126
特に騒動も何もない普通の日。いつものおやつ突撃でアーダルベルトの執務室に押しかけたワタシは、目の前の光景に目を点にした。いるわけのない存在がそこにいた。
「……何やってんの、ヴェルナー?」
そう、そこにいたのは腹黒眼鏡の神父様だった。基本的にお城によりつくことのないロップイヤーの腹黒眼鏡が、何故か分からないけれどアーダルベルトの執務室でくつろいでいた。
そう、くつろいでいた。
……何で皇帝陛下の執務室のソファの上に足を伸ばしてくつろぎ体勢で横座りしてんだろう。長いおみ足がこれ見よがしに見せつけられている。ソファの肘置き部分に引っかけられている足が、とても、長い。
ワタシの質問に、ヴェルナーは答えなかった。面倒くさそうに視線を寄越した後、どうでも良さそうにふいっと視線を逸らした。皇帝陛下の執務室で、クッションを枕にしてソファで寝そべる神父様。なんだこの光景。
「……アディ、こいつ何やってんの?てか、いるなら言ってよ。おやつが足りない」
「置物だと思っておけば良いだろう」
「こんな態度がデカくて悪い置物ないよね!?」
思わずツッコミを入れたけれど、ワタシは悪くないと思う。ウサギ
くそー。せっかくシュテファンに作ってもらったおやつを堪能しようと思ったのにー。なお、今日のおやつは爽やかにオレンジマーマレードの輝くタルトである。タルト!タルト美味しいよね!
とりあえず、背後に控えるユリアーネちゃんに目配せをした。流石に、目の前にいるのに自分たちだけで食べるのは気が引ける。出来る侍女ちゃんはその辺を一瞬で理解してくれるので、恭しく一礼してから去って行った。ワタシの侍女、ぐう有能。
というか、本当に、何でこいつここにいるの?職場は教会だろうに。マジで何で?
「さっきから煩いぞ、小娘」
「煩くて悪かったな。だって、どう考えてもここにいる意味が分からないんだもん。別に急ぎの用事で来てる感じでもないし」
そう、それだ。
何か火急の用件とか、大事な打ち合わせとかでいるなら、ワタシも気にしないのだ。あぁ、何かお仕事があるんだなぁって思う。でも、ソファに寝そべるという明らかなくつろぎ体勢でいられると、お前何してんの?ってなるんですよ。
そんなワタシを見て、ヴェルナーは物凄く面倒くさそうな顔をした。こ、こいつ……!自分がイレギュラーな行動を取ってるくせに……!くっ、安定の唯我独尊め!
ジト目のワタシの視線を感じたのか、面倒くさそうに振り返ったヴェルナーが、口を開いた。あ、何か微妙に素直。どうしたんだ、お前……?
「職場にいると女共が煩わしいんだ」
「はい……?」
「何故か分からんが、ここしばらく妙に女がやってくるんだよ。仕事にならん」
「……猫被りに疲れたとかそういうの?」
「そういう次元じゃない。理由が分からんレベルで、大量にやってくるんだ」
「大量って……」
心底鬱陶しいと言いたげなヴェルナーの発言に、呆気にとられた。けれど、ここまで言いきると言うことは、それなりの状態なんだろう。だってこの男の猫被りは真性で、多少のことではその仮面を引っぺがすことは出来ないし、本人もそれを負担だとは思っていない。
それなのに、だ。
それなのに、そのヴェルナーが猫被りに疲れるほどにというか、わざわざここに避難をしてくるぐらいの状態って、何だろうか……?えー。突発的な異常モテ期とかですかね?
「そんなもんいらん」
「一刀両断した」
「まぁ、そいつはモテる割に興味がないからな」
「周囲が見てるのは俺の外面だ。俺じゃない」
「「あー……」」
口を挟んできたアーダルベルトに対して、ヴェルナーは忌々しそうに吐き捨てた。覇王様と二人で遠い目になる。気持ちは同じようだった。言いたいことは分かるけれど、親しい身内以外に見破れないような完璧な猫被りの外面を維持しているのはお前だろう、と。
でもまぁ、モテても外面に惚れられてるという状況なら、興味がなくても仕方がないのか。それにしても、何だってそんなにモテてるんだろう?別に何かのお祭りとかじゃないしなぁ。
ここは異世界だけど、ゲームに酷似した世界だけど、ちょこちょこ現代日本と似た感じのイベントがあったりはする。バレンタインとかクリスマスとかハロウィンとか。理由付けの細部は違うけど、まぁ似たようなイベントになってる。そういう日ならば、ヴェルナーが女性陣に追い回されるのもわからなくもないんだけど。
「それで、どんな感じで騒がしいの?いつもみたいに差し入れが届くとか?」
「その程度なら数が多かろうが流す。……何故か分からんが、妙に本気で迫ってくる女が多いんだ」
「……本気でってことは、恋人になってくださいってやつ?いつものキャーキャー言われてるファン的なやつじゃなくて?」
「そうだ」
「……へー」
面倒くさそうなヴェルナーに、ワタシは思わずとぼけた声を出してしまった。いやでもなぁ、外面しか知らないからだろうけど、この腹黒眼鏡に本気のアタックかぁ……。どう考えても後々面倒くさいやつだよね。
ワタシの反応が気に障ったのか、ヴェルナーがじろりとこちらを睨んできた。うっ、ごめん。でもそうやって睨むの止めて。アンタ顔面偏差値高いんだから……!
ご機嫌ナナメな腹黒眼鏡から逃れるために、ワタシはいそいそとアーダルベルトの傍らへと移動した。何かあったら庇ってもらおう。少なくとも物理的な危機からは守ってもらえると思うので。
しっかし、何でまた突然にこんなことになってんのかなぁ……?ヴェルナーはいつも通りに仕事してただけだっていうし、変な力でも働いてるのかってぐらいのモテ期。
……ん?変な力……?何か引っかかったな。何だっけ。
「ミュー、どうした?」
「んにゃ。何でもない。今日のおやつはオレンジマーマレードのタルトだぞ!」
「今日のも美味そうだな」
「でしょー」
にへーっと笑って、ワタシは自分の分のタルトに手を付ける。ストレートの紅茶と一緒に楽しむのも良い感じ。……あ、出来る侍女ちゃんがマッハで仕事してくれたので、ソファでくつろいでいたヴェルナーにもタルトと紅茶が用意されています。ありがとう、ユリアーネちゃん!
タルト生地の中に薄いスポンジ生地が入ってて、その上にカスタードと生クリームの二重クリームが贅沢に塗られている。そして、てっぺんにはこれでもかとオレンジマーマレード!たっぷりかかったオレンジマーマレードに、アクセントにとオレンジが飾られているのが最高だ。鮮やかな色合いが食欲をそそりますね!
フォークを入れると、上層部の軟らかさでするりと下に降りる。けれど、最後の最後、タルト生地の部分だけはがっちりと固定されている。それをちょっと力を入れて砕くのだ。この、フォークで切れるけど固いタルト生地、とても好き……。
上から下まで全部フォークですくって口の中へ。マーマレードの甘みと苦み、クリームの甘さ、スポンジのふわふわした食感に、その全部をまとめて受け止めるタルトのしっかりとした食感。……この、確かな固さがありながら口の中でほろほろと崩れるタルト、絶品!流石はシュテファン!!
「んー、やっぱりシュテファンの作ってくれるおやつは最高」
「上に載っているのはマーマレードか。甘ったるくないのが良いな」
「割と何でもバクバク食べるくせに何言ってんの?」
「甘さが強いと途中で飽きるだろ」
「いや、飽きると言いつつワタシの三倍は食べるじゃん?」
「ん?」
「それがどうしたって顔すんな!」
ワタシのツッコミの理由が分からないらしい覇王様。本当にポンコツだな……。
まぁ、体格とか種族とか考えたら、普通の分量なのかもしれないけれど。見ているだけでお腹いっぱいになる感じに食べまくってるくせに、味に文句を付けるなよと思ったワタシも悪くないと思うんだ。
ちらっと視線を向けてみれば、ヴェルナーはソファーにちゃんと座ってタルトを食べていた。特に感想は口にしていないけれど、順調に減っているのでお口に合ったのだろう。これで不機嫌が多少は緩和されたら良いんだけども。
つーか、何が起きてんだろうねぇ。この腹黒眼鏡の猫被りが完璧で女性人気があるのは知ってたけども。単純にそれだけって感じでもないし。何かきっかけでもあったんだろうか。
「俺は何もしていない」
「ワタシ何も言ってないんだけど!?」
「そんな物言いたげな視線を向けられれば気付く」
「……あ、そう」
ちょっと気になってヴェルナーを見てたら気付かれてしまったらしい。やだー。
……ワタシ、あんまり視線には気づけないんだよな。エーレンフリートのおかげ(?)で、殺気は多少なりとも気づけるようになったんだけど。
「何もしていないのにそんな状況になるとは思えんが?」
「俺は何もしていないんだ。どこかで誰かが何かをしていたら知らんが」
「お前が女性に追い回されるように仕向けて得をするヤツなどいないだろうに」
「むしろ、俺が女性人気があることが気にくわんヤツの方が多そうだがな」
フンっと鼻を鳴らすロップイヤーの腹黒神父。……やっぱりこいつ、ウサギというのは詐欺なのでは?ウサギってもっとこう、愛らしいよね?ユリアーネちゃんみたいに!!
でもまぁ、とりあえずヴェルナーの言う通りな気がする。こいつのモテモテを羨ましがる男こそいるだろうけれど、モテモテ地獄に放り込んで喜ぶヤツはいないだろう。多分。
そうなるとなおさら、何でこんなことになってんだろう?って思うんだけども。でも考えても分かんないし、今はシュテファンのタルトを堪能しようっと。
なーんかどこかで引っかかってる気がするんだけど、まだ分からないから後回しと言うことで!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます