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「楽しいね-!」
今、ワタシはユリウスさん経由でお小遣い(何か気づいたら結構凄い金額だったんですが、庶民としてはそんな大金持って出かけたくないので、一般的なお小遣いレベルにしてもらいました)を受け取って、ライナーさんとユリアーネちゃんを伴って城下町の散策に繰り出しております。
もうね、めちゃくちゃ楽しいから!仕事でどこか出かけたついでに買い物とかじゃないですからね。完全に自由時間で、自分のお金で、自分の好きにして良いお金で、買い物して、買い食いしてという、大変素晴らしい時間ですよ。付き添ってくれてる二人には悪いけど、ワタシは久しぶりのショッピングと買い食いに、テンション上がりまくりです。お登りさん扱いされたって構わない!
屋台で売ってる軽食は、ゲームでも見たことが有る串焼きとか、クレープとか、そういうので!ワタシとしては、気兼ねなくそれらをもぐもぐ出来るこの状況が、楽しくって仕方ないのですよ。お貴族様のライナーさんや、普通にそういうの経験してるユリアーネちゃんにしたら、何故ワタシがそんなにテンション高いのかは解らないだろうけれど。楽しいものは、楽しいのである!
「ところでミュー様、昼食はどうされます?」
「あ、ソレは勿論、ハヤシライスで!食べに行きますよ!」
「ハヤシライス?」
「アレ?ユーリちゃんは食べたこと無かったっけ?」
ワタシとライナーさんの会話に、ユリアーネちゃんが不思議そうに首を捻っていた。おやぁ?彼女に食べさせたこと無かったっけ?あぁ、そういえば、最近お城では作って貰ってないなぁ、ハヤシライス。他にも色々順番に作って貰ってたから、何だかんだでハヤシライスご無沙汰だ。早く食べに行こうっと!
「ハヤシライスはねぇ、ワタシの故郷の料理なんだよ。いつものごとくシュテファンにレシピ作って貰って、お城ととある宿屋さんにだけ、そのレシピを公開してるの」
「城はともかく、宿屋、ですか?」
「そうそう。その宿屋の店主さんはね、ワタシを助けてくれた人だから。お礼に、ハヤシライスのレシピを教えることにしたのですよ」
不思議そうなユリアーネちゃんに笑いながら、ワタシ達はその宿屋さんへと向かう。そこは、あの、ワタシを助けてくれた、拾ってくれた、右も左も解らない召喚されたばかりのワタシに住処と食事を与えてくれた、おっちゃんの宿屋である。
本当に、感謝してもし足りない。どれだけ感謝すれば良いのか。あの時、おっちゃんに拾われて、生活環境を与えて貰ってなかったら、ワタシは確実に行き倒れていたに違いない。いや、比喩でなく。だって、こんな魔物が普通にうろうろする世界ですよ?しかもここは住人の基本が
……今でこそね、アーダルベルトの庇護下にいるおかげで、衣食住は完備されてるし、護衛はいるし、ワタシはかなり快適に生活していると思う。多少自由は制限されてる部分はあるけれど、許容範囲だ。そもそもが、覇王様はワタシにかなり甘いので、フリーダムに、マイペースに、ワタシらしく振る舞ったところで、お咎めはない。……むしろそれを面白がってる気がするな、あいつ。
で、何でおっちゃんにハヤシライスのレシピを伝えたのかと、言うと。
ワタシは、何かお礼がしたかったんだよね~。おっちゃんのお陰で助かったのは事実で、でも、だからといって、手持ちに何も無いワタシが返せるお礼とか無いわけで。アーダルベルトは礼金でも払うか?ってさらっと言ってきたけど、それ、ワタシのお金じゃ無いし。確かに覇王様はワタシの保護者ですけど、それ税金だし、そこから払われても、ワタシもにょる。
あとは、お金をぽんと1回分渡すだけ、というのも何か違う気がした。出来れば、末永く、おっちゃんの役に立てる何かをしたかった。……おっちゃんの宿屋は、可も無く不可も無くって感じで、親子で一生懸命切り盛りしてる系だったから。
で、愚痴るみたいにシュテファンに話をしたら、何かレシピを伝えれば良いのでは?と言ってくれた。ワタシは、自分の知ってるレシピがそこまで凄いとは思わなかったけど、シュテファン曰く「その店でしか食べられない料理には価値がありますよ」とのことだった。それが珍しくて、その上美味しかったら、評判になるだろう、と。
おっちゃんの宿屋は、食堂も一緒にやってる。だから、その食堂で、大量に作れて、回転率を早くできる感じの料理があれば、役に立てるんじゃないかと思った。シュテファンと二人で、あれこれ試行錯誤を重ねた結果、完成したのはハヤシライスだった。
本当はね、この世界でカレーライスを再現したかったんだよ。カレーは魔性の料理で、きっと、誰もが喜んで食べてくれると思うんだ。中身の肉や野菜を色々と変えてアレンジもできるし。何より、カレーはご飯にもパンにも合うので、どっちかというとお米さんの存在がスルーされがちな世界観でも、どうにかなると思った。
……まぁ、ワタシが丼伝えた結果、お米さんフィーバー起こってたけどな。おにぎりフィーバーもしてたけどな。米は腹持ちが良いんだよ。食べやすくて長持ちなんだよ。お米さん舐めんな。
で、ハヤシライスにした理由は、デミグラスソースはこの世界でも普通にあったから。ビーフシチューとかあったしな。カレーはスパイスの調合がよくわからなかったし、それに何より、スパイスって結構良い値段するので、利率考えたらよろしくなかった。だから、ハヤシライスなんですよ。え?ワタシが食べたかったからだろう?な、ナンノコトカナァ……??
そんなこんな言ってる間に宿屋に到着です。っていうか、噂には聞いてたけど、食堂モードでめっちゃ賑わってるみたい?おっちゃーん!ハヤシライスは役に立ってますかー!?
「おぉ、嬢ちゃん、久しぶりだなぁ」
「うん、久しぶり、おっちゃん!ハヤシライス食べに来たよ!ワタシの、自分の、お小遣いで!」
「お?何だ何だ?バイト代でも入ったのか?」
「そんな感じー!」
忙しく店を切り盛りしてるおっちゃんは、ちゃんとワタシの事を覚えていてくれた。嬢ちゃん、と気安く呼んでくれるのは、そうしてくれとワタシが頼んだからです。いやだって、かしこまられるの嫌だよ。むしろワタシがおっちゃんに感謝しないとダメなんだからさー。
奥の方の席へと案内されて、三人で座る。注文は勿論全員ハヤシライス。他のメニューも素朴で家庭的な味で美味しいんだけどね。アレンジ加えつつ日々進化しているらしいハヤシライス食べたいじゃない。
「アレがハヤシライスなのですね」
「そうそう。イメージとしては、マイルドな味のビーフシチューがご飯にかかってる感じ?」
「……ソレは、美味しいのでしょうか?」
「大丈夫。ご飯との相性は抜群だから!」
不思議そうなユリアーネちゃんに、ワタシは太鼓判を押しておいた。確かに、これは異世界料理になるわけで、食べ慣れているワタシ以外の人の味覚に合うのかどうかという話もある。だがしかーし、大繁盛している店の状態を見れば、この味が受け入れられているのは一目瞭然なのである!
ワタシの隣で、ライナーさんもこくりと頷いていた。それを見て、ユリアーネちゃんはどこかホッとしたような顔をした。……ねぇ、ユーリちゃんや。そんなにワタシの味覚は信用出来ないかね?そりゃ、ワタシ、この世界ではゲテモノ扱いのタコもイカも食べますけれど、味覚は普通ですよ。美味しいご飯に反応するだけですよ!?
「ほい、お待ちどうさん」
「わーい!ありがとう、おっちゃん」
「いやいや、こっちこそ礼を言わないといけないだろう。……あのレシピのお陰で、この通り大繁盛だ」
「うっかり繁盛しすぎて、働き過ぎてヤバイとかない?それで倒れたら嫌だよ?」
「大丈夫だ。余裕が出来たから、人を雇ってる」
「そっか。それなら良かった」
おっちゃんが倒れたらワタシも哀しいからね。また後で、落ち着いたら話をしに来ると言って、おっちゃんは仕事に戻っていった。うん、近況報告とか、たわいない話するのも楽しいよね。……ここに来ると、何かこう、人情って有り難いなぁって痛感する。あの日あの時、おっちゃんが助けてくれなかったら、ワタシはここにいないと、何度も何度もしっかり噛みしめておくのだ。
まぁ、真面目な話は置いといて、美味しいハヤシライスを食べますか!いっただきまーっす!
「んー!美味しいー!」
スプーンでハヤシライスを掬ってぱくり。しっかり煮込まれた牛肉の旨味が染みこんでて、美味しいのです。お米との相性もバッチリ。ひたすらばくばく食べても、辛くないから全然平気。カレーの場合は、途中で辛さに耐えかねて、水を飲んだりすることもあるしね。ハヤシライスはその点、辛くないから、大人も子供も食べられる。まぁ、カレーの方が良いって人もいるんだろうけどさ。ワタシはハヤシライスも好きだよ。マイルドなこの味が何とも言えないですよ。
ちらりと視線を向けたら、ユリアーネちゃんはおっかなびっくり一口食べた後に、幸せそうに破顔して食べ始めた。ぴこぴことウサギ耳が動いているのが可愛らしいです。可愛い美少女ウサギは正義!普段のメイド服もステキだけど、今日の爽やかワンピースもめっちゃ可愛いしね!……その可愛いワンピースの下に、ひっそりとナイフ装備してるとかいう事実は、忘れておきたいと思います。
「ユーリちゃん、美味しい?」
「はい、とても美味しいです。こんなに美味しいなんて思いもしませんでした」
「気に入ってくれたなら良かった~。お城かここでしか食べられないからね~」
「そうなんですね。今度家族にも教えます」
「そうしてあげて」
嬉しそうに食べてるユリアーネちゃん。そうそう、そうやって宣伝してあげてね。そうしておっちゃんの宿屋の売り上げに貢献してあげてください。食堂モードでハヤシライスで稼いでいるし、ハヤシライス目当てで遠方から来た人がそのまま宿泊もしてくれるらしくって、割と良い感じに儲かってるんだって。良かった良かった。
え?何でお城とこの店でしか食べられないって?いや、だから特別ってことですよ。で、本当ならおっちゃんにレシピ教えて、それで良いかな?と思ってたんだけど、シュテファンから待ったがかかったの。宿屋のおっちゃんにレシピの権利があるとしたら、不埒な奴らが狙ってくる可能性があるって。
普通の宿屋だもんね。貴族様がバックにいるわけでもないし、おっちゃんが無双出来るぐらい強いとかでもないし。……いや、獣人なんで、それなりには強いんですけど。この国は基本が獣人なので、ちょっと強いぐらいじゃアウトでしょ。
で、お世話になったおっちゃんにピンチなんて呼びたくないって叫んだワタシの為に、シュテファンが考えてくれた作戦が、お城と宿屋の双方でレシピを管理する、ということ。もとい、レシピの権利はお城にあって、おっちゃんはお城に赦されてそれを使ってるという構図。つまり、おっちゃんにちょっかいを出すと、お城が「ウチがレシピ預けた相手に何か文句あんのか?あ?」ってすることになるパターン。完全にヤクザですか。
でもまぁ、そのお陰か、未だに変なのに襲われたとかは聞かないので、ホッとしている。お城の料理番の皆さんにも、ハヤシライスは門外不出として、お城でしか作っちゃ嫌と言ってある。……結果として、家族に食べさせるためにおっちゃんの店に足を運ぶ料理番一家とかいるらしい。わーい、営業に繋がったよー。
まぁ、どんな手段だろうと、お世話になった人に恩返しが出来ればそれで良いのですよ。危ないことは排除していく感じでおkだ。シュテファンは本当に良い子である。
よし、とりあえず満足するまでハヤシライス堪能するぞ!
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