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 有能侍女ユリアーネちゃんの実家で買い物を楽しんでいたら、ライナーさんの妹とその恋人である商人さんとエンカウント。何やら彼らが困っているらしいとお話を伺ったところ、ワタシは気付いてしまった。これが、サブイベントであることを。

 うーそーだーろー!サブイベントは任意だし、誰かの生死に関わるような大きなイベントはないから、ワタシが無関係決め込んでも大丈夫だと思ってたのに!まさかの、ライナーさんが盛大に関係者!!現実が世知辛い!




 ワタシの、平穏が、どこかに、消えた……!!




 あまりにもヒドい現実に、泣き崩れそうになった。なんてこったい。

 でも、気付いた以上は見て見ぬフリは出来ないと言いますか、ライナーさんが関係者だと、普段の恩を返すためにも仕事するべきだよなと思ったりするワタシです。日夜ご迷惑をおかけしてるものですから……。


「ライナーさん……」

「ミュー様?どうかされましたか?」

「……ワタシ、これ、知ってます……」

「……は、い?」

「……知ってます」


 ワタシの言葉に、ライナーさんは間抜けな声を上げた。どんなときでも冷静な姿が印象的な近衛兵のお兄さんの度肝を抜く現実、怖い。

 いや、わかるんだ。ライナーさんの気持ちは、とても良くわかる。国の大事に関わるような何かなら、ワタシが《予言》を口にしたところで彼は今更驚かないだろう。慣れてるし。

 まさかそれが、自分の妹が抱える事情なんて小さな部分に関わってくるなんて、思ってなかったんだと思う。すまない、ライナーさん。でも、ワタシも貴方が関係者だなんて思わなかったんで、おあいこにしておいてください。

 衝撃から何とか立ち直ったらしいライナーさんが、とてもとても真剣な顔をしてワタシを見下ろしている。そして彼は、その真剣な顔に相応しい真剣な声で、問いかけてきた。


「もしや、この件は国の行く末に関わるような何かなのですか?」

「違います」


 打てば響くようにワタシは否定した。全然そんなことはありません。覇王様もガエリア帝国も、何一つ影響は受けないし、危ないことも待ってないです。


「では、何かしらの思惑が働き、放置しておくと面倒なことになるというようなことですか?」

「それも違います」


 やっぱりワタシは食い気味の脊髄反射で答えた。ライナーさんの顔が曇る。曇るというよりは、困惑している、だろう。何でという疑問が顔に出ている。……腹芸が得意なお兄さんが露骨に顔に出す程度には、理解不能なんだろう。

 いや、言いたいことはわかるんですよ。わかるんです。今までのことを考えて、ワタシが口にする《予言》って、大事ばっかりだったもんね。国の大事に繋がる何かだと彼が警戒しても仕方ない。

 仕方ないけど、今回はマジで貴方の妹さんの結婚以外に大きなイベントは関わってないです。本当に。


「ミュー様の発言を疑うつもりはないのですが、我が妹の結婚というような些末事を、どうしてご存じなのですか……?」

「……いや、うん、言いたいことはわかるんですが、強いて言うなら、ワタシの知る範囲ではアディがたまたま遭遇した事案です」

「……何故、陛下が、遭遇するはめに……?」

「疑問はごもっともですけど、そこはもう、横に置いてください。お願いします」


 近衛兵として、何でそんなどうでも良さそうなところに主が関わっているのか謎なんだろう。気持ちは大変良くわかりますし、ワタシもそう思っている。思っているけど、元ネタがゲームのサブイベントなんで、どうにもならないんだ。諦めてほしい。

 とにかく、重要なのはワタシがこのサブイベントを知っているということだ。つまり、マリーナさんたちの困りごとを解決できるかもしれない、という話である。

 解決方法はゲームと違っても大丈夫だろ。とりあえず、元凶が分かれば対処のしようもあるだろうし。うん、そう思っておきたい。

 ……だってこのサブイベント、キレた覇王様が直接乗り込んで皇帝権限でどうにかしちゃったやつだもん……。いや、それが一番手っ取り早いのは確かなんだけど。手続きとか根回しとかいらないし。

 まぁ、その辺は現時点では伏せておいて、何が起きているのかを説明しよう。そうしたら、良い解決方法を皆さんが考えてくれるかもしれないし。

 そう、考えるのはワタシの仕事ではないのだ。ワタシの仕事は情報を提供することなのだから!


「とりあえず、この状態が何故起こっているのかをざっくりと言うと、嫌がらせです」

「「嫌がらせ?」」


 ワタシの言葉に、ライナーさんとマリーナさんの声がハモった。ユリアーネちゃんと彼女のお父さんは首を傾げている。その中で、当事者である商人の青年は、難しい顔をしていた。こんな嫌がらせを受けるような何かを、自分がしでかしただろうかと考えているのだろう。

 ただし、これは明らかな嫌がらせだけど、彼は何も悪くないのだ。何一つ悪くないのだ。彼もマリーナさんも、純然たる被害者である。

 なので、ワタシは彼らに真実を伝える。この場の誰も悪くないのだと教えるために。


「マリーナさんにフラれた腹いせです」

「……え?」

「正確な家名はワタシも知らないんですが、伯爵家の御曹司です。求婚されて断った相手がいらっしゃいませんか?」

「……います」


 一瞬きょとんとしていたマリーナさんは、ワタシが続けた言葉を聞くと表情を引き締めた。柔和な印象を与える顔立ちだが、真剣な顔をするとキリリとした雰囲気に変わる。……あ、このお姉さん、ライナーさんと一緒で怒らせちゃダメな人種だ。絶対に。

 たおやかな美貌の子爵令嬢の表情が、先ほどまでと違って真剣だ。真剣というよりも、何だろう……、殺気まではいかないんだけど、何かオーラが出てる。普通に怖い。おめめが笑ってない笑顔ばりの圧力があるんですけど。

 でもとりあえず、マリーナさんに心当たりがあるということで、話を進めよう。誰か分からないと言われなくて良かった。話が早い。


「今回のお仕事は、対外的に結婚を認めさせるためというやつですよね?なので、それを妨害することでお二人の仲を邪魔しようというアレだと思います」

「……あくまでも対外的にですし、仕事の成否でお父様の許可は変わりませんが」

「その事情を、あちらはご存じないかと。妨害すれば、お二人の婚姻が破談になって、自分にも可能性があると思っているのか、それとも単純にフラれた腹いせに嫌がらせをしているのかは、当人に聞かないとわからないんですけど」


 その辺はゲームでもそこまで詳しく出ていなかったというか、自分がコケにされたことを主張してたので、まだ未練があるのかどうかはワタシにはわからんのです。でもとりあえず、マリーナさんにフラれたからというのは間違ってないと思う。

 ……マリーナさんとライナーさんの無言が怖い。良く似た雰囲気の、温厚そうな柔らかな顔立ちの美形兄妹が、無言。表情がごっそり抜け落ちた無言とか、普通に圧がすごくて怖い。止めてほしい。とても怖いので。


「原因はわかりましたが、敵が敵だけに仕事の遂行が難しくなりますね……」


 ぽつりと呟いた青年に、マリーナさんが先ほどまでの無表情を止めて、ハッとしたように彼を見た。真剣な顔で、どうするかと悩んでいる青年は、仕事に真面目だった。嫌がらせ相手が貴族だとわかっても、どうにか出来ないかと悩んでいるらしい。

 うーん、ゲームだと覇王様が「クソくだらん個人的な感情で流通を妨げるとか、お前舐めてんのか?」って理由でブチ切れて制裁かましてたんだよなぁ……。でも、今ここにアーダルベルトはいないので、これを報告して手伝ってもらうのも何か違うというか……。

 少なくとも、ライナーさんもマリーナさんも、それは望まない気がする。恐れ多いとか言いそう。いや、実際問題、皇帝陛下のお手を煩わせるとか、子爵家のお二人にしたらありえんことだと思うし。平民の商人さんなんかもっとそうだよね。

 というか、この兄さん今、敵って言ったな。真っ向から敵って言ったな……?穏やかそうだけど、やっぱり結構怒ってるやつですか……?いや、怒っても仕方ない案件だけど。


「マリーナ、父上が依頼した品物とは何なのだ?」

「結婚式の記念品を作るのに使う材木と、私と彼の衣装に使う生地ですわ。子爵家の婚姻に相応しい品をということでしたから、きちんとした品物をと探していたのですけれど」

「なるほど。そうなると、一定以上の格が求められる上に、件の伯爵家の子息に取引先が予想されてしまうということか」

「恐らくは」


 淡々と会話をするライナーさんとマリーナさん。美貌の兄妹なんですけど、どっちも穏やかに微笑んでるのにオーラが怖いのどうにかしてほしいです。ナニコレ、吹雪ブリザードでも吹き荒れてんすか?怖いんですけど。

 そんな怖い恋人と未来の義兄を見ても、青年は普通の顔だった。……マジか。強者だった。いや、確かに恋人ならそれぐらいの強さが必要なのか。


「お父さん、どうにかならないの……?」

「私が代理で購入して仲介しようとは思ったんだよ。だが、釘を刺されてしまうんだ」

「釘を……?」

「彼の名前を出さずとも、向こうから言ってくるのだよ。『ダニエルという名の商人に売ることだけはしないでもらいたい』とね」

「……用意周到なんですね」

「彼らも己の首がかかっているから仕方ないのだろう」


 娘の問いかけに、父は口惜しそうに答えている。……何という用意周到な。そこまで先回りされると、代理で仕入れるのも難しいな。商人の世界は信用が第一だ。嘘を吐いたとなれば、次から仕事に支障が出る。

 多分、売らないと言っている人たちも、本心でそんなことを言っているわけじゃないんだろう。相手は伯爵家のご令息だ。身分制度の存在するこの国で、伯爵家に逆らうのは難しいに違いない。

 ……まぁ、どこぞの外見幼女ロリバアアは伯爵家以上のご令嬢が相手でも何も気にしてなかったけど。あいつは特殊枠だから参考にならないよね。

 材木と生地かぁ……。何とかお手伝いできたら良いけど、ワタシには伝手なんてないしなぁ……。やっぱりゲームと同じようにアーダルベルトに任せるのが一番なんだろうか……?いやでも、それだとめっちゃ大事になるし……。




 あーもう!フラれた腹いせにこんな嫌がらせしてくるなんて、その男、一生足の小指を何かにぶつけ続ける呪いにかかれば良いのに!!




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