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「お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
雑談を楽しんでいたワタシたちの耳に、低い男性の声が届いた。人払いをされているに等しいというか、あらかじめ話を通している人以外は近寄ってこないという状態を維持していたワタシたちに近付いてくる人物は、限られている。そして、こんな風にお客様モードで声をかけてくる人は、更に限られるのだ。
視線を向ければそこには、いつぞや見た勲章たっぷりのキラッキラした儀礼祭典用の軍服に身を包んだオクタビオのおっさんがいた。……やっと来たか、おっさん!待ちくたびれたわ……!
「お待ちしていました、オクタビオ聖騎士団長殿。お久しぶりです」
「お久しぶりです、ミュー殿。本日も美しい装いお見事です」
「お褒めいただき光栄です」
お互い余所行きのたっぷり猫を被ったような仮面で丁寧に挨拶を済ませた後、お辞儀から元に戻った瞬間に目で会話をした。七面倒くさいやりとりはこれで終わりだ。後はいつものモードで対応するぞ、と意思の疎通はばっちりだ。そして、おっさんはまるでそこにいるのが当たり前のようにワタシたちの隣に滑り込んだ。
会場の隅っこで、エレオノーラ嬢という鉄壁のガードが存在しているので野次馬もやってこない。
何故なら、エレオノーラ嬢が笑顔でそれを受け入れているのだから、文句を言うのは皇妹殿下に喧嘩を売る行為に等しい。……うん、すごいな、この盾っぷり。助かる。
おっさんが誰かはしっかりわかっていないらしいフェルディナントさんが、それでも目礼で挨拶をしている。おっさんも目礼を返している。……あ、こっちは相手が誰か察してる感じがする。情報仕入れてきたのか?まぁ、オクタビオさん、脳筋に見えて頭良いタイプだろうからな。後、海千山千のおっさんだし。
「フェルディナントさん、こちら、ウォール王国の聖騎士団長様。オクタビオのおっちゃん」
「お初にお目にかかります。オクタビオ・カルロッサと申します」
「おっちゃん、こちら、コーラシュ王国のルーレッシュ侯爵家嫡子のフェルディナントさん。男装美女」
「このような形でお目汚し失礼いたします。ルーレッシュ侯爵家のフェルディナントと申します」
ワタシが仲介するように説明をすると、二人はお互いに名乗ってお辞儀を繰り返す。紹介の内容が雑なのは気にしないでほしい。割と端的に相手のことを伝えたと思うんだ、ワタシ。
そして、穏やかに挨拶を交わしている二人に、ワタシはぼそりと言葉を付け加えた。
「で、お二人が今回ワタシに挨拶したいと、国宛てにお手紙くれた方々です」
「「……はい?」」
ぽかんとしている二人には悪いが、言っておきたかったので仕方ない。エレオノーラ嬢が楽しそうに笑っているが、ワタシは全然楽しくないのだ。
要約すると、「アンタらが国相手に手紙なんて寄越してくれやがったせいで、ワタシは今、面倒くさい思いを押さえ込んで新年会に参加してるんですけど。労ってほしい」という感じである。割と真面目に。
だってそうだろう?国相手に挨拶の申し込みなんてされちゃったせいで、ワタシはここにいるんだから。文句の一つや二つ言っても許されると思う。
別に、二人に会いたくなかったわけじゃないんだ。会うのは全然オッケーなんだ。問題なのは
「そもそも、おっちゃん何しに来たわけ?何か挨拶しに来る理由あった?」
「いや、あるだろ。世話になりまくったのに挨拶に来ないわけがないだろ?」
「それなら個人的な挨拶で終わらせてくれたら良かったじゃんか!ワタシ、こういう場所に出てくるの本当に苦手なんだからな……!?」
「……いや、個人的な挨拶って、坊主……」
「何でお国宛ての手紙にしちゃうんだよ!おっちゃんのバカ!」
隣にフェルディナンドさんがいるけれど、気にせずにいつもの口調で会話をするワタシたち。呆気に取られている彼女には悪いが、このおっさんは割とフランクなんだ。真面目モードも搭載されているが、今それはいらないと判断したら近所のおっさんモードなんだよ、この人。
これでもかと訴えたワタシを見て、おっさんは盛大にため息をついた。ヲイ待て、何だそのため息わ!
「坊主、そもそも、個人的な手紙なんて出せるわけがないだろう?」
「何でだよ」
「…………自分の立場をもうちょい理解しようか、坊主。皇帝の信頼厚い参謀なんて存在に、隣国の騎士団長が個人的な手紙なんぞ送れるわけないだろうが。あと、送ったとしても検閲が入るから、不敬な内容だった場合は黙殺されるぞ」
「……え?」
「検閲、どう考えても入ってるぞ?」
「……ノーラちゃん、マジ?」
寝耳に水だったので、隣でにこにこと微笑んでいるエレオノーラ嬢に問いかけてみた。麗しの皇妹殿下は、不思議そうな顔をしたあとに、さらりと答えた。そう、さらりと。
……ワタシへの配慮なんぞゼロで。
「ミュー様宛ての手紙は、兄様と宰相様が検閲なさっていると伺っておりますわ。不届きなお手紙が、いつも大量に処分されているとか」
「何やってんの、あの
思わず叫んだけれど、むしろ初耳で聞き捨てならなかったのは、大量に処分されているらしい「不届きなお手紙」である。ナニソレ。ワタシそんなものの存在聞いたことないです。というか、ワタシにお手紙出してくる人が、いたの!?
「まぁ、そういうわけだから、仮に個人として手紙を出しても覇王殿に見られるのは確実だ。となると、国向けの正式文書で送った方が無難だなと」
「……今度からは個人宛で送ってほしい。大袈裟なことにならないように」
「坊主、よっぽど表舞台に出るのが嫌なんだな?」
「ワタシ、庶民育ちなの……。こういう場所に出て注目されるの、本当に苦手なの……」
しょんぼりと肩を落として呟くと、宥めるようにぽんぽんと肩を叩かれた。頭じゃなかったのは、一応人目があるからということだろうか。このおっさんは、そういうことは自然と出来るんだよなぁ。一応お貴族様だって言ってたし。見えないけども。
ワタシの周りにいるのは、大体がやんごとない身の上の方々ばっかりだ。なので、一般庶民の感覚を抱えて、こういう大袈裟な場所に引っ張り出されるのが嫌だというワタシの気持ちを正確に理解してくれる相手は少ない。ユリアーネちゃんとか
それでも、こうやって何度も訴えていれば、それがワタシの本音だとわかってくれるようになるらしい。エレオノーラ嬢が労るようにワタシを見ている。ありがとう。というか、防波堤みたいにしてごめんな、皇妹殿下。でも最強の盾だと判明したので、今後も何かあったらお願いしたい。真面目に。
「で、話を戻すけど、おっちゃんの用件は?」
「とりあえず、アホの件のその後について」
「アホって言ったぞ、この人……」
「継承権を剥奪されたなら王族でもないからな。坊主の前で今更取り繕う必要もないだろう?」
「まぁ、それはそうだけども」
爽やかな笑顔で言うことかなぁ……。確かにアホはアホだけども、アレ、先の王弟で、現国王の叔父になるんだけども。外野のワタシがアホ呼ばわりするのはともかく、聖騎士団長様が言っちゃって良いんだろうか。
……まぁ、国ではちゃんと呼んでるのかもしれないけども。
「アホは二度と外に出てこられないようにしてあるので安心してほしい。カミロ殿は陛下とも仲睦まじく絆を深めておられる」
「アホの件は別にどうでも良いけど、従兄弟が仲良く出来てるのは良かったね」
「あぁ。親子ほど年は離れておられるが、家族のように仲が良いぞ」
「そっか。あ、王子様どう?お元気?」
「お元気だ」
謀反企てたアホな国王の叔父はどうでも良いが、国王様に友好的だったその息子くんのことは幸せになってほしいと思っていたので、仲良くしているなら良いことだと思う。あの子、年の離れた従兄弟のことを敬愛してる感じだったもんなぁ。
父親がアレなのに、どうしてあんな良い子に育ったんだろう。育ての親とかいるのかな。いそうだな。教育係とか。
王子様に関しては、生まれたばかりだから、まだ特筆するような話題がないんだろう。待望の跡継ぎの王子様なので、健やかにお育ちあそばしているなら、それで十分である。強いていうなら、待望の王子様だったので、周りがちやほやしすぎて過保護にならないかってことぐらいだろうか。
でもそれは外野のワタシが考えることではないので。元気ならそれで良いのだ。
「っていうか、おっちゃんの用事ってそれ?」
「一応経過を伝えるようにと言われてきたな」
「……それって、わざわざワタシの顔見て話さないとダメな話題かな……」
思わずぼそりと呟いてしまったワタシである。いやだって、別に対面で報告しなきゃいけない話題でもなさそう。お手紙で良かったのでは?と新年会拒否症候群のワタシは思うのである。来ちゃってるから仕方ないけども。
そんなワタシに、おっさんは楽しそうに笑いながら口を開いた。
「まぁ、体面として謝礼も兼ねて我が国から正式に挨拶をというのもあるからな。諦めろ、坊主」
「アディ相手にやってれば良いじゃんかよぅ」
「そう言うな。そのドレスも不思議なデザインだが似合っているぞ」
「それはどうも。侍女や女官のお姉さんが張り切って飾り付けてくれたからね」
褒め言葉は素直に受け取っておこう。元のワタシがそこまで見栄えのする容姿をしていなくても、化粧や服装、髪型で整えることは可能なのが現実だ。化粧は化けるって書くぐらいだからね。人によっては目の大きさも変わるらしいしな。化粧、恐るべし。
実際、このドレスは本当に良い出来映えだと思ってる。フェルディナンドさんも褒めてくれたし。
「坊主は普通のドレスは着ないのか?」
「足下がねー。ヒールの靴は転んじゃうからねー」
「あぁ、なるほど。あの靴は確かに、歩くのが大変そうだ」
「ヒールが高くなると、こう、立ってるだけでも足首とか足先とかの負担がヤバいんですよ。慣れてないとしんどい」
「大変良くわかります……」
「だよね!」
しみじみとワタシが呟いたら、フェルディナンドさんが万感を込めて同意してくれた。この人は今までずっと男装で生きてきたし、そもそも騎士なので靴は動きやすさ重視だったと思う。その人が今、ヒールの靴に慣れる練習をしていると思うと、涙が出そうだ。
個人的には、動きやすい靴のままにしてあげてほしいなぁと思う。何せ、彼女は戦えるのだ。いずれ王妃様になるとしても、騎士として生きてきた人生をなかったことにしてほしくない。むしろ有効活用すれば、いつでもどこでも王様の隣にいられる最強の護衛が完成しそうなんだけども。
まぁ、その辺はコーラシュ王国の問題だし、ワタシのロマンを押し付けてはいけない。……戦うお姫様とか、戦う王妃様とか、めっちゃ好きなんだよ。そういう意味ではクラウディアさんも好きではあるんだけれどな。鑑賞してるだけなら。ワタシのメンタルをゴリゴリ削らなければ。
「とりあえず、挨拶終わったならやることは一つ」
「何だ、坊主?」
「美味しい料理を食べる!」
「「……え?」」
「料理番の皆さんが丹精込めて作り上げた美味しいお料理を堪能するのです!見てるだけなのお腹減るんだよね!ユーリちゃん、ご飯は今で貰って良い?」
本日のミッションを完了したワタシなので、後はもう美味しいご飯を食べるのがお仕事ですよ。いえい。流石に、挨拶終わらせて速攻引っ込むのは許されなさそうな空気が宰相様から漂ってるので、大人しくここでご飯を食べよう。
丁度近くで給仕をしていたユリアーネちゃんと目が合ったので、こそっとお願いしたら出来る侍女ちゃんは心強く頷いてくれました。ありがとう、ありがとう。ワタシがここに立つの面倒くさがってるのと同じぐらい、美味しそうな料理を楽しみにしていたのを彼女は知っているからね!
「あ、おっちゃんとフェルディナンドさんも用事がないなら一緒にどうです?自慢じゃないですが、うちの料理番の皆さんのお料理はめっちゃ美味しいですよ」
「何で坊主が自慢するんだ」
「いやでも、本当に美味しいんですって。しかも今日はお祝いの席なので、素材も手間もいつもより豪華仕様ですよ。美味しいに決まってるじゃないですか」
「そういう話をしてるんじゃないぞ?」
大真面目に説明したのに、何故か理解してもらえないという謎現象が起きている。何故だ。あ、フェルディナンドさんが固まってる。どうしよう。真面目な騎士さんにはテンションがダメだっただろうか?いやでも、この人相手には前回もやらかしてるし。
隣のお姫様はどうだろうかと視線を向けたら、エレオノーラ嬢は嬉々として給仕係に注文をしていた。お姫様は自分でテーブルに食事を取りに行ったりしないらしい。ワタシは取りに行きたいけど目立つのが嫌なので諦めただけですが。
というか、注文してる料理の数が無駄に多いのは、人数分を頼んでいるのか?……あ、違うわ。今、こっちと目が合って、目の前の二人の分も必要かもしれないと思い直して注文を追加してる。そういやこの子、綺麗でほっそりした見た目の割に良く食べたな……。肉食獣だからかな。獅子だし。
「綺麗に着飾ってても坊主は坊主だなぁ」
「ワタシはワタシ以外の何かになった覚えはありませんが?」
「いや、安心した。相変わらずの食い意地で」
「そこで安心されるのどうかと思うよ、おっちゃん!」
しみじみと納得しているオクタビオさんに、思わずツッコミを入れる。どういう意味だ、おっさん。確かに今日のワタシは綺麗に着飾ってるけど、口開いたら中身はそのままだってわかるだろ。あと、何で食い意地で判断した、コラー!
まぁとりあえず、面倒事は終わったので美味しい料理を堪能しようと思います。腹八分目で頑張るぞー。
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