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「美味しいか、坊主?」

「…………うい」


 もっしゃもっしゃとパエリアを食べるワタシの前には、にこにこ笑顔のおっさんが一人。私服姿ですが、何でワタシはおっさんと夕飯を一緒に食べねばならんのか。オススメのパエリアのお店があるとか言われて誘われて、食べ物につられて来たけれど、これ明らかに事情聴取フラグですよね。知ってた。

 でもまぁ、必要なことは答えるけど、そうじゃ無いことは知らんのでどうにもなんない。ここでバックレて逃げたら、それはそれで面倒なことになりそうだし。という風にライナーさんとエーレンフリートとも結論を出して、こうして私服姿で一般人に見えなくも無いおっさんと一緒に夕ご飯です。二人もいます。

 あと、おっさんは本気でワタシを男の子だと思っているらしい。演技じゃ無くて、素で男の子だと思っているらしい。なんと言うことだ。ここでもまさかの誤解が発生している。でもまぁ、その方が正体バレないから安全かなと思って、あえて否定しない方向で行くことにした。帽子も被りっぱなしです。


 ……つーか、おっさんは髪の毛長いの認識してたよね?それなのにワタシ、少年に思われてるの?何で?!


 深く突っ込むのは色々と傷口を抉りそうだと思うので、その話題には触れない。その変わり、おっさんに視線で「聞きたいことがあるならさっさと言え」と訴えてみた。ワタシはな、明日にはライナーさん達と一緒に国に戻る予定なんだ。ここの海産物は美味しいが、ワタシには、お城で、シュテファンが、美味しいご飯とスイーツを作って待っててくれるから、戻る方が重要なんだよ!……誰だ、シュテファンは待ってないなんて言ったの!待っててくれるもん、シュテファンは優しい良い子だから!


「まぁ、それじゃあ聞こうか。何であの樽だとわかったんだ?」

「……何となく?」

「そればっかりだなぁ、坊主」


 やれやれと言いたげなおっさん。他の人もいるので、砕けた口調を隠さない。騎士団の詰め所とかでだったら、もっとかちっとした口調で、真面目な話になるんだろうけど。それはワタシが断固拒否したので、こういう感じになってしまった。大丈夫だ。がやがやしている食堂で、他人の話に聞き耳を立ててる輩なんてそうそういないから。さくっと終わらせような、おっさん!

 ライナーさんとエーレンフリートは無言でひたすらパエリアとかを食べている。皿がどんどん山積みになっていくのは、エーレンフリートだ。……そうか、狼のお前の方が、犬のライナーさんより大食いなんだな。あと、ここがおっさんの奢りだからって、遠慮しなさすぎじゃね?お前、おっさん嫌いなの?ワタシはおっさんは好きだよ。個人的には。


「じゃあ、他のことを聞こうか。……行き先は?」

「……海の向こうの国」

「目的は?」

「……戦争?」


 てへぺろ☆って感じで答えたら、おっさんの目が細められた。わー、怖いー。大丈夫、可能性だっただけだし、今はもう何も起こらないから。だって、引き金になる指輪は、ちゃんとおっさん達が取り戻したんだろう?だったら大丈夫だよ。だから頼むから、いきなり気の良いおっさんから凄腕の騎士にジョブチェンジせんでくれ。ワタシの心臓がもたない。


 でも実際、そういうのが目的だったんだし、仕方ないじゃん?


 あの指輪は、ウォール王国にとってそらもう大事な大事な指輪だ。どれだけ大事かというと、正統なる王の証とか、秘匿されている神殿の鍵だとか、初代王の遺産の継承者に与えられるとか、ご大層な文句がいっぱい付いてくる、国宝級の指輪さんだ。見た目ただの豪奢な指輪だけどな。付加価値考えたら、恐ろしくて触りたくも無い。

 で、それを持ち逃げされた、と。それだけでウォール王国としては醜聞になる。だから必死に指輪を探してたんだろう。なお、あの男は下っ端で、指輪を運ぶことだけを示唆されていたから、背後関係はそんなに知らないだろう。知っていて、自分の雇い主ぐらいだ。本当の黒幕なんて、そうそうたどり着けない。

 ……というのが普通だけど、この場合はたどり着ける。国を二つに割るような行動を起こしそうな阿呆が、上層部に一人いる。国王の叔父だ。叔父と言いつつも年齢は国王と殆ど変わらない。先王に長く子供がおらず、年の離れた弟に継承権が与えられようとした矢先、王子が生まれた。その結果、王になり損ねた先の王弟という、非常に面倒くさいポジションの人間が、いるのである。

 そしておっさんは、これぐらいのことは当たり前として知っている。その上で、ワタシが教えた「目的地は海の向こうの国」「目的は戦争?」を聞いてしまえば、簡単に答えを知ってくれるだろう。あとはおっさんたちが頑張ることであって、ワタシは無関係だ。ここで関係は終わりにしよう、おっさん。ワタシはもう、これ以上この国に関わるつもりはない。というか、それほどこの国については知らんから、お役には立てないからね!


「……海の向こうに、指輪を運ぶつもりだったのか」

「うん」

「そして、血筋を持ち出して、指輪を手にして正統性を口にするつもりだった、と?」

「多分?」


 首を捻りつつ頷いたら、おっさんは疲れたように脱力した。ご愁傷様です。どこも身内に敵がいるって言うのは迷惑な話ですね。ガエリアにも一匹、そういう阿呆がおりましてね!ワタシ、先日きちんと駆除するのを手伝ったんですよ!偉いでしょ!

 何で海の向こうに運んだら以下略なのかと言うと、……海の向こうの国、ウォール王国と血縁的に非常に近いんだよね。ウォールの数代前の国王の時に向こうと継承問題で揉めたとか。ようは、あっちはウォールを自分たちの一部にしたがってる。ウォールはそれをしたくない。だからこそ、指輪は大切に、大切に護られてきたのだ。

 それを外に出して、自分優位に動かすために戦争の道具にしようとした阿呆が、国王の叔父というオチ。うむ、可哀想すぎてちょっと慰めてあげたくなってきたよ、おっさん。が、頑張れ?


「それを裏付ける証拠は、……無いんだな?」

「無いねー。全部想像だから」

「そうか。わかった。証拠集めはこっちの仕事だからな。……坊主にも迷惑をかけて悪かったな」


 わしゃわしゃと頭を撫でてくれるおっさんは、そこでワタシとの会話を終わらせるつもりらしい。……うん、良い人だよ、おっさん。指輪の行方を必死に探してたから、ワタシを連れてこようとしただけみたいだしね。ワタシが基本的に《知ってるだけ》ですって言っても、発言を否定はしなかった。現実とすりあわせて、ワタシの言葉を聞いてくれた。そういう意味では、非常に良いおっさんだ。

 生憎ワタシは、他国にまで自分の正体を暴露したくない。というか、覇王様の許可無くそういうことやって良いのか、全然わからんのだ!参謀っていうのは口にしてたけど、予言云々は言ってなかったしな!


 え?既に色々やらかしてるから今更だって?


 いやいや、明言しない限り、全てはグレーゾーンでしょう。というか、そうであってくれと思う。むしろ、ワタシの正体がバレたとしても、ウォール王国では殆ど役に立てないしね。ワタシの《知識》が活用されるのは、ガエリア帝国オンリーだ。だってゲームのメイン舞台はガエリア帝国なんだから。……まぁ、1と2の舞台だった別の国がもう一つあるけど、時間軸が違うから、今どんぴしゃでワタシが活躍できるのは、ガエリア帝国だけで間違ってない。


「パエリア、冷めるよ?」

「おぅ!勿体ない。食べるよ、お兄ちゃん」


 奇妙に落ちた沈黙を破るように、ライナーさんが優しいお兄ちゃんモードで促してくれた。ありがたくワタシはパエリアを食べることにする。おっさんはため息をついたり、脱力したり、眉間に皺を寄せたりと、大変そうだ。これからの労力を考えているのかも知れない。頑張れ。ファイトだ、おっさん。


「……坊主、何か証拠のヒントとかねぇか?」

「……いや、流石に無いよ」

「そうかぁ……」

 

 残念そうに呟いたおっさんは、本当に残念そうだった。…でも、何だろう?これは別に、自分が大変だから困ってる、っていう感じの顔じゃ無いなぁ。何?おっさんもしかして、こういう調べごとを担当する部署とかに友達いたりすんの?


「おう、いるんだよ。頭は良いがガチガチの石頭のインテリ眼鏡でなぁ……。血の気も多いから、この問題を知ったら、頭から湯気出して怒り出しそうでな……」

「…………あー、うん。真面目さんなら、怒るね。うん」

「怒ると思うよなぁ……?そっちでこういうことあったら、その兄ちゃんが怒るんだろう?」

「「………………」」


 その兄ちゃん、とおっさんが示したのは、エーレンフリートの方だった。ライナーさんと二人で思わず沈黙。エーレンフリートはおっさんとの会話になど興味が無いのか、既に何杯目かわからぬパエリアを貪っていた。……こいつ、マジでアーダルベルトいないと必要事項以外口開かないな!

 っていうか、わかるんだね、おっさん。エーレンフリートが主人至上主義タイプってのは、確かに、トルファイ村でのやりとり見てたら、わかるよね。ワタシがドナドナされることに猛烈に抵抗してアーダルベルトに食ってかかってたのと、エーレンフリートがこの世の終わりみたいに絶望した顔してその場に頽れてたのは、記憶に新しいだろう。その二人を連れてウォール王国に来なきゃいけなかったライナーさんに、おっさんは当初、同情してたらしい。……原因の一端がワタシなのはわかってるが、ワタシの反応は至って普通だと思う。ワタシは悪くないぞ!

 とりあえず、ライナーさんと二人で大きく頷いておいた。だよなぁ、とおっさんは苦笑した。多分今、おっさんの脳裏には、友人であるインテリ眼鏡さんが激おこな状態が浮かんでいるんだろう。ご愁傷様だ。その激おこのまま、阿呆な王の叔父をぶっ潰して頂きたい。はた迷惑だから。


「ところで、何でガエリアに入ったんだ?」

「……それ、聞く?」

「聞いといた方が無難かと思ってなぁ……」

「……ガエリアに意識を向けさせて、ドンパチ発生させた隙に、海の向こうからちゅどーん、と」

「「…………死ね」」


 ワタシの答えに、ぼそりと低い声で呟いたのは、三人全員だった。まさかの、エーレンフリートまでハモってた。そうか。やはりそう思うか。国を利用されたという事実に、ライナーさんもエーレンフリートも怒るよな。おっさんは、自国の王族がそんな阿呆なことを考えたって時点で、マジで死ねとか思ってんだろうなぁ…。気持ちはわかるよ。


 っていうか、だからワタシが、「さっさと指輪探して!」って訴えてたんじゃないか!


 ガエリア帝国が戦争に巻き込まれるなんて、ワタシは認めませんからね!基本的にガエリアって、自分たちから攻めたことはないんだから。

 少なくとも、アーダルベルトが即位してからは、自分から戦争を仕掛けたことは無い。向こうから仕掛けてくるように煽ったことも無い。国と民が大切な覇王様は、いつだって襲い来る侵略者を完膚なきまでにぶっ潰してきただけだ。覇王という名前で呼ばれながら、彼は自ら侵略行為を行ったことは無い。むしろ、正道を歩む王者タイプだ。……当人の言動がむっちゃ覇王のイメージになってるから、覇王様なんだけどな。

 まぁとりあえず、ワタシが頑張った理由は理解して貰えたようで、ライナーさんに褒めるみたいに頭を撫でて貰えた。ついでに、何故かエーレンフリートにも頭を撫でられた。……うん、確かに、アーダルベルトに迷惑がかからないように頑張ったので、褒めてくれるのは嬉しい。嬉しいが、なぁ、エーレンフリート?



 ワタシ、お前とは5歳ほどしか変わらないので、あからさまなお子様扱いは非常に微妙な気持ちになるんだが?



 この複雑な気持ちを表情に表せずにもやっとしてたら、おっさんまで頭を撫でてきた。帽子越しに皆さんに頭を撫でられるワタシ。周囲のお客さんに、大変微笑ましく眺められておりました。……確実に、お子様が何か頑張ったと判断されてるんだろうな。もう、気にしないことにした!

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