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 突然だが、この世界には和食の概念が無い。

 えぇ、白米さんがないがしろにされていた時点で、ある程度理解はしていた。ただ、調味料は存在したんです。食材も。お醤油とか味噌とか、和食必須系だと思われる調味料が普通にあったので、ワタシはそれらを利用したご飯を色々と所望している。出汁の概念も軽くはあった。そりゃそうだ。西洋料理にはブイヨンが存在するし。

 最初の頃は、ワタシが台所に顔を出す度に、気づいた誰かが「シュテファン!」って大声でシュテファンを呼びつけて、お前が面倒ごとの対処をしろ!みたいなスタンスでした。ところがどっこい、いつから変わったのか知らないけど、最近では非常に好意的に迎えて貰っている。



 というか、小腹空いたので台所覗いただけなのに、「今回は何を作るんですか、ミュー様!」って顔キラキラさせて、料理番全員で出迎えるのマジ止めて。



 いやもう、本当にね?何でワタシをそこまで出迎えるの?マジ、料理長が期待の眼差しで見てくるのとか、本気で勘弁してもらいたい。ワタシ、そこまで料理は得意じゃないですよ。自分の好きな食べ物を、好きな風に作るぐらいしかないもん。第一、発想もそこまでない。お家ご飯しか知らない……。

 そりゃ、この世界のヒトにしたら珍しい料理なのかも知れないけど……。この道30年とか言う感じの、ベテラン料理長(筋骨隆々とした熊の獣人ベスティ)さんが、真面目な顔して瞳だけは少年のように輝かせて、ワタシを出迎えるの何か間違ってません?


「ミュー様、先日言われていた通り、醤油に色んな素材を漬け込んだり煮込んだりしたもの、作っておきましたよ?」

「わーい、シュテファン、ありがとう。で、どれがどれ?」

「はい。これが乾燥させた鰹を削ったものを入れて煮詰めました。こちらは、言われたとおりに干したシイタケをそのまま漬けておきました。こちらは、小魚を乾燥させたものを丸ごと入れて煮詰めました。それと最後に、乾燥させた昆布を漬け込んだものが、こちらです」

「いっぱいできたねー。どれが美味しいかな~」


 ワタシの前に、シュテファンが色んな瓶を持ってきた。そのどれもが、醤油です。ワタシが今回作りたかったのは、出汁醤油。これ、和食に使うとマジで美味しいと思うのが個人的感想。ただ、レシピがよくわからないので、自宅で一度チャレンジしたことのある感じで説明してみた。

 あと、この世界に鰹節とか干し椎茸とか煮干しとかの概念も無かったので、それも作ってくれと頼んだ。乾物を作るのは、そういうの専用の竈みたいなのがあるらしい。正確には、魔法で水分蒸発させて、ちゃちゃっと燻製が作れるんだとか。魔法便利だな。凄いな。

 シュテファンは小皿に醤油をちょっとずつ入れてくれる。料理長が興味津々で見てる。料理番の皆さんも見てる。怖い。そんな見ないで。ワタシはただ、ワタシ好みのすまし汁が飲みたかっただけなんや…。色々説明したけど、出汁が足りないのか、醤油辛かったり塩辛かったりしたんだよぉ…。


「ミュー様、こちらは?」

「醤油に出汁の味を足すことで、旨味成分がプラスされるという出汁醤油さんです」

「これも、貴方の故郷の調味料ですか?」

「うい。……この間お話ししたすまし汁やかやくご飯は、出汁醤油の方が美味しくなると思うのです」

「なるほど。私も味見をしても?」

「どうぞ」


 ぺろぺろと順番に味見をするワタシの隣で、料理長も真面目に味見してる。そりゃ、料理長の方が舌はしっかりしてるんじゃね?ワタシ、料理は素人だもん。あ、でも結構美味しい。流石シュテファン。真面目に一生懸命頑張ってくれてる。嬉しすぎて涙出る。これで美味しいすまし汁出来たら、飲ませて上げるからね!

 個人的には、鰹節が入ってるヤツが一番好みかもな~。干し椎茸はちょと甘みが濃い感じがする。でも、煮物とかはこれが美味しそう。煮干しも悪くは無いけど、魚のクセは出てるな~。昆布のやつはやっぱりうどんに合いそう。あぁ、うどんも欲しい……。小麦粉はあるんだし、今度頼んでみよう。パスタあるし、何とかなるんじゃね?

 料理長が他の料理番さんたちと真面目に話をしている横で、ワタシは気に入った鰹節の醤油を持って、火元へ。魔法が込められている火種を使って、好きな温度に調節できるというコンロは、素晴らしいの一言。ただ、まだ量産は出来ないらしくて、お城とか金持ちの家ぐらいなんだって。コレが一般家庭にも普及したら、世の中のお母さん達は家事が楽になりそうだよね。頑張って貰いたい。


「シュテファン、きのこですまし汁作って。お醤油はこの鰹節入りのヤツで」

「了解しました。……何人前ですか?」

「んー、もうこんな時間だし、アディに持ってくから、二人分と……料理長とかが味見できる程度でよろ」

「……わかりました」


 ぼそりと付け加えた一言に、シュテファンは苦笑しながらも頷いた。

 現在、出汁醤油をあーだーこーだと議論している料理長たちですが、きっと、料理ができあがったら反応するだろう。それぐらい予想している。なので、シュテファンもわかっているのか、普通に頷いた。

 なお、今何時と言われたら、晩ご飯終わって寝るちょっと前、と答えておこう。何でこんな時間になってるのかというと、何だかんだでアーダルベルトと遊んでたら、うっかり出汁醤油のことを忘れてたから。でも思い出したから、今日のウチに片付けておきたかった。それゆえに、本来なら料理番さん達も明日の仕込み終わったら寝るはずなのに、全員普通にそこにいるので、マジ怖い。ナニコレ。

 前にも作って貰ったことがあるので、シュテファンは手際よくすまし汁を作ってくれる。出汁に使うのは昆布と煮干しにしたらしい。そうね。ワタシが持ってきた醤油が鰹節ベースだから、足すのは別の出汁の方が美味しいモンね。正直、食材が全部ワタシの知ってる感じの名称なのが笑う。異世界なのに、キノコの名前が日本で馴染んだアレですよ。シイタケにシメジにエリンギにマイタケ。笑えてくる。

 ふわんと良い匂いが漂ってくる。具材はキノコオンリー。味は各種出汁と出汁醤油と塩とお酒を少量。たったそれだけの、実にシンプルなスープだ。でもワタシはそれが飲みたかったのだ。素朴な和の味が楽しみたかったんです。それだけです。

 あと、夜になると冷えるのは当たり前だから、暖まりたかった。この世界に四季と言うほど明確な季節の移り変わりは無いらしいけど、一応季節はある。んでもって、今はもう、8月も終わりに差し掛かっている。夜が冷えても仕方ない。


「ミュー様、味見をお願いします」

「はーい」


 シュテファンが差し出してきたスープを受け取る。なお、当たり前みたいにワタシの背後にはライナーさんがいて、大丈夫ですってゴーサインは出してくれてる。え?今まで気配なかった?うん。ライナーさん、さっきまでは台所の外側にいたから。今は毒味のために中まで来てるから。

 流石に、近衛兵のライナーさんが来ると、料理番さんたちがピシって引き締まっちゃうんだよね。それも踏まえて、用事が無いときは外で待っててくれる。流石ライナーさん。お気遣いの出来る紳士は違うね。

 シュテファンが作ってくれたすまし汁。ぐっじょぶ。流石、本職の料理番は違うね!本来の腕がどうかは知らない。シュテファンは一応若手だから、まだ見習いレベルらしい。それでも、ワタシに付き合わされてる率が一番高いので、ワタシの意思を汲み取るのは上手だし、異世界料理も気にせずさくっと作ってくれちゃう程度には柔軟性が高い。

 そうやって褒めたら、本人は照れたように笑って「ただの料理馬鹿なんです」って言ってたけど。どうもシュテファン、そこそこの魔法使いの家柄の出身なのに、料理に目覚めて家出同然で料理店に弟子入りして、たまたま食べに来てたユリウスさんに見出されて王城に勤めてるんだって。意外にフットワーク軽かった。びっくり。


「どうですか?」

「おいしー。バッチリー。二人分よろしく~」

「はい。すぐに準備しますね」


 シュテファンに用意して貰ったお盆を持って、まだ執務室で仕事をしているだろうアーダルベルトの所へ向かう。持ちましょうかってライナーさんに言われたけど、近衛兵さんにそんなことはさせられません。それぐらいはワタシが自分でやります。自分の分もあるし。

 ライナーさんがノックしてワタシが来たことを伝えたら、二つ返事で入室が許可されました。まぁ、いつものことですが!別に面白いことは持ってきてないぞ、アーダルベルト!


「陣中見舞い」

「なんだそれは」

「出汁醤油の試作品が出来たから、すまし汁リベンジ」

「ほぉ?あの薄味のスープか」

「薄味言うな。出汁と素材の旨味のコラボレーションだから」


 まったく。肉食で濃いめの味付けの文化の奴らは、ことごとく出汁と旨味のすばらしさを理解していない。あ、お察しの通り、ワタシは関西圏の出身です。実家は薄味が基本でした。出汁と素材の旨味でレッツゴー。母の得意料理の一つは蒸し野菜。なお、使用するのはせいろ。せいろで蒸すと、野菜の甘みがぐっと際立ちます。レンチンじゃ出来ない素晴らしさです。マル。

 渡した器を、アーダルベルトは受け取って、しばし匂いを嗅ぐ。これ、クセらしい。まぁ、毒味役いなくて自分がそれやってる人間だったら、無意識にやるよね。食べる前に匂いを嗅いで、自分に害が無いかを確認するんだと。大概の獣人の性質らしいので、別に失礼と思われたりしないとか。もとい、無意識にやる獣人が多いので、咎めるのも馬鹿らしいんだと。

 いつものふかふかソファに座って、すまし汁を頂く。スプーンでスープを飲む要領ですね。何か、凄い違和感があるけど、気にしない。キノコたっぷりのすまし汁、マジうまー。やっぱりプロの料理は違うわ。うんうん。


「美味いな」

「だろ?」

「殆ど調味料の味がしないが、薄味なのに物足りなくない」

「そこが旨味さんと出汁さんの素晴らしさだ。無駄に塩分多い食事してると、内臓壊すぞ」


 感動しているアーダルベルトに、軽く蘊蓄をたれておいた。一般人が知ってる程度の知識だから、ちょっと調子乗ったとか言わないで。別に栄養学は学んでません。ただ、親の口癖とか普段の食生活から鑑みただけです。


 まぁ、獣人の内臓が、その程度でどうこうなるほど柔だとは思わないけどね!


 むしろ、危ないのはワタシだ。

 美味しい食事にうっかり騙されて、豪華なご飯をもぐもぐしてたら、気づいたらメタボまっしぐらとか嫌じゃないですか?だからこう、口が和食を求めてるってのも事実ですが、料理長にそれとなく出汁の素晴らしさを広めてみた。あと、旨味。これを引き出すだけで、調味料が少しですむんだから、素晴らしいじゃ無いですか。

 ……ぐーたら生活も嫌いじゃ無いけど、家にいたときみたいに雑用で家事とかするわけじゃないし、健康のためにランニングとかするべきかな。腹筋なら部屋でも出来るよね。でも、なるべくアーダルベルトには気づかれないようにしなければ。うっかりばれたら、獅子の覇王様と一緒に訓練という、死の鍛錬デスマーチがワタシを殺しに来る。


「そういえば、テオドールが調書に協力し始めたぞ」

「へー」

「お前、何を言ったんだ?」

「別に?」


 本当に別に、何も、特別なことは言ってないよ、アーダルベルト。ワタシはただ、文句を言いに行っただけだ。お前が気に入らない、と前面に押し出して、八つ当たり気味に愚痴を吐き出しただけなので。あいつが何で自白するようになったかなんて、ワタシは知らぬのだ。

 いや、マジで。テオドールの考えてることなんて、知らないし。


「どうせお前のことだ。お節介を焼いたんだろう」

「焼いてない。文句言っただけ」

「それを、世間一般ではお節介と言うんだ」

「違う。ワタシのアレは、ただの愚痴と文句」


 そこを間違えられては困るので、きちんと主張しておく。お節介とか、誰かの為にとか、そういう面倒くさいのは嫌いです。突き詰めれば全て、《ワタシがそうしたい》という自己満足でしか無いのです。ワタシは自分の感情でしか動かないよ。大義名分?それって美味しいんですか?みたいな人種だもん。



 すまし汁で身体も温まったし、あとはお風呂入ってぐっすり寝るだけだね!


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