13章 おいでませ、サブイベント

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 面倒くさいイベントが消えて、ワタシの日常は平和だった。しばらくは大きなイベントも起こらないと思うので、本当に気楽なのだ。

 イゾラ熱に関する情報も、担当者に全部伝えた。なので、今の状況でワタシに出来ることは特になかった。暇を持て余している。いや、ワタシの立場を考えたら、暇を持て余しているぐらいで丁度良いと思うんだ。平和ってことだし。

 そんなわけで、ワタシは今日も楽しくショッピングに来ている。行き先はユリアーネちゃんの実家。庶民だけでなく富裕層やお貴族様もやってくるらしい、大きな大きな商店だ。何かこう、デパートみたいな規模である。

 ユーリちゃん、そこそこお金持ちのお嬢さんだったんだね……。いやまぁ、そうでなければ王宮で行儀見習いとして侍女やってないと思うんだけど。ある程度の水準は必要になるよね、こういうのって。

 もう何度も来ているので、お店の人も特に気にせず対応してくれている。そもそも、ユリアーネちゃんがいるので、案内人は不要だ。商品のお値段もリーズナブルなものからお高いものまで取りそろえてあって、ワタシはとても楽しい。

 何ていうの?こう、自分のお金で気兼ねなくお買い物が楽しめるって、とても嬉しいことだなって思うんですよ。何が欲しいってわけじゃないんだけども。

 眺めてるだけでも楽しいじゃん!色んな物を見てわくわくする感じ。あ、冷やかしじゃないです。気に入ったのがあったらちゃんと買ってます。


「ユーリちゃんの家って、本当に色んなものを取り扱ってるよねー」

「父が行商人をしていた頃の人脈で、あちこちから商品を取り寄せているそうです」

「おかげで、見ててワタシはとても楽しいけど」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 ふんわりと微笑むウサギ獣人ベスティの侍女さん、プライスレス。美少女(ウサ耳付きの三つ編みお下げ)とか、どう考えても眼福以外の何でもない。流石、ワタシの癒やし担当。

 もちろん、いつものように護衛担当のライナーさんもご一緒です。ライナーさん抜きでお出掛けとか、皆に止められるし。ワタシもやりたくない。ユリアーネちゃんが多少戦えると言っても、やはり近衛兵のライナーさんがいる安心感には勝てない。

 まぁ、一番安心するのは、アーダルベルトと一緒にいるときなんですが。覇王様の安心感に勝るものはないですね。何せ、どう考えても最終兵器ラスボス様ですからね。しゃーない、しゃーない。

 そんな風にのんびりと過ごしていたら、何やら揉めているっぽい声が聞こえた。揉めているというよりは、困っているという方が正しいかもしれない。とりあえず、話し声が聞こえたのだ。

 誰だろうと視線を向けた先には、何度か顔を合わせたことのあるユリアーネちゃんの父親と、若い男女の姿があった。ユリアーネちゃんと同じアイボリーのウサ耳のおじさまと、犬耳の男女。女性の方は、垂れ耳だ。


「ユーリちゃん、お父さん何か揉めてない?」

「え?……あ、本当ですね。何かあったのでしょうか」

「お仕事で何かあったのかなぁ?」


 首を傾げるワタシと、同じように首を傾げるユリアーネちゃん。とはいえ、父親の仕事に首を突っ込むつもりはないのか、彼女はそれ以上動かなかった。

 動いたのは、ライナーさんだった。何故か。


「……マリーナ?」

「……え?」


 ライナーさんが決して小さくはない声で呟いた。すると、女性が驚いたように振り返る。緩いウェーブのある長い髪は、柔らかな髪質を伝えてくる金に近い茶色。瞳の色は明るい茶色だ。たれ目のせいか、柔和な印象を与えてくる。

 ……何だろう。物凄く既視感がある。性別と瞳の色こそ違うけど、隣のライナーさんにめっちゃ似てるんですけど、このお姉さん。しかもライナーさん、彼女の名前を呼んだよね?え?知り合い?

 きょとんとしているワタシとユリアーネちゃん、彼女のお父さんと、若い男性。そんな四人をそっちのけで、女性は小走りにこちらへと駆け寄り、ライナーさんの手をバッと両手で掴んだ。


「どうしてこんなところにいらっしゃいますの、お兄様!」

「それは俺の台詞だ。何でお前が王都にいるんだ、マリーナ」

「彼の仕事の関係ですわ。……少し、困ったことになっていますけれど」

「困ったこと……?」


 女性はライナーさんを兄と呼んだ。久方ぶりに会えて嬉しいのか、マリーナと呼ばれた女性の表情は笑みだった。けれど、その顔が僅かばかり曇って細い声で呟いた。

 妹との思わぬ再会に困惑しているライナーさんだったが、彼女の言葉に表情を引き締めた。何があった?と問いかける声は、ヒドく真剣だ。ただ、怖さはない。妹への心配が滲んでいるだけだ。

 ……っていうか、妹さんいたんだ。そして、家族は基本的に地方の領地にいるって言ってたライナーさんなので、何で彼女がここにいるんだろうとワタシは思った。何で子爵家のお嬢さんが、お供も連れずに男と二人でお店にいるん?

 いや、お買い物ならそれはそれで別に構わないんだけど。ユリアーネちゃんの実家、貴族のお客さんも来るって言ってたし。でも、彼の仕事の関係って言ってたから、多分違うんだろうなぁ。

 何がどうなっているのか気になるので、とりあえず聞き耳を立てることを選択するワタシです。そして、気遣うようにこちらを見たライナーさんに、大丈夫というように頷くのも忘れない。仕事中ですからね。私情に走って良いのかとかそういうのですよね。

 でも、今日ここでお買い物しているのは特に重要でも何でもないので、困ってるらしい妹さんを優先してもらって全然問題ありません。むしろ何があったのか気になるので、早く話を進めてほしい。


「彼の仕事というと、商売の取り引きだったな」

「はい」

「仕事は順調だと聞いていたが、何があった?」


 妹・マリーナさん相手に話しかけるライナーさんの口調に、ちょっと珍しいものを感じて口元が緩む。基本的にライナーさんは、エーレンフリート以外の相手には敬語を使う。相手が年下だろうと、どんな立場の相手だろうと、そこは変わらない。

 年下の相棒であるエーレンフリートにはタメ口というか、扱いが雑なので口調もそれに合わせて雑なんだけども。ワタシの前では敬語なので、タメ口で喋ってるライナーさん、ちょっと貴重。イケメンなので、口調が変わるだけで別の格好良さが発動する。安定の顔面偏差値である。


「取引先の皆様が、急に取り引きの取りやめを告げてこられたのです。それも、関わりのある方、全てが」

「全て?」

「はい。こちらに仲介をお願いもしたのですが、彼の名前を出した途端、取り引きを拒否された、と」

「……何でまた……」


 訝しげに眉を寄せるライナーさん。美形はそんな表情をしていても格好良い。眼福。

 そんなアホな感想はおいといて、取り引きの突然の中止って、商人さんにとっては滅茶苦茶ヤバい案件なのでは……?信用第一の商人の世界において、取り引き中止で商品が用意できないとか、どう考えても詰んでるやつだと思うんですが。

 隣のユリアーネちゃんに視線で問いかけたら、神妙な顔でこくりと頷かれた。ですよね。ヤバすぎてヤバいみたいな状態だよねぇ、これ。しかも、マリーナさんの口振りから察するに、何で取り引きを拒絶されてるのかがさっぱり分かってないやつじゃん。


「この仕事は、お父様から彼に託されたものです。それを成し遂げることで、お父様が彼を認めたという形式を作るためだったのですが……」

「あぁ、仕事ぶりを認めて結婚を許可するという話だったな。実際はもう既に彼のことは認めているのだろう?」

「えぇ、それはもちろん。そうでなければ、私が彼と共にいることを許されるわけがありませんわ。……外野対策です」

「だろうな」


 ため息を吐くマリーナさんと、面倒くさそうな顔をするライナーさん。……察するに、お貴族様特有の何か面倒くさいマウントとかアレコレとかなんだろうか。

 ライナーさんの実家は、子爵家。つまりは、妹君は子爵家のご令嬢ということになる。立派なお貴族様だ。所作も美しいし、誰がどう見ても貴族のお嬢さんだと思う。対して恋人の青年は商人で、多分、平民なんだろう。めっちゃ親近感湧く感じの雰囲気だし。

 当事者であるライナーさんのご実家の皆さんは、彼を彼女の結婚相手として認めている。けれど、貴族が平民と結婚するからには、それなりの理由が必要。少なくとも、周囲の鬱陶しい追求を免れるためには必要なはず。そのために、今回のお仕事があったらしい。

 わー、貴族って大変だー。ライナーさん、普段は近衛兵のお兄さんって感じのモードでしかないからうっかり忘れてるけど、貴族様だもんね。そういや腹芸は得意だってアーダルベルトが言ってたな。でもそれ、相棒のエーレンフリートが何も腹芸出来ないから、必須スキルな気もするんだけど。

 貴族のご令嬢と庶民の青年のロマンスとか、外野として聞く分にはとてもうきうきする感じだけどなぁ。身分を越えて惹かれ合う男女、とても良いと思う。そんでもって、そこには横やりを入れてくる誰かがいるのがお約束だよねぇ。彼女に言い寄る貴族様とか。


「……アレ?」


 そこまで考えて、思わず声が出た。自分で考えた思考は安定のテンプレ的なアレだとは思うんだけど、何かが引っかかる。何となく、知っているような気がすると、いうか……?


「ミュー様?」


 心配そうに問いかけてくるユリアーネちゃんに大丈夫と笑顔で答え、ワタシはマリーナさんと彼女の恋人だという商人の青年をもう一度見る。今度はちゃんと、しっかりと、見る。

 ライナーさんに良く似た、柔和な印象の犬獣人ベスティのマリーナさん。商人の青年は、ピンと立った耳が印象的な犬獣人。穏やかそうに笑う姿は商人らしい。決して華やかでも人目を引くわけでもないけれど、人の内側にするりと入り込めそうな雰囲気がある。

 つまるところ、穏やかな雰囲気が良くお似合いのカップルだ。犬獣人のカップル。貴族令嬢と平民の商人。結婚を許可してもらうための大事なお仕事。そして、取引先が全滅という絶体絶命のピンチ。




 ……アレじゃん。これ、サブイベントじゃん……!ワタシ、めっちゃ知ってるやつじゃん!!マジかよ!ライナーさんが関係者とか、聞いてないんですけどぉおおおおおお!?




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