニングも一緒に対処した面々が、爽やかに笑って別れた」という状況が作り出されたわけです。うむ。良かった。そして二度と会うことは無いと思うぞ、おっさん。
というか、ワタシはウォール王国に用事は無いので、出会うことが無いのを祈るって感じだけどな。だって、この国とガエリア帝国、そこまで仲良くないしね?国民の行き来は自由だし、商人も普通にいるけど、上層部は仲悪いよ。つーか、ウォール王国が、
とにかく、お別れをきちっと済ませて、ワタシ達はガエリアへ向けて戻ることにした。人目がある間は三人並んでとことこ歩きます。……ごめん、ワタシの足が遅いの本当にごめん。でも、ライナーさんに姫抱っこして抱えて走って貰うにしても、こんな往来でやらかすと非常に人目につくから、もうちょっと待って。
補正された街道を歩きながら、ライナーさんがちらりとワタシを見てきた。えぇ、わかりました。この辺りなら街からは見えないし、現在、人通りもほぼないですね。よろしくお願いします。
「それではミュー様、帽子が落ちないようにお気を付けください」
「了解です。……色々とごめんなさい、ライナーさん」
「いいえ。ミュー様が謝られることではありませんよ。……早く戻りましょう。陛下がお待ちかねですよ」
「はーい」
なお、この間、エーレンフリートは無言。無言ではあるけれど、スタートダッシュの準備を整えてるんじゃ無いか、っていうぐらいに、空気が張り詰めている。ライナーさんがワタシを姫抱っこして、駆け足の姿勢を取った瞬間、エーレンフリートはしゅばっと走り出した。完全に見事なスタートダッシュだった。……お前、そんなに国に戻りたいのか。
ライナーさんと二人で苦笑しつつ、同じようにスタートする。ライナーさんは、ワタシ一人を抱えているとは思えない速度で走る。エーレンフリートは全力で走っているわけではないらしく、時々背後を伺って、ワタシ達が付いてきているのを確認している。……一応、護衛というポジションは忘れてないらしい。
そうやって獣人二人の足で走り続けて、途中の街で軽く休憩を取ったりしながら、アロッサ山の中腹で一旦休憩をした。小腹が空いたので、少し前の街で買ったおやつをもしゃもしゃしているのだ。ライナーさんとエーレンフリートも同じように食べている。なお、おやつは干した果物だ。ドライフルーツうまぁ。
「ここまで来たら、もうちょっとですね~」
やっと
干しぶどうをもぐもぐしているワタシの隣のライナーさんは、にこやかに微笑んでいる。ワタシの向かい側に座っているエーレンフリートは、無言で干し柿を貪っていた。……お前、少しは味わえよ。そんなばくばく食べるんじゃ無くて、干されたことによって凝縮された旨味をちゃんと感じろし!
相変わらずの早食い大食い系のエーレンフリートにむっとしていたワタシは、不意に顔を上げたエーレンフリートの冷え切った瞳に驚いた。例えるならそれは、蔑みの瞳。思わず自分が何かしたのかを考えるが、心当たりは無い。それに、エーレンフリートの目はワタシを見ていなかった。ワタシを通り越して何かを見ているのか、忌々しげに舌打ちをする。あからさまに不愉快そうな彼の反応に驚いて傍らを見れば、常に柔和な微笑みを絶やさないライナーさんの瞳もまた、冷え切っていた。
……あの、ライナーさん?笑顔なのに目が笑ってないのはマジで怖いんですが……?
「……ライナーさん、エーレンフリート、どうかした、の……?」
「エレン」
「わかってる。……そっちは任せる」
「了解」
首を傾げるワタシの身体を、ライナーさんがぐいっと引き寄せた。低い声でエーレンフリートを呼べば、彼は面倒そうに呟いた後に、ゆるりと立ち上がる。無駄一つ無い動作で立ち上がると、すっと身構える。徒手空拳の状態ではあるが、エーレンフリートから立ち上る戦闘オーラにぎょっとした。
え?え?何で?別に魔物とかいないよね?なのに何で、そんな戦闘モードになってんの?
そんな風にワタシが思った瞬間、周囲の枝葉ががさがさと音を立てて、無数の人影が現れた。そして当たり前みたいに、ワタシ達は包囲される。ワタシの肩を抱き寄せながらライナーさんは立ち上がる。促されるようにワタシも立った。何が起こっているのか全然わからないけど、マズイ状況だと言うことだけは、理解できた。
ワタシ達を取り囲んだのは、人間達だった。いずれも武装しているが、どこの所属とかが解るような服装はしていなかった。動きやすそうな、ついでにちゃんと防御能力も考えているだろう装備をしているが、繰り返すが、所属が解るようなものはない。……おっさん達みたいに露骨に騎士服着てないと、所属不明になるよね。
武器を手にした彼らが、じりじりとワタシ達と距離を詰める。ご丁寧に、サングラスとか口元を布で覆うとかして、顔が解らないようにしている。……もういっそ、由緒正しい目出し帽とか忍者ばりに覆面とかしたらどうかな?今の時点でも十分に「我々は怪しい人物です!」って力一杯宣伝してるみたいなもんだし、いっそ極めたらと思っちゃうんだけど。
「どこのどなたですか?……と問いかけたところで、お答え頂けないのでしょうけどね」
くすり、とワタシを護るように抱き寄せているライナーさんが、とてもとても《ステキ》なお声で告げる。……えぇ、どれだけ《ステキ》かと言えば、世の女子が卒倒しそうなぐらい魅惑的なイケボで、「とっとと死ね、この雑魚が」という嘲りを大量に投与したという、とてもとても《ステキ》なお声である。……怖ェエエエエ!ライナーさんマジで怒ってる!怖すぎる!
それを挑発と取ったのか、男達の一角が動いた。ライナーさん(+ワタシ)を狙ってくる襲撃者達。だがしかし、面倒そうに息を吐いた次の瞬間に、エーレンフリートがその進行方向にダッシュして、遠慮容赦なく回し蹴りで吹っ飛ばした。……おぉ、流石獣人というか、瞬発力ぱねぇな。
それを皮切りに、男達が襲ってくる。大人しくライナーさんの隣で護られているワタシですが、目の前で阿呆みたいに沸いてくる敵を倒し続けるエーレンフリートの背中に、ちょっと心配になる。徒手空拳で、というか主に足技で相手を吹っ飛ばして戦闘不能に陥らせているエーレンフリートだが、彼一人に敵が群がりすぎている。というか、こっちに来ないように牽制してくれてるんだろうけど。
「……ライナー!」
カキン、という金属音が聞こえて、ワタシは視線をそちらに向けた。鋭い叫びでライナーさんを呼んだエーレンフリートの手には、先ほどまで握られていなかった剣が抜き放たれている。その足下に、彼が真っ二つにしたらしい細い刃物が見えた。……えーっと、アレって、いわゆる暗器とかいう物体かなぁ…?
気づいたら、ライナーさんも剣を握っていた。……え?アレ?もしかして今、結構ヤバイ状態?
「このままだとキリが無い。先に行け」
「わかった。……あまりやり過ぎるなよ?」
「知るか。……そも、先に敵意を向けてきたのはこいつ等だ」
面倒そうに告げるエーレンフリートと、苦笑しながら忠告?をするライナーさん。二人のやりとりに、ワタシは意味がわからずに頭の上に?マークを浮かべたまま首を左右に動かしていた。いやだって、全然解らないんですけど。そもそも、この襲撃者達、どうして襲ってきたのかすら、わからんし。
怖くないのかと言われたら、怖いです。えぇ、普通に怖いですね。でも、……正直、エーレンフリートから向けられてた殺気のが鋭かったし、
「ミュー様、掴まってください」
「……え?あ、はい!」
ライナーさんに抱き上げられて、いつもの姫抱っことは違って、片手で支えられるので、自分で彼の首に腕を回して身体を支えた。イメージ的には子供を抱っこするあの感じに近いと思う。ワタシを右手で支えつつ、ライナーさんは左手で剣を握ったままだった。……うん、何かこう、この状況はよろしくないのだということだけは、理解した。
そしてそのまま、ライナーさんはワタシを抱えたまま、走り出した。当然ながら、襲撃者達はこちらを目指して動き出す。その全てをことごとく吹っ飛ばすのは、エーレンフリートだ。飛び道具を全て剣でたたき落として防ぎながら、一瞬で距離を詰めて足技で相手を吹っ飛ばす。……人間と獣人の身体能力が根本的に違いすぎて、エーレンフリートが圧倒的に強い。
けれど、それでも襲撃者の数は恐ろしく多くて、エーレンフリートはあっという間に囲まれた。
「ライナーさん、エーレンフリートが!」
「舌を噛みますよ、ミュー様」
「だって、何で残って……!」
「役割分担です。……ご心配なく。あの程度の雑兵如きに後れを取るようなエレンではありませんから」
ワタシの耳元で聞こえたライナーさんの声はいつもと同じだった。あまりにもいつもと同じすぎて、反論が一切出来なくなった。……うん、ライナーさんは知ってるから、そう言うんだろう。エーレンフリートの実力を、強さを、ワタシは知らない。知らないから不安になったって、仕方ないじゃ無いですか!
どんどん遠ざかるエーレンフリートの姿に、言葉に出来ない不安が広がっていく。ライナーさんの言葉を信じていないわけじゃ無い。エーレンフリートが弱いと思っているわけじゃ無い。それでも、……それでも、ワタシは!
「エーレンフリート!」
思わず、続ける言葉を知らないままに彼の名前を呼んだ。叫んだ。腹の底から声を出したのは、どれくらいぶりだろう。自分の声が、自分でも笑っちゃうほどに震えていて、不安に揺れていて、今にも泣き出しそうな子供みたいなことに気づいた。……情けないけど、コレが、ワタシの現実だ。コレがワタシだ。
ワタシの視線の先で、エーレンフリートが襲撃者の一人を容赦なく蹴っ飛ばして、次の襲撃者を迎撃するまでの一瞬の間に、剣を握っていない左手を上に上げた。握り拳を作って、合図を送るように真っ直ぐと。…あ、聞こえてたんだ。んでもって、大丈夫って言う合図なのかな……?
でもさ、アンタがそういう気遣いしてくれるってことが、そもそも、ワタシの不安を煽るんだけどね。……なぁ、この襲撃者はもしかして、ワタシのせいなのか?狙われたのはワタシなのか?だから二人がワタシを護るために頑張ってくれてるのか?
あぁ、早くお前の隣に戻りたいよ、アーダルベルト。そうしたらワタシは、何も不安を感じずに、阿呆みたいに笑っていられると思うから。
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