16

 カスパルが自白したけど、テオドールはまだ黙秘を続けてるというとても面倒くさい状況。ユリウスさんがすっげー笑顔で「では、私が責任を持って彼から情報を聞き出して参りましょうか?」って言うんだけど、お忙しい宰相様に阿呆の相手はさせられないので、踏みとどまって頂いた。主に、右と左からワタシとアーダルベルトが腕を引っ掴むカタチで。

 どうやら、アーダルベルトよりも、ユリウスさんの方が今回のクーデター(未遂)にイラッとしてたらしい。アーダルベルトはどっちかというと、呆れと諦めモードに入ってるもんな。そりゃ、弟がいつの間にかあんなのになってたら、放置したい気分でいっぱいだろう。むしろ海の底にでも捨てたら良いのに。


「アディさぁ」

「うん?」

「もういい加減、テオドールのこと見捨てても良いと思うよ」

「……そうか。お前は知っているんだな」

「うん」


 執務室で書類と向き合うアーダルベルトに向けて、ワタシはぽつりと呟いた。本当にそう思ってるんだけどな。ごろりと応接室仕様のふかふかソファに、クッションを抱えて上半身だけ寝そべりながら、アーダルベルトに視線を向ける。行儀悪くごろごろしてても、ユリウスさんは自分の執務室で仕事してるし、ライナーさんは気にしないし、エーレンフリートはワタシよりアーダルベルトの仕事手伝う方に忙しいから、無問題モーマンタイだ。

 アーダルベルトは、テオドールを見捨てない。こんなにも馬鹿げたことを繰り返す、どうしようもない弟なのに、見捨てないのだ。見捨ててしまえば良いのに。彼が背負うたくさんの責務の中に、あんな馬鹿の面倒を見るなんて項目、もうとっくに削除しちゃったって赦されるはずだ。ワタシはそう思う。

 それなのに。


「まぁ、《約束》だからな。俺は約束を破るのは嫌いだ」

「アディ」

「お前が不愉快を感じているのは理解するが、……これはおそらく、俺の我が儘でもある」

「アディの阿呆~。兄バカー」

「そう言うな。……エレン、殺気を向けるな。じゃれてるだけだ」

「……はい」


 ふてくされるワタシに突き刺さる、エーレンフリートの殺気。すぐさまアーダルベルトに注意されて、耳も尻尾もぺたんとなっちゃう不憫な狼さん。いい加減に慣れような、エーレンフリート。ワタシとアーダルベルトのやりとりはこういう感じだし、今更だから。その度に怒られて、しょげるのどうなん?それを慰めてるライナーさんとのコンボは、非常に美味しくもぐもぐ出来るけど。

 アーダルベルトは、テオドールを赦し続けるだろう。彼がどれほど愚かでも、兄として弟を受け入れ続けるだろう。それは、彼が弟を大切に思っているというだけじゃない。それだけならきっと、アーダルベルトの気持ちだからと、ワタシも割り切れた。割り切れないのは、もういい加減に止めなよと言いたくなるのは、もう一つ大きな理由があるからだ。


「……死人に縛られるなんて、馬鹿みたいだ」


 ぽつりと呟いたワタシの言葉に反応したのは、アーダルベルトだけだった。きっと、ライナーさんとエーレンフリートは知らないんだろう。もしかしたら、知っているのは宰相のユリウスさんだけなのかもしれない。テオドールも知らない、アーダルベルトが交わした《約束》。ゲーム知識でそれを知っているのを申し訳なく思うけれど、今目の前にいるアーダルベルトもそれに縛られているとわかるから、ただ、悔しい。腹が立つのだ。

 アーダルベルトとテオドールの父親、十年前に、若くして亡くなった先代ガエリア皇帝・ベルンハルト。戦場での傷が元で死んでしまった彼の王は、死の間際に、嫡子であり次期皇帝であるアーダルベルトに、一つの《約束》を願った。それはまさに、遺言。死に逝く父親の最後の願いを、アーダルベルトは受け入れた。


 そう、この先何があろうとも、テオドールを見捨てないこと、を。


 昔の仲の良い、互いに切磋琢磨し合う兄弟に戻って欲しいと、父親らしい我が儘を口にしたベルンハルト。アーダルベルトはその願いを受け入れた。受け入れてしまった。そうして、謀反を繰り返す馬鹿な弟を、その度に処罰は下せど、《処刑しないで》生かし続けてきた。いつか、彼が愚かさに気づいてくれる日を願うかのように。

 けれど、ワタシは知っている。

 アーダルベルトの願いは、叶わない。テオドールは、数年後にまた、謀反を企てる。兄を追い落とし、自らが皇帝になることしか考えられなくなっているのだ。それは、そうすることで己の存在を示したいという自己顕示欲なのかもしれない。…… 優秀な兄の影に隠れ続けたテオドールが、兄を支えるのでは無く、越えたいと願ったのは、獅子という種族の野性的な部分なのだろうか。ワタシにはわからない。


「これは俺の意思でもある。ミュー、そう拗ねるな」

「拗ねてないやい。不愉快なだけだい」

「それを拗ねると言うんだ」

「違わい」


 くつくつと喉を震わせて笑うアーダルベルトに、違うとワタシは主張した。ぷいっとそっぽを向いて、怒っているとアピールしてみる。そんなワタシに向けられるのは、相変わらずの笑いだけなのだけれど。

 いっそ、言ってしまおうか?テオドールはお前の期待を裏切って、また同じ事を繰り返すぞ、と。そうして、その時はもう取り返しが付かなくて、完膚なきまでに叩き潰すしかないんだぞ、と。そう言ったら、アーダルベルトはテオドールに対する処罰を変えてくれるだろうか。……変えないだろうな。そして、ワタシは言いたくないな。これは、言いたくない。

 ワタシは別に、アーダルベルトの意思をねじ曲げたいわけじゃない。彼の願いをあざ笑いたいワケじゃ無い。できるなら、彼の願いを叶えて上げたい。テオドールは優秀な人材だ。彼が心を入れ替えて、アーダルベルトの片腕として支えてくれるなら、アーダルベルトはどれだけ楽になるだろう。ガエリア帝国は、どれだけ豊かになるだろう。そう思うから、ただただ、テオドールを許せない。


「ミュー」

「何……?言っとくけど、ワタシ、そういう難しい仕事は一切手伝わないからね。というかわからないから、手伝いようがないからね?」

「誰もお前に政務の手伝いをしろとは言ってない」


 自信満々に言い切ったワタシに、アーダルベルトはわかってると頷いた。そう、ワタシに出来る仕事なんて殆ど無いのですよ。時々予言を口にする以外は、ただの無駄飯食らいだ。……あ、自分で言ってて何かちょっと辛い。でもまぁ、ワタシのような一般人のか弱い乙女を勝手に参謀に据えたのはアーダルベルトなので、責任は全部彼に取って貰おう。うん。


「それで、何?」

「お前の話を聞かせろ」

「今この状態で?何で?」


 確かに、話が聞きたいとは言われた。でも、この状況ですることか?アンタ仕事中でしょうが。ワタシの身の上話なんて聞いて、何が楽しいの。

 でも、そうやって胡乱げに見てるワタシに対して、アーダルベルトはどこかわくわくしている。……アレか。異世界の人間の日常とかが気になってるのか。申し訳ないけど、魔物退治ヒャッハーが普通に存在する世界の、スリリングな日常に比べたら、すっごいつまらないよ?


「んー、何から話せば良いかな~。とりあえず、ワタシ、元の世界ではただの女子大生だったんだよ」

「ジョシダイセイ?」

「あー、学生。ワタシの国は、7歳から15歳までが義務教育で、16歳から18歳までに義務じゃ無いけど大概全員が行く高等教育があって、その後に、19歳以上が通うより専門的な学校があるの。んで、ワタシはその、専門的な学校に該当する、大学生っていうヤツだった」

「ほぉ。お前の故郷は随分と学問に力を入れているのだな」

「んー、どうだろ?学歴社会になりつつあるから、高等教育受けてないと就職に不利だったりするしねー。あとまぁ、割と普通に、みんな大学まで行くけどね」


 そう、日本で育ったワタシにとって、義務教育が終わったら高校に行くのは普通だったし、高校を卒業したら何も考えないで大学生になるのも、普通だった。専門的なことを学びたいとかそう言うんじゃ無くて、普通に、気づいたら大学生になってた。だから、ライナーさん、そんな「真面目に学問に励んでおられたんですね」っていう顔して見ないで。ワタシ、ひたすらゲームしたり漫画読んでたオタクだから。

 そういや、ガエリアのっていうか、この世界の教育ってどうなってんだっけ?一応、学問所みたいなところは合ったと思うけど、士官学校とか魔法学校とか、色々と特化したところ以外は、覚えてないなぁ。武術の道場みたいなのはそこかしこにあったけど。


「教育分野にまでは手が回りきっていないのが現状だな」

「うへぇ。じゃ、識字率は?」

「シキジリツ?」

「まぁ、ざっくり言えば、母国語の読み書きが出来る人間の割合。確か、成人未満の子供を対象にするんだったかなぁ?」

「……調べたことは無いが、おそらく、辺境へ行けば読み書きの出来ない者もいるだろう。読めるが書けないという者もいると思うが」


 首を捻りつつアーダルベルトが答える。うへぇ。思ってた以上に、識字率は低そうだ。というのもまぁ、ワタシが日本で生活してたからだろうけど。読み書きが必要じゃ無い生活の人たちもいるんだ。書けなくても読めれば何とかなるっていうのも事実だと思う。手紙なんかは確か、代筆屋があったはずだ。

 そうやって考えると、日本は恵まれてる。読み書きは一通り出来るし、義務教育である程度の基礎知識は植え付けてくれるし。高校を卒業しておけば、割とまんべんなく知識は手に入るだろう。……真面目に勉強していれば、だけれど。

 大学生?大学生は当てにしちゃいけない。アレはピンキリのイキモノだもの。かくいうワタシもそうで、入学してからはとりあえず、単位を落さないように生きてただけで、そこまでガツガツ勉強してない。専門分野の知識を学ぶから、平均的な知識からは遠ざかるしね。もしかしたら、一番賢いのは名門大学を受験する為に勉強している受験生かも知れない。


「それで、お前は真面目に学生をしていたのか?」

「してないヨ」

「ヲイ」

「いや、単位落さないように、規則破ったりしないようには過ごしてたけど。ワタシ、好きな本読んで、友達と喋って、好きなもの食べて、ものすっごく自由な生活を満喫していた」

「それは学生としてどうなんだ?」


 物凄く胡乱げな眼でヒトを見るな、アーダルベルト。確かに、言いたいことはわかる。でも、大学生はそんなもんだ。全てにおいて自己責任の世界だもん。やることやってたら、遊んでたって誰にも怒られないよ。日々、授業を単位落さないように適当に、趣味につぎ込むお金の為にバイトして、というのがワタシの生活だった。ごく普通の大学生だよ。

 

「……だがまぁ、教育機関を整備するのは必要だとは思っている」

「あ、そうなんだ」

「あぁ。読み書きもそうだが、やはり専門的な知識を持つ者以外にも、普遍的に知識は行き渡るべきだろう。そうすれば、結果として国も豊かになろう」

「まぁ、勉強できない、基礎知識がない人間よりは、読み書きできて一般教養的基礎知識ある人間の方が、仕事とかは出来そうだよね」


 諸々の専門職に関しては、幼少時からその専門の教育を受ける場所がある。けれど、平民が普通に学ぶ、普通の学校が無い。特に何をしたいわけでも無い人間は、気づいたら学ぶ場所が無いのだ。商人ならば読み書きに加えて計算や経済、経営についても学ぶ。魔導士や神官は読み書きに加えてそれぞれの分野についてきっちり学ぶ。士官学校ならば、儀礼祭典的なものまできっちり学ばされる。

 …そう考えると、一般人との学力格差パネェな。ふと思い立ってナニカになりたいと思っても、文字が読めなきゃお話にならない。読めても書けなきゃ意味が無い。そして更には、学ぶ場所が無い。あぁ、職業選択の自由がむっちゃ少ない。跡目を継ぐ、っていうことだけなら、問題はないんだろうけど、さ。


「その時は、お前の意見も聞かせてくれ」

「ほえ?」

「お前の故郷の教育機関は随分としっかりしているようだ。参考にする」

「ういうい。その程度ででも役に立てるなら、普段無駄飯食らいなんだから、無駄話の一つでもするよ」


 にへっと笑って見せたら、アーダルベルトが瞬きを繰り返していた。まるで、ナニカにびっくりしているようだ。どうした、アーダルベルト。無敵の皇帝陛下が、随分と無防備な顔じゃないの。


「お前、本気で自分のことがわかってないんだな」

「はい?」

「いや、まぁ、わかってない方がお前らしいのか。いい。そのままでいろ」




 呆れたように言われたけれど、あの、いったい何だったんだよ、アーダルベルト?


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