閑話 料理番シュテファン

 僕の名前はシュテファン。ロロイの森のエルフ、シュテファンです。今は、ガエリア帝国の王城で料理番をしています。

 本来、僕は魔導士になるはずでした。

 僕の家は、先祖代々優秀な魔法使いを輩出している家柄です。両親も兄姉も、弟妹達も魔導士になるために修行をしていました。その中で僕は、決して魔力が低いわけでも魔法の適正がないわけではないのですが、つい、他のことに興味を惹かれてしまいました。

 料理です。

 特に、エルフに伝わっている民族料理だけでなく、時折行商にやってくる商人達が教えてくれる、様々な種族の、様々な地方の料理に心を奪われました。同じ食材でも、違う調理法で全く異なる料理が生まれる。そして、それを食べたヒトが美味しいと喜んでくれる。そんなことに、僕は憧れました。

 勿論、家族には猛反対されました。そもそも、我が家はそれなりに名家なので、魔法使い以外の職業になることなど認められません。己が魔法を使う才能を持っていないのならば赦されたかも知れません。いえ、赦されません。魔法が苦手な人間は、魔法使いに携わる別の職業――魔道具の作成や魔法の理論の構築――になるのが普通とされていました。えぇ、僕の料理人になりたいという願いは、異質だったのです。


 それでも諦めきれずに家出同然で飛び出し、馴染みの商人さんに連れられてガエリアの王都にたどり着き、そこで料理人見習いとして生活をしていました。


 そんな僕が、たまたまお忍びで食事に来られたユリウス宰相と知り合ったのは、僥倖としか言えませんでした。同じエルフのよしみということで気軽に会話をしていた御方が、まさかの国の宰相閣下だったとはつゆ知らず、です。驚いた僕に、ユリウス宰相は、王城で働かないかと声をかけて下さいました。

 驚きましたが、物凄く嬉しかったので、二つ返事で頷きました。僕がお世話になっていた料理店の店長も、可能性があるなら試せと豪快に笑って送り出して下さいました。今でも休みの日には遊びに行きますし、お手伝いもします。実家を飛び出した僕にとっては、店長の店が実家みたいなものです。

 そうして僕が料理番として過ごして、数年がたちました。周りは殆どが獣人ベスティですが、ユリウス宰相がエルフだからか、僕がエルフでも誰も気にしません。というか、王城の人たちは、種族なんて気にしない人々ばかりです。代々の皇帝陛下がそうなのだとか。凄いなと思います。

 少しでも料理が上手になりたくて、一生懸命働いていました。そんなある日、転機が訪れます。



 アーダルベルト陛下が、一人の人間の少女を、参謀に据えられました。



 彼女は不思議なヒトでした。僕と変わらない年代に見える外見は、人間ならば間違いなくまだ子供です。それなのに、陛下の参謀としてそこにいる。聞くところによると、異世界からの召喚者だそうです。独特の口調で喋り、皇帝である陛下を相手にしても一歩も引かない姿に、驚きを隠せませんでした。

 そして、そんな彼女の要望を叶えるようにと僕が料理長に言われたのです。

 彼女は、白米が食べたいと言いました。普段の食事に文句は無い、と。とても美味しいと。ただ、故郷の主食は白米で、せっかく米があるのに食べられないのはただの拷問だとか。幸い、普段使わないとはいえ調理方法は知っています。言われるままに白米を調理したら、物凄く喜ばれました。

 その時にミュー様は考案した丼というメニューは、瞬く間に広がってびっくりしました。でも美味しいので問題ないです。異国どころか異世界の料理ということで、個人的に毎回わくわくしています。

 毎回。

 そう、ミュー様は、暇があれば台所に顔を出して、僕に新しい料理を教えてくれます。最初は遠巻きに見ていた先輩達も、料理長も、今では一挙一足を必死に見ている感じです。でもミュー様は「料理の素人のワタシが料理長に物を教えるとか無理くね!?ワタシはシュテファンと楽しくお料理教室して、普通に食べたいものを作って貰うだけで十分です!」って叫んでましたけど。ミュー様、それ謙遜しすぎです。

 とても珍しい黒髪黒目というだけでなく、動きやすいからと侍従服を身につけているミュー様は、幼い外見も相まって、男女のどちらであるのかわかりにくいです。それは別に、彼女が女らしくないとかではなくて、性別というものとは別の場所にいる感じです。男の子でも女の子でもあるようで、どちらでもないような、けれど誰もが目を惹く朗らかさが彼女にはあります。

 言いませんけど。言えませんけど。僕みたいな一介の料理番が、そんなこと言えるわけ無いじゃないですか!


 だって、いくらミュー様が気さくでも、その背後には陛下がいらっしゃるんですよ?


 あ、いえ、別に陛下とミュー様が付き合ってるとは思いません。それは無いと思います。お二人の関係はこう、仲の良い兄弟のような、友達のような、そういう雰囲気です。あのお二人のやりとりを見ながら、そこに恋愛感情を見いだせる方々は、ある意味凄いと思います。なお、コレは僕だけではなく、料理番全員の共通認識です。



先輩料理番A「お二人は仲良いけど、どう見てもただの友達だろう?」

先輩料理番B「むしろあれ、同性の友人って言ってもおかしくない関係だと思う」

先輩料理番C「それならむしろ、ミュー様とライナー殿の方が男女と言われても理解できる」

料理長「というか、陛下はミュー様を荷物のように担いでおられたぞ。アレでどうして男女の色恋に見える」



 という感じでした。

 一部微妙なコメントがあったので、後日先輩達が近衛兵のライナー殿に確認したら、キラキラした笑顔で「むしろ俺はミュー様の保護者な気分でいます」と言われたらしい。ライナー殿、若く見えるけど三十路越えてるので、確かにその通りだと皆で納得しました。それからは、ミュー様の背後をライナー殿が歩いていると、皆が「父子だ……」と呟いてました。聞かれたら怒られますよ?

 そんなミュー様に頼まれて、現在僕は「ウドン」なる麺を作ることに苦心しています。小麦粉と塩と水で打った麺だと言われるのですが、どうもパスタとは勝手が違うので、四苦八苦しています。パスタよりも太い麺だそうです。あと、僕たちにはよくわからないのですが「うどんに大事なのはコシ!麺を打つときは、むしろ袋に入れて踏みつけるぐらいでおk!」ということでした。……あの、料理番として、食材を足蹴にするのはどうかと思うんですが。

 何故「ウドン」を作ることになったかというと、先日作成に成功した出汁醤油のせいです。それで作ったすまし汁はミュー様から及第点をいただきました。ところが、そうしたら今度は「うどんが食べたいんだよぉお!」という訴えが出ました。ミュー様、毎回毎回思いますが、頑張って作ろうと努力しますので、半泣きになりながら訴えるの止めて下さい。まるで子供を泣かせてるみたいです。……言えませんが。

 それでもまぁ、ミュー様の教えて下さる料理を作るのは、楽しいです。全く新しい料理に挑戦します。それも、ちゃんとそれを食べたことのある人間がいるんです。再現をするのにはもってこいの環境ですよね。最初こそ渋っていた料理長も今では大歓迎してますので、僕も何も心配せずに作業が出来ますから。

 この「ウドン」がちゃんと作れたら、きっとまた、ミュー様は陛下と二人でお召し上がりになるんでしょうね。お優しいミュー様は、いつも自分の分と陛下の分を注文されます。もっとも、陛下の分をご用意しないと、ミュー様の分が半分以上陛下の胃袋に消えてしまうのだとか。そのやりとりが目に浮かぶ度に、料理番一同お二人を、兄弟のように仲が良いと思うのですけれど。



 そういえば、先日はミュー様のおかげで、僕までまるで英雄のようになりました。



 先日、陛下の弟君であるテオドール殿下が城内に侵入し、クーデターを企てるという大事件がありました。それが穏便に解決したのには、それをいち早く見抜き、変装して潜入していたテオドール殿下の身柄を捕らえたミュー様の功績に他なりません。爆発物の位置まで的確に《予言》され、城内にも城下にも被害は一切ありませんでした。

 その時に、僕はほんの少しだけ、お手伝いをしました。変装しているテオドール様を見つけるために、エタンドの魔法を使って欲しいとミュー様に頼まれたのです。実家が魔法使いの家系である僕は、エルフというのを差し引いても魔法が得意です。ユリウス宰相に太鼓判を貰ったとミュー様は笑っておられましたが、ユリウス宰相は、何を思って僕を名指しされたのでしょうか。


 とにかく、僕はミュー様のお手伝いとして、エタンドの魔法を使い、テオドール様がお使いだった変装の魔法を解除しました。


 けれど、僕がしたことは、それだけです。テオドール様の居場所を割り出したのも、エタンドの魔法が必要だと判断したのも、全てはミュー様の功績です。褒められるべきはミュー様であるのに、何故かミュー様は笑顔で「シュテファンのおかげで助かったよ。ありがとう」と言われました。何故でしょうか。僕には、褒められるほどの功績など、無かったと思います。

 そんな疑問を抱いたのは、僕だけだったようです。

 というか、ミュー様が行く先々で「頑張ったのはシュテファン!シュテファンがいなかったら、テオドールの正体見抜けなかったしね!」などという風に仰っていたそうです。待って下さいミュー様、それ、逆風評被害です。僕にはそんな功績はありません。

 そう思っているのに、ユリウス宰相にも料理長にも褒められました。さらに勿体ないことに、アーダルベルト陛下にまで、お褒めの言葉を頂戴しました。一時期、僕はまるで英雄であるかのように、すれ違う人々に褒められました。違うと言っても、誰も信じてくれませんでした。


――ワタシは何もしてないよ。シュテファンのお手柄だって。

――ミュー様、それは違います。僕は少しお手伝いをしただけで……。

――シュテファンがエタンド使えたからテオドールが捕まった。それだけ、それだけ~。


 いつもの笑顔で、そんなことを仰る。本当にミュー様は、ご自分の功績には興味が無いようです。

 ……そして、僕は少しだけ、嬉しかったです。実家を捨てたことによって、僕は魔法で身を立てることはなくなりました。それでも、魔法の鍛錬を怠らずにいたのは、ユリウス宰相のお言葉があったからです。


――非戦闘員の中に身を守る術を持つ者がいる。それだけで、上に立つ人間は安堵できるのだよ。


 その言葉の意味を、僕がしっかりと理解することはないと思います。ですが、僕は大恩あるユリウス宰相に、少しでもご恩返しが出来たと思います。そう思いたいです。

 僕は料理番です。料理でヒトを幸せにしたいと願っています。それは本当です。けれど、生まれ持ち、ある時期までは必死に磨いた魔法が、誰かの役に立てたことを喜んでいるのも、本当なんです。

 ミュー様には、感謝をしてもしたりません。料理番としての僕も、魔法を嗜んでいる僕も、どちらも認めて下さいました。どちらにも居場所を下さいました。ありがとうございます、ミュー様。



 ですからどうか、末永く、これからもよろしくお願いします。

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