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「まぁ、予想通りというか何というか、黒幕は大司教のジジイだった」


 数日後、綺麗に証拠固めを整えたヴェルナーは、諸々の手続きをすっ飛ばしての「皇帝陛下への直訴」という形で、大司教のジジイが今回の事件の黒幕だったことを暴露したらしい。そのせいで教会は上へ下への大騒ぎらしいのだが、その事件を引き起こしたはずのヴェルナーは、事後処理に走り回るでもなく、ワタシの部屋で、ワタシと一緒に、めっちゃ普通におやつ食べてました。何故だ!

 あ、流石に一週間寝込んでたということもあって、現在ワタシは、のんびりリハビリで体力を戻しています。ただ寝てるだけならともかく、食事もとってなかったので、体力の低下が著しいであります。胃がびっくりするといけないからと、まだ胃袋に優しい系の食事しか与えられません。

 ……そんなワタシの目の前で、めっちゃ普通にポテチ食べるとか、マジでヴェルナー鬼じゃね?ワタシ、油モノはまだ禁止なので、ポテチはアウトなんですが!……いや、そりゃ、代わりとして果汁たっぷりのゼリーとかプリンとかを頂いてますけど。むぐぐ。ポテチ系はな、見たら食べたくなるのに!ヒドイ!


 というか、やっぱり元凶はそいつか!?


「っていうか、何でワタシ、あのジジイに殺されかけないといかんわけ!?」

「だから言っただろうが。大人しくしてろと。目立つなと」

「あんな抽象的な忠告で理解出来るかー!」


 バシバシと手近な所にあったクッションを叩いていると、ライナーさんにそっとクッションを奪われた。えー?っと思いながら視線を向けたら、形の歪んだクッションを丁寧に元に戻して、ソファに降ろす。……ライナーさん、その、幼子を宥めるような行動、マジで止めません?ワタシ、もう21歳です。知ってるよね?知ってるよねぇ?!


「……で、具体的な理由は?」

「……「彼女が現れてから、陛下が変質された。あのような異質な存在は陛下の害になる」ってことらしい。真顔で言ってたぞ。そしてそれを聞いた大司教一派じゃない司教連中が、盛大に頭抱えてた」

「物凄い濡れ衣だよね!?アディの性格は別に変わってないし、ワタシの入れ知恵でアイツが判断基準変えたわけでもないよね!?基本的にあいつ、今まで通りだろ!?」

「本質は変わっておられないが、目に見えて貴様の影響を受けていると思ったんだろう」

「理不尽!」


 ちょっとライナーさん!形を整えてもらったばかりのクッションですけど、もっぺんバシバシやっても良いですかね?!この理不尽な扱い、ワタシ、納得できんのですが!?あのジジイ、アーダルベルトが自分に気に入らない方向に判断するのをワタシのせいにしてる!ワタシのせいじゃねぇよ!

 ライナーさんから許可を取り、もう一度クッションをバシバシするワタシ。ワタシは悪くない。理不尽だ。何だよ、あのジジイ。マジで滅べ。


「……んで、ジジイはどうなったって?」

「ん?追放」

「……どこから?」

「国外追放」


 にっこり笑顔で言い放ったヴェルナーに、思わず沈黙した。……いや、処分の内容が云々じゃなくてね?それを、猫かぶりの爽やか美青年神父様モードでやってくれるもんだから、不気味すぎて…。っていうか、お前は何でそんなに嬉しそうなのかね?教えて。


「この一件で、面倒くさかった大司教一派の掃討が完遂できた」

「え?何それ?結局ワタシが刺されたのに、お前はラッキー状態かよ!?」

「死なないように回復してやったんだから、別に良いだろ」

「この腹黒!」


 こういう男だよね!下克上レッツゴーのタイミング待ってたんだろ!?んでもって、ワタシの一件を失態として追求して、追い出したんだよね!?どう考えても、下準備全部整えたのお前だろ。んで、そのくせ自分は神父だからって、面倒な処理はお偉方に任せて、ここで暢気にお茶してるんだろ?!ひどいな、お前!


「ヴェルナーの性格は前から知ってるだろうが、諦めろ。損してるように見えて絶対に得を取るぞ」

「アディ」

「で、今日のおやつは何だ?」

「ヴェルナーが食ってるのはポテチの塩味。ワタシは牛乳プリン」

「なら、俺もその牛乳プリンで頼む」


 扉の向こう側にいた侍女さんに頼むアーダルベルト。……お前、基本的に、ワタシが食ってるものを欲しがるよね?子供か?なぁ、子供なの?


「牛乳プリンはまだ食べたことがないからな。……ところでミュー、手を出せ」

「うにゅ?」


 言われるままに右手を出したら、何かがポトンと落された。……何か、は指輪だった。二重リングになっている、けれどそんな派手でも無い指輪。中心に、半透明の石が埋め込まれてるのと、ぐるりと刻印みたいなのが刻み込まれてるのが特徴的。リングの色は金。……何だろう。嫌な予感がひしひしとするんだが。

 っていうか、これ、アクセサリーじゃないね?いや、指輪はアクセサリーだけど、明らかに何か違うモノにしか思えないんですが。つーかもう、ぶっちゃけこれ、魔導具じゃね!?しかもワタシが見たことも無い、デザインからして一点物っぽいヤツ!

 ねぇ、これ何!?聞きたくないんだけど!


「ヒトの力作をそう否定するでないわ。大人しく肌身離さず付けておけ」

「ラウラ……?」

「肌身離さず、じゃぞ?寝るときも、風呂のときもじゃ。それが出来るように、指輪型にしたんじゃからな」


 にこにこと笑っている外見幼女ロリババアであるが、目は全然笑っていなかった。え?どういうこと?この指輪、いったいどんな魔導具なんですか!?試作品じゃないよね?明らかに完成品っていうか、一点物の超レアアイテムって感じがするんですけど!


「そうだぞ、小娘。この俺が直々に魔法を込めたんだから、大人しく付けとけ」

「ヴェルナーも噛んでんの!?っていうか、マジでこの指輪ってナニ!?」

「「自然発動オートモードでリザレクションが発動する魔導具」」

「どんなチート装備じゃぁああああああ!!!!」


 思わず食いぎみに問いかけたワタシに答えたのは、アーダルベルト、ラウラ、ヴェルナーの三人。だがしかし、あまりにもあり得ない返答に、ワタシは絶叫した。叫ぶしか無かった。

 なお、詳しい説明をするならば、リザレクションは回復魔法系の最強呪文である。蘇生を意味するような名称からわかるように、「即死で無ければどんな傷でも治癒する」という恐ろしい回復呪文だ。その代わり、使えるヒトがとても少ない。回復魔法を得手とする教会のヒト達でも、中級のリカバーぐらいが精一杯。リザレクションを仕えるのは一握りの天才だけで、光属性が天元突破してて回復魔法の適正が阿呆みたいに高いヴェルナーは、その難易度の高い呪文を簡単に使えちゃうバケモノであることも追記します。

 回復系の自然発動オートモードの魔導具は、存在する。装備者が怪我をしたら、勝手に発動して回復してくれるというとても便利な魔導具です。ただし、材質や呪文の使い手の技量云々も含めて、初級のヒールしか存在しない。はい、ここ注目!初級しかないんですよ!中級もないんですよ!それなのにいきなり、最上級系出てきたとか、あり得ないでしょうが!?


「ねぇ、こんなの普通、作れないよね!?リザレクション込めるのも難易度高いし、それに耐えられるというか、込められるような材質とか普通無いよね!?どういうこと!?」

「ふむ?素材について聞きたいのか?それはのぉ、アルノーがわざわざ調達してくれた……」

「いいです!聞きたくないです!結構です!どう考えても超レアだってことだけ把握したから!」


 不思議そうに首を捻ってから口を開いたラウラを、大急ぎで遮った。いやだって、遮るだろう。誰が材料を調達したって?歩兵遊撃隊隊長アルノーだぞ!?このガエリア帝国でも猛者として知られる上に、どちらかというと一騎当千系の傭兵上がりのオヤジですよ!?そいつがわざわざ調達に行っちゃう素材とか、マジで怖いわ!

 こ、こんな怖いアイテムいらない。無理です。受け取りを拒否します。だって、どう考えても国宝級の超レアアイテムですよ。そんなのおっかなくて持ってられない!


「ミュー、お前の感覚ならそう言うだろうとは思っていたが、ここは大人しく受け取っておけ」

「何で?!ワタシがこんな高価そうなモノを恐れるのは普通じゃない!?」

「……お前に、ユリウスとツェツィーリアを敵に回す覚悟があるのならば、拒否しても良いぞ」

「…………は?」


 ちょっと待ちなさい、アーダルベルト。ちょっと待って下さい、覇王様。貴方、今、何と仰いました?ユリウスさんとツェツィーリアさんを敵に回す覚悟?は?何言ってんの?




 どこの誰が、王城のオトンとオカンの最強コンビを敵に回したいんだよ?!




 せ、説明を!説明を求めるぞ、こら!真顔でワタシを見てるんじゃなくて、ちゃんと説明しろし!この恐ろしい指輪に、オトンとオカンが絡んでるなんて、ワタシ聞いてないよ!?絡んでるの、ラウラとヴェルナーとアルノーじゃないの!?何で宰相と女官長の二人が出てくるの?ねぇ!


「この魔導具の開発を進言してきたのは、ユリウスとツェツィーリアだ」

「……え゛?」

「お前が襲撃を受けたことを重く受け止め、守りだけでは足りぬと。治癒の術も必要だと進言してきた。それに答えて、ラウラとヴェルナー、アルノーが作り上げたのが、その指輪だ」

「……う゛」


 な、なんてこった!なんてこった!恐ろしい現実を突きつけられた。待って?それってつまり、ユリウスさんもツェツィーリアさんも、めっちゃ怒ってたってことですか?!ヤダ怖い!オトンとオカンが激おことか、お近づきになりたくない!

 ……で?その激おこな二人が、ワタシの安全確保のためにと作らせたのが、この指輪?つまり、肌身離さず付けてろっていうのは、あの二人の意思?んで、それに皆が便乗した結果?


 ……え?ワタシ、詰んでね?


 多分顔面真っ青になってると思うんですが、壊れた機械人形みたいな感じにアーダルベルトを見上げたら、重々しく頷かれた。マジか。事実か。ワタシの嫌な予感は的中か。つまりこの指輪は、絶対に、身につけておかねばならんということか?……こんな国宝級の超レアアイテムをか!?

 怖いよ。怖いよ。貧乏性の一般人なんですよ!?それなのに、こんなの身につけてるとか、怖すぎるわ!うわーん。泥棒さんに狙われるよ!嫌だよぉぉおおおおお!


「見た目はただの指輪だ。それが魔導具と知るのも、開発に携わった者を除けば、ライナーとエレンだけだ」

「……持ってないと駄目?」

「あの二人から説教を受けたいなら、拒否しろ」

「……それは嫌」


 がっくりと肩を落した。あの二人のお説教はマジで勘弁して下さい。

 でもさ?一般人に、ほら、アレだ。数百万とかする腕時計を無理矢理付けさせるのと同じですよ。怖いんですよ。怖いんですよ。うっかり壊したらどうしようとか、傷つけたらどうしようとか、むしろそんな目が飛び出そうな金額の物体を身につけていたくないとか!そういうアレだよ、解って!


「……まぁ、お前にしてみれば身につけるのも怖いのかもしれんが、大人しく受け取っておけ。皆、お前を案じているだけだ」

「その優しさは理解してるけど、ワタシみたいな一般人にこの愛は重いよ……」

「「一般人じゃない」」

「一般人だよ!?全員でハモるの止めてくれませんかね!?ワタシはただの一般人だよ、馬鹿野郎!」


 真顔で全員でハモるとか失礼!ワタシはただの一般人の小娘だもん。非力で無力で貧弱な、この国じゃ村人以下の最弱な一般人でしかないもん!……あ、自分で言っててちょっと凹んだ。確かに体育は苦手だけど、ワタシがここまで弱く見えるの、ガエリアが獣人ベスティの国だからだもん。うん、絶対そうだ。



 そんなこんなで、望んでないのに、チート装備を入手しました。…いらねぇよぉ…。


 

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