27

 遂に来た。やってきた。ワタシにとっての悪夢。ある意味での晴れ舞台。ある意味では完全なる地獄の幕開け。



 皆様、ガエリア帝国の、皇帝陛下主催の新年会、祝賀の宴が始まりましたよ!



 うぁあああああ!ただいまワタシ、絶賛、緊張の渦で胃痛が痛いという状態でございます。ストレスで死ぬとか思ったことは無かったんですが、今は緊張という名の武器で殺される気がします。怖い怖い。怖すぎて嫌だ。この扉の向こうに貴族さんが勢揃いしてるんだろ、怖すぎるわ!

 ワタシの隣のアーダルベルトは、平然としている。そらそうね。アンタにとっては、いつもの新年会でしょうからね。でもワタシには地獄の宴なの!

 お揃いの、黒と赤の第一礼装モーニング+帽子+マントなワタシたちを、傍で控える近衛兵や侍女、女官、文官の皆様は、好意的な眼差しで見つめてくださっています。そりゃね、この人たちは身内だもの。ワタシとアーダルベルトがじゃれてる姿を見ても、いつものこととスルーしてくれる優しい人たちです。


 でもな、この扉の向こうにいる貴族さん達が、そうとは限らないよね!?


 綺麗に着飾った美男美女を堪能することすら出来ずに、ワタシは見世物の客寄せパンダになりに行くんですよ。んでもって、衆人環視の中で、広間の中央で、アーダルベルトと二人で踊るということなんですが。……一曲踊るだけでダンスから解放されるとは聞いていたが、それが、衆人環視のソロ舞台だとは聞いてなかったぞ、この野郎!


「最初にそれを告げたら、お前、逃げただろ」

「逃げるわ!当たり前だろ。ワタシは、社交界デビューデビュタントすらまだの、一般人ですよ」

「だが、だからこそ、その場で一曲踊れば、《お前は俺の無二の参謀である》と印象づける事が出来るし、不慣れを理由にそれ以外のダンスを断る口実にもしてやれる」

「……アディ、正直に言おうか。ワタシを庇っているのか、ワタシで遊んでいるのか、ワタシ共々見世物になって周囲の度肝を抜きたいのか」

「三番だ」

「だろうと思ったよ!」


 ぺんっと必死に腕を伸ばしてアーダルベルトの頬をひっぱたいてみたけれど、当然ながらダメージはありません。逆に、伸ばした腕を捕まれてよしよしと宥められる始末。ちくせう。この身長差と自分の非力さが悔しくってたまらんわ。

 ……そもそもが、色違いでお揃いの衣装を誂えさせた時から、アーダルベルトはうきうきしてたのだ。どうせやらかすなら、派手に驚かしてやった方が面白い、とか絶対に考えてるよな。そもそもワタシの存在が《規格外》であり《常識の外側》にあるというのは自明の理。世界の《未来》を《知識》として知る《召喚者》というだけでも色々とぶっ飛んでるのに、ワタシはこの世界においては希少な完全なる黒髪黒目の保有者だ。どうやったって目立つので、それを逆手に取ろうとしたアーダルベルトの考えは、わからなくもない。


 わからなくもないけれど、そのせいで注目度合いという名のハードルがくっそ上がるのを理解してるので、「この阿呆ぉおおお!」って殴りたくなるのは仕方ないことだと思う。異論は認めない。


 舌打ちをしつつも怒りを堪えていたら、ワタシの手を掴んでいたアーダルベルトが、そっとそれを下げてきた。横目で伺えば、扉の傍に控える衛兵が合図を送っている。どうやら、中に入らなければいけないらしい。そういえば、扉の向こうからファンファーレが聞こえてくる。皇帝陛下の入場なので、派手らしい。しかも何故か、ワタシは、一緒に入場らしい。

 ……これな、最初はワタシはユリウス宰相の隣にいて、アーダルベルトに呼ばれて側に行くとか、アーダルベルトに呼ばれて後から部屋に入るとか、色々とパターンはあったんですよ。それなのに、そういうマトモな対応を口にした周囲に対して、覇王様は宣いました。そらもう、大真面目な顔で。



――何でそんなまどろっこしいことをするんだ。一緒に入れば良いだけだろう。



 お前の脳みそ何考えてんだ、と殴りかかったのはワタシのみ。ですが、ユリウスさんがすっごい哀れむみたいな目でワタシを見てくれたので、きっとワタシの反応は間違ってません。最初から目立ちまくることが確定したのですよ。しかも、お揃いの衣装ですよ?度肝を抜くとか以前に、ワタシは注目されまくることが予想できて、胃が痛いのですが。

 ただ、覇王様にとっては、ワタシは自分と同列ポジションなのです。同じ立ち位置であり、対等の友人。それゆえに、「入場だって一緒にやるのが普通だろう?」という発想になるらしい。色々とおかしいと誰もが思うのですが、それを彼に言える立場の人が、…………いねぇえええええ!という状況でした。唯一本気で文句を言えるのが、当事者代表のワタシです。が、ワタシの文句を彼が聞くわけがない。結局押し切られました。ちっ。

 そんなわけで、ワタシはアーダルベルトと手を繋いで、扉の前に立つ。ただ手を繋いでいるだけですよ。えぇ、別に、恋人繋ぎでもなければ、お手をどうぞ以下略な繋ぎ方でもありません。単純に、友人同士が手を繋いでいるような、むしろ迷子を誘導するようなアレです。男装してるワタシ相手に、そういう色めいたことがあるわけがない。むしろワタシたちの間にそんなモノは存在しない。そういうのを示唆したらきっと、アーダルベルトは真顔で「は?何気持ち悪いこと言ってるんだ?」と言ってくれる。ワタシも言う。


「アーダルベルト陛下、並びにミュー様、ご来場です」


 ファンファーレのただ中だというのに凜と響き渡る声は、ユリウスさんのモノだった。それを合図に、扉が開かれる。眩いばかりのシャンデリア。鳴り響く拍手喝采。第一礼装に身を包んだ様々な年齢の男女。主にいるのが獣人ベスティなのはお国柄だけど、それ以外の人種も見える。扉をくぐれば、まるで門番のように扉の両脇に控えているライナーさんとエーレンフリートと目が合った。

 なるほど。いないと思っていたら、二人とも既に、会場入りしてたんですね。んでもって、「陛下が入ってくる扉を護る」という重要任務に就いていたわけですか。……うん、馴染んだ顔を見たら、ちょっとだけ気分がほぐれました。だからライナーさん、優しい微笑みで「頑張ってください」っていうの止めて。何かそれ、お遊戯会に赴く我が子を見守るお父さんに見えるんですが。


「俯くな。前を向け。俺の隣にいる以上、誰にも文句は言わせん」

「……おう。信じてるぜ、アディ」


 扉をくぐった直後に、二人して一礼する。タイミングはバッチリだ。これも勿論、ちゃんと練習をしていた。顔を上げる寸前に、耳に滑り込んできた小さな低音に、ワタシは素直に返事をした。繋がれた掌に力が込められる。護る、という意思表示だろうか。大丈夫だ。信じているよ、覇王様。……そもそも、ワタシがこの世界で信じられるのは、貴方を始めとする一部の身内だけだからね。

 ファンファーレが終わり、拍手も止み、一同の視線がワタシ達二人に向けられる。そうして、ある者は目を見開き、ある者は息を飲み、ある者はその場で多少よろめいた。……おうおう、そこまで驚いてくれなくても良いじゃ無いですかねぇ?ワタシが普段から男装してるのは、周知の事実だと思っていたのだがね?

 いつもより若干小さめのアーダルベルトの歩幅に、ワタシは少し大股で歩くことで並んだ。身長が違うので、どう足掻いたって一歩の大きさが違うからな。アーダルベルトは挨拶をしない。それは後にすると言われた。まず最初に、一曲踊るのだと。周囲がワタシ達の格好に驚いているこの間に、さっさとダンスにしてしまうのだという。度肝抜いてそのまま速攻流す作戦でございます。

 二人並んで、広間の中央へ。意図を察したらしい貴族さん達が、壁際へと移動していく。誰もいなくなった広いホール。きらめくシャンデリアの下で、何の因果かワイルドイケメンの覇王様と向かい合う。しんと静まりかえったその場で、ワタシは何度も練習した動きでアーダルベルトと腕を組んだ。腰に据えられる掌は大きく、その存在を感じるだけで、ちょっとだけ安心できたのは、いつもと同じだと思ったからだろう。


「練習通りにやれば問題ない」

「失敗したらフォローよろしく」

「できる限りはな」

「あと、アンタもワタシの足を踏むなよ」

「考慮しよう」

「考慮じゃねぇよ」


 ぼそぼそと、周囲に誰もいないからこその、軽口の応酬。これはまぁ、緊張をほぐすためのお約束ですよ。周囲の視線をびしばしと感じるのだ。ワタシは今、見世物になっている。アーダルベルトも一緒だというのが、ちょっとだけマシですけどね。半分ぐらいの視線は、ワタシじゃなくて彼に向かっているしな。

 練習の時と違って、豪奢な生音演奏のクラッシックが響き渡る。深呼吸をして、大丈夫と自分に言い聞かせて、真っ直ぐとアーダルベルトの顔を見る。見上げる形になるのはご愛敬だ。その鮮やかな赤い瞳に映り込む自分の姿に、第一礼装で武装している自分の姿に、ふっと笑いがこみ上げた。

 だってそうだろう?誰がこんなことをしているワタシを想像するかね。元の世界の身内は絶対にしないし、こちらの世界の面々だって、普段のゴロゴロしてるワタシを知ってるから、想像もしないさ。……まぁ、ここまで来たら腹を括るし、無駄な足掻きはしないよ。……踊ろうか、アーダルベルト?

 私の意思を察したのか、アーダルベルトが唇だけで小さく笑った。低い笑い声が聞こえたのは、きっと、ワタシだけだ。そのまま、音楽に合わせて踊り始める。ツェツィーリアさんの指導の下、二人で連日練習を重ねたステップを繰り返す。

 踝を覆う長さのマントが、ワタシ達の動きに合わせて揺れる。ダンスはワルツなので、そこまで激しい動きではない。それでも、不慣れなワタシにとっては、ステップを追うだけで精一杯だ。……ワタシが、アイドルを追っかける系のオタクであったならば、その振り付けを覚えるために苦心するという状況もあって、ダンスのステップを覚えるのも楽だっただろうに……!生憎ワタシは引きこもり系のゲームや漫画メインのオタクだから…。


「なぁ、アディ」

「何だ」

「周囲の視線が痛いのは、ワタシのダンスがオカシイせいか?それとも、この服装が度肝抜いてるせいか?」

「後者だ。安心しろ」

「うい」


 くるり、くるり、と回転する度に視界に入る貴族さん達の視線が、妙に突き刺さるのだ。マントで隠れるように動きを調整しているけれど、もしかしてステップ間違えてる?と不安になったので聞いてみたら、大丈夫との返事が貰えた。この服装が色々とぶっ飛んでることに関しては、もう、細かいことは気にしないのだ。気にしたら負けだと思う!

 でも、身内には受けてたけどな。単品でもステキとの評価を一応お姉様達にいただけたので、大丈夫。色違いのお揃いペアルックで並ぶと更にステキだと言われたことに関しては、スルーしておいた。すみません。ワタシ、こいつとペアルックしても別に嬉しくないっす。

 ……一曲を踊るというのは、短いようで、実際に踊っていると、長い。緊張しすぎて呼吸が乱れないように、ステップを間違えないように、アーダルベルトのリードに抗わないように、ワタシは必死だ。相手をしている覇王様は流石に慣れたもの。所々おぼつかないワタシを、ちゃんとフォローしてくれる。おぉ、アディ、見直したぞ。普段の悪友モードで忘れがちだけど、アンタやっぱり、ちゃんと皇帝陛下だね!


「お前今、失礼なことを考えただろう」

「気のせいだ」

「ミュー」

「気のせいにしといて。あと、ワタシ、踊りながら会話する余裕ないから」


 会話をぶった切った理由は、本当だ。悪い。ステップ思い出しながら必死に頑張ってるから、余計なことで気を散らさせないでくれ。うっかりアンタの足を踏んづけたら、目も当てられないから!




 それでも何とか無事に一曲を踊りきったので、誰が褒めてくれなくても、ワタシが自分自身を褒めたいと思う。ワタシは、仕事を、やり遂げたぞぉおおおお!


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