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「お二人とも、大変お似合いでございます」


 感無量、と言いたげなデザイナーさんに、アーダルベルトは鷹揚に頷いていた。ワタシはと言えば、姿見に映った自分の姿に、がっくりと肩を落している。いや、似合っても嬉しくないです、デザイナーさん。だってこれ、男物じゃないっすか……。

 デザイナーさんの渾身の作品らしい、アーダルベルトとお揃いの衣装が完成しました。ので、今現在ワタシとアーダルベルトは、衣装を着るだけで無く、その他の装飾についても調整するために、着せ替え人形と化しておりました。

 いや、それはもう、諦めたから良いんだけどね?強制的に男装させられるのも、諦めたからね。硬い革靴も、本番までに頑張って慣らしたら、ちょっとは動きやすくなるだろうから、我慢するしね。何かこう、高校時代に制服のローファーと戦ったのを思い出すなぁ。いや、あれは本革じゃなくて、革っぽいナニカでしかなかったけど。気分はそんな感じであります。



 んで、完全に男装してるというのに、お似合いと言われるワタシは、どうしたら良いんでしょうかねぇえええ?!



 こちとら、これでもハタチの乙女なんですが。普段、確かにズボン穿いてるので、こちらの世界の基準で言ったら男装してると言われても仕方ないですけど。それでも、完全に男物を仕立てて貰って、それを身に纏って、デザイナーさんに似合うと太鼓判推されるとか、どういうこと?何も嬉しくないよ!アーダルベルト、お前満足そうに笑ってんじゃないよ!俺の見立ては間違っていなかった、みたいなドヤ顔すんじゃねぇよ!

 ワタシ達が来ているのは、いわゆるモーニングと言われる衣装に似た服だ。モーニングって何って?結婚式で、新郎新婦のお父さんが来てるアレだよ。別の場所で見たことがある光景を思い出すなら、内閣の発足の時の集合で男の人が来てるアレだよ。タキシードや燕尾服とおなじ第一礼装なんだと。詳しいことは知らぬ。でも確か、モーニングが最上位だった筈。多分。詳しいことは知らぬ。

 で、アーダルベルトが黒で、ワタシが赤なんですが。シャツは二人とも白ですけど。基本デザインは同じで、アーダルベルトの衣装の縫い取りは銀で、ワタシの衣装の縫い取りは金。カフスやタイピンなどの飾りに使用されている金属も、それぞれ銀と金。誂えられている宝石まで、オニキスとガーネットにされてるんですよ。どこまで徹底するつもりやねん!

 んで、それだけならまぁ、モーニング風衣装ってことで、まだ、我慢しようか。そこに更に、コスプレ風味な要素が追加されているので、ワタシはがっくしとしてしまっているのですよ。だってそうでしょう?ただでさえ色々とツッコミ満載な、赤色第一礼装モーニングなのに、そこに追加要素オプションがあるんですぜ…?


 衣装と同色の、帽子とマントが追加されております!


 この帽子は、大正浪漫の学生さんが被ってるみたいな、学生帽っぽいデザインです。側部に国の紋章である獅子が刻まれています。薄っぺらい感じなので、被ると言うより、頭の上にぽんと乗せる感じですかね?

 マントは肩の位置で両端が留め金に止められているオーソドックスタイプ。ばさっと翻したら、そりゃもう、格好良いんじゃね?……スタイルと身のこなしが格好良いヒトがやればな!ワタシがやったって、ただただ、子供が遊んでるようにしか見えぬわ!あと、下手したら絡まる!

 で、帽子はまだ赦そう。百歩譲って、この帽子を被るんじゃ無くて、胸元に持ってお辞儀したらさぞかし格好良いだろうとか思ったので。アーダルベルトに後でやらせよう。目の保養ぐらいしたって赦されるだろ。見た目はワイルドイケメンなんだ。たまには悪友モード以外を見せてくれ。ワタシの煩悩を満たす為に。

 問題は、マント!マントのカタチとか付け方とかじゃなくてね?色が問題なんですわ!え?黒と赤なら服と同じ色だし大丈夫くね?いやいやいや、表は同色なんですけど、ね?裏地が、それぞれ赤と黒なんですわ…。つまり、アーダルベルトのマントは、表が黒で裏地が赤。ワタシのマントは、表が赤で裏地が黒。ねぇ、もうこれ、どんな羞恥プレイですか?コスプレですか?!


「ミュー、何を一人で百面相をしている」

「うっさい。黙れ。ワタシはこんなオモシロ衣装を着たかったわけじゃない……!」

「デザイナーの力作だぞ?」

「それは理解した。材質もめっちゃ良いのだしね?サイズもぴったりだしね?動きやすいしね?」

「なら何が問題だ?」


 ワタシの答えがわかっているくせに、そういうことをしれっと言うでないわ!

 じと目で睨んでいるワタシに、早く言えと楽しそうな覇王様。お前な、ワタシを玩具にするのいい加減に止めよう?ワタシの反応で楽しむの、いい加減止めよう?ワタシ、お前の玩具違うんですぜ?


「こんな完璧男装を似合うと称される乙女の気持ちも理解しろ」

「似合ってるなら良いじゃ無いか。お揃いだぞ」

「……何でお前はそんなに嬉しそうなんだ」


 げしげしと素足でアーダルベルトを蹴りつけるけれど、効果はありませんでした。え?革靴どうしたって?勿論脱いでから蹴ってますよ。当たり前じゃ無いですか。デザイナーさんが作ってくれた+皇帝陛下仕様で超高級素材使用の衣装を汚すわけにはいかないじゃ無いですか!へたれと言わないで。ワタシは一般庶民ですから!

 ペアルックで喜ぶようなのは、頭に花が咲いてるようなリア充バカップルか、幼さ炸裂の幼児とかそれを可愛がる親バカとかの領域なんですよ。ワタシのような引きこもり系オタク女子大生腐女子には、ワイルドイケメンなゴーイングマイウェイ覇王様とのペアルックを喜ぶ要素はありませぬ。しかも完全に男物やぞ!それを喜ぶとか、乙女として間違ってるわ!

 …まぁ、男装で貫くと言うことで、靴は革靴だけどヒール無し。モーニング風衣装はマントが絡むことを除けば非常に動きやすい。あと、男装なので髪型もシンプルにポニーテールで終わってるので、楽と言えば楽ですよ。なお、飾りはポニーテールを結わえているゴムの上にはめ込まれている、金属の輪っかオンリーです。なんて言うのかなんて知らぬ。金色の3㎝ぐらいの輪っかで、細かい彫りと小さなガーネットが埋め込まれてる。そこも徹底すんのかい、と思ったけど黙ってた。余計な装飾増やされても困るし。


「どうせ新しい衣装を作るなら、ちゃんと似合う方が嬉しいだろう?」

「ほほぉ?お前はワタシに男装が似合うと断言して、かつ、それゆえにデザイナーさんと結託して嬉々として話を進めていたということだな?」

「普段から男装なんだ。似合ってるぞ」

「全然褒めとらんわ!」


 思わず頭突きかましたいぐらいにはイラッとしましたけど、相手はアーダルベルトです。最強の獅子の獣人ベスティである覇王様です。ワタシのような非力な人間では、ダメージを与えることなど出来ません。というかむしろ、ワタシが代わりにダメージ喰らいますわ。わかってる。ちくせう。


「陛下、ミュー様、お支度が調いましたら、別室でお願いいたします」

「ツェリさん?」

「あぁ、すまぬな。女官長。すぐに行く」

「ふみゃ!?だからお前は、当たり前みたいにワタシを担ぐな!マントが絡まる!」


 いつも通りの美しい微笑みで告げるツェツィーリアさんの言葉に、アーダルベルトは速攻でワタシを担ぎあげて、別室へと歩き出した。この野郎!何も知らないデザイナーさん+その関係者の皆さんが、目を丸くしてるじゃ無いですか!着飾ってるのに、移動手段がお前に米俵のように担がれるとか、どんなコントだ、くらぁ!

 じたばた暴れても無駄なのはわかっていました。えぇ、わかってるがな。んでもって、運ばれた先は、いつもワタシがダンスの練習をしている部屋です。え?何で?何でこの部屋なんですか、ツェツィーリアさん?



「衣装が整ったのでしたら、さっそく本番に備えて練習でございますわ、ミュー様」



 女神の如き慈愛に満ちた微笑みで、女官長はワタシに絶望を叩きつけてくださった。嘘だろ。マジかよ。勘弁してくれ。

 そんな風に青ざめるワタシを無視して、アーダルベルトは担いでいたワタシをいつものようにあっさりと降ろす。そうして、多少乱れたマントをぱんぱんと叩いて整えてくれる。そういうのは優しさかもしれんが、その後に、当たり前みたいにワタシの前に立ち、ダンスの基本ポジション取るの止めねぇ?ワタシ、まさか、お着替え人形として2時間拘束されて弄ばれた後に、ダンスレッスン完全なる苦行待ってるとか思ってなかったんだけど?!

 それでも拒否権も無ければ、勝てる相手も見つからず、ちらりと視線を向けた先では、ちょっとだけ同乗してるらしいライナーさんが、応援するように微笑んでいる姿が見えた。なお、その隣のエーレンフリートは、ワタシなど眼中に無く、第一礼装で武装している主の姿に感動しているのか、顔がキラキラしている。……お前、本当にアーダルベルト好きね。それでよく、普段仕事出来てるよね?


「……アディ、正直なこと言って良いか」

「何だ?」

「アンタがデカすぎて、ライナーさんとやってた練習がちっとも役に立ってない気がするのは、ワタシの気のせいかな!?」


 一応、基本のポジションを思い出して手を組み、身体を寄せてみるのですが、相手は巨漢の覇王様なんですよ。ライナーさんも確かに大柄だったけど、まだ許容範囲です。例えるなら、身長190㎝近いモデル体型の男性と、余裕で200㎝越えしてるマッスル系アスリートとの違い。向き合ってしまえば、大人と子供というより、巨人とホビットみたいになるんですけど!これで踊れと!?苦行が増すわ!


「しかし、本番でお前が踊るのは俺が相手だぞ」

「決定事項からそれを外せ」

「むしろ、俺と一曲踊れば、他と踊るのは免除できる雰囲気に持っていける」

「よし、アディ!お前が暇な時間は、ワタシのダンスレッスンに付き合うんだぞ!」


 お前にもちゃんと特典があるぞ、と言いたげに告げられた言葉に、ワタシは速攻前言を撤回しました。調子が良い?えぇ、当たり前じゃ無いですか。こんな美味しいポイント、見逃すワタシではありません。ただでさえダンスが不慣れなワタシが、一曲踊るだけで完全に解放されるというのならば、その一曲に全身全霊をつぎ込むのは当然です。それも相手がアーダルベルトならば、無理矢理時間確保させて、ダンスレッスン強行させるのもやぶかさではないですよ!

 ツェツィーリアさんの手拍子に合わせて、くるくると踊ってみる。途中で何度も足を踏みそうになるのは、アーダルベルトとライナーさんの歩幅が違うからだ。向こうも、ワタシの歩幅が小さいことと、体系の違いで組んだ腕の位置を掴みかねているのか、ぎこちないのはお約束。大丈夫。それを練習でカバーするのが、悪友という間柄じゃないか。ワタシは頑張るよ、アディ!だからお前も頑張ってくれ!主にワタシをリードする方向で!


「ミュー、多分だが、お前が文句を付けていたマントにも利点が見つかったぞ」

「何ぞ?」

「下手をしたら踏みつけそうになる長さだが、それ故に、上手く調整したら足が隠れる」

「よし、アディ!それも練習する方向で!」


 え?無駄な方向の努力してないで、普通に踊れるようになれ?何言ってるんですか。既に今の状態で、ワタシの許容範囲キャパシティはいっぱいいっぱいなんですよ。本番に向けて、少しでもドーピングできる可能性があるならば、意地でも頑張るに決まってるじゃ無いですか!

 …失敗は、なるべくしたくないのですよ。ワタシが笑われるだけならば、構わぬのです。こちとら、礼儀作法など知らぬ、一般庶民の召喚者です。ワタシが笑われるだけならば、まぁ、良いと思えるのですよ。

 でもね。ワタシは、「覇王アーダルベルトが信頼を置く参謀」なんですよ。公の場に出るときのワタシの行動には、須く、アーダルベルトに責任が発生するのです。当然じゃないですか。彼はワタシの保護者や後見人のような役割ですよ。ゆえに、ワタシの失敗は全て、彼を貶めることに繋がるのです。……そういうのは、勘弁して貰いたいなぁと思うんですよ。うん。


「明日から本番まで、毎日練習だな」

「おう!」


 

 獅子の覇王様との体力差を忘れていたワタシが、練習終了後にぶっ倒れたのは、多分皆さん予想通りの結果だったのだと思われます。くそぉ。


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