9章 同郷人は最強の切り札

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「……お小遣い欲しい……」


 ぼそりとワタシが呟いた言葉に、ライナーさんが顔を上げた。現在ワタシは書庫での書物とのにらめっこを再開させております。申し訳ないが、ユリアーネちゃんも強制参加である。ワタシの侍女になったので、その辺は諦めて貰いたい。……とはいえ、彼女めっちゃ真面目に頑張っててくれて、申し訳ない気分だ。ワタシは時々趣味の本へと浮気しちゃうので。

 

「何か入り用ですか?それでしたら、陛下にお願いすればよろしいのでは?」

「そうじゃないの、ライナーさん」

「は?」

「アディにお願いして買って貰うんじゃなくて、自分で自由にできる、自分のお金が欲しいの……!」


 ワタシの力説に、ライナーさんは意味が解らないと言いたげに、首を捻っていた。ユリアーネちゃんも同じく。ガッデム。何故か通じてないこの現状!何で解ってくれないの!ユリアーネちゃんは庶民なんだから、わかると思ったのに!

 つまりですね、ワタシ、自分の自由になる、個人資産持ってないことに気づいたのですよ!お金が無いのです!必要なものはアーダルベルトが用意してくれるので、彼が全部支払ってくれてます。生活必需品は全部そうなの。んで、外出するときも、なんかのついでに外出なので、買い物しても経費で落ちてたようでして!



 自分の好きに使える、自分で稼いだお金というのが、ワタシには、存在していなかった!



 いや、仕事はしてますよ?ちゃんとしてますやん?傍目にはわかりにくくとも、ワタシは常に、予言の参謀として覇王様の傍らで頑張って仕事をしていますよ。でもね、ワタシ、正式に、公的な役職についているわけじゃないんですよ!だから、えっと、必要物資については予算から出して貰っても、仕事の対価と思うけど、それ以外の趣味の領域にお金使うのは、気が引けるわけで!

 え?今まで何も気にしなかったのかって?

 えぇ、気にしませんでしたよ。だって、基本的にお城に引きこもってたもん!おやつはシュテファンが作ってくれるから、お金払ってないよ!ワタシがやらかして試作品頼んだら、もれなく覇王様のお口に運ばれるんだから、必要経費扱いだったよ、材料費!


「自分のお金、ですか……?」

「そうです。ライナーさんやユーリちゃんは給料貰ってるでしょ?でもワタシ、給料無いのよ。正式に役職に就いてないから」

「それなら、正式な役職に就けば宜しいのでは?」

「だが断る!」


 ライナーさんの一言に、全力で反論した。

 いや、反論するでしょうが。正式な役職ってなに?文官として、どこかに組み込まれて、覇王様のために働くってことですか?いや、ワタシには無理です。そもそも、普通の仕事ができないワタシを、どこに組み込むんですかね?アーダルベルトの直属ならまだしも、下手したらユリウスさんの下に配属じゃないですか?そんな恐ろしいのいらんです!


「……ミュー様」

「だってライナーさん、ワタシ、もしも正式に役職貰って配属されるとしたら、アディの直属かユリウスさんの直属かの二択しか無いと思うんですけど」

「…………おそらくそのどちらかでしょうね」

「どっちでも鬼のような仕事に忙殺されるの目に見えてますよね?」

「…………見えておりますね」

「そんなところで働きたくないと思うのは、我が儘でしょうか?」

「…………いえ、おそらく普通の感覚でしょうね」


 仕事大好きワーカーホリックなアーダルベルトとユリウスさん。その二人の直属なんかになってしまったら、仕事が大変なことになるのは誰にでもわかると思う。ライナーさんもその気は多少あるけれど、この人の場合は、近衛兵という職業柄だと思う。護衛対象にくっついてないといけないので、どうしてもオーバーワークっぽくなるんだろう。……交代要員いないもんなー。

 別に、ワタシは他の近衛兵の皆さんでも良いんだけどね?覇王様がおk出さないんだよねー。



 曰く、「お前の暴走に付き合える近衛兵なんぞ、ライナーかエレンぐらいだ」とのこと。



 その言葉、そっくりそのままブーメランで投げ返したけどな!覇王様の暴走に付き合えるのもこの二人だけじゃないかい!古参組のこの二人だからアーダルベルトのフリーダムっぷりにも対応してるんだろうが!それと一緒の扱いされたのは多少ムカツクけれど、ワタシは異世界人なので、こちらの皆さんとは感覚諸々が違いすぎるので仕方ない。

 …仕方ないって事にしておいてください。ワタシがアレな子扱いなのは勘弁して欲しい。ワタシがアレなんじゃないやい。こっちとあっちじゃ常識が違うだけだい。


「……とりあえず、アディに金策の相談に行くことにする」

「ミュー様どこかで働くおつもりですか?」

「何か手段無いか聞いてみる。アディのお金は税金だから、そこから出して貰うのはちょっと気が引ける。ワタシのお小遣い……」


 とはいえ、ワタシにできることなんて特にないのですが。

 戦闘チートでもあれば、ワタシ、頑張って魔物退治して、ドロップ品売り払ってお小遣い稼ぐんだけどな。生憎戦闘能力はへっぽこで、むしろそこらの一般人以下ですからね。この国マジで怖い。獣人ベスティ怖い。そこらの庶民でも平然と下級の魔物なら倒しちゃうとかマジで怖い。何でや。

 ぶっちゃけ、ぼちぼちお茶休憩の時間だしね。休憩はアーダルベルトの執務室でってシュテファンに伝えてあるし、あっちにお茶とおやつ運んでくれてるだろうし。ってなわけだから、移動しますよー!

 読みかけの資料はちゃんと栞を挟んでから、三人仲良くアーダルベルトの執務室へ向かいます。先頭を歩くのはワタシ。その隣がライナーさんで、ユリアーネちゃんは一歩下がった感じで。この一歩下がるというのが侍女のポジションなのだとか。…大変だねぇ、侍女さんも。


「アーディー!お茶休憩に来たぞー!今日のおやつ何-!」

「お前はノックの意味を忘れてるのか」

「どうせいるのわかってるし、入っておkなのも知ってるし、今更じゃん」

「だ、そうだぞ、ユリウス」

「……ミュー様」

「あ、すみません、ユリウスさん。ワタシが悪かったです。今度から、ノックの後は少し待ちます。はい」


 静かにワタシの名前を呼ぶユリウスさんが怖かったので、素直に謝りました。だって、にっこり微笑んでるのにオーラが冷え切ってるんだもん。ワタシ鈍感ですけど、そういうのは感じ取れるようになりました。流石にここで地雷踏んづけて、王城のオトンを怒らせるような阿呆な真似はしません。しませんとも!

 今日のおやつはコーヒーとロールケーキだった。シンプルにクリームだけのやつ。真ん中にぐるんとクリームが存在してて、一周巻いてるだけのタイプ。生クリームみたいだけど、シュテファンが作ってくれたんだから、こういうのは甘さ控えめに違いない。そして、ワタシはコーヒーは苦くて苦手なので、ミルクピッチャーから牛乳を大量に入れて、カフェオレへと変身させます。


「お前、相変わらずコーヒーが飲めんのか」

「煩いなー。苦いの嫌いなんだよ。カフェオレ美味しいもん」


 突っついてくる覇王様を適当に交わしつつ、美味しそうなロールケーキをいただきまーす。他の皆さんもちゃんと食べているようです。ユリアーネちゃん、ここで遠慮して食べないという選択肢は存在しないので、諦めて食べなさい。ライナーさん、その娘お願いしますね。

 フォークを入れたらふわふわのロールケーキが簡単に切れる。生クリームごと口に入れたら、ふわふわと濃厚なクリームのバランスが完璧過ぎて、マジで美味しい。生クリームは、砂糖の甘みなんて殆ど感じない、濃厚な牛乳味でした。流石シュテファン、解ってる。ほんのり甘いスポンジと、牛乳の味がしっかりする生クリームの調和が完璧です。美味しい、美味しい。

 こういうケーキ類だと、お皿に取り分けられて届くので、隣の野郎に奪われる危険性が無いので大変助かります。良かった。大皿に盛ってある系のおやつだと、気づいたらワタシの取り分めっちゃ減ってるからな。アーダルベルト、ワタシの倍速ぐらいの勢いで食べるんだもん。口の大きさ違うから仕方ないけど。


「そういやアディ、ワタシ、お仕事したい」

「は?」

「お小遣い欲しい。国庫から出てる予算でなくて、ワタシが自由にできる、ワタシが稼いだお金が欲しいの」

「……はぁ?」


 大事なお話なので真面目顔で伝えたら、覇王様は呆れたというような顔をなさっておいででした。なんでやねん。そりゃ、お前は生まれたときから国庫で生活してるかもしれんが、こちとら一般人なんですよ。人様の税金で生活するとか、胃が縮むわ!いや、既に生活してるけど、趣味の領域のお小遣いぐらい、自分で稼ぎたいと思って何が悪いー!

 とか思ってたら、覇王様が不思議そうな顔でワタシを見て、一言。




「そもそも、お前、稼ぎあるだろうが」




 …………ナンデスト?

 いや、ちょっと待って、アーダルベルト。何の話?ワタシ、予言の参謀としてのお仕事以外、何もしてないんですが?どこからお金が沸いてくるのか、詳しく教えろし!


「お前が鋳物職人に作らせたたこ焼き器やらかき氷器やらの売上金の一部は、お前に入ってるぞ。あと、ラウラ達に作らせてた家庭用魔導具の方も」

「……は?」

「言ってなかったか?」

「聞いてねぇよ、バカ!」


 すっぱーんと覇王様の頭をぶん殴りました。が、殴ったワタシの拳の方が痛かった。ちくせう。相変わらずの鉄壁の防御力め。あと、ワタシの攻撃力と防御力とか耐久力とか低すぎじゃないですかね。異世界転移を司る系の神様とかいるなら、何でワタシの身体能力もうちょっと強化してくれなかったんすか。ここ魔物出ちゃう剣と魔法のゲームの世界なのに……。理不尽……。

 なお、ワタシは関西人ですので、アホは親愛の情を込めていますが、バカにはマジで怒りを覚えております。この野郎、今のお前はバカ案件でオッケーだ、アーダルベルト!


「じゃあ何か?ワタシは、実は現金収入が有ったってことか?」

「そうだな」

「どこにあんの!?どこに保管してんの、ワタシのお小遣い!」

「ユリウス」

「経理がしっかり管理しておりますよ。……今まで一度も引き出し要請が無かったので、てっきり貯金されているものと思いましたが?」

「そもそも、ワタシその話が初耳なんです、ユリウスさん!」


 冷静に突っ込んでくれる宰相閣下にワタシは本気で叫んだ。そんな、特許収入みたいなのがワタシにあるなんて、知りませんがな!っていうか、この世界にそんな制度があるとか思わなかったんだけど?

 くわしく聞いてみたら、アイデア料という概念があるそうな。自分で実際に作ることはできなくても、発想だけはピカイチな技術者さんとかいるそうで、そういう人たちの収入になるのだとか。…なるほど。それだと、本の虫系の子が知識でちまちまお小遣い稼ぎとかできそうね。

 で、ワタシにもそういう収入があったと?つまりお小遣いがあったと?




 よし、明日は城下町に遊びに行こう!自分のお小遣いで!




「何を盛り上がってるか知らんが、あまりはしゃぎすぎるなよ?」

「煩い。自分の稼ぎで買い食いしたりするのは庶民の楽しみなの!」

「……ライナー、ユリアーネ、外出は許可するが、目を離すなよ」

「「承知しました」」

「何でそこで二人揃ってめっちゃ神妙に頷くんですか?!」



 

 人をまるで、放置したら迷子になる幼子みたいに扱わないでくれませんか!?


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