17

 いつまでも自白しないテオドールに焦れて、とりあえずあの阿呆と話をさせろ、とアーダルベルトに言ったのは、ワタシです。だって、色々と鬱憤溜まってきた。いつまでも黙秘貫きやがって。色々と王様業忙しいアーダルベルトのジャマしてる自覚あるのかよ。……あるのかもしれないけど。

 そんなわけで、牢屋再びなワタシです。今回もライナーさんに一緒に来て貰ってる。ただし、牢屋は牢屋でも、貴賓室的な牢屋ですよ。一般人じゃ無くて、身分のある人たちを放り込むための牢屋なので、格子が無かったら、普通に快適な部屋じゃね?みたいな感じ。


 ……こいつにこんな良い部屋与えなくても良いのに。


 顔に出てたらしいワタシに対して、ライナーさんが苦笑しながら「仮にも皇弟という身分の方ですから」って宥めるように言ってきた。そういうライナーさんも、敬語は敬語だけど、微妙に敬称は外してるね。まぁ、古参の近衛兵のライナーさんだって、色々と思うところあるんじゃないの?


「俺はただの近衛兵ですからね。陛下の采配に口は挟めませんよ」


 にっこり笑ってるけれど、微妙にブリザード見えるぞ。そうね。貴方もやっぱり、テオドールに対して「お前いい加減さっさと口割れや。こっちは忙しいんだよ」って感じの鬱憤は抱えてたんですね。わかります。ありがとう。

 そんなワタシとライナーさんのやりとりを聞いていただろうテオドールは、どうしているかというと。


「な、何故貴様が、ここに来る……ッ!」


 お前今まで黙秘貫いてたんじゃないのかよ、というのが嘘に思えるぐらい、動揺しまくって椅子の上で顔を引きつらせていた。喧しい。ワタシは基本的に城内フリーパスなんだよ。行きたい場所に行くのはワタシの権利。あと、お前に貴様呼ばわりされる筋合いはないやい。

 黙ってたらアーダルベルトに良く似てるのに、相も変わらず小物さんで。似てるから余計に腹が立つのかな。ワタシ、アーダルベルトのこと好きだからなー。ゲーム『ブレイブ・ファンタジア』のアーダルベルトも、今、ワタシが悪友として仲良くしているアーダルベルトも、どっちも好きだ。なので、その彼に似ていながら、迷惑をかけまくる不出来な弟に対しては、イラッとする以外の感情が抱けない。てへ?

 でもまぁ、とりあえず、お話をしましょうか?ワタシは、話をするために来たんだしね。


「別に、ワタシが城内彷徨いたってワタシの自由です。それより、いつまで黙秘続けてんの?カスパーは既に自白したよ」

「……貴様に話すことなどない」

「あ、そう。別にそれでも良いけど。……アンタを助けるために、アンタの無事だけを願って、自分のことは全無視で、自白したカスパーのことはどうでも良いんだ?」


 ワタシの言葉に、テオドールは沈黙した。お前、ここでどうでも良いとか言い出したら、完全に見捨てるからな。あんな忠臣の鏡みたいなカスパルを見捨てたら、ワタシ、今度こそお前を見下すぞ。

 けれど、どうやらテオドールは、最後の一線はまだ、越えていないようだった。


「……カスパーはどうしている」

「別に。牢屋で大人しくしてる。調書にも協力的だし、待遇だって虐待とかしてないよ。そもそも、アディにアンタ達を殺すつもりは無いしな」

「何故だ」

「それをワタシに聞かずに、少しは自分で考えたら?」


 おっといけない。思わず突き放すみたいになってしまった。これはいけないなぁ。ワタシはだいぶ、感情的になっている。まぁ、元々自分の感情で動く人種ですけど。どうも、テオドールを前にすると、ゲームやってた頃からの「あぁあああああ!てめぇ一発殴らせろぉおおお!何でわからねぇんだよおぉおおお!」っていう怒りとか憤りとかが、沸々とわき起こっちゃうんだよねぇ。ワタシ悪くない。

 テオドールが沈黙している。今度のは、考え込んでいるから、らしい。最初のはワタシの発言に痛いところを突かれた感じだったけど。……黙ってたら見れるのに。口開いたら色々とがっかりすぎるの残念だ。なまじアーダルベルトに似てるから、余計にそう思うんだろうな。普段は悪友モードだけど、あいつはイイ男だもん。


「兄上は何故、俺を赦すのだ」

「だから、ワタシに聞くなっつーの」

「貴様だからこそ聞く。兄上は今まで、誰も傍に置かなかった。……少なくとも、意見を聞く相手など、置かなかったぞ」

「んなことワタシが知るかい」


 ライナーさん、お願いだから背後で、笑い堪えるの止めてください。その、微笑ましそうな笑顔の気配を感じると、なんか背中がむずむずします。多分絶対、貴方は色々と誤解している。アーダルベルトはワタシを面白い玩具としか認識してません。貴方、色々と脳内で美化しすぎじゃねーですかね?

 っていうか、そんなに不思議なことかね?確かにワタシは参謀とかいうすっげーポジション与えられてますが、実際はただの悪友です。適当に会話して、適当にじゃれて、時々、《予言》と言う名の《知識》を提供しているに過ぎない。そんなワタシの存在を、そこまで大事にする理由がわからないな?

 テオドールと真っ直ぐ視線を交える。アーダルベルトと同じ赤毛の獅子。瞳の色は、テオドールの方がちょっと暗い色をしている。例えるなら、テオドールの瞳はえんじ色で、アーダルベルトの瞳は赤色だ。それを除けば、顔立ちも非常に良く似ている。それなのに、内面から彼らは別人だと、すぐさまわかってしまうのだから、性格って凄い。


「……兄上は、何を考えている」

「だからワタシに聞かずに考えろよ。…………あー、ライナーさん、他言無用って言ったら、アディにも黙っててくれる?」

「……今の俺はミュー様の専属護衛ですからね。陛下の害にならないのでしたら、多少はおつきあいしますよ」

「ありがとう。じゃあ、今からの話は、聞かなかったフリしといてください」

「承知しました」


 ぽかんとしているテオドールをそっちのけで、ワタシはライナーさんとお話をする。ライナーさんは快く頷いてくれた。ありがとうございます。貴方の本来の主はアーダルベルトだから、本当はこういうお願いもどうかなって思うんだけどね。でも、この話をアーダルベルトに知られるのは、ちょっと嫌だ。

 主に、何となく気恥ずかしいという意味で。

 だってワタシは、これから、この馬鹿に、アーダルベルトの本心を伝える役目を、勝手にやっちゃうのだ。あくまで《ワタシが勝手にそう思ってるだけだからな!》という意思表示をした上で。とはいえ、この馬鹿を相手にアーダルベルトを庇うというか、援護する発言をしたと本人に知られるのは、羞恥で顔から火が出そうなので、勘弁して頂きたい。

 ……出来るなら、アーダルベルトの心労は減らしてやりたい。少なくとも、テオドールに関するしがらみは、無くしてやりたいと、そう、思うのだ。


「アディがアンタを赦す理由なんて、一つだけダヨ」

「……何だ」

「そんなの、アディがアンタの兄だからに決まってるじゃん。馬鹿?」

「……は?……そんな、理由で?」

「そうだよ。そんな理由だ。自分に刃向かい続ける、愚かで愚かで、どこまでいっても真実を理解しない愚かな弟だとしても、アンタはアディにとって、護ってやりたい大切な弟なんだよ、テオドール」


 なるべく感情がこもらないように、淡々と告げてみた。ライナーさんをちらりと見てみたら、何も聞いてませんと言うように目を伏せてそこに立っていた。ありがとう、ライナーさん。コレを勝手に言うのはワタシのエゴだ。アーダルベルトが聞いたらきっと、余計なことをしてって怒るかも知れない。それでも、ワタシは言いたい。言ってやりたい。


 だって、可哀想じゃないか。


 通算5度目の謀反を企てた弟に対して、それでも助けてやりたいと心を砕くなんて馬鹿馬鹿しい。テオドールはもう、昔の兄の背中を追ってた可愛い弟じゃないのに、アーダルベルトはいつまでもしっかり者の頼れる兄でいようとしている。男兄弟ってこんな面倒くさいの?それともこの二人がこじれてるだけなの?ワタシにはわからないけど、何とかしてやりたいと思ったのは、事実だ。


「兄上、が……?」

「気づかなかったの?それとも、気づいてないフリをしてただけ?カスパーがアンタに尽くすように、アディはアンタを護ろうとしているよ。今も昔も変わらない。変わったのは、ねじ曲がったのは、歪んだのは、アンタだけだ」

「……ッ」


 そう、これは事実。

 カスパルも、アーダルベルトも、昔から何一つ変わっていない。忠実な臣下も、優しい兄も、何一つ変わっていないのだ。ただ、テオドールだけが変質した。何が原因だったのかなんて、ワタシは知らない。ゲームでテオドールの内面については詳しく記されていなかった。だからワタシは知らない。けれど、思う。こんなに恵まれてるのにねじ曲がって歪んだこいつは、馬鹿だと。

 何で、上を目指す気持ちだけでいられなかったのか。何で、兄を越えようなんて思ったのか。この強大なガエリア帝国を、若干16歳で背負う羽目になった兄の苦悩を、何故彼は知ろうとしなかったのか。その兄を、傍らで支えようと思わなかったのか。

 一度目の過ちの後に、傍らで己を献身的に支えてくれる忠臣の存在に、どうして思い至らなかったのか。自分に尽くす彼が、彼らが、いずれ己の愚かさのせいで破滅するとは思わなかったのだろうか。自分が歩む道筋に、罪も無い善良な人々を巻き添えにすると、何故、思わなかったのだろうか。


 ……だからワタシは、テオドール・ガエリオスが好きじゃない。


 彼には彼を思ってくれるヒトがいるのに、他人よりも圧倒的に恵まれた環境にいるのに、それに気づいていない。或いは、優秀すぎる兄の存在が、彼には重荷だったのかもしれない。それなら、そうと言えば良かったのだ。せめて、誰かに。一人で思い込んで、勝手に暴走して、謀反を企てるような愚かな行動に出る前に、誰かに「苦しい」と甘えれば良かったんだ。なんて馬鹿な男だろう。


「…………」

「まぁ、何も言いたくないなら、それでいいけど。ただ、アンタが黙秘すればするほど、カスパルにかかる重責は大きくなるし、アディはアンタを助けるための手段を考えるのに苦悩してる。少しでも二人に悪いと思うなら、さっさと自白してね」

「……貴様、は……」

「アンタに貴様呼ばわりされる筋合いは無いし、ワタシは金輪際アンタと関わるつもりもありません」


 ぷいっとそっぽを向いてやった。困惑しているテオドールなんて、知るもんか。やっぱりワタシはこいつが嫌いなのだ。だから、素直に感情の赴くままに行動してやる。

 ふと、思い立った。最後に、これだけは苦言として忠告しておこう。ワタシのような小娘の言葉に、どんな意味があるのかは知らないけれど。それでも、言わないよりはマシかも知れない。多分。



「……次に同じようにアディに反抗しようと思うなら、滅びを覚悟しろ。その時は、お前だけじゃなく、お前に付き従う全てが道連れになると思え」



 テオドールの瞳が、驚愕に見開かれていた。それを尻目に、ワタシは踵を返す。ライナーさんは気配を察したのか既に目を開けていて、戻りますかと聞いてきた。ワタシはそれに頷いて、貴賓室にしか見えない牢屋から外へ出る。

 ……廊下に出たら、不思議と空気が美味しかった。あの場所は空気が澱んでいた気がする。いや、ワタシの気持ちが澱んでいたのかも知れない。ふぅ、と吐き出した呼吸は、自分で思っているより疲れた感じだった。



 さて、小腹が空いたし、甘いものでもシュテファンに作って貰おうかな!



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