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 さて、どうしたもんか。

 真剣な顔で色々と相談しているライナーさん、マリーナさん、ダニエルさん、ユリアーネちゃんのお父さんを横目に、ワタシは手持ち無沙汰である。そりゃそうですよね。情報提供したら、ワタシに出来ることなどない。

 対策を練っている彼らの力になりたいとは思うけれども、ワタシに何ができると言うのか。そもそも、材木とか生地とか、ご縁がないですよ。ワタシはそんなに顔が広いわけでもないし。

 そんなことを思いながらぼんやりしてたら、店の外を歩く人物に目が行った。窓の向こう側、台車を引く男性の横を歩く少年の横顔に、見覚えがあったのだ。


「……ヤンくん?」


 思わず呟いて、気になったのでユーリちゃんと一緒に窓の方へと向かう。この窓は普通サイズの窓で、開けることも可能だ。ワタシの意図を汲んでくれたユーリちゃんは、窓を開けてくれた。

 窓から身を乗り出して確認したら、やっぱりそこにいたのは、見知った少年だった。トルファイ村の村長の孫、虎獣人ベスティ魔物使いテイマーの少年ヤンくんだった。


「ヤーンくーん!」

「え!?」

「やっほー。何でここにいるのー?」

「ミュー様!?」


 ワタシに呼び止められた少年は、驚いたように目を見開いて、けれどパタパタと駆け寄ってきてくれた。良い子だ。相変わらず良い子だ、この子。


「ミュー様、どうしてここに?」

「それはワタシのセリフかなー。お仕事のお手伝い?」

「はい。余剰分の材木を売りに来たんです」

「余剰分?」

「注文は入ってないけど、山の維持のためには切らなきゃいけない木があるらしいです」

「あぁ、なるほど」


 親の説明を思い出してなのだろう、ちょっと何かを考えるような感じでヤンくんは教えてくれた。確かに、その言い分は納得した。山というのは、手入れをしなければやっばいことになるらしいのだ。詳しくは知らないけど。

 だから、注文が入って伐採する以外に、山を適切に保つために切る必要がある木があっても、おかしくはない。そんでもって、その材木を適当な大きさにカットして売りに来てるっぽい。台車の中身は材木だった。

 ……ん?材木?


「ユーリちゃん」

「はい、何でしょうかミュー様」

「トルファイ村、正確にはアロッサ山の材木って、等級的にはどんな感じ?」

「山の主に守護された木々を適切に処理して作られる材木は、貴族の皆様の御用達でもあると伺ったことがあります」

「ありがとう」


 流石は商人の娘だ。打てば響くように教えてくれた。教えてくれて、そして、ハッとしたように彼女はワタシを見た。ワタシも、そんな彼女を見て大きく頷いた。

 大穴だった。うっかり忘れていた。ワタシにはとても強力な伝手があった。多分、多少の無理は利いてもらえるんじゃないかってレベルでの伝手が!


「ヤンくん、ちょっと大人の人連れてお店に来て!お仕事のお話があるって!」

「え?え?」

「あそこのお兄さんが、良い材木を探してるんだよね!」

「わかりました!」


 ワタシの言葉に、ヤンくんは飛んでいった。台車を止めて不思議そうな顔をしている大人のところへ走って行って、呼んでくれている。良い子、本当に良い子。

 よーし、こっちも準備だー!


「ダニエルさーん!材木、見付かったかもしれないですー!」

「「はい?」」

「今来るんで、詳しい商談は当人同士でやってください」


 大真面目な顔で考え込んで相談をしていた皆さんに伝えるのはワタシ。店に入ってくるヤンくんたちを案内する役目はユリアーネちゃん。見事な連係プレイだと思う。いえい。

 何のことかわかっていなかった一同の中で、ライナーさんだけが反応が早かった。ヤンくんに見覚えがあったからだろう。ぼそりと「その手があったか」って呟くのが聞こえた。一瞬で理解してくれるの、マジで強いなって思いました。

 意味がわかっていないマリーナさんたちに、ワタシはにこにこ笑顔で説明を口にした。既に到着していたヤンくんご一行にも合わせて。


「こちら、トルファイ村から材木を売りに来ていらっしゃる方々です。おそらく、妙な根回しは入っていないので、ダニエルさんが求める材木が手に入る可能性があります」

「ほ、本当ですか……!?」

「はい。多分、おそらく、確実に、トルファイ村には根回しはいってないです」


 きっぱり言い切るワタシに、ダニエルさんたちは驚いた顔をする。多分、今まで、どこもかしこもダメだったんだろう。だからこそ、何で確信を持って平気だと言えるのか気になるに違いない。

 理由は説明しにくいんだけども。

 いやだって、ゲームの該当イベントのときにはトルファイ村は滅んでいたからですとか言っても、絶対に通じないじゃん。今までも、ワタシが動いたことで多少筋書きが変わることはあっても、大きな変動は見当たらないし。

 あ、イベントが起こった場合、という話です。消えたイベントに関してはノーカン。

 唯一の例外みたいなのはトルファイ村でウォール王国組に遭遇したことだけど、アレは仕方ない。だって、国境越えて最初の集落がトルファイ村なんだ。そこをスルーするのは無理だろう。


「ミュー様、根回しってなんですか?」

「あのねー、ヤンくん。このお兄さんが良い材木を仕入れたがっているのに、意地悪なヒトがお兄さんには売らないでって色んなヒトに言って回ってるんだって。ヒドいよねぇ」

「ヒドいですね!」


 ワタシのめっちゃざっくりとした説明に、ヤンくんは物凄く怒った。子供でもやっぱりそれがヒドいことだとわかるらしい。いや、そらわかるよね。確実に意地悪だもんな。

 ヤンくんと一緒にいた男性は彼の父親らしい。これが仕事に繋がると理解したのか、さくさくとダニエルさんとお話を進めている。難しいことはワタシにはわからないので、そこはお二人で打ち合わせしてください。

 会話の感じから、別に特に誰かに売るなとか制限をかけられていることはないらしい。よし、ワタシの勘は外れてなかった!ゲームで滅んでるトルファイ村、やっぱりあのバカの伯爵令息の認識から外れてたっぽい!


「とりあえず、これで材木の件は片付きそうかな?」

「どうやら、色よい返事が貰えているようです」

「あ、お帰りライナーさん」

「手助けいただきありがとうございます、ミュー様」

「手助けってほどの話じゃないよー。単純にヤンくんが通りがかったのが見えただけだし」


 真面目なライナーさんに、ワタシはカラカラと笑っておいた。実際そうだしな。ヤンくんを見つけなければ、思い出しもしなかったんだ。何というナイスタイミング。

 根回しもされていない良質な材木を扱っている存在という、今のダニエルさんにとってピンポイントで助かる相手。コレも日頃の行いが良いからだろうか。誰のって?……だ、ダニエルさん?

 まぁ、仮に何らかの根回しがトルファイ村にまで及んでいたとして、ここなら多分、無理が利く。めっちゃ効くと思うんだよな。ワタシがお願いしたら、多少の無茶は聞いてくれる気がする。

 もちろん、その場合は変な報復を彼らが受けないように、覇王様にお願いして諸々整えてもらうつもりではあったけど。本を正せばくだらない根回しをしてる伯爵令息が悪いので、きっと覇王様も普通に手伝ってくれたことだろう。多分。

 そうやって考えると、ワタシの伝手というか、背後にアーダルベルトがいるっていう状況、なかなかに強いなぁ。虎の威を借る狐である自覚はあるけどね。ワタシ自身はちょいと知識があるだけの、へっぽこ女子だし。その自覚はちゃんとしておりますですよ。

 覇王様を引っ張り出さなくても、ワタシの伝手でどうにかなるのなら御の字だ。アホへの報復とかお礼参り的なのは後回しにするとして、現状、ダニエルさんがきちんとお仕事が出来るようにしてあげるのが大事だよな。材木はどうにかなったけど、生地の方はどうしようか……?

 そもそもワタシ、生地とかに縁はないからなぁ……。顔見知りには偉い人はいっぱいいるけど、別にその彼らだって生地は関係してないし。ウォール王国組はお魚担当だし、コーラシュ王国組は、……えーっと、ジャガイモ担当?いや、あの国の名産というか特産というか強みは、それじゃないけども。今は関係ないやつだし。

 顔馴染みは偉い人だったり、強い人だったりするけれど、商人さんのお役に立てそうな、生地って部分の方々はいないんだよなぁ……。どうしたもんか。出来れば穏便に、このサブイベントが終わってくれと思ってるんだけども。


「生地っていうと、どういうところが扱ってる感じ……?」


 念のために確認を兼ねて問いかけたら、ユリアーネちゃんはぱちくりと瞬きをした後に、愛らしい微笑みを浮かべて答えてくれる。この面倒くさい状況で、可愛い可愛いウサギ獣人ベスティの侍女さん、マジでプライスレス。ワタシの侍女ちゃんが今日も可愛い。


「生地そのものを扱う店の他に、服を仕立てる店なども取り扱っていると思います」

「あ、なるほど。洋服屋さんとかでも生地売ってるのか」


 ワタシの認識では、生地は生地屋さんというか、手芸屋さんみたいなお店にしか売っていないと思っていた。でも、この世界ではオーダーメイドも珍しくはない。既製服もあるけれど、それなりにお金のある階級はオーダーメイドだって聞いた。

 あと、庶民は既製服じゃなくて生地を買って、自分たちで仕立てるパターンも多いんだっけ。そっちの方が安上がりだからっていうのもあるらしいけど、聞くところによればお針の練習も兼ねているらしい。なるほど。自分のことは自分で出来ないとダメなのか。大変だな。ワタシには無理だ。




 …………ん?これってもしかして、ワタシの伝手で生地も手に入るんじゃないのか……?



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