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 アーダルベルトの開会の挨拶が終わったら、とっとと目標の二人に挨拶して裏方に引っ込もうと思っていたワタシですが、予想外の事態に直面しております。今はエレオノーラ嬢を傍らに、軽食を楽しんでいるところです。……こう、ワタシに話しかけるなオーラを出しながら。

 いや、挨拶しに行こうとしたら止められたんだもん。ワタシはここでじっとしてる方が良いとか言われてしまったのだ……。ユリウスさんとエレオノーラ嬢の二人に言われてしまっては、ワタシとしても強行突破はできなかったので。

 偉い人は相手が挨拶に来るのを待つのがお仕事とか言われたんですけど、ワタシ別に偉い人じゃないです。挨拶したいのも、オクタビオさんとフェルディナントさんの二人だけなわけでして。居座ってたらそれだけ他の誰かに捕まる可能性があるから、早く逃げたいのに……。


「あ、このクラッカー美味しい」


 やることがないので、料理番の皆さんが頑張って作ってくれている軽食を堪能しています。クラッカーの上に色んなモノが載っていて、どれを食べるか迷うぐらい。一口サイズに作ってあるので、女性でも食べやすいんじゃないかな。

 ちなみに今ワタシが食べたのは、スモークサーモンっぽいのが載ってた。美味しい。隣の果実のジャムっぽいのも食べてみようっと。甘いのも嫌いじゃないですよ。いえい。

 ……いや、現実逃避と言われようが、食事に逃げてないと視線が突き刺さってくるんですよ。どうやら、ユリウスさんとツェツィーリアさんが牽制してくれたというのは事実らしく、ワタシに話しかけに来る人はいないんですけども。

 寄ってくる人はいないが、視線はざっくざっく刺さります。アレですか。今回パンツドレスといえども一応ドレスなのが影響していますか?並んで入場した上に赤い色を身につけていたせいで、注目度合いがパワーアップしているような気がするワタシです。嬉しくない。ワタシは見世物じゃないです。


「ドレスもですけれど、髪型やお化粧もステキですわ、ミュー様」

「……ノーラちゃんが純粋に褒めてくれてるのがわかるだけに、辛い」

「まぁ、何がですか?」

「ワタシも女なので綺麗に着飾るのは嫌いじゃないし、褒められるのも悪い気はしないんだけれどね」


 それならどうして?と言いたげに首を傾げるエレオノーラ嬢に対して、ワタシは盛大にため息をついた。彼女は覇王様の妹君なので、ワタシとあいつの関係を誤解していないのはわかる。だからこそ、この褒め言葉も純粋なものだろう。

 なので、その彼女にワタシの悲しみをちゃんと伝えておこうと思う。伝えたら労ってくれると思う。ありがたいことに、覇王様の妹君は二人ともワタシたちの関係をきちんと把握してくれているのだ。


「侍女や女官のお姉様が頑張りまくった今のワタシを見て、脳内お花畑の皆さんは勝手に幸せな未来を妄想するし、そうじゃない人たちも誤解を加速させていくのが辛いの……」

「……なるほど」

「わかってくれた?」

「良くわかりましたわ。先ほどから皆様が好奇の視線を向けておられたのも、そのせいですのね」


 その可能性を考えもしなかったと言いたげなエレオノーラ嬢。持つべきものは価値観の似た友人とでもいうところだろうか。ワタシがドレスアップしていようと、覇王様と並んで入場していようと、ワタシとあいつの間に男女のアレコレが存在するとか、露程も思っていない彼女の存在に救われる。割と真面目に。

 ワタシの苦労が理解できたのか、エレオノーラ嬢は優しい笑顔で手を握ってくれる。美少女の笑顔、プライスレス。しかも完全装備フルメイクアップしてるので、美しさに磨きがかかっている。正統派プリンセスの美しさ、素晴らしい。眼福。

 眼福は良いのだけれど、正直なことを言うとさっさと用事を終わらせて引きこもりたいワタシです。その気持ちが通じたのか、たまたま偶然だったのか、足音と気配に気付いて視線を向ければ、そこには麗しの美丈夫が一人。


「ミュー様、お久しぶりでございます。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「お久しぶりです、フェルディナントさん。お待ちしておりました」

「ありがとうございます」


 恭しく一礼して距離を詰めてくるのは、コーラシュ王国ルーレッシュ侯爵家嫡子、今となってはリヒャルト王子の婚約者としての立場を得ているフェルディナントさんだ。本日も麗しの男装である。元来中性的な美貌なので、男装でも違和感がない。とはいえ、まさかまた男装でお目にかかるとは思わなかったワタシである。

 それが顔に出ていたのだろうか。フェルディナントさんは困ったように笑って、内緒話をするように声を潜めて告げてきた。


「慣れぬ服装で粗相をするよりはこちらの方が良かろうと、公式の場には今まで通りの恰好なのです。ご了承ください」

「……なるほど。了解しました。その恰好も良く似合っていてステキですよ」

「光栄です」


 お世辞でも何でもなく、死ぬほど格好良かったので本気で褒めたワタシです。普通に格好良いのである。……何しろ、会場の女性陣の視線を釘付けにしているのだから。

 王子殿下の婚約者になったとしても、相変わらずのイケメンっぷりだ。この人のことだから、相変わらず護衛騎士やってるんじゃなかろうか。確かに強いんだけども。未来の王妃様がそれで良いのだろうかと思わなくもない。……超萌えるけど。


「そちらの方が、ミュー様が待っておられた方ですのね?」

「そうそう、ノーラちゃん。こちら、コーラシュ王国のフェルディナントさんです」

「お初にお目にかかります。ルーレッシュ侯爵家嫡子フェルディナントと申します」


 好奇心に満ちた表情で問いかけてきたエレオノーラ嬢に、簡潔に相手を紹介する。フェルディナントさんも、物すごく絵になる所作で自己紹介をした。それを受けて、エレオノーラ嬢も笑顔で名乗る。

 ……なお、ワタシがめっちゃ普通に素の口調で喋っているのは、会場の隅っこで他に誰も側にいないからである。人目があったらそれなりの口調で喋るよ、一応。そういうのが面倒だから、こうして虫除けよろしくエレオノーラ嬢に側にいてもらってるんだもん。


「初めまして。私はエレオノーラ・ガエリオス。本日はミュー様の側付きですので、どうぞお気になさらずご歓談くださいね」

「……恐れ、入ります……」

「ノーラちゃん、それどう考えても無理があるわ……」


 にこやかな笑顔で告げるエレオノーラ嬢に対して、フェルディナントさんは顔を引きつらせていた。そりゃそうだろう。相手は覇王様の血縁者である。薄々察してはいたのかもしれないけれど、きちんと名乗られてしまったら逃げられない。

 けれど、エレオノーラ嬢は本気でワタシの虫除けしてる以外の意味を見出していないので、きょとんとしている。うん、ごめん、フェルディナントさん。このお嬢さん、今日は本当に本気でワタシの側にいるのが仕事ぐらいにしか思ってないんですよ。自分が前に出るつもり皆無なんですよ。皇妹殿下だけども。


「ところで、何でまたわざわざこっちまで来たんです?どう考えても、お国でお披露目とかあるでしょうに」

「昨年はミュー様に大変お世話になりましたので、近況報告も合わせてご挨拶をという話になりました」

「それなら別に日時をズラしても良かったのに」

「国として正式に新年のご挨拶というのも含めてということになりまして。……殿下も同行を希望されたのですが、それは流石にと」

「いや、そりゃそうだよ。次期国王の王子様が他国の新年会に出てるんじゃないよ。自分のとこの新年会に出てよ!」


 困ったように笑うフェルディナントさんの言葉に、ワタシは思わず食い気味でツッコミを入れた。いや、入れるだろ。入れなかったらおかしいでしょうが。何でワタシへの挨拶を優先しようとしてんだ。あの王子様も天然なんかい!

 近況報告とかなら、別にこんな忙しい時期にしなくても良かったのになぁ。内輪挨拶だけですむなら、奥でおやつ一緒に食べてわちゃわちゃしたのに。……ワタシがこのクソ面倒くさい完全装備フルメイクアップする必要もなかったわけですし。


「それで、近況報告って言うからには、順調に進んでるんですか?」

「はい。ありがたいことに、国内でも反発は特にありませんでした」

「おぉ、それは何よりです。お似合いですしね」

「そう言っていただけると嬉しいです。それと、手紙をありがとうございました」

「ん?あぁ、役に立った?ワタシの名前にどんだけ効果があるかはわからなかったけど、一応帝国の紋章入りだし、ちょっとは援護射撃になるかなーって思ってやったんだけど」

「大変助かりました」

「そっか。それなら良かった」


 ふわりと笑うフェルディナントさんの笑顔に、ワタシも笑った。アーダルベルトに言われるままにお手紙を書いたのだけれど、色々ややこしい状況だった彼らの背中を押せたのなら満足だ。ワタシのような異国の小娘の手紙にどんだけパワーがあるかわからなかったからなー。他国で《予言の参謀》の扱いがどうなってるのかわからないんだもん。

 特に、コーラシュ王国は直接関わってなかったしなー。これがキャラベル共和国やウォール王国だったら、多少はインパクトあるだろうけれど。

 ……そのウォール王国からのお客さんはどこで何してやがんだ。とっとと来やがれ、おっさん。でないとワタシはこの面倒くさい場所から離脱できないんだけども。

 雑談を繰り返す間にフェルディナントさんも大分緊張が解れたらしく、エレオノーラ嬢も交えて三人でのほほんと過ごすワタシたちである。……流石は皇妹殿下という最強の盾。元々ワタシに話が通っているフェルディナントさん以外、誰も近付いてこない。強すぎる。助かる。


「ところで、ミュー様は変わったドレスをお召しですね」

「普通のドレスにしちゃうとハイヒール履かないとダメでしょ?絶対転ぶから、ちょっと変則なデザインにしてもらったの。パンツドレスって言うんだよ」

「確かに、ヒールの靴は身動きがしにくいですからね……」

「……もしや、絶賛練習中ですか?」

「恥ずかしながら……」


 ワタシの言い分に感心したような態度のフェルディナントさんに聞いてみたら、ふっと黄昏れた感じでお返事された。おうふ。お疲れ様です。王子殿下の婚約者となったからには女装(言い方に語弊があるかもしれないけど、男装で過ごしてきたフェルディナントさんにしてみれば女装だと思う)しないといけないわけですよね。ヒールのある靴ってそれだけでバランス崩しそうになるもんなー。

 それだけじゃなく、ズボンとスカートじゃ所作が変わるだろう。極端に言ってしまえば、歩き方も全然違うと思う。ワタシも、普段の服装なら多少大股で走り回ってても許容範囲だろうけど、スカート姿で大股で走ってたらツッコミ食らうと思う。礼儀作法の鬼な我らがマダムに。

 煌びやかなドレスというのは、見る分には目の保養だけども、自分が身につけるのはまた別なんだよなぁ……。色々と通じ合ったフェルディナントさんと二人で盛大にため息をつくが、エレオノーラ嬢は意味がわからないと言いたげに首を傾げていた。そりゃまぁ、生粋のプリンセスにはわからんだろう。


「そちらのドレスのデザインはミュー様が考えられたのですか?」

「ううん。ワタシの世界では前からあったデザインだから、ワタシが考えたわけじゃないよ。それがどうかした?」

「……いえ、見栄えが良いのに動きやすいという、実に合理的な衣装だと思いまして」

「……帰るまでにデザイナーさんに話通してもらえるようにアディに頼もうか……?」

「……お手数をおかけしますが、お願いできればと思います……」


 背後に色々背負っているのが見えたので、思わず助け船を口にしてしまった。いやでも、生まれてから今までずっと男として生きてきた彼女に、いきなり全部女性にしろというのは無理がある。できる範囲で少しずつ頑張れば良いんじゃないかな。

 デザイナーさんにとってデザインは大事なものだろうけども、ドレスそのものじゃなくてパンツドレスという構造だけなら周りに広めても良いんじゃないかと思うんだよなぁ。もしくは、こっちで一着オーダーメイドしてから帰るとか。出来上がってから届ければ良いじゃん。

 何より、パンツドレスを身につけたフェルディナントさんをワタシが見たい。めっちゃ見たい。どう考えても、ちんちくりんのワタシが着ているよりも素晴らしい仕上がりになると思うんだ。だって、こちら、リアル宝塚みたいな中性的な美貌のお姉様やぞ!


「ミュー様、ミュー様、落ち着いてくださいませ。驚いておられますわ」

「あ。ごめん、フェルディナントさん。ワタシよりずっとこういうドレスが似合うなぁと思っただけなんだよ?」

「は、はい……」


 ちょっと萌えが暴走して熱くなってしまった。いかんいかん。止めてくれてありがとう、エレオノーラ嬢。……でも、貴方もめっちゃ見たいと言いたげな笑顔ですよね。そりゃ見たいよね。知ってた。


「姉様にも似合うと思うのですけれど」

「似合うとは思うけど、お会いするとワタシの心が色々とすり減るから止めて」

「まぁ、ミュー様ったら」

「……笑いごとじゃねぇのよ、ノーラちゃん……」


 ころころと笑うエレオノーラ嬢。意味がわかっていないフェルディナントさん。その二人を見ながら、ワタシは乾いた笑いを零すのだった。いやだって、クラウディアさんは完璧な男装の麗人なのでパンツドレスも似合うだろうけれど、ワタシへの感情(正確には覇王様への忠義極振り)があまりにも重すぎるんだ。心が確実にすり減る。ごりごりと。




 その後も、両手に花状態で雑談を楽しむワタシ。……心の奥底では「早く来いおっさん!」と思っていても、顔に出さない程度には頑張りました。褒めて!!




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