閑話 宮廷魔導士ラウラ

 ワシの名はラウラ。ガエリア帝国で宮廷魔導士というものをしておるよ。

 妖精族ゆえに見た目は幼女であるが、まぁ、三桁は生きておる。見た目と年齢が一致せぬと言うものがおるが、それはほれ、それぞれの種族の価値観で考えるからであろうよ。獣人ベスティ基準では異常であったとしても、妖精ならばこれは普通のことじゃて。

 ワシがガエリア帝国に留まっておるのは、ひとえに皇帝アーダルベルト陛下の傍近くで、彼の人を支えるために他ならん。未だ自由を手にしていた皇太子時代、彼と旅をした仲間として、一人でこの広大な帝国を背負う彼を支えようと我らは決めた。……その方法を、各々が間違えていたと気づいた時には、もはや今の立ち位置から動くことすら出来んようになってしまったが。

 それでも、長い寿命を持つ妖精族ゆえ、彼が死ぬまでぐらいはこの国に留まるのも悪くなかろうと、そう思っておる。気心知れた仲間がいれば、少しは負担も軽減されるのではないか、とな。


 そんなおり、唐突に現れた召喚者の少女は、我らの予想を覆し、覇王の友となってしまった。


 そんなことで良かったのかと。それが正しい答えであったのかと。ワシはただ思った。年長者ゆえ、支えてやらねばと考えたワシやアルノーは、それゆえに彼を護ろうとした。護るために、膝を折ることを選んだ。それが正しいと信じたが、孤独を抱えた彼にとっては、何よりもの悪手だったのじゃろう。

 彼らはあまりにも対等であった。似たところなど何もなさそうだというのに、本質に似た部分があったのか。当たり前のように互いの考えを読み解き、遠慮なく言葉を交わす姿に、我らは確かにホッとした。アルノーなど、彼女に会うまでは胡乱げにしておったくせに、今ではまるで父親のようじゃ。裏表のない彼女を、深く知れば知るほどに好感を抱いた。異世界の知識を有し、裏表は存在せず、けれど自分の存在価値についてはどこまでもあっけらかんとしたあの小娘を、ワシらは、確かに好いている。



 ゆえに、彼女を害した存在を、我らが赦すことなど、あり得ぬよ。



 愚かな大司教。本来その地位につくには様々なモノが足りなさすぎる、矮小な男。それでも年齢や階級などからあやつが選出されたのも、仕方の無いこと。大司教に向いている者達は、まだ若かった。アレが一番年かさであったのじゃ。ただそれだけで、お目こぼしで大司教の地位にあっただけの男の、愚行。それを赦すものなど、おるまいて。

 腹を刺され、死線を彷徨った彼女を、我らは必死につなぎ止めた。魔導士たる身、妖精族たる身ではあれど、ワシに光の適正はない。回復魔法は使えぬ。それでも、手にした知識で造り上げた薬を用いて、彼女の応急処置を行った。たまたま、本当に珍しく通りがかったのは、不幸中の幸いであろう。

 即座に応援を呼んだが、居場所が遠い。辿り着くまでは、ワシが何とかするしかあるまい。駆けつけた神父に命を繋ぐことを命じれば、顔を真っ青にしながらも回復魔法をかけている。じゃが、足りぬ。この程度の技量では、足りぬのだ。……これほどまでに彼女の身体が脆いとは、ワシらの誰もが思いもしなかった。あぁ、人間とは斯くも弱き生き物なのか。…獣人に囲まれていて、感覚が鈍ってしまっていたようじゃ。


――小娘!


 叫び、常に被り続けている擬態をかなぐり捨てて現れたヴェルナーに、視線で早よぉしろと命じた。状況を即座に理解した男は、……教会始まって以来と言われるほどの、高すぎる回復魔法への適正を宿した男は、同僚を邪魔だと押しのけて、持ちうる魔力全てをかけて彼女の治療に専念した。糸一本で繋がった、彼女の命。ヴェルナーの使うリザレクションがなければ、彼女はこのまま儚くなっていたであろう。

 何とか一命を取り留めて、ヴェルナーを労って、そこでワシとヴェルナーは気づいた。彼女の精神が、奥深い場所へと潜り込み、現実から隔離されていることを。ナイフに塗られていたのは、眠りの毒。それは、苦しまずにすむようにと眠りに誘うためのもの。彼女の精神はそれに抗ったのか、それに従ったのか、魂が奥深い場所で眠りについた。微睡むように眠る彼女の顔は健やかだというのに、目覚める気配はいっこうになかった。

 一週間。

 長いようで短いその時間、彼女が自然に目覚めるのを我らは待った。だが、これ以上は引き延ばせないとワシは思った。彼女の肉体が、ではない。彼女の精神が、ではない。忙しい政務の合間を縫って彼女の元へと姿を見せ、目覚めぬ彼女の髪を撫で、何も声をかけずじっと彼女を見ているだけの陛下を見てしまえば、そうも思える。これ以上彼女が目覚めぬ日々が続けば、陛下が少なからず精神をすり減らすだろうとは、誰の目にも明らかじゃった。

 ゆえに、ワシは彼女の精神に潜り込み、呼びかけ、呼び戻すことに決めた。


――お主、いつまで阿呆な夢に浸っておるつもりじゃ。


 ついつい小言めいた言葉を発してしまったのは、彼女があまりにも脳天気じゃったからに他ならん。普通、こういう場合は覚めぬ眠りに絶望を見せられているか、逆にあり得ぬほどに幸福に浸っているかのどちらか。そうだというのに、彼女は日常を夢に見ているようじゃった。元の世界の情景なのじゃろう。あまりにも脳天気すぎて、思わず前述の発言をしてしまったのじゃが、ワシは悪くない。多分。

 まぁ、何だかんだと言いながらも彼女は状況を把握したようで、ワシが力を貸すことで現実へと引き戻した。目覚めてからの第一声が脳天気な「…あー、えーっと、オハヨウゴザイマス?」だった辺りが、まぁ、彼女じゃろう。今更じゃ。それでも無事に目覚めたので、よしとするべきであるな。

 彼女の無事を聞いて、陛下が駆けつけた頃には、脳天気な彼女は食事の真っ最中。そんな中、しばらく普通に陛下と会話をしていた彼女が告げた言葉に、ワシらはただ、衝撃を受けた。受けるしかなかった。


――アディ。

――何だ。

――ワタシ、まさか王城内で刺されるとは思わなかったんだけど。

――……そうだな。

――お城の中なんだから、王様はちゃんとしとくべきだと思う。

――……あぁ。


 誰もが驚き、息を飲み、何を言っているのか解らずに彼女を見た。陛下がどれほど、どれほど此度のことを悔いているのか、衝撃を受けているのかなど、口にせずとも皆が知っていた。だというのに彼女は、あろうことか誰よりも真っ先に、陛下の傷口を抉った。護衛として己の傍らにいたライナーを責めもしなかった彼女が、何故、陛下だけを責めたのか。

 その理由は、すぐに、わかった。


――つーわけだから、今後はよろしく。

――わかってる。

――うん。


 笑って、彼女は陛下の頭を撫でた。幼い子供にするように、無造作に撫でる。陛下もそれを、甘んじて受け入れておられた。……あぁ、陛下は、彼女に謝りたかったのだ。誰かに、叱って欲しかったのだ。そして、彼女はそれを理解して、あんなことを言ったのだ。それを理解して、ワシは、我らは、やはり彼女は喪われてはいけないのだと、再確認した。彼女を、喪うわけにはいかぬ。我らの愛する陛下のためにも。

 ゆえに、事態を重く見た女官長と宰相によって進言された魔導具の開発を、我らは二つ返事で受け入れた。素材を集めるために、アルノーは自ら各地へ赴くことを了承した。無論、移動時間の短縮のために、ワシの配下から転移魔法に優れた使い手を連れて行ったが。ヴェルナーもまた、魔法を込めるための助力を惜しまなかった。勿論ワシとて、全力を尽くして魔導具を制作した。

 そうしてできあがったのが、自然発動オートモードでリザレクションが発動する魔導具じゃ。ちょっとした国宝レベルの品物が出来てしまったが、まぁ、細かいことは気にせんで良かろう。発案者が宰相と女官長で、許可を出したのが陛下。実際に制作したのが我らなのじゃから、これぐらいの品物で当然じゃ。それに、これぐらいの品を持たせておいても完全に安全とは言えぬのじゃから、当然の処置じゃろう。

 うむ、何故手にするのを渋るのか、ワシにはわからん。渾身の出来じゃったというのに。いつもいつもワシのデザインでは口うるさく文句を言うゆえ、エッカルトにデザインさせたんじゃぞ?まぁ、最終的には文句を言いつつも、大人しく身につけておるようじゃが……。

 これは、早急に自然発動オートモードの防御系魔導具を開発せねば、とワシは決意を新たにした。彼女は護らなければならぬ。彼女に死なれては、困る。彼女個人を好いているという感情を抜きにしても、もはや彼女は我が国に、我らが陛下にとって、替えの効かぬたった一人の存在であるのじゃ。第二第三の大司教が現れて、同じように危険にさらされる可能性が、無いとも言えぬ。



 おまけに当人は、いつまでも自分を一般人と思い込んでおるのじゃから、頭の痛い話じゃ。



 どこの誰が一般人じゃ。戦闘能力という意味では一般人以下じゃろうが、自分が重要人物だということをいい加減に理解せいと言いたい。これほど各国の重要人物とのみ接しているという事実も、自分の発言があちこちで色々な影響を与えているということも、彼女はあまりにも理解していなさすぎる。何故そこまで自己認識が低いのか、ワシにはわからん。

 陛下に言わせれば、彼女に自覚が芽生えるなど「あり得ない」ことだとか。……誰より彼女を理解している陛下がそう言ってしまえば、信じるしかあるまい。迷惑な話じゃ。戦えるようになれとは言わん。じゃが、せめて、自分が狙われる可能性があるということぐらい、理解して欲しいもの。

 愚痴めいた言葉を零せば、アルノーとヴェルナーが同意してきた。この二人がワシに同意するなど、よほどの事じゃ。思うに、今までの記憶を振り返っても、陛下に関するごく僅かの事象のみであったように思う。……つまり、それぐらい彼女の無自覚無頓着は、頭に痛い事実と言うことか。困ったことじゃ。

 じゃが、良かろうよ。護る対象が二人に増えた。それぐらい、どうにかしてみせようではないか。かつて、ワシは陛下を支えると決めながら、本当の意味で彼の人の支えにはなれなんだ。その支えになってくれる存在を見つけたのならば、護ろうと思うのはワシのエゴじゃ。身勝手で大いに結構。ワシは自分の望まぬ生き方など、せぬよ。

 ゆえに、彼女はワシが護ろう。この身に宿した魔力にかけて、この身に刻んだ英知にかけて。ヒトから見れば悠久に等しい歳月を生きる妖精族の誇りにかけて。……そして、次代の妖精王の名にかけて。この、ラウラ・レーハンベックが彼女の守護を誓おう。誰にでもなく、我が魂に。



 ゆえに、彼女の敵はワシの、我らの敵。さて、今後現れる愚か者を、どう料理してやろうかのう?


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