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「随分と和んでいるが、話は終わったのか?」

「アディ」


 もっしゃもっしゃと美味しくご飯を食べていたら、背後からいきなり影が差した。何となくそのサイズ感から誰かわかっていたので振り返らずにいたら、案の定降ってきたのは覇王様の声である。

 あと、当たり前みたいに、ワタシが食べてた皿から揚げ物を失敬していった。ヲイ待て、お前にやるとは言ってない。それは、ワタシが最後に食べようと大事に残していた、一番美味しそうな真ん中の肉……!


「おっまえぇええええ!よりにもよってそれを食うか!?ワタシが、ワタシが最後に食べようと大事に残しておいた、赤身の一番美味しそうなカツを……!」

「美味かったぞ」

「そういう問題じゃない!ワタシの!」

「ユリアーネ、すまんが同じものをもう三皿頼む」

「承知しました」


 思わず足を踏みつけながら小声で怒鳴るも、アーダルベルトはどこ吹く風。こちらの様子をうかがっていたユリアーネちゃんに、流れるように注文をしていた。……ユリアーネちゃんや、お願いだから、何一つ動じずに去って行くの止めて。いつものことと言いたげなの止めて。確かにいつものことだけども。

 ……なお、ワタシたちのやりとりを見て、フェルディナントさんは固まっていた。オクタビオのおっさんはまったく気にしていない。というか、おっさんはエレオノーラ嬢と二人、もりもりと食事を楽しんでいた。このおっさんも良く食うよな。


「何で三皿なの」

「お前が一皿、俺が二皿だが?」

「……いや、ワタシ一皿もいらんし。真ん中の美味しいとこだけ食べられたら、十分なんだけど。他のも食べたいし」

「なら欲しい分だけ食えば良いだろう。残りは俺が食べる」

「了解」


 物すごくいつも通りのやりとりをしているワタシたちを見て、フェルディナントさんは何か固まったままだった。なお、エレオノーラ嬢もオクタビオさんも平然としている。むしろ、彼らは何故か仲良くお料理の美味しさを語り合っていた。……何でそこで仲良くなってるのかが物すごく謎だけど。

 妹がおっさんと仲良く食事をしていることをどう思うんだろうかと視線を向けたが、ヤツの視線は届けられた皿に向けられておりました。ヲイ、兄。妹のことは気にならないのかよ。


「ん?どうした?届いたぞ」

「真ん中だけ頂戴」

「好きなだけ取れ」

「ん。……思うんだけど、こういうことするなら、最初から新しい皿をもらえば良かったんじゃないの?」

「どんな味か確かめてから食おうと思っただけだ」

「ワタシの皿はアンタの味見用じゃないんですけど!?」


 何という言いぐさか。ヒドいヤツである。何か、こうなると前にライナーさんが言ってた、「アーダルベルトはワタシが食べてるものは美味しいと思ってる」という説が合ってる気がしてきた。食の好みが似てるのかなぁ……。

 っていうか、めっちゃ普通に食べてるけど、何しに来たの?皇帝陛下は、色んな人からの挨拶を受けなきゃいけないんじゃないの?


「一段落したから食事に来た」

「アンタ用のテーブルはあっちだろ」

「お前がやらかしてないか心配になって……」

「ヲイ」


 周りが微笑ましそうに見てるけど、違うから。こいつ、これ口実だから。ちょっとはそれも含んでるかもしれないけど、気になってたのはワタシじゃなくて、エレオノーラ嬢のことだから!

 証拠に、ちらっと妹の方を見たから!美味しそうにご飯食べてるエレオノーラ嬢は気付いてないけど、見てたから!口にしないだけで、何だかんだでこいつ兄バカだから、妹の心配してたんですよ!久しぶりに表舞台に引っ張り出した妹が大丈夫か気になってたんですよ!言わないだけで!

 素直に言えば良いものを……。

 変なところ恰好付けというか、意地っ張りと言うか……。別に誰も笑わないと思うんだけど。まぁ、指摘したところで流されそうだから、今は黙っておいてやろう。後でツッコミ入れるけど。


「ところで、ワタシ、今回の新年会での任務はもう終わったので、引っ込んでも良いかな?」

「何だ?もう腹は満たされたのか?」

「いや、真綾まあやさんとお祝いする約束がしてあってだな」

「あぁ、なるほど」


 今回のワタシの任務はオクタビオのおっさんとフェルディナントさんの挨拶を受けることだけなので、それが終わればお役御免なのだ。とりあえず流れで彼らとご飯を食べてたけど、そろそろ二人も他の場所へ挨拶に行くみたいだし。ワタシが撤収する頃合いとしては良い感じなのではないだろうか。

 しばらく考え込んでいた覇王様は、手元の三枚の皿を食べ終わると、ワタシの頭をぽんぽんしてきた。やめんか。セットが崩れる。


「戻っても良いが、大人しくしてるんだぞ?」

「ワタシは子供か」

「今日は料理番も侍女や女官も忙しいのだから、世話を焼かせるなよ?」

「だから、ワタシは子供じゃないっつーの」

「あと、ライナーは連れて行け」

「はいよ」


 子供扱いは納得がいかないけれど、撤収許可をもぎ取ったので、よしとしよう。このパンツドレスも嫌いじゃないんだけども、赤で超目立つから、視線を集めてるのが微妙に苦痛だったんだよねぇ。

 ……あ、ドレスで思い出した。


「アディ、後でデザイナーさんをフェルディナントさんに紹介してあげて。このドレスに興味があるって」

「ん?……あぁ、なるほど。確かに貴殿ならばこのちんちくりんよりは、よほどこのドレスのデザインを生かして着こなせるだろうな」

「ヲイコラ悪友、聞こえてんぞ」

「事実だろう?」

「確かにフェルディナントさんの方が着こなせるだろうけども!」


 そこは同意するけど、そんなあからさまにワタシをこき下ろさなくても良いだろうが!バカー!

 ほら見ろ、生真面目なフェルディナントさんが、どういう反応をして良いのかわからずに困ってるじゃないか。覇王様に同意したらワタシに失礼だし、かといって反論するのも恐れ多いとかになってるじゃん!お前はもうちょっと相手を選んで発言して!

 ……ところでおっちゃん、真面目な顔してるけどそれ、必死に笑いを堪えてる顔ですよね?アンタ本当に、本当に自由だな!幼馴染みの宰相補佐殿セバスティアンさんに言いつけるぞ!

 とりあえず、デザイナーさんはフェルディナントさんが滞在中に予定を合わせてくれると覇王様が言ったので、ワタシの仕事はおしまいだ。うむ、これで完全におしまい。


「それじゃ、おっちゃんもフェルディナントさんも、新年会楽しんでくださいねー」

「あぁ、邪魔したな、坊主」

「本当にね。次からは内輪で終わるようにしてください」

「わかったわかった」

「お手数をおかけいたしました、ミュー殿」

「ううん。会えて嬉しかったですよ」


 おっちゃん相手にはちょっとおどけつつも釘を刺し、フェルディナントさんには笑顔で手を振っておいた。いやだって、釘を刺しておかないとこのおっさん、またやりそうなんだもん。何となく。

 さー、撤収するよ、エレオノーラ嬢。貴方も単体でうろうろしてると色々面倒くさそうだから、一緒に引っ込もうね?






 で、エレオノーラ嬢とライナーさんと、ついでにユリアーネちゃんも確保してワタシは裏方に引っ込んだ。あー、お客様のいない適当なお部屋でのんびりするの、マジで気楽ー。


「お疲れ様、未結みゆちゃん」

「ありがと、真綾さん」

「ドレス、似合っているわよ」

「……そうかなぁ……?」


 笑顔で褒めてくれる真綾さんには悪いが、ワタシは真っ赤なパンツドレスが自分に似合っているとは思えないのだよなぁ……。

 いや、もちろん、侍女や女官のお姉様の頑張りを否定するわけではありません。ただこう、鏡に映る自分を見て思うのは、微妙だなぁという感想なわけでして。

 やはり、パンツドレスというのはすらっと背が高い、スタイルの良い人が着るべき服だと思う。フェルディナントさんとかクラウディアさんとかみたいな。


「お客様との挨拶は無事に終わったの?」

「うん、無事に終わった。今度からは内輪で終わるようにしてくださいって言っておいた」

「未結ちゃんったら……」

「だってー、こういう大袈裟な装いして出るの、本当に性に合わないんだもん……」

「まぁ、未結ちゃんだものねぇ……」

「……納得された」


 ぽわぽわした笑顔で真綾さんはあっさりと納得してしまった。えー、まだそんなに付き合い長くないのに、納得されちゃったよー。いや、別にそれで問題は何もないんですけども。


「そうそう、未結ちゃん。これ、美味しかったわよ」

「えー、何々ー?」

「コンソメスープらしいんだけど、いつもよりたくさんの具材を使ってるんですって」

「うわ、めっちゃ透き通ってる……。なのに匂いがすごく美味しそう……」


 どうぞ、と真綾さんが差し出してくれたカップには、黄金色に透き通った綺麗なスープが入っていた。具材は見当たらない。煮込んで煮込んで、その旨みだけを残したスープらしい。ぶわっと鼻腔をくすぐる匂いが凄まじかった。

 まだ熱いので、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら口に含む。その瞬間、見た目を裏切る濃厚な味が口に広がる。確かにこれ、いつも飲んでるのよりずっと美味しい!流石、新年会仕様のお料理!


「これ美味しいね、真綾さん」

「でしょう?」


 二人でにこにこしながらスープを飲んでいると、隣で同じように飲んでいたエレオノーラ嬢もにこにこしていることに気付いた。どうしたの、お姫様?


「いえ、お二人がそうして話しておられると、まるで姉妹のようだなと思いましたの」

「姉妹?ワタシと真綾さんが?」

「あらあら、私、未結ちゃんのお姉さんになるには、ちょっと年が離れてると思うのよ」

「え?」

「え?」


 のんびりと笑う真綾さんに、ワタシは思わず問い返した。そうしたら、真綾さんも不思議そうに問い返してきた。

 え?どういうこと?


「あのー、女性に年齢を聞くのは失礼だと思って聞いてなかったんですけど、真綾さん、ワタシよりそんなに年上なんですか……?」

「あらだって、未結ちゃんって21歳でしょう?」

「うん」

「私、一回り以上も年上よ」

「うえぇえええ!?」

「えぇ!?」

「そんなに驚くようなことかしら?」


 エレオノーラ嬢と二人で盛大に驚くワタシ。真綾さんはけろりとしていた。

 いや、待って?一回り以上って言ったよね?それってつまり、少なく見積もっても十二歳年上ということですよね?マジで?真綾さん、三十歳いってるかぐらいだと思ってたのに?

 にこにこ笑う真綾さん。日本人であるワタシの目から見ても童顔であることが判明したこのお姉さん、異世界の認識だと幼く見えてるんだろうなと思った。

 だって、真綾さんのいい方だと、これ、確実に三十半ばは越えてるってことじゃん。マジかー。童顔仲間だったー。


「ミュー様の故郷の方は、皆様このようにお若く見えるのでしょうか……?」

「いやー、うーん、どうだろ。ワタシの家は童顔の家系なんだけども……」


 エレオノーラ嬢の問いかけに、ワタシは言葉を濁した。確かに日本人は外国人から見たら童顔らしいけど、だからって民族全体がそうかと言われると違うような気もするし。ワタシは家系的に童顔なんだけども、真綾さんはどうなんだろう?


「私、昔から年齢より若く見られるのよねぇ。ちゃんと年齢相応の風格とかがあれば良いんだけれど……」

「……それは、真綾さんのその、ほわほわした雰囲気が改善されない限り、無理かなぁ……」

「まぁ、未結ちゃんったら、りょうくんと同じこと言うんだから」

「同じこと言ってたかー。流石ツッコミの鬼だよ、少年……」


 ほわほわ笑う真綾さんを見ながら、ワタシは元の世界に戻っていった小学生男子に思いを馳せた。年齢の割に大人びていた彼は、きっと、真綾さんと過ごす間に、ひたすらにツッコミ役を極めていたに違いない。

 しまった。彼が還る前に、真綾さんの扱い方を聞いておくべきだった。このお姉さん、ほわほわ天然系で、時々話が通じないんだよね……!ワタシとしたことが、うっかりだった。


「でも、未結ちゃんも幼く見えるわよね?」

「うち、家系的に童顔なんですよー」

「でも今日は、お化粧とお洒落効果で年齢相応に見えるわよ」

「そう?お化粧ってすごいね。流石、化けるって書くだけあるわー」

「喋っちゃうといつもの未結ちゃんだってわかっちゃうけれどね」

「真綾さん、それ、どういう意味?」


 にこにこ笑顔で言われた言葉に、思わずツッコミを入れた。しかし真綾さんは裏も他意もなかったらしく、「そのままの意味よ?」とふわふわした笑顔で答えてくれるのでした。おうふ。このタイプが一番厄介かもしれない。

 もういいや。とりあえずご飯食べよう。気楽にご飯食べれる時間は貴重なのだー。




 そんなこんなで、一仕事を無事に終えたワタシは、真綾さんとエレノーラ嬢と共に、のんびりと美味しいご飯を堪能するのでした。




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