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「で?」
「……何でそんなに圧をかけてくるんだよぉ……。ワタシ別に、今回は何も悪いことしてないし、穏便に話を終わらせてきたのにぃ……」
ぶちぶちと文句を言うワタシだが、眼前の覇王様は全然取り合ってくれない。半眼で見下ろしてくる相棒。いや、でもワタシ何も悪くないよね。今回は穏便にサブイベントが進行するようにちゃんとしただけじゃん。
問題が全て解決したので、ワタシはルンルン気分でお城に戻ってきた。お礼をと言うマリーナさんとダニエルさんには、何か美味しい食べ物でも送ってくださいとお願いしておいた。庶民のお菓子とかも大好きなので。
そう、そんな感じで一仕事を終えたワタシは、のんびりするかーと戻ってきたのだ。なのに何故かアーダルベルトにとっ捕まって尋問中である。何でワタシが尋問されにゃならんのだ。解せぬ。
そりゃ確かに、皇帝陛下御用達のデザイナーさんにお仕事を頼んだので、その旨は伝えましたよ。ついでに、トルファイ村に仕事を頼んだのも。一応外出したときは、その日何があったかの簡単な報告はするようにしてるから。
でもだからって、その報告がさくっと終わらず、覇王様御自らの尋問に発展するなんて誰が思うよ。今回は特に大きな事件も起きてないのに。
「何でお前は、大人しく普通に出掛けるだけが出来んのだ」
「失礼な。自分から何かやってるわけじゃないやい」
「第一、報告に抜けがあるだろうが」
「え?」
不機嫌そうなアーダルベルトに、思わず首を傾げた。ちゃんと全部報告したと思うのに、何が抜けてるんだろう?不思議に思って背後のライナーさんを振り返っても、仕事の出来る近衛兵のお兄さんも不思議そうだった。
だよね?報告すべきことは全部報告したよね?何が抜けてるって言うんだろう?そんなワタシたちの態度に呆れたようにため息をついてから、アーダルベルトは口を開いた。
「その、私利私欲で流通を歪めた愚者の報告がまだだが」
「……え?」
「物資の流通は民の生活の要。それを私利私欲で歪めるなど、国に対する背反行為に等しい。どこの誰だ、その度し難い愚か者は」
「……うわぁ」
かなり本気でお怒りモードであることを察して、ワタシは思わず遠い目になった。何かもう、ご愁傷様としか言えない未来が訪れる気がしてならない。覇王様、激おこである。
いやまぁ、うん、確かにね。アーダルベルトの性格を考えたら、そうなるよなぁってのは分かるんですが。今回は一応、ワタシが穏便に終わらせたのでそこまで大事になってないよ?っていうのも、聞こえてないやつですね、コレ。
ちらり、とワタシは視線をライナーさんに向けた。件のアホな伯爵家のご令息に関して、ワタシは詳しい情報を持っていない。ライナーさんは相手が誰か分かっていたようだから、その辺の報告の担当はワタシじゃなくてライナーさんだ。
しばらく悩んでいたライナーさんは、色々と諦めてアーダルベルトに報告している。……多分アレだな。妹たちの性格を考えて大事にしないようにとか思ったんだ。でも上司命令に逆らうわけにもいかないから、諦めたってやつでしょ。お疲れ様です。
ライナーさんからの報告を大人しく、無言で、嵐の前の静けさみたいな感じで聞いていた覇王様は、全てを聞き終えてからゆっくりと口を開いた。
「……なるほど」
何が「なるほど」何だか良く分からない。とりあえず分かったのは、件の伯爵令息の命が風前の灯火なんじゃないかなっていうことだけだ。めっちゃ怒ってる。いや、怒るだろうとは思ってたけど、静かにとてもとても怒っていた。
……まぁなぁ。この男、滅私奉公を体現したような感じなので、王侯貴族は斯くあるべきとか思ってる節があるんだよな。自分を基準に物事を考えるのを止めろとは思うが。
ただ、言いたいことは一応分かる。ノブレス・オブリージュ。持つ者は持たざる者の規範となるべし、みたいなアレだ。異世界でその法則が通じるのかは分からないけど、少なくとも目の前の覇王様はそれが普通だと思っている気がする。
……つまりは、その彼の価値観で考えると、件の伯爵令息の行動は愚の骨頂。貴族を名乗るもおこがましい、みたいになるはずだ。多分。
「当主はマトモだが、息子がどうしようもない愚か者だったということだな」
「……末子にしてようやっと生まれた男子であったため、多少甘やかされて育っていると聞いたことがあります」
「多少か?」
「……その辺りは個人の主観になりますので」
「そうか」
「はい」
ご機嫌ナナメな覇王様と静かに会話が出来る程度には、ライナーさんはお貴族様なんだろうなぁと思ったワタシです。ワタシはこんな機嫌の悪いアーダルベルトを相手に、静かに会話を続けるのは御免被る。逃げたい。
まぁ、その程度の腹芸というか、感情を表に出さない感じのやりとりは、貴族の基本なんだろうとは思う。こういうのを見ると、お貴族様って大変だなぁって思う。本音と建て前と腹芸が基本スペックに必要とか、超疲れるよね。
とりあえず、伯爵令息のご冥福を祈っておこう。いや、命までは取られないとは思うんだけども。皇帝陛下に直々に睨まれるとか、もはや貴族としては死刑宣告にも等しい気がするんだよなぁ……。貴族社会がどういうのか分からないけど。
ライナーさんはその辺も分かってるんだろう。アーダルベルトと会話をする姿も普通だ。庶民代表として「お貴族様のアレコレ分かんないわー」という意味で視線を向けたら、エーレンフリートも似たような顔をしていた。だよね、分かんないよね。
まぁ、分かんないなりに「陛下が悪と断じたならば、そいつは悪!」みたいな感じの雰囲気だけども。お前はそうだよね。とても分かりやすい価値基準。苛立ちをぶつけられるときは面倒くさいけど、横で見てる分には白黒はっきりしてて楽だなぁと思う。
とりあえず、胃が痛くなるようなやりとりはこの辺にしてもらおうか。聞いているワタシの胃が痛い。それに、マリーナさんの結婚関係でならば、話すべきことは他にある。
「アディー」
「何だ、ミュー」
「マリーナさんたちの衣装の仕立てを、デザイナーさんに頼んだって言ったじゃん?それの代金をワタシの貯金で払おうと思うんだけど、足りると思う?」
「は?」
「お金足りるかな……!」
何を言っている?みたいな顔をされているけれど、ワタシとしては大真面目である。だって、相手は皇族御用達のデザイナーさんやぞ!!生地の代金はマリーナさんたちが自分で支払ったとして、デザイナーさんの技術に支払うお金がいくらになるのかがさっぱり分からないんだもん!
そりゃ、今までも何度もお仕事を頼んだというか、ワタシの衣装を作ってもらっているけれど。その代金をワタシが払ったことなんてないもん!全部アーダルベルトが払ってくれてたから、相場も何も分かんないんだよぉおお!!
とても切実なんだ、ワタシは。お祝いをしたい気持ちはあるけれど、果たしてポケットマネーが足りるのか?っていう現実的な問題があるんですよ!
「とりあえず、何がしたいのかを言え」
「だから、マリーナさんたちの衣装の仕立て代をワタシが払うって言ってんじゃん」
「何でそんなことをするんだ?」
「お祝いしたいからに決まってんじゃん!」
「……なるほど?」
「何でそんなに反応が鈍いの、アンタ……?」
きちんと説明をしたのに、何故か理解してもらえなかった。解せぬ。
いやでも、ワタシ、別にそんなに変なことは言ってないよね……?お知り合いの結婚祝いをしたいってだけの話じゃん?そうだよね?
確認の意味を込めて視線を向けたら、ライナーさんはコクリと頷いてくれた。エーレンフリートはちょびっと首を傾げていたけれど、あの狼にそういうことは期待してないので大丈夫です。人間関係が狭い通り越して関係者オンリーみたいな男なので、お祝いをする知り合いなんていないと思ってる。多分間違ってない。
そこで、ワタシとライナーさんは互いに理解した。エーレンフリートの反応と、アーダルベルトの反応。二人に共通することを、ワタシたちは理解してしまったのだ……!
この二人、私人として交流するお知り合いが極端に少ない……!!
アーダルベルトはそれなりに交友関係があるけれど、基本的には皇帝陛下としての関係でしかない。何かあったときに祝いの品とかお礼品とか送ってるかもしれないけど、半分は仕事の関係みたいなアレだ。個人としてのアレじゃない。
……つまるところ、ワタシがお知り合いになったマリーナさんのお祝いをしたいという気持ち、彼女が普段からお世話になっているライナーさんの妹だからこそ何かをしたいという気持ちが、ピンとこないのだろう。エーレンフリートにはそもそも期待していないので大丈夫です。
「あのな、アディ」
「何だ?」
「普段お世話になってる人の家族にお祝い事があると知って、自分も何かお祝いをしたいと思ったんだよ、ワタシは」
「……そうか」
「そう。……んで、相談なんだけど、折半しない?」
「は?」
「折半」
話の流れが分からないと言いたげなアーダルベルトに、ワタシはにこりと笑った。ライナーさんが若干困ったような顔をしているのは無視の方向で。すまない、ライナーさん。大事にしたくない気持ちは分かるんですけど、ワタシはこの男に、人並みの感覚を与えてやりたいと思うんですよ。
んでもって、それが出来ることって滅多にないんですよ。これも覇王様の情緒を育てるためだと思って、諦めてほしい。マリーナさんとダニエルさんにも諦めてもらおう。てか、もうワタシが何かをすると、背後に覇王様がくっついてくるのは不文律かもしれないので。
「二人からのお祝いってことでどう?」
「……それは、俺がやっても良いものなのか?」
「いやー、皇帝陛下からのお祝いを拒否するヒトはいないと思うけど?」
「しかし……」
「ワタシと連名ならそんなに圧もないんじゃない?ワタシが誘ったってことで」
実際そうだしねぇと笑ってみせれば、覇王様は瞬きを繰り返した。そういうものか?と問い返してくる顔は、良く分かっていない顔だった。……相変わらずその辺の情緒はポンコツで、普通の交友関係みたいなものが自分に持てると思ってないところがある。困った覇王様め。
「まぁ、それならその方向で手続きをさせるか」
「わーい、お金足りたー!」
「それが本音か、お前」
「えー?そんなことないよー?」
へにゃりと笑ってみせれば、アーダルベルトは呆れたような顔をした。確かにお金が足りるかどうかを心配したのは事実だけども。別に、折半を持ちかけたのはそれだけじゃないし。
まぁ、その辺はつらつらと説明するのもアレなので、言わない方向で。知り合いの慶事を、皆で祝うってことで良いじゃないか。そういう普通も大事なんだし。
そんなわけで、マリーナさんたちへのお祝いは覇王様と連名になりました!あと、アホの伯爵令息は何か厳重処罰が下ったとかっぽいです。因果応報ー!
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