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「何だ?まだ着替えていなかったのか?」
「おー、お疲れ、アディー」
「お前もな。で、何でそのままなんだ?」
「いやー、ワタシも着替えたかったんだけどね、侍女や女官のお姉様方が勿体ないって言い出してね」
「……そうか」
ふっと黄昏れてみせたワタシを見て、アーダルベルトは労るような視線を向けてくれた。本当にありがたい。軽く説明するだけでワタシの状況をちゃんと把握してくれるのは、助かる以外の何でもないのだ。
今日のワタシは、侍女や女官のお姉様方の力作と言っても過言ではない。
頭のてっぺんから爪先まで、完璧にコーディネートされている。元がちんちくりんのワタシなのでイマイチな部分はあるだろうが、髪型も化粧も完璧オブ完璧に仕上げられているのだ。なので、その力作をもう少し維持してほしいと言われては、断れなかった。
……別にワタシ、この恰好で色々とうろつくわけじゃないんだけども。部屋に引っ込んで、
ちなみに、ライナーさんとユリアーネちゃんは、大人しく壁際に控えている。ワタシと真綾さんだけだったら引っ張り込むんだけども、流石にエレオノーラ嬢がいると難しい。皇妹殿下だからね。仕方ないね。
ワタシにとってのノーラちゃんは、同じ趣味を分かち合う大変得難い友人なんだけども。それに関してはワタシと彼女の秘密なので、皆には言わないのだ。その程度の慎みは持ち合わせております。
「一応、その恰好は好評だったぞ」
「マジで?変なもの見る感じだったと思ったのに」
「お前が変なもの扱いはいつものことだろ」
「ヲイ待て悪友。言い方」
「事実だろう?」
何を当たり前のことを言っているんだ?と言いたげなアーダルベルト。お前本当に、ワタシに対してだけ遠慮がねぇな!もうちょっと言い方ってものがあるでしょうが!
ぷんすか怒るワタシに対して、覇王様は何も気にしていなかった。こんちくしょう。
「……それにしても、エレオノーラは随分と彼女に懐いているな」
「あぁ、何かね、お姉様みたいだからって」
「……は?」
お前何言ってるんだと言いたげな顔をされたので、ワタシはアーダルベルトの勘違いを訂正した。違うんだ、聞いてくれ。お前が考えているのとは別の意味だ。
「違う、違う。クラウディアさんみたいって意味じゃなくて、世間一般で言うお姉様ってこういう方のことを言うのかしら、っていう意味らしい」
「……あぁ、なるほど」
「納得していただけて助かる」
エレオノーラ嬢は正真正銘、姉を持つ妹なのだけれど、彼女の異母姉様はちょっと普通じゃないので……。具体的に言うと、リアル宝塚みたいな女傑の麗人なので、お姉様の意味合いが変わってくる。
その点、真綾さんはほわほわおっとりとしているが、一般的なお姉さんという雰囲気の持ち主だ。優しくて暖かくて親しみのある姉というイメージに、ぴったりだったのだろう。彼女は何だかんだで真綾さんと過ごす時間を楽しみにしている。
真綾さんも、最初は皇妹殿下というエレオノーラ嬢の立場におろおろしていたのだけれど、何度か一緒にお茶や食事をする間に慣れたらしく、今ではとても仲良しだ。ほわほわ美人の真綾さんと正統派プリンセスのエレオノーラ嬢が仲良くしている姿は、実に眼福である。美人は目の保養だ。
この二人だと、別に怖い話題が出てこないという意味でも、ワタシの心の安寧とも言える。ワタシは平和が欲しいんだ。面倒くさい日常はいらん。
「楽しそうだな」
「でしょー。めっちゃ仲良くなって、今じゃワタシがいなくても大丈夫なくらいだぞ」
「つまりお前だけのけ者だと?」
「何でそういう話になるんだよ。違うわい。皆ちゃんと仲良くなったって話だよ」
何でこいつは、人間関係に関してはポンコツ発揮するんだろう?一般的なお友達関係をほぼ知らないからですか?誰かが間に入らないと成立しない関係の方が、よっぽど不自然なだよ、バーカ、バーカ。
……まぁ、こいつの場合、仕事が絡まない人間関係とか物すごく苦手そうだけどさ。旅の仲間以外に、気楽に会話を楽しめる相手って少ないんだろうなぁ。近衛兵ズも比較的気楽ではあるけど、あの二人はやっぱりお仕事が絡んじゃうもんね。
それを思うとやっぱり、悪友とか親友とかいうポジションにすぽっと収まっちゃったワタシ、割と異質だな。いや、良いんだけど。だってあいつ、ワタシの前だと悪友モード搭載されてんだもん。推しとは別のイキモノだから仕方ない。
「ミュー」
「んー?」
「また、年が明けたな」
「そうだね」
静かに告げられた言葉に、ワタシは何でもないことのように頷いた。不思議そうに皆が見てくるけれど、ひらひらと手を振って誤魔化した。これは多分、ワタシたちにしかわからない感覚で、感傷めいた何かだ。
今年もまた、ワタシはこの国で新年を迎えた。アーダルベルトの隣で、新しい年の始まりを迎える。迎えることが出来た。
相変わらず、ワタシを召喚したのが誰かはわからない。
本当、何が起きてるんだろうね。魔王もとい理事長様から見ても、ワタシはこの世界にとっての異物だ。理を司る何かによって元の世界に戻されてもおかしくないのに、放置されてる意味がまったくわからない。……まぁ、あの魔王様はそんなワタシを見て面白がってたけども。面白がるなよ。
ぽんぽんと、頭を撫でられた。ヘアセットされているのを考慮してか、いつもよりは軽い感じだった。じっと見上げたら、笑みのような表情を浮かべたアーダルベルトがワタシを見下ろしている。
「ドタバタしててちゃんと挨拶できてなかったけど、あけましておめでとう」
「あぁ、おめでとう。……今年も、よろしく頼む」
「おー。よろしくー」
しんみりしそうになったアーダルベルトを見上げながら、ワタシは殊更軽く答えた。両手を挙げてハイタッチを要求する。一瞬何をするのかわかっていなかった覇王様だけど、すぐに理解したのかぱんっと両手を合わせてくれた。
ワタシよりずっと大きな、もふもふした手だ。肉球気持ち良い。こうやって触れると、やっぱり違う種族だなぁとか、ここ異世界なんだよなぁとか思う。
……ワタシに残された時間は、あと、どれくらいあるんだろう。考えても仕方ないことだから、普段は考えないようにしてるけど。それでも、こうして新しい年の始まりを迎えると、考えてしまう。今年も一年、ちゃんと、ここにいられるのだろうか、と。
少しずつ、少しずつ、アーダルベルトの死亡フラグをへし折る道は見えてきた。
周辺諸国への根回しも、多分、ゲームの世界よりもずっと出来ているだろう。少なくとも、ウォール王国とコーラシュ王国に関しては、味方になってくれると思う。キャラベル共和国に関しては微妙だけど、まぁ、それは仕方ない。
それに何より、真綾さんという最強の切り札を手に入れた。彼女が薬師マーヤに至る人物ならば、アーダルベルトがイゾラ熱を発症したとしても救える可能性がぐっと上がる。幸い、真綾さんはワタシの要望を聞いてくれるし。
最初の最初、アーダルベルトと出会ったときに比べれば、色んなことが前に進んでいる気がする。その分時間も進んでいるけれど、何の手応えもないわけじゃないのは、良いことだ。ホッとする。
「そういえば、しばらくは何も起こらないのか?」
「ワタシの知ってる限り、今んところは何もないかな」
「そうか。ならばしばらくは平和に政務が出来そうだ」
「政務以外の時間もちゃんと取れよな」
「無茶を言うな」
「いや、無茶言ってるのはアンタだよ!休日返上がデフォなの本当に勘弁して?」
べしべしとアーダルベルトの腹を叩いて訴えるワタシです。いやだって、本当にそうじゃないですか。この皇帝陛下、お仕事頑張りすぎなんですよ。確かに皇帝に交代要員はいないけれども、ちっとは休息を取れってんだ。バケモノ体力だからって無茶すんじゃない!
そう思っているのはワタシだけではないようで、涼やかな声が割り込んだ。
「その通りですわ、アーダルベルト兄様。どうかお体を大切にしてくださいませ」
「エレオノーラ、俺はそこまで柔ではないし、己の体調ぐらい見極めている」
「それはもちろん存じ上げております。……それでも、兄様は無理をしすぎですわ」
「そーだそーだ。週休二日は無理だろうけど、せめてどっかでちゃんと休めー。ワタシがおやつ突撃しないとお茶休憩もしないなんて、ダメダメ過ぎるわ」
「お前ら、国主に無茶を言うな」
エレオノーラ嬢という協力者を得て、ワタシはぐいぐい攻めた。……まぁ、攻めたところでのれんに腕押しなんですが。何でこの男は、自分に体力があるからと仕事漬けになるんでしょうか。解せぬ。
そりゃね、倒れたりはしないでしょうよ。その当たりの見極めはしてると思う。でも、仕事ばっかりだと心がすり減るもんなので、いい加減に滅私奉公は止めてもらいたいのだ。
「前から言ってるけど、一人で全部背負い込むのはアディの悪いクセなの!ちょっとは周りに分散させろ!」
「してるだろ。適材適所で仕事を割り振ってる」
「そうじゃなくて!」
確かに頼れる仲間とか頼れる宰相閣下とかいるけど、ワタシが言いたいのはそういうことじゃない。何でこの覇王様は、こういうことに関してだけはポンコツなんだ。人格形成の段階で何か不具合でも生じたのか、こいつ。
仕事を取り上げたら何も残らない、みたいになってる状態が健全なわけがない。ちゃんと個人としての部分を残すようにしないと、そのうち潰れる。……あぁでもきっと、潰れないだけの強さがあるから、アーダルベルト・ガエリオスなんだろうけれど。だからこそ腹が立つんだけど。
「ワタシたちがいるんだから、少しはそっちにも目を向けろ。仕事ばっかり見るの禁止」
「ミュー」
「アンタはもう少し、自分自身の平穏とか幸せとかをしっかり考えるべきだよ」
「大袈裟な」
「大袈裟じゃないやい。知り合い全員諸手を挙げて賛成してくれる意見だい」
半眼で呟いたワタシに同意するように、エレオノーラ嬢は力一杯頷いてくれた。ありがとう、皇妹殿下。目の前で可愛い妹にそういう反応されたら、こいつも少しは自覚すると思うんだ。
なお、ちらっと視線を向けた先では近衛兵ズもこっくりと頷いていた。ライナーさんだけでなくエーレンフリートもだった。あの
「兄様、あまり無茶をされてしまいますと、姉様が痺れを切らしてやってこられますわ」
「……それは遠慮したい。あいつがいると城が騒々しい」
「……出来れば次にお会いするのは、もうちょっと時間が経ってからの方が良いなぁ」
エレオノーラ嬢の発言に、ワタシたちは二人揃って遠い目をした。クラウディアさんはこう、覇王様への感情を忠義に全振りしたようなブレーキのぶっ壊れたブラコンなので、出来ればちょっと、しばらく冷却期間をおきたい。この間、過剰摂取したばかりなので。
そんなワタシとアーダルベルトに、まぁと微笑むエレオノーラ嬢は、ある意味とても強いと思う。あの姉を普通に見ていられる妹ってだけで、めっちゃ強いよね。知ってた。
まぁ、何はともあれ無事に新年会を乗り越えたので、しばらくは平穏を満喫しようと思うワタシなのでした。
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