3章 新年会でエスコート?
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「……何でワタシはこんなことをしてるんだ…」
「お前が読めるが書けないと自白したせいだな」
「だからって、延々と文字の書き取りさせる!?」
「早く覚えろよ」
「覚えられるか!こんな飾り文字みたいなぐねぐねしたのぉおおお!」
バシバシと机を叩いて訴えたワタシですが、えぇ、綺麗さっぱり無視されました。わかってるけどな。お前はそういう男だよ、アーダルベルト。エーレンフリート、その「陛下のジャマをするな。騒がしい。大人しく書き取りしてろ」っていう眼は止めろ。殺気は無くても蔑みを感じる。ライナーさん、「ミュー様ならすぐ覚えられますよ」っていう謎の期待を瞳と微笑に込めるの止めて下さい。ワタシ阿呆なので、そんなすぐに異国文字覚えられません!
何でこんなことになっているのかといえば、先日うっかり、アーダルベルトに識字率について話したのが発端。その流れで、異世界から召喚された身の上であるワタシはどうなのか、という風に話が進んだ。
んで、結論は、「読めるけど書けない」というわかりやすいオチ。
というか、会話内容と同じように、見た文章も自動翻訳されてるんじゃないかと思う。ゲームの時は彼らが日本語を喋っていても気にしないけど。確か、名前はドイツ語から取られてるらしいから、言語もドイツ語っぽくてもおかしくない筈なんだけど。普通に日本語です。もしかしたら違うかもしんないけど。
んでもって、文法は問題ないんです。えぇ、
え?それなら簡単だろう?何で悩んでるんだって?
問題の、アルファベットが変則すぎて覚えられねぇんだよ!!!
変速というか、もはや記号。デザイン性に富んでおられますね!って叫びたくなるような文字なんですわ。……えーっと、ちょっと待て。確か、考察サイトで、作中に出てくる文字を分析してる人がいたな。なんて言ってたかな。思い出そう。
そうそう、えーっと、「ほぼフラクトゥールだと思う」とか言ってた。確か、ドイツ語の古い表記方法とか何とか。アルファベットはアルファベットなんだけど、「何?このデザイン業界の人たちが喜んで使いそうな文字!」「つまりは現実で使うには不向きだな!」「解読したヤツ、お疲れ!」みたいなやりとりがあった、ということで察して頂きたい。読めないし、書けないよ。
ワタシがコレを読めると言うことは、多分、召喚特典で翻訳機能が付いてるんだろう。つーか、通訳補正がかかってるのは、チートじゃ無いと思います。それは必要最低限であって、チートでは無い!断言する!むしろ、こんなのがチート特典だとか言われたら、ワタシは召喚の元凶をぶん殴るからな!
とはいえ、ちゃんと書けるようになれとアーダルベルトに言われたので、仕事してる彼の執務室で、一生懸命アルファベット(多分フラクトゥール表記)を覚えようと四苦八苦しています。記号や。これは記号なんやで……。どないしたら覚えられるんや……。
まぁ、書いて覚えるしかないので、ひたすらに、書き続けますよ。渡されたノートに、ただひたすら、延々と、書く。始めから終わりまで書いて、また始めから。慣れてきたら、単語の見本を見ながら、単語も書く。そういう、気の遠くなる、でも小学生とか中学生の時にやったことある!みたいな作業を繰り返しています。
「アディ……」
「何だ」
「これ、ただひたすら単語を書き写すだけなのはつまらないから、こう、もうちょっと子供心をくすぐるだろう方式を考えて」
「はぁ?」
「子供でも飽きずに頑張って出来る感じなら、教科書として使える。たとえば、物語にするとか!それならワタシ、頑張って書き写せる!」
「それはお前の主観に過ぎないだろうが」
「でもでも、ただのアルファベットの羅列の模写より、面白そうな話の模写の方が、気分は高揚する!ワタシは!」
「お前の話だろ、結局」
食い下がってみたけど、無理でした。ちっ。
いやでも、ワタシ、間違ったこと言ってないと思うな。結局のところこれ、勉強じゃないですか?やりたくもない勉強を無理矢理詰め込まれたって、誰も楽しくないよ。ワタシは読めるので、書くだけというのも大変暇ですが。それでも、見知らぬこの世界の童話とかが題材だったら、書き写さないと次のページに進めないという縛りがあれば、結構頑張れると思うんだが……。
うむー。小学校のひらがなとかカタカナの練習、どんなのだったかな…?漢字の場合は、まず読めなかったから、読めるようになるのが前提だったしなー。ひらがなやカタカナは、読めるけど書けないの典型だったし。そも、ワタシ、ローマ字ってどうやって覚えたっけ???
……思い出した。アクションゲームのボスがクイズ出してきて、その答えが虫食いのローマ字だったんだ。
アレ?ちょっと待とう?ワタシ、そもそも、ひらがなも、ゲームするのに必要だからで覚えてねぇ?カタカナは、一応学校で習ったと思うけど、ゲームが進歩したら、ゲームにもカタカナ出てきて、普通に馴染んだよね?アレ?
漢字に関しては、ちゃんと本から学んでる。……ただし、こう、色々と偏った方向に知識が植え付けられる系の書物(萌と妄想の産物である薄い本系)が教科書だったので、世間一般的に難読と言われる熟語すら読めたけど。書けないけどな。いや、難読とされる系の熟語は、画数が阿呆みたいに多いので、書けなくて普通です。あーゆーの書けるのは、漢検とか持ってる人間ぐらいだろ。
「アディもこうやって、ひたすら書き写して文字覚えたのか?」
「あぁ」
「……単調作業面倒くさいよぉ……」
「お前は色々と飽きるのが早すぎるぞ、ミュー」
「飽きるというか、最初からやる気ゲージはマイナスです」
「ヲイ」
いや、だって仕方なくね?だってワタシ、別に文字が書けなくても苦労してないもん!そもそも、書類を作るようなことも無いだろうしね!とりあえず、自分の名前(こっちの世界での呼び名のミューの方だけど)は書けるようになったんだからな!
それでも、仕事してるアーダルベルトの傍に居るので、口では文句を言いつつも、これでもちゃんと、文字を書いております。まぁ、書いたら覚えるっていうのは間違いじゃないよね。そういう感覚があるのも事実だ。それはわかってるんだけど、それだけじゃないのも知ってるから、なぁ……。むぅ。
そうやって考えると、世の中の先生という人種は本当に大変だと思う。ワタシはまだ、大人だ。大人のワタシだから、ぶちぶちと文句を言いながらも、とりあえず自分の中で納得して、延々とアルファベット(フラクトゥール表記)の書き取りをしているのだ。これが、ただの子供だったら、絶対に反抗期を起こしている。
「アディ、真面目な話、子供に文字を覚えさせるなら、もうちょっとやる気が起きる方向に改革はした方が良いと思う」
「いきなりどうした」
「いや、この間、教育機関系考えてるって言ってたから。子供には楽しく勉強させるのが一番だよ」
「……ふむ。一理あるな。文官達に案を募集しておくか」
「むしろそういうのは、賢いヒトじゃ無くて、阿呆とか勉強嫌いに聞いた方が良いかもね。遊び感覚で出来るなら、子供もやると思うよ」
がりがりとひたすらアルファベットもどきと戦うワタシ。こんなデザイン性オンリーみたいな文字なんて、どこかに楽しみを見出さないと、書くのも読むのも覚えるの超大変だと思うよ!子供が親しめるゲーム感覚で学べる教材を考えよう。考えてあげて!
「そういえばミュー」
「うい?」
「お前、ダンスは踊れるか?」
「…………ハイ?」
ぐいーっと首を右肩にくっつくくらいに傾げてみた。意味がわからなかったのです。えぇ、意味不明すぎて、何言ってんだろう、こいつ?っていう顔で見返してしまったのは、ワタシが悪いわけじゃ無いと思う。だから、条件反射みたいにワタシを睨むのやめよう、エーレンフリート。それ以上殺気や悪意を向けたら、アーダルベルトにバレて怒られて、君が自滅するフラグや。
っていうか、今、何言った?ダンス?ダンスってあの、優雅に軽やかに、に見せかけて、実はめっちゃ体力とか根性とかを要求される、あの、ダンス?社交ダンスですか?ウインナワルツですか?申し訳ないけど、ワタシに出来るのは、体育の授業でやったマイムマイムぐらいだ!それももう殆ど忘れている!
「踊れるわけないだろー。ワタシの故郷では、一般人にダンスの素養は無い」
「こっちでも別に一般人にダンスの素養は無い」
「なら、いきなりどーしたし」
「あと三ヶ月もしたら年が明ける」
「そうだね。もうすぐ10月になっちゃうもんね。いやー。早いねー」
いや本当に。ワタシがこっちにきてから、もうそろそろ半年が過ぎようとしているわけですよ。うわぁお。ワタシ、戻れる気配がちっとも無いんですが、どういうことですか、カミサマ?
……流石にまだ、こっちの世界に骨を埋める覚悟は決まらないなー。元の世界に還りたいです、カミサマ。新作のゲームとか漫画とかアニメとか気になるし。あと、このあり得ない状況を経た上での『ブレイブ・ファンタジア』シリーズの再プレイとかもやってみたいでござる。特に3~5。
「そうか。そんな気はしていたが…。そうなると、女官長に手配を頼まなければならんな」
「……アディー、何かこう、ワタシを無視して嫌な状況が起りそうな気がするのは、気のせいか?」
「何をもって嫌な状況と言われるかは知らんが、とりあえず、一通りのダンスが出来るようには仕込むぞ。新年会までに」
「はぁ?!」
お前、何言ってんの?!寝言?寝言言ってるだけだろう?そうだろ、なぁ、アーダルベルト?!
何をどう考えたら、ワタシがダンスなどを踊るという状況になるのか。そもそも、踊れるようになるとか絶対にありえないぞ。もう既に、三ヶ月弱しかない状態で、どうすんの!?っていうか、何で、ワタシが踊れるようになる必要があるの!?
「何でそうなんの?!」
「お前も新年会に列席するからだ。流石に、最初の一曲ぐらいは踊れんと話にならんだろう」
「いやいやいや!何でワタシがそんな祭典に参加予定なの!?踊らないし!」
「……お前、自分の存在がどういう風になってるか、わかってるか?」
「……ハイ?」
真顔で、呆れたみたいに言われました。え?あの、待って?ライナーさんも、エーレンフリートも、いつの間にかそこにいたユリウスさんまで、同じように真顔で頷いてるんですが。あの、どういうこと?!
いやいやいや、ワタシごとき一般市民が、皇帝陛下の新年会なんぞに参加する理由、どこにもありませんよねぇええええええ?!
「……トルファイ村の件だけなら、引っ込めておけたんだがな」
「……え゛?」
「テオドールの一件が噂として広がった以上、お前を隠しておくわけにもいかん」
「それと新年会でダンス踊ることの理由を簡潔に述べよ!」
「この状況で、陛下がミュー様を伴わずに新年会に参加されようものならば、列席者から文句を言われるからです」
「ユリウスさんんん!?」
凄腕の宰相様が、ワタシの状況を遠慮無くぶった切ってくれた。何のことだ。ワタシにはわからぬ!たかが、テオドールの阿呆の暴挙を未遂で防いだことが、何故ここまで大事になるのか!解せぬわ!
それなのに、そう思っているのはワタシだけのようなのです。嘘だ。間違ってる。アーダルベルト、アンタだってそう思うだろう?ワタシのような庶民が、格調高い新年会に参加できるわけないって!
「女官長は淑女教育のプロだ。安心して教わってこい」
「おっ前それ、ただの死刑宣告じゃねぇか!ざっけんなー!」
アーダルベルトの首を掴んで揺さぶりましたが、無情な宣告は覆りはしなかったのでした……。ひでぇ。
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