28

 ダンスを終えたワタシ達を、拍手が包み込んだ。二人で手を繋いだまま一礼する。無事に踊りきった安堵に浸る間もなく、ワタシはアーダルベルトに手を引かれるようにして移動する。広間の中央から、ユリウスさんが立っている場所へと移動するのだ。そこは、いわゆる主賓席と呼ばれる場所なのだろう。丸い白テーブルは、一人分の大きさに見えた。現状、アーダルベルトに嫁はいないし、こういう席に同席する相手もいないから、これはアーダルベルトのためのテーブルだと思う。多分。

 そこまで移動して、アーダルベルトは周囲を見渡す。巨漢の獅子がそういう仕草をすると、まるで獲物を探しているように見えるのは何故だろうか。とりあえず、一仕事終えたワタシとしては、目立つ覇王様の隣でちょこんと大人しくしていようと思う。

 いや、比喩でなくね?サイズ差の問題で、ワタシがアーダルベルトの隣に並んでると、某ドングリを祈りで巨木に育て上げちゃう森のイキモノと、それに懐いて嬉々として胸に飛び込んでた幼女、みたいな感じになるんですわ。ゆえに、ちょこんと大人しく、しておくのですよ。目立つの嫌いだ。


「皆、今宵は忙しい最中、我が国の新年を祝う宴に参列してくれたこと、喜ばしく思う。今年も一年、皆と共に、国と民を護っていきたいと思う」


 朗々と語るアーダルベルトの姿は、完全武装の第一礼装姿であることもプラスされて、そらもう、格好良い。ワイルドイケメンの本気を見た感じだ。うんうん、そうだよねぇ。アンタ、本当はそうやって仕事出来るし、完全無欠で格好良い覇王様だよねぇ。普段があまりにも悪友モードすぎて、うっかり忘れそうになるけど、アーダルベルトは仕事出来るイケメンでした!

 不意に、アーダルベルトはワタシの視線に気づいたのか、横目で笑った。笑って、そして。



 被っていた帽子を右手に持ち、そのまま胸の位置に押し当てるようにして、深々と一礼した。



 おぉぉおおおい!お前それ、お・ま・え・そ・れ!ワタシのお気に入りのポーズ!

 左手はくの字に似た感じで折り曲げて腰から背中へと回している。軽く左脚を引くようにして腰を下げ、優美な仕草で一礼して、また、起き上がる。騎士や貴族と思わせる仕草でありながら、顔を上げた瞬間に浮かぶ表情は不敵な覇王様のそれというギャップが、また、たまりませんな!

 思わず目が点になり、うっかりちょっと口が開いたままになるワタシに、わかるかわからないかのウインクをしてみせるアーダルベルト。……はい、堪能しました。ありがとう。ご褒美ですね、わかります。ワタシ、仕事モードのアンタは格好良くて好きだよ。その衣装も似合ってるしね。

 なお、覇王様の本気格好付けモードを見てしまった女性陣は、完全にノックアウトされている。不憫な。ワイルドイケメンが本気になったら、免疫の無い人々は堕ちるしかないじゃないっすか。あと、所々、男性陣もノックアウトされてるのは、アーダルベルトに憧れてる系でしょうか。

 心配になってそろっと背後を伺ってみたら、職務に忠実な番犬二号のエーレンフリートは、肩を震わせていた。貴族様達のいらっしゃるお仕事の場で無かったら、アーダルベルトの格好良さにその場に崩れ落ちていたのかも知れない。ライナーさんの生温い視線がそれを物語っている。

 ワタシ?ワタシは格好良さを堪能してるけど、別に色恋とかは無いね。今の喜びは、こう、ゲームで知っている覇王様の格好良さを再確認した!っていうヒーローに対する憧れに近い。あと、腐女子として、美形は愛でたい気持ちがある。そこに自分が恋するという要素が無いだけで。


「そして、皆に改めて紹介しよう。我が参謀、幾度も我が国の危機を救ってくれた召喚者だ。名を、ミューという」


 何か物凄くワタシに似合わない表現をされた気がするのだけれど、細かいことは気にしないで、促されるままに一歩前に出て、そのまま一礼した。さっきのアーダルベルトと同じように帽子を脱いで、右手で持って、胸元に帽子を押し当てて、一礼する。ちなみにこれは、わざとだ。最初は普通にお辞儀するだけのつもりだったんだけど、あえてこういうお辞儀にしてみた。あ、帽子は最初から脱ぐ予定だったけどね。脱げそうだし。

 何でそんなことしたって?周囲が驚愕めいた感じで息を飲んでいるのを見たら、理由はわかりませんかね?お揃いの第一礼装で登場して、二人でダンスを仲良く踊っちゃうぐらいに、ワタシ達は仲良しなんですよ。お辞儀の仕草がそっくりになるのだって、以心伝心だと思って貰えたらラッキーじゃないですか。

 なお、ワタシにはそんな外交的な思考は存在しないので、これはとある誰かの入れ知恵でございます。誰かって?それは、こういうことがお得意すぎる無敵の宰相閣下、ユリウスさんです。あと、礼儀作法の鬼、淑女教育のプロたる女官長、ツェツィーリアさんです。


 年長者二人が、まるでオトンとオカンみたいにワタシに助言してくれましたので、それを生かそうと頑張ってます。


 二人とも年齢を感じさせない美貌だけど、アーダルベルトが子供の頃から見てる年長者だからね。ワタシの事なんて、可愛い子供くらいの扱いでしょうよ。外見のせいで実年齢を把握されていないワタシは、彼らの中では、未だ社交界デビューデビュタントすら叶わない10代前半ローティーンという認識だろうし。……な、泣いてなんか、いないんだからな!


「本来ミューは、こういった華やかな席に出るのを好まん。だが、先日のテオドールの一件も有り、こうして皆に顔を見せる意味でも、今回は特別に参加してもらった次第だ」


 アーダルベルトの言葉に、周囲はざわめいた。

 ……そらそうね。アーダルベルトはさらっと、《参加してもらった》と口にした。それはすなわち、この国において最上位である筈の皇帝陛下が、召喚者の小娘に頼み事をした、ということになる。そしてそれを、アーダルベルトが当たり前だと思っている、というのが重要だ。

 そしてそこに加わるのが、登場シーンからワタシ達が和気藹々としている、ということだ。仲良しアピールはずっと続けてますよ。ダンス踊ってるときだって、貼り付けた仮面のように笑顔でしたからね!……ツェツィーリアさんの教育の賜で、二人揃って素晴らしいスマイルを仮面として装着できるようになりました。最初は互いの顔を見るとうっかり吹き出しそうになって、すぐさまダメ出し貰ってたしね!

 お貴族の皆様?ワタシは確かにただの小娘で、単品の戦闘能力など皆無に等しい、吹けば吹っ飛ぶようなか弱い娘っこでありますよ。ですがね、ワタシはおそらく、この国において唯一、皇帝陛下と対等の立場を赦されている存在なのです。更に言えば、《未来》を《予言》するという特殊能力を保持しております。そんな存在自体が爆弾みたいなワタシのことは、どうぞそっとしておいてくださいね?



 というか、金輪際、こんな面倒くさい+庶民にはハードル高い集まりには参加しないからな!させるような状況を作るんじゃねぇぞ!



 アーダルベルトの言葉に応えるように、ワタシはにっこりと微笑んで周囲を見ておいた。ちょっとだけ小首を傾げるようにしてみれば、綺麗に結わえて貰ったポニーテールがふわんと揺れる。……これ、元来ちょびっと癖毛なんですが、女官さんと侍女さんの美容に対する熱意ハイパーやる気モードによって、綺麗なストレートにされております。……髪の手入れだけで二時間かかった事実は、忘れたい。

 せっかくの美しい黒髪なんだから、ということで無駄に頑張ってくれたらしい。いや、日本人のワタシにしてみれば、普通の地毛です。黒なんて見慣れた色です。しかしここは異世界なので、その主張は聞き入れられませんでした。なお、そんな風にお姉さん達の玩具になってるワタシを、アーダルベルトは面白そうに眺めていたので、定期的にヤツに小物を投げつけて鬱憤晴らしはしておいた。

 そんな悪夢を思い出して若干遠い目になりかけていると、アーダルベルトに腕を引かれた。抗わずに従うと、そのまま当然のように引き寄せられて、ぴったりとくっつくハメになった。おい、何がしたい。ワタシとお前がくっついたところで、何も得るものは無いぞ、アーダルベルト。

 まるでワタシを護るように腕を回し、腰を抱き、それでも視線はワタシではなく前方の貴族さん達に固定しているアーダルベルト。その横顔は大真面目だ。仕事出来るモードのワイルドイケメン様の顔だ。…………それなのに、何かすごーく嫌な予感がするのは何故だろう。ワタシには、今、隣で仕事モードである筈の覇王様が、いつもの悪友モードに見えて仕方ないのだが。この嫌な予感は外れて欲しい。



 結論。こういう予感は外れてくれないのでした。



「ミューはこちらの事情に不慣れだ。夜会の作法にしても、この数ヶ月で必死に覚えてくれた。これ以上彼女に負担をかけるのは俺の本意では無い。……分を弁えぬ誘いをした輩は、俺を敵に回すと心得よ」

「……ヲイ」

「黙ってろ」

「……いや、お前、そんな本気で喧嘩売る感じでワタシを庇護しようとすんなし」

「ならダンスに誘われて踊るか」

「アディ、全力で奴らを脅しておけ」

「おう、任せろ」


 呆れ混じりに呟いたワタシですが、小声で返された返答に、素直に自分に正直になることにしました。アーダルベルト、お前は気配りの出来るステキな悪友だね!何となく、面白がって貴族さんたちを脅してるだけだと思ったけど、そうじゃなかったんだね!ワタシもにこにこ笑顔で援護射撃するから、思う存分やるが良いぞ!

 だって皆さん、ここでアーダルベルトの援護射撃を拒絶したら、ワタシは超珍しい稀少人種客寄せパンダとして、貴族の皆さんに捕まるんですよ?ありえませんね。泣きますね。ダンスも誘われたくないし、そもそも、貴族さんとお話なんてしたくないです。それならむしろ、テーブルの上に並んでる美味しそうなオードブル食べ歩きしたいです。アレ絶対美味しい。アディ、ワタシ早くあっち行きたい。お腹減った。

 にこにこ笑いながらひっそりと肘で小突いてアピールしたら、ちらりと横目で見下ろされた。視線が合った瞬間に、多分確実に、ワタシの意図は見抜かれている。「お前の頭には食欲しか無いのか」と言いたそうな視線である。だがな、アーダルベルト。忘れないでくれ。ワタシは一般庶民で、ご馳走が並んでたら食べたくなる程度には、今、ダンス頑張って緊張から解放されて、空腹なんだよ!

 必死に訴えたら、ちょっと待てと視線で言われた。わかった。大人しく待つ。だから早く脅すの終わらせて、ワタシを解放してくれ。お腹減った。


「最後に一つ、皆に言っておきたいことがある」


 口元にうっすらと微笑みを浮かべたアーダルベルトの言葉に、一同注目。ワタシも注目。お前、脅し続けた後に、オチに、何を言うつもりかね?ワタシが言うのもなんだけど、あんまり自分とこの貴族さんを苛めちゃいかんよ?


「ミューは幼く見えるが、齢20の歴とした女性だ。そのことを踏まえておいて欲しい」

「…………ヲイ」



 な・ん・で、今この場で、それを言うかね、アーダルベルト!?



 周囲は、…………控えめに言って、阿鼻叫喚だった。紳士淑女の皆様が、奇声を上げたり、絶句したり、倒れそうになったり、大騒ぎである。てんやわんやの大騒ぎである。何でそうなった。何でこうなる。んでもって、何でこうなるって予測できてた上でお前はやらかしとんじゃぁあああああ!


「どうせなら、驚かすだけ驚かしきった方が楽しい」

「アディ」

「いずれどこかで話すなら、この場で告げるのが一番愉快だ。俺が」

「あぁそうかい!」


 未だに腰を抱かれたままなので、ワタシはむぎゅーっとアーダルベルトの脇腹を力一杯つねってみた。なお、勿論ながら、全然ダメージは無いらしい。ちっ。

 驚愕しまくる一同の中で、ユリウスさんだけは平然としていた。挙動不審な侍従さんとか侍女さんとかに指示を出している。すげぇ。流石、皇帝陛下三人に仕えてる宰相閣下は違うわ-。


「感動してるところ悪いが、ユリウスには事前に伝えてあるぞ。あと、伝えたときはあのユリウスが言葉を失ってコップを落していた」

「………………何でや」


 そんなにワタシがハタチであることは驚愕ですか。そんなに幼く見えますか。ちくせう。日本人の童顔の破壊力ぱねぇな、こんにゃろう。

 ちらっと背後を伺ったら、エーレンフリートが石みたいに固まっていた。ライナーさんも、いつもの優美な微笑みを張り付かせたまま、動かなかった。身内判定出来そうなあの二人でもこれですか。……うぅ、シュテファンに慰めて貰うから良いもん!ここにはいないけどな! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る