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 美味しいハヤシライスを堪能して、昼食のピークを過ぎたらしく客足が落ち着いてきたので、おっちゃんも交えて雑談をしていた。近況報告とか、本当にどうでも良い感じの雑談なんですけどね。気分は近所のおっちゃんに世間話する感覚。……時々、外部にうっかりしちゃいけない内容に飛びそうになった場合は、ライナーさんが笑顔で「ミュー様?」って釘を刺してくれるので安心ですね!

 で、そんなことをやってたら、お客さんが新たに登場したようです。


「あの、まだ食事って大丈夫ですか?」


 そういって女将さんに問いかけているのは、十歳ぐらいの男の子だった。日差しよけなのかフード付きマントを身につけている、いかにもな旅人スタイルの少年。茶褐色の髪と濃い、黒に近い茶色の瞳をした、いかにも悪童といった風情の少年。それなのに、女将さんへの受け答えも、その瞳も、年齢以上に大人びて見えた。

 まだ営業時間ではあるので女将さんがそれを伝えると、少年は安堵したように息を吐くと、背後の人物を振り返る。そちらも彼と同じフード付きのマントを身につけていて、未だにフードを被ったままだった。ほっそりとしたシルエットなので、女性だろうと思う。


「姉ちゃん、飯食えるって。何か食べよう」

「えぇ、そうね、リョウくん」


 姉ちゃんと呼ばれた女性はフードを外して、ふわりと穏やかに微笑んだ。薄い、墨を薄めたみたいな黒髪を、ゆったりと背の中頃で結わえている。長さは腰辺りまであるので、かなり長い。穏やかに笑う眼鏡の奥の瞳は、鏡に映したワタシの瞳と良く似た、真っ黒だった。……この世界ではとんとお目にかからない色彩の女性だ。

 呆然と、ワタシは彼らを見てしまう。彼女は少年を、「リョウくん」と呼んだ。この世界では珍しい、ワタシには聞き馴染んだ音だ。それに何より、彼らの顔立ちはワタシと同じ、日本人の顔をしている。西洋的では無い。何だあの二人は?!


「おや、珍しい面差しの方々ですね。異邦人でしょうか」

「どことなくミュー様と雰囲気が似ている気がしますけれど……?」

「……どっか遠い場所に、似た雰囲気の人種が住んでる国があるのかもねぇ」


 へらり、と笑ってワタシは二人に答えた。それ以外に、どう答えたら良いのかわからなかったからだ。

 だって、この世界にワタシと同じような日本人がいる可能性なんて、めちゃくちゃ低いって解ってるから。ワタシのように、召喚されでもしなければ、この世界に日本人がいるわけがない。そして、そんな風に召喚されているヒトなんて滅多に見ないし、その情報を集めても、そこにワタシと同郷っぽいヒトたちはいなかった。

 だからきっと、多分、単純に偶然だと思う。そう思っておこうと思った。……おもったんだけどね!?


「姉ちゃん、ハヤシライスある!ハヤシライス!」

「まぁ、本当ね。それじゃ、ハヤシライス二人前お願いします」

「はいよ」


 この世界の人々にとっては未知の料理であるはずのハヤシライスに、めっちゃ食いついてるんですけど!?いやいやいや、待て待て待て。きっと、どこかの地方にはハヤシライスが存在したんだよ。んでもって、彼らはその、ハヤシライスさんが存在する地方からお越しになられたに違いない。うん、そうだ。

 そんなワタシの必死の自制を、またしても彼らは木っ端微塵に打ち砕いてくれた。


「カレーはないのかなー」

「そうねぇ……。ハヤシライスも美味しいけれど、カレー食べたくなっちゃうわよね」

「何でかな?別にそこまで好物ってわけじゃないのに」

「あら、カレーを嫌いな日本人を探す方が難しいのよ、遼くん」


 のほほんと仲良しな会話を繰り広げる、お姉さんと少年。実に微笑ましい。大変微笑ましい。仲睦まじい姉弟という感じだった。




 っていうか今、アンタ等、日本人って言ったぁああああ?!



 ガタっと思わずイスを蹴倒す勢いで立ち上がったワタシに、ライナーさんもユリアーネちゃんも驚いていた。おっちゃんも驚いてた。ついでに、店内に残っていた数少ないお客さんも。勿論その中には、ワタシを動揺させまくってくれてる少年とお姉さんも含まれています。

 いてもたってもいられずに、ワタシは二人の方へと歩いた。ライナーさんは流石の近衛兵さんなので、すぐ様ワタシの背後にぴたっと付いてくる。ユリアーネちゃんがちょっと遅れたのはまぁ、彼女が侍女さんだから仕方ないのです。おっちゃんは目を丸くしてるだけだしな。

 いや、そんなことはどうでも良いのであります。ワタシにとって重要なのは、眼前の二人の素性を確認することだ。ハヤシライスを知っていて、カレーが食べたいと口にして、あろうことか日本人と口走ったこの二人。彼らが何者かを、ワタシは確認したい。


「初めましてこんにちは!唐突ですが聞かせてください。日本人ですか?!」

「ミュー様、そこ直球で行きますか?!」

「ミュー様、いきなりは驚かれると思いますけど!」

「良いの!回りくどいことしても仕方ないから!つーわけで、お二人日本人ですかね!?ちなみにワタシは日本人でこの世界に召喚されてきてます!名前は榎島未結えのしまみゆ、女子大生です!」


 ハヤシライスが届くのを今か今かと待っている二人に、料理が届く前に質問をぶん投げた。だって、料理届いたら、それ食べてるのジャマは出来んじゃないですか!そしてワタシは気になりすぎて、気になりすぎて、本当にヤバいんですけど。アンタ等マジで日本人なのか?!


「……遼くん」

「ん、危険な気配はしない。……そうだよ、元気なねーちゃん。俺は日比谷ひびや遼、小学四年生。こっちの姉ちゃんは、」

楠木真綾くすのきまあやです。元々はOLでした」

「よっしゃあああああ!日本人ゲットぉおおおお!!!」

「「ミュー様、ゲットはしてません」」

「ヒトの感動に冷静にツッコミ入れないで!」


 勝利のガッツポーズで雄叫びを上げるワタシの後頭部に、冷静すぎるライナーさんとユリアーネちゃんのツッコミが入りました。そこで水差さないでくれませんかね?!ワタシ、この世界に召喚されて、初めて、初めて日本人とエンカウントしたんですよ!?下手したら、もう二度と、一生会えないかも知れなかった、故郷の人々と接触できたんですよ!?喜んだって、テンション暴走したって、許されるじゃないか!

 恨みがましげな目で見上げたら、ライナーさんはにっこりと笑った。大変見慣れた、麗しいにっこり。……ライナーさんって、正統派イケメンで、お兄さんって感じなんだよね。大型犬の獣人ベスティらしく、耳と尻尾も大きいけど。……時々こう、触ってもふもふしたい誘惑にかられるんですが、まだお願いできてません。その内頑張ろう。


「良いですか、ミュー様?ミュー様が暴走するのはいつものことですが、それを余所様にぶつけるのはどうかと思うのです。我々や城の面々ならばともかく、いくら同郷の方とはいえ、初対面の方にその暴走はどうかと……」

「ライナーさんヒドイ!」

「そもそも、陛下に「ちゃんと首根っこ引っ掴んで、あの阿呆が暴走せんように見張っとけ」と言われましたので」

「あんの仕事大好きワーカーホリックバカ、んなこと言ってたの!?」

「あ、私も言われております。女官長様から」

「ツェリさんもかよ!?」


 ワタシ、どんだけ信用ないんですか!?ヒドイ。そりゃ確かに、初めてのお小遣い所持での散策にひゃっほいしてたのは事実ですよ?でも、別にお店のヒトに迷惑かけたりとかしてないもん!ちょっとお登りさんが大喜びしてるぐらいだし、向こうも微笑ましく見ててくれたもん!

 え?正体バレてるから気を遣われてた……?…………その可能性は考えなくも無かったけど、実はぶっちゃけ、ワタシの顔、あんまり売れてません。《黒髪黒目の予言の力を持つ参謀》という存在は対外的にも大変有名ですが、その外見は黒髪黒目以外に秘匿されております。性別すらも。城でワタシを見てる人たちも、「……え?どっち?」ってなるような、男装女子ですしな!

 いや、一応理由はあったけどな。顔見せはしてるんだけど、望んで情報はばらまいてないというか……。いや、年齢性別とかより、《黒髪黒目》《予言の力を持つ》って方の情報の周りが早かったらしくて。別にいっかーとワタシの外見は特に知らされていない。なので、街を歩いていても問題無い。……むしろ、ライナーさんが近衛兵とバレる方が早いパターンが多くて笑います。


「で、ねーちゃん、俺らに何か用?」

「用事っていうか、ワタシ、日本人とお話したかっただけです。っていうか同じ召喚された仲間の、それも同郷の人たちに、色々と事情を聞きたいと思っただけです」


 これはマジ。

 いやその、召喚されてきたヒトには接触したけど、全員違う世界とかだったので、あんまり当てにならんのだよね。ワタシが誰に、何に、何のために召喚されたのかを探る必要性は、あると思う。水面下でちまちまと、その情報を探しては貰っていたんだけど、ちっとも出てこなくてな。同じ日本人なら、共通項でもあるかと思って、話が聞きたいというのが一つ。


 あとは、割と普通に、日本人とお話したかった。故郷のあるあるネタとか喋りたかった。それだけだ。


 え?危機感が足りない?そんなの、とっくの昔に放り投げましたよ!だって、いきなり召喚されたんだし、いきなり元の世界に戻るかもしれないじゃん!?そこら辺わからないのに、ぐだぐだ考えても仕方ないし。でも、あるあるネタで盛り上がれないのは割と寂しくて……!

 っていうか、ワタシが一人で寂しい状況なのに、何でこの二人は日本人同士一緒にいるの!?同時召喚されたの?!それとも途中で出会ったの?!ズルイ、ズルイ!ワタシも日本人と一緒が良かった!


「……は、何言ってんだよ、ねーちゃん」

「……少年?」

「どう見たって、衣食住保証されて、安全確保までされて、完全無欠に平和な生活満喫してる典型じゃねーの。我が儘だろ」

「……うぐぅ」

「遼くん、そういうことを言っちゃダメよ。確かに生活環境の保証は大きいけど、それなら私達だって良いヒトに召喚されたんだから」

「くたばっちまったけどな、爺さん」


 がしがしと頭を掻いてぼやいた少年、遼くんは、何というか、小学生には見えないほどの男気とか落着きとかを兼ね備えていた。対して真綾さんは、元OLと言うだけあって大人の女性らしい落着きはあるのに、何かよくわからんけど、浮き世離れしたふわふわした感じがある。アレか、天然とかいうイキモノか?

 でもとりあえず、めっちゃ心臓抉られるぐらいの口撃でした。攻撃ならぬ、口撃だ。……少年よ、言葉の刃ってのは、結構ざくざくヒトを抉れるんで、使い方は考えてくれたまえ。確かにワタシは、生活環境は完全に整えられているが、置かれている状況はあんまり平和じゃ無いし、面倒くさいことは山盛り沸いてくるんだ。


「それ、8割がミュー様がうっかり口を滑らした結果ですけどね」

「ライナーさん、やっぱり最近のワタシへの扱い、雑じゃないっすかね!?」


 ワタシの勘違いでも何でもなく、完全に、そうだと思う!ライナーさん、ワタシの扱いが適当っていうか、雑!雑に扱っても大丈夫ってなってない!?何かもう、ワタシに対する扱いがこう、エーレンフリートに対するアレソレに近い気がする


「何を仰いますか。エレンに対する扱いと同じだなんて、そんな失礼なことをするわけがありませんよ?」

「でも最初の頃よりは適当になってる!」

「そこはほら、親愛の情です」

「絶対に違う!」




 親愛の情とか、親しくなったからとか、馴染んだからとか、そういうアレソレだと思うには、雑すぎると思うんですが、ライナーさん!



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