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 翌日、ワタシはシュテファンに会うために台所に突撃をしていた。何故って?それは、昨日帰って一番にシュテファンの所に顔を出した際に、彼が教えてくれた一言が原因。



――試行錯誤を繰り返してましたけど、小豆からあんこが作れましたよ。



 という天のお告げというか、神の恵みみたいな発言を頂いたのですよ。あんこ!あんこができあがってる!ワタシの大好きなあんこぉおおおお!というか、あんこが手に入れば、和菓子をおねだりすることも可能じゃ無いですか?和食に飢えてるワタシは、勿論和菓子にも飢えてますからね!シュテファン良い子!偉い!褒めてつかわす!

 いやね、この世界色々と間違ってるとワタシが思ったのは、小豆はちゃんと存在しているのに、食べ物として認識されていなかったことですよ。大豆は食ってるくせに、小豆はただの赤い豆という認識で、食べるという発想が無かったとか。割と大量に収穫できる小豆さんの行方はどうなっていたのかと聞いたら、聞いてびっくり玉手箱。



 詰め物として扱われていました。



 なんでそうなるの!?と驚愕したワタシをそっちのけで、枕の中身とか、布細工の詰め物とかに使われていた小豆さん……。いやいや、そんなそば殻とかお手玉の中身みたいな扱いしないで!小豆はちゃんと食べられるんだから!と必死こいて訴えたワタシに、料理番一同は驚き状態でしたが、いつものことなので気にしない。

 他よりもワタシに対して免疫のついているシュテファンはいち早く立ち直って、「小豆は食べられるんですか?」と聞いてきた。なので、ワタシは小豆を用いてあんこが作れることをお伝えした。ワタシは小豆をそのまま使った料理はよく知らないのです。でもあんこに関しては、田舎の祖母ちゃんが手作りしてたのを横目で見てたので、多少はわかる。簡単な作り方さえ伝えておけば、後は料理番の皆さんが試行錯誤して、美味しいあんこを作ってくれるに違いないと期待して。

 そんなわけで、シュテファンは見事にあんこを作り上げてくれたようです。今日は、それを使っておやつを作ってくれるとか。もとい、どんな風に使ったら良いかわからないから教えて欲しいと言われました。問題ありません。ワタシの記憶の中にあるスイーツをお伝えしようじゃないですか!

 ……とはいえ、和菓子の作り方なんぞワタシは知らぬので、とりあえず、あんこ手に入ったら食べたかったものを伝えようかな、と。……あんパン食いたいのですよ。パンがあるのに、クリームパンやジャムパンはあったのに、あんパン無かったときの絶望を理解してくださいよ。チョコパンとか普通にあるのに、あんパンないんやで……。理由聞いたら、あんこが存在しなかったという絶体絶命のピンチでしたからな…。

 まぁ、それも過ぎたこと!今は我らにはあんこ様がいらっしゃるのです。シュテファンにあんパン作って貰って、うまうまするのが今日のワタシのミッションです~。


「つーわけだから、シュテファン、あんパン作って」

「ミュー様、唐突すぎるので、詳しい説明ください」

「クリームパンとかジャムパンみたいに、あんこを中に詰め込んだパンください」

「……あの、あんことパン、合うんですか?」

「つべこべ言わずに作るの!あんパン美味しいから!粒あんとこしあんと両方でよろしく!」


 疑心暗鬼に捕らわれたみたいなシュテファンに、ワタシは力一杯言い切った。いつもそうじゃん。ワタシが口にする料理って、こっちの世界のヒトには異次元状態らしいので。最初の戸惑いはいつものことなので、強引に押し流すことにワタシも決めている。大丈夫だ。ワタシはそれが美味しいと知っている。

 解りましたと頷いてパン作りに入るシュテファンを眺めながら、あんこを味見するワタシ。こしあんも粒あんも美味しく出来ております。あんパンだけってのも勿体ないしなぁ。何か美味しいの考えよう。ワタシでも作れるような簡単な和菓子。うーん、うーん?あ、あった。

 シュテファンの手が空いた瞬間を見計らって、ワタシは声をかけた。大丈夫だ。見た感じ、今はパンを発酵させている状態っぽいから、喋ってても邪魔にならない。むしろこのタイミングを逃すとマズイ。


「シュテファン、水ようかん食べたい」

「……何ですか、それ?」

「簡単に言うと、あんこを使ったゼリーみたいな物体」

「……あんこでゼリー、ですか?」


 またしてもシュテファンの顔が凄く微妙な表情をした。いや、ざっくりおおざっぱに説明したけど、概ね間違ってなくね?ただ、固めるのに使うのはゼラチンじゃなくて、寒天っていうのが一般的だけど。ウチの母さんは、祖母ちゃん手製のあんこを使って、アガーを用いて水ようかんを作っていた。結局アガーが何か良くわかんないけど、聞いたらあるってシュテファン言ったから、アガーで作って貰おう。

 ワタシの中で、アガー=寒天とかゼラチンと似たような効能を持ってる粉末、でしかない。お菓子作りはそこまで詳しくない。料理も詳しくない。ので、シュテファン、アガーの原材料とかについての詳しい説明はいらないから。ワタシに必要なのは、水ようかんを作るためのアガーとあんこだ。


「とりあえず、理屈としては、あんこを水で溶かして、アガーで固めたらおkって感じ?」

「ざっくりですね」

「いつものことだよね」

「そうですね。わかりました。何とかしてみます」

「よろしく頼むよ、シュテファン!ワタシはその間、小腹空いたのでじゃがバター食べてくるから!」


 すちゃっと片手を上げて去って行くワタシに、シュテファンはいつもの笑顔を向けてくれた。素晴らしいね、シュテファン。癒やし系エルフ最高です。これで、あんパンと水ようかんのゲットは確実です。できあがったらアーダルベルトの所に持っていこう。恒例の、お菓子持参の陣中見舞いでござる!

 ……え?何で冬なのに水ようかんって?いや、本来水ようかんって、冬の食べ物らしいからね。発祥の地福井県では、冬の風物詩のあの年末の大型歌番組見ながら、こたつに入って食べる物体らしいよ。何でか全国的には夏の食べ物扱いされてるけど、水ようかんって本来、冬だったらしいし。売れるなら夏も作るかってことで、売り出したらしいし。豆知識?

 もっちゃもっちゃとじゃがバターを食べつつ(ちゃんと料理番の休憩所で食べてるし、護衛してくれてるライナーさんの分も所望して一緒に食べてた)、ワタシはあんパンと水ようかんができあがるのを待っていた。大人しく、賢く、シュテファンの邪魔をすること無く、ちゃんと待ての出来るワタシは偉い子である。自画自賛しておこう。

 いや、正直今日は、特に予定も無くてね。というか、アーダルベルトが休息日もいるだろってことで、乗馬の訓練とか日課のウォーキングとか休んどけって言うからさー。まぁ、確かに隣国まで足を運んで色々頑張ったのは事実だけど。でも別に、ワタシは自分でそこまで動いてないから、体力の消耗はあんまり無いけどな。基本、ウォール王国ではライナーさんに姫抱っこで運んで貰ってたし。

 まぁ、お休み貰ったのは嬉しいし、新しいおやつ食べたいし、こうして台所でゴロゴロするの好きです。料理番さん達とも仲良くなったので、非常に居心地が良いのである。ここの人たち、あんまりワタシを身分高いヒト扱いしないから、好きよ。侍女や女官、侍従その他諸々の皆さんは、ワタシを上へ下への扱いするんだもん。そういう存在じゃ無いので面倒ですって言っても聞いて貰えなかった。ちっ。

 じゃがバター食べ終わったので、フェルガの街で買ってきた魚せんべいをバリバリするワタシです。流石に、今回は保冷機能的なモノは持参していなかったので、乾物しか買えなかった…。え?お前あの状況で買い物してたのかって?いや、するでしょ!美味しい海産物の宝庫なんだし、持って帰ってきたら美味しく料理して貰えるの解ってるんだから!

 干物の類は料理長にプレゼントふぉーゆーしておいた。出汁を取るのに最適っぽい乾物もいくつか。本当は生で持って帰ってきたかったけど、鮮度が心配だったからなぁ……。魔導士とかいたら、保冷の魔法使って貰う手段があったらしいんだけど。生憎近衛兵ズもワタシも魔法はからっきしだった。つーか、近衛兵ズは身体強化系の補助魔法しか使えないと言っていた。どこまでも戦闘特化である。

 そうして魚せんべいを食べてたら、シュテファンができあがった試作品のあんパンと水ようかんを持ってきてくれた。ありがとう。ちゃんとワタシを含めて五人分用意してある辺り、シュテファン最近解ってるわ-。そうそう、アーダルベルトの所に行くと、高確率でユリウスさんがいるからね。エーレンフリートは常にいるし。では、ありがたく頂いていくよ~。今後もあんこさんで美味しいおやつ作ってね!

 いつものようにライナーさんがあんパンと水ようかんを持ってくれてる。ワタシが持とうとすると、当たり前みたいに奪われるんだよね。ライナーさん、ワタシ相手にそういうレディーファーストいらんですよ?つーかむしろ、子供扱いされてる気がするけど、ワタシは大人なのでそこは言及しないのだ。キリッ。


「アディ-、恒例の突撃今日のおやつの時間だぞー」

「いつからそんなわけのわからん名前がついたんだ」

「今。ワタシの気分によって命名された」

「お前な」

「とりあえず、休憩の準備しろ。あんパンと水ようかんと持ってきたから。あ、ユリウスさんとエーレンフリートの分もあるから、二人も休憩してくれないと怒るから!」


 特に、ユリウスさんだ。書類を片付けつつ、そのまま部屋から出て行こうとするのを、ワタシが言葉で牽制した。ため息をつきつつも戻ってきてくれるのは、いつものことと諦められたからでしょうか。ありがとうございます。とっとと諦めて、たまにはちゃんと休憩取ってください。貴方、昼食後からぶっ通しで仕事してたって女官長からの密告ありますんで。


「いつの間に女官長とそのような協力体制を作られたので?」

「ワタシが陣中見舞いにおやつ突撃始めた頃からですよ。褒めてくれた上に、貴方とアディの仕事のしすぎオーバーワークっぷりを逐一報告してくれます」

「……女官長」


 余計なことを、と言いたげなユリウスさんですが、それ以上は何も言いませんでした。ワタシが手渡したあんパンと水ようかんを受け取り、とりあえず不思議な物体に首を捻りつつ見ています。すぐには食べない辺り、思慮深い宰相閣下ですね。……貴方の隣の覇王様、渡す前に自分の分を手づかみし、当たり前みたいにばくばく食っとりますが。


「アディ、美味いか?」

「このパンの中身はなんだ?美味いが、知らん味だ」

「あんこ。それはあんパン」

「アンコ?」

「小豆から作った物体。ワタシの故郷ではお菓子によく使われるの。美味しいだろ?」

「あぁ、美味いな」

「それは何より。……だから、そのあんパンはワタシのだ!お前のはそっち!こっちの山にまで手を出すんじゃねぇ!」


 一口丸呑みみたいなペースであんパンを食べる覇王様から、ワタシは自分の皿を死守した。シュテファンが色々と考えて、結構多めに持たせてくれたというのに、アーダルベルトは相変わらずワタシの食べ物を強奪しようとするのだ。お前、ワタシの分がなくなるということを考えろし!

 まったく。油断も隙もない。……エーレンフリート、そこで、自分の分をアーダルベルトに与えようとすんな。いけません。際限なく食べ物を与えてはいけません。ちょっとは我慢を覚えさせないと、この覇王様は食べ続けるんだから!


「エレン、気にするな。お前の分を取ろうとは思わん」

「ですが……」

「足りなかったらミューから貰う」

「おっまえ、そこは違うだろうがぁああああ!」


 思わず近くにあった篭(ここまであんパンとかを入れて運んできたヤツ)でアーダルベルトの後頭部をぶん殴った。そこそこ大きな篭だったので、遠心力を利用してぶん回せば、ワタシでもヤツの頭を殴れたようです。……ただし、いつものようにダメージはございませんが!


「ミュー様、陛下に攻撃しないでください!…陛下、ミュー様のを取られるぐらいでしたら、俺のを…」

「…………エーレンフリート?」

「…なんですか、ミュー様」

「あ、聞き間違いじゃなかった。いつのまにワタシの呼び方、《ミュー様》になったん?」

「……ッ」


 頑なに《ミュー殿》と呼び続けるエーレンフリートだったはずなのだけれど。いつの間に、ライナーさん達みたいに様付けになっていたのか。少なくとも、昨日はまだ《ミュー殿》って呼ばれてたと思うんだけどなぁ?

 指摘したら、エーレンフリートが絶句して、なんかこう、苦虫噛みしめたみたいな、悔しそうな顔をして、そっぽを向いた。おい、そこの狼さんよ、どうしたっていうんだね?それと、ライナーさんが爆笑堪えてるみたいなのどうなん?あと、アーダルベルトもめっちゃ笑い出しそう。ユリウスさんは微笑ましそうに見てるけど。え?誰かワタシに説明して?


「そう気にしてやるな。エレンにも心境の変化があったということだ」

「……うむ?まぁ、ワタシは別にどんな呼び方されても構わんけどね」

「とりあえず、このあんパンも水ようかんも美味いから、もうちょっと寄越せ」

「やらんと言うとろうが!これはワタシの分だ!お前マジで、与えられた分で我慢するの覚えろよなぁあああ!」



 本当にこの覇王様、マジでぶれずに悪友モードすぎんだろ!ワタシの食べ物奪おうとすんなし!


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