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 ワタシの考えが正しければ、このサブイベントを穏便に解決することが出来るかもしれない。

 この思いつきが正しいことを確かめるために、ワタシは隣のウサギ侍女ちゃんに声をかけた。地元民である彼女に聞くのが一番手っ取り早い。


「ユーリちゃん、ワタシがいつもお世話になってるデザイナーさんのお店の場所、知ってる?」

「はい、存じ上げております」

「それは良かった。そんじゃ質問なんだけど、オーダーメイドでお洋服を作ってくれるデザイナーさんのお店って、生地、置いてるかな……?」


 にへーっと笑って問いかけたワタシに、ユリアーネちゃんは瞬きを数回繰り返した。けれどすぐにワタシの言いたいことを理解したのか、満面の笑みで答えてくれる。美少女ウサギ侍女ちゃんの微笑み、プライスレスだ。尊い。


「はい。その場で生地を選んで仕立ててくださるだけでなく、お望みならば生地だけの販売も取り扱っていると伺っております」

「じゃあ、今からお邪魔しても大丈夫か聞いてきて!」

「お任せください!」


 元気良くお願いしたワタシに、出来る侍女ちゃんはスカートの裾を摘まんで恭しくお辞儀をしてからダッシュで去って行った。ウサギの脚力を全力で生かしている。素晴らしい。

 ワタシとユリアーネちゃんのやりとりを聞いていたライナーさんが、こっちを見ている。そんな彼に、ワタシはにっこり笑顔で声をかけた。


「ってことなので、ユーリちゃんが吉報を持ち帰ってきたら、あちらのお二人に説明お願いします」

「……何から何まで、ありがとうございます」

「たまたま、たまたま。それに、ライナーさんにはいつもいっぱいお世話になってるからね!」


 深々と頭を下げるライナーさんに、ワタシは軽い口調で答えた。でも、伝えた言葉に嘘はないです。いつもいつも大変お世話になっているので、たまにはこうやってお役に立ちたいと思うのだ。

 それに、伝手というのは必要なときに使ってなんぼである。人脈ってのは有事の際に有効活用するのがベストなのだ。それに、別に一方的に助けてもらうわけでもないのだし。ちゃんと顧客を紹介するのだから、悪くないと思う。

 ワタシがいつもお世話になっているデザイナーさんは、皇帝陛下御用達のデザイナーさんだ。最大の顧客が皇帝一家という状態なので、そこら辺の貴族が嫌がらせなんて出来る相手ではない。つまりは、協力を求めても妨害される可能性が低いのだ。

 そりゃそうだよね。何か言われたら、皇帝陛下にきちんとお伝えしてくれれば良いだけだし。しかも今回は、口利きをしたのがワタシになる。覇王様の参謀のワタシ自らが紹介したお客さんに関して、どっかのアホが嫌がらせをしてきたとなったら、素直に報告を上げてくださるだろう。というか、上げてくれと頼んでおく。

 そこまでアホだとは思いたくないけどねぇ。自分のメンツを守るために、まさか家を潰すようなバカな行動には出るまい。……出ないと思っておきたいな。でもこの世界、時々どうしようもないほどにバカなヤツらもいるから、一概に言い切れないんだよね。

 どっかの皇弟とか、どっかの王の叔父とか、何かその辺。アレを例外だと信じたいけれど。

 そんなことをつらつらと考えている間に、ユリアーネちゃんはきっちりアポを取ってきてくれた。なので、事情を説明したワタシは、マリーナさんとダニエルさんを連れてデザイナーさんの店にやってきている。

 お店に行ったら案内されたのは個室。品の良い調度品が並ぶけれど、決して無意味に華美ではないところが良い感じだ。ゆっくりと相談が出来る雰囲気がある。案内されてお茶を飲んで待っていたら、少ししてデザイナーさんがやってきた。


「デザイナーさん、こんにちはー!」

「ミュー様、ようこそお越しくださいました。先ほど侍女殿からお伺いしましたが、生地をお探しということでよろしいですか?」

「そうなんですよ。こちらのマリーナさんの婚礼衣装の準備がありまして」

「それはおめでたいことですね。当店をお選びくださるとは光栄です」


 笑顔で挨拶をするワタシに、デザイナーさんも笑顔でお返事してくれた。事情をさっくり説明したら、ステキな笑顔でマリーナさんに向けてお祝いの言葉をかけてくれる。仕事が出来るというよりは、ヒトとして誠実という感じだ。安定の良いヒトだ。

 うん、このデザイナーさん良いヒトなんだよなぁ。毎度毎度、ワタシはアレコレ注文を付けてしまう顧客ではあるんだけども。それをむしろ面白がって、喜んで実行してくれるところが気に入っている。

 ……まぁ、どう足掻いても、ワタシの衣装を赤系統で仕立てようとするのだけは止められないんだけども。何でや。


「マリーナさん、こちらは皇室御用達のデザイナーさんなので、妨害は一切入らないと思います。ですので、遠慮なく生地を注文してください」

「何から何まで、本当に申し訳ありません……」

「いえいえ。困ったときはお互い様です。それに、ワタシ、普段からライナーさんには大変お世話になっているので、ここら辺で恩返しをしておきたいんです」

「まぁ……」


 恐縮しているマリーナさんに、ワタシは茶目っ気たっぷりに笑って告げた。一応ちゃんと本心です。何だかんだでライナーさんにはお世話になっておりますからね。……まぁ、最近ワタシの扱いがちょろっと雑になってはいるんですが。

 仲介をしたら、後は当事者でお話をしてもらうだけだ。ワタシの仕事は終わったも同然。うむ、今回は実に良い仕事をしたぞ!穏便にサブイベントが進行するやつだ。ワタシ、偉い!

 うんうんと一人自己満足に浸っているワタシの隣で、ライナーさんはじっとマリーナさんたちのやりとりを見ていた。いつも通りの穏やかな表情だけれど、その瞳は真剣だ。……ライナーさんから家族のことを聞くことはなかったけど、この感じだと兄弟仲は良いんだろうなぁ。

 用意された生地の手触りを確かめてアレコレと話をしているマリーナさんたちの姿を見ながら、ワタシはふと思った。彼女たちが求めているのは生地だけで、それはつまり仕立てるのは地元でやるとかそういうのなのだろうか、と。

 そこで何かこう、……うん、何かこう、ものすごーくいやーな想像をしてしまったワタシである。思わず顔に出たのだろう、ユリアーネちゃんが心配そうな顔でワタシを見ていた。


「ミュー様、何かお困りごとでもございましたか?」

「あー、いや、困りごとというか、嫌な想像をしちゃっただけ」

「嫌な想像?」


 不思議そうなユリアーネちゃんに、ワタシはぼそりと呟いた。真剣に生地を選んでいるカップルに聞こえないように、小さな小さな声で。


「もしかしたら、ドレスの仕立てを頼む予定の場所にも変な圧力かかってたらどうしよう、って」

「……ミュー様、それは」

「いやうん、流石にそれはないと思いたいんだけどね。お家関係でお願いするだろう、し……?」

「…………」


 ワタシの語尾が微妙に途切れたのは、見下ろしてくる眼差しに気付いたからである。ソファに座ってのんびりとお茶とお茶菓子を堪能していたワタシを見下ろす、ライナーさんの眼差し。表情が抜け落ちた顔で、真剣な瞳でこちらを見ている。

 止めて!止めて、ライナーさん!貴方、顔立ちは整ってる部類なんですよ!?普段が温厚そうな穏やかな表情ばっかりなんですから、その見慣れない変な圧を背負った無表情止めて!怖い!

 ぷるぷると怯える小動物のように顔を左右に小さく振ってアピールするワタシに気付いたのか、ライナーさんはすぐにいつもの表情に戻った。……戻ったけど、目は相変わらず真剣だった。何?ワタシの発言、何か引っかかるものありました?


「ミュー様の発言も一理あると思ったまでです。失礼しました」

「……えー、一理あっちゃうんですか、ライナーさぁん……」

「相手があの男であるならば、まぁ、それぐらいのことはしてきそうな性根である、とだけ申し上げておきます」

「……ライナーさん、顔!顔!表情と目が合ってないです!」


 ワタシに向けてなので表情は穏やかな微笑みで、声もいつも通りの柔らかな感じのライナーさん。しかし、目だけが全然笑っていなかった。冷え切った真顔のときの目である。圧がすごい。

 失礼しました、ともう一度言ってから、ライナーさんはいつもの感じに戻った。……うん、妹が理不尽に妨害されてる状況に相当イライラされているようだ。お兄ちゃんだもんね。


 後、何だかんだで怒らせたら怖い系人種だってのもあるかもしれない。怒ってるときほど笑顔になるタイプの、敵対者には容赦しないタイプの、本当に怖いやつだと思う。わかりやすくキレて叫んで手が出るエーレンフリートの方が絶対マシなやつ。

 とはいえ、ワタシの嫌な予想をライナーさんが可能性アリと判断しちゃった以上、このまま生地だけご用意しておしまいにはしたくないなぁ。ここまできたらもう、きっちりばっちり全部完璧にしてあげたいし。

 となるとやはり、お願いするしかないかー。


「デザイナーさーん」

「はい、何でしょうかミュー様」

「お仕事お忙しいとは思うんですけど、もしも可能なら彼らの婚礼衣装を仕立ててもらえませんか?」

「当店で、ですか?」

「はい」


 ワタシの言葉に、デザイナーさんは瞬きを一つ。彼が何かを言う前に、マリーナさんとダニエルさんが慌てたように口を挟んできた。


「お待ちくださいませ。生地を融通していただけるだけでも助かっておりますのに、仕立てまでなどと……!」

「そうです。こちらは皇帝陛下御用達と聞いております。そのような方に無理をしていただくなどと……!」


 真面目が二人という感じで必死に訴えてくる姿は、まぁ、予想できました。出来ましたが、ワタシは彼らに視線を向けず、デザイナーさんに向けてにっこりした。デザイナーさんもワタシを見てにっこりしてくれた。わーい。


「日程をお伺いしなければ確約は出来ませんが、ミュー様がお連れくださったお客様です。精一杯腕を振るわせていただきます」

「流石デザイナーさん!いつもありがとうございます!」

「とんでもない。お客様をご紹介いただき、大変ありがたく思っております」

「ワタシからのお祝いってことで、仕立て代はこっちに回してもらえると助かります」

「承知しました」

「「お二人とも!?」」


 さっくさくと話が進むワタシとデザイナーさん。ノリが良いんだよね、このデザイナーさん。生地の代金は正規の取り引きでやってもらうとして、お仕立て代はこっちで賄った方が良いよね。皇帝陛下御用達のお店だから、決して安くはないだろうし。

 何だかんだで特許収入みたいな感じで貯蓄があるらしいワタシなので、それから払ってもらうことにしよう。足りない分はアーダルベルトにカンパしてもらおう。ライナーさんの妹さんの結婚祝いだ。きっと文句は言わないだろう。あの覇王様は近衛兵ズがお気に入りなのだ。


「お、お待ちください……!そのような……!」

「マリーナ、諦めろ」

「お兄様……」

「ミュー様がこう仰る以上、無理だ。後、あのデザイナー殿のやる気に満ちた顔を見ろ。お前に似合うデザインを今すぐデッサンしそうな雰囲気だ」

「何故ですの……」


 子爵令嬢のマリーナさんには色々と現実が強烈過ぎたらしい。でも、ライナーさんは慣れっこなので、妹とその恋人を一人で宥めて説得してくれていた。説得というかもうこれ、諭してるだけだなと思ったけど。

 ……でも、仕立屋さんに妨害の根回しが入っているかもしれない可能性を伝えないところは、妹に余計な心配をさせたくない兄心なのかなぁ。ライナーさんの背中を見ながら、ワタシはそんなことを思って、隣のユリアーネちゃんと顔を見合わせてそっと笑った。




 結局マリーナさんもダニエルさんも色々諦めてくれて、デザイナーさんが嬉々として彼らの衣装を作成してくれることになりました。めでたい!




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