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 アーダルベルトがワタシの年齢を暴露してから、会場内は大騒ぎだった。それでも、何とかちょっと持ち直して、人々はアーダルベルトに年始のご挨拶を始めていた。ワタシはそれを横目に、アーダルベルトの側を離れる。行って良いぞ、と合図を貰ったので、美味しいオードブルを堪能しようと思ったのです。



 それなのに何で、ワタシは、綺麗に着飾った淑女のお姉さん達(全員獣人ベスティ)に囲まれているのか、誰か、教えてください。



 目の前にいるのは、それはそれは麗しい、多分ワタシと同年代くらいのお姉さん達だ。全員が美しいドレス姿。こう、襟元がぐいっと開いててセクシーです。裾が広がるドレスは、ワタシが「こんなん着れるかー!」とデザイン画を放り投げた感じのアレと似ています。つまりは、このお姉さん達、このふっくらしたスカートの下に、凶器になりそうなヒールの靴を履いてるってことっすか。すげぇな。マジで尊敬するよ。

 共通点は、年代と、……全員猫科の獣人ってところでしょうか。犬とか兎は見当たらないな。獅子はいないけど、猫とか虎とか豹とかっぽい耳をしているお姉さんたちばかりです。んで、妙にオーラが怖いんですけど、どういうことですかね?ワタシ、この人達と初対面なんですけど!


「お初にお目にかかりますわ、ミュー様。私達、ミュー様にお伺いしたいことがあって参りましたの。少々お時間をいただけますでしょうか?」

「……えーっと、お腹空いているので、手短にお願いします?」

「…………」


 限りなく本音で告げたら、射貫くような冷え切った瞳で睨まれた。嫌だ。怖い。何でこの人達こんなに怖いんですか。ワタシみたいなちんちくりんかつ男装してるので華やかさの存在しない小娘相手に、全員オーラ全開で迫ってくるの止めて。ワタシ、美人を愛でるのは好きだけど、M属性は存在しないので、睨まれるのも苛められるのも嫌いなのです!

 あと、ワタシに貴族様的会話を求めないで欲しい。そんなの出来るわけ無いだろうが。敬語くらいなら多少何とかなったって、そもそもが礼儀作法においては付け焼き刃だ。それも、ダンスに特化して練習をしてたので、会話とかの作法なんぞ、すっからかんです。無理ゲーいくない。


「ミュー様は陛下と大変仲睦まじくいらっしゃるとお伺いしております。普段、お二人はどのようにお過ごしなのですか?」


 柔らかな微笑みに、瞳だけは何かすっごい鋭いオーラを発しながら問いかけてきたのは、栗毛の虎の美女。迫力美人という感じで、いわゆる肉食系女子っぽい。いや、凄く美人ですよ。なんですけど、口調は淑やかなのに、オーラが戦場一歩手前っぽいのなんで。怖い。

 とりあえず、彼女の質問に答えるために答えを探す。普段のワタシ達、ねぇ……?



 …………言えるわけがねぇえええええええ!!!



 おそらく、絶対に、アーダルベルトに好意を抱いているだろう女性陣に対して、ワタシが答えられる内容が、微塵も存在しなかった!喧嘩友達よろしくじゃれ合って、時に互いをぺしぺし叩き合う。オマケにワタシは移動手段としてヤツの肩に米俵のように担がれてるとか。意地汚く食べ物を取り合ってるとか。こんなの、絶対に、言えるわけがないじゃないですか!


「他愛ないことを話したり、一緒におやつを食べたりという、普通の友人としての生活です」


 ワタシ頑張ったと思う。オブラートに包んで、でも嘘じゃないことを告げたんだから、ワタシ、褒められても良いと思う!

 それなのに何故、お姉さんはワタシをすっげー顔で睨むんですか。美貌が台無しです。勘弁してください。というか、この人達が何をしたいのかわからない。怖いよ、誰か助けてよ。誰も助けてくれないの何で!


「本当に、ご友人として陛下のお傍におられるのですね」


 ふふふ、と上品に笑っているのに、目がちっとも笑ってないのは、猫の獣人のお姉さん。青髪と同じ色で揺れる猫耳がとてもキュートなんですが、目が怖い。オーラが怖い。ネズミを前にした猫だって、こんな目をしないと思うほどに、くっそ怖いです。誰かー、誰かー、たーすーけーてーぇえええ!


「……えぇ、はい。ワタシ、アディの友人ですので。というか、多分悪友ですので」

「「アディ?」」


 ぼそりと呟いて、逃げようとしたら、何か物凄い勢いで全員がハモって疑問符をぶつけてくれた。止めて。10人近い人数で、綺麗にハモるの止めて。え?ワタシもしかして、地雷踏んだ?ワタシがアーダルベルトをアディと呼んでるの、知られてない?んでもって、この呼び方、もしかしなくても、お姉さん達的に、禁句?


 のぉぉおおお!詰んだ!確実に詰んだ!ワタシ死亡のお知らせが見える!


 微笑みの背後にブリザードを背負っている、美貌のお姉さん軍団。全員が第一礼装で武装していて、しかも華やかな美貌の方々ばかりなので、圧倒されます。ちくせう。こんな状況じゃなかったら、お姉さんの美貌を堪能できたのに。この人達今、美しき刺客状態でっせ。マジ怖い。


「ミュー様は、陛下を愛称で呼ばれるほどに、仲がよろしいのですか?」

「……あ、っちもワタシを愛称で呼んでるような感じなので。ワタシの名前、こちらの世界では発音しにくいんですよね。だから、呼びやすい音で呼んでるので、それに合わせてワタシも、呼びやすく、呼ばせて、もらって、おります…」


 しどろもどろに答えるワタシ。怖い。このお姉さんの集団怖い。直接的に殺気ぶつけてきたエーレンフリートより、物凄くものっそ怖い!

 何で?何でワタシ、この綺麗所の皆さんに敵視されてんの?何でなの!?誰か助けて、へるぷみー!


「何じゃ、お主、こんな所におったのか」

「……ラウラ?」

「「ラウラ様……?」」


 呆れたような声が聞こえて、ワタシもお姉さん達もぐるりと背後を振り返った。そこには、ちまっとした幼女がいた。ただし、中身はババアだ。今日はいつもの魔女スタイルではなく、ふんわりとした裾が愛らしいドレス姿。髪型はハーフアップ+ティアラで、幼い容貌と相まってまさに《お姫様》という雰囲気だ。しかも、いつもは邪魔だからと消している透明な妖精の羽が、今日はキラキラとシャンデリアの光を反射している。超一流のアクセサリーに早変わりしていた。

 呆気に取られているワタシ達を無視するように、ラウラは私の手を掴んだ。小さな、もみじのように小さな、幼女の掌。見た目は可愛いロリ美少女なのに、中身は厨二病拗らせたガッカリ残念魔導士。今日の衣装が厨二病じゃなく、普通に一般的に完璧な礼装なのは、多分、新年会という場所を考慮したからだろう。或いは女官長にダメ出し喰らったか。


「こんなところで遊んでおらんと、さっさと食事をするぞ。お主、空腹であろう?」

「あ、うん。お腹ぺこぺこ。……ところで、このお姉さん達は?」

「後で説明してやろう。……それではお主等、すまぬがミュー殿はワシが借りていくぞ」


 にっこり笑顔で凄みを発しながら、ラウラはお姉さん達の発言を待たずにワタシを引っ張り出した。連れて行かれる先は、人の少ないテーブル。オードブルも飲み物もちゃんと用意されているそのテーブルの傍らには、心配そうにワタシを見ているライナーさんがいた。……ライナーさん、ワタシの年齢ショックからは、復活したんですかね?


「ミュー様、ご無事でしたか?本来ならお迎えに行くべきだったのですが……」

「ライナーを責めるでないぞ、ミュー殿。あの娘らはライナーより身分が高いのでな。割り込むことが出来ぬのじゃ」

「ラウラは割り込んで良いの?あと、ライナーさんの身分って?」

「ワシはワシじゃからな」

「俺の実家は子爵家なんです。彼女たちは伯爵家以上の家柄ですから」


 威張るラウラと、困ったように笑うライナーさん。おk、理解した。ラウラはアーダルベルトの元パーティーメンバー兼国の魔導士を束ねるバケモンだから、彼女たちより立場が上。ライナーさんは、近衛兵としてアーダルベルトの信頼はあるけれど、実家は子爵家だから家柄の上なお嬢様達には無礼ができない。よって、ワタシの救出をラウラに依頼した、と。

 ライナーさん、ぐっじょぶ。流石、出来る紳士は違います。ステキです。惚れ惚れします。大好きだ。

 このテーブルに料理が用意されているのも、ワタシの為ですか?ひっそり隅っこだけど、入ってきた扉の近くと言うことで、いつでも逃げ出すことは可能。小さなテーブルは2人分ぐらいのサイズなので、明らかにワタシ+誰か程度の分量。恐らくは、専属護衛のライナーさんの分。…え?護衛に食事は出ないだろう?いやいや、ワタシの隣にいる以上、一緒に食べないという選択肢は存在しない。仮にコレがエーレンフリートでごねたとしても、ぶん殴ってでも口に食べ物放り込むしね?


「で、あのお姉ちゃん達、何でワタシを囲ってたの?超怖かった」

「まぁ、概ねお前さんの服装と、陛下が暴露した年齢のせいじゃのぉ」

「……は?」


 シンプルなコーンスープをうまうましながら問いかければ、ラウラがやれやれと言いたげに答えた。どういう意味だよ、意味不明なんだけど。ワタシのこの、アーダルベルトとお揃いの男装が、何か意味あるの?あと、ワタシの年齢が影響してるって、ドウイウコト?

 ライナーさんは視線を逸らしている。……え?ライナーさんが言いよどむほどに、やっばい状況だったの?え?え?ラウラ、詳しい説明を寄越せし!


「会場を見渡してみるがよいぞ。……赤を着ておるのは、お主だけじゃ」

「……アレ?本当だ。赤いドレスのお姉ちゃんいないね」

「赤は陛下の色じゃからな。何となく誰もが遠慮して、それを着ることが無くなって久しい」

「…………ハイ?」


 ラウラの発言に、何かこう、物凄く嫌な予感がしたのは何故だろうか。赤がアーダルベルトの色だというのは理解できる。赤毛に赤い瞳の獅子。赤い鬣も見事なアーダルベルトは、まるで燃える炎のように、滾る血潮のように、夕闇を染め上げる落日のように、その印象を赤という色に集約している。実際、ゲームでも彼のイメージカラーは赤だったしな。

 問題は、その色を、誰もが遠慮して、着ていない、という事実。んでもって、そこに、アーダルベルトとお揃いの衣装で、彼の色と言われる赤を身に纏っているワタシ。さらに言うならば、アーダルベルトが着ているのは、ワタシの色と認識される、黒だ。……ヲイ。死ぬほど嫌な予感しか、しないんだが。


「互いの色を纏ってお主らが現れた瞬間、誰もが悟ったじゃろう。お主は間違いなく、陛下にとって唯一無二の存在である、とな」

「……」

「それだけならば、彼女たちも大人しくしていただろう。事実、お主を幼い少女と思っている間は、彼女たちは微笑ましそうに見ておったのじゃ。……しかし、お主、歴とした成人女性じゃろ?」

「……あ、ラウラは知ってたんだ」

「ワシは偉大な魔導士じゃぞ。それぐらい見抜けんでどうする」


 胸を反らして威張っても、幼女の姿じゃ全然迫力無いぞ、ロリババア。今日は普通に可愛いお姫様仕様だから見逃すけどな。あと、貴重な情報源でもあるし。

 しかし、つまりこれは、ワタシにとって、非常にありがたくない状況だと言うことでは、ないのかな?彼女たちはつまり、確実に、ワタシを恋敵としてロックオンしているのだろう。アーダルベルトの隣にいる+お揃いの衣装+色は互いのイメージカラー+ダンス踊った+最初から超仲良しオーラ振りまいてる、という連携技(コンボ)の結果だ。付け加えれば、対象外と思っていたワタシが実は成人女性ということで、彼女たちの危機感を無駄に煽った、ということだろうか。




 アーダルベルト、てめぇ、後できっちり問い詰めてやるから、覚悟しやがれやぁあああああ!!!!




 どう考えても、あの覇王様がこの状況を予測していないわけが無い。あいつは頭が良いのだ。本能型に見えて、実際には理性型だ。お揃いにやたらうきうきしてたのも、そういう方面で度肝を抜けると理解していたからか。ワタシの年齢を暴露したのも、その一端か!てめぇ、ただでさえワタシには地獄の新年会を、余計に地獄にするんじゃねぇよ!!


「色々と理解が及んだようじゃの。文句は後で陛下に直々にの」

「……おう。思いっきり文句言っちゃる」

「ミュー様」

「つーわけでライナーさん、そっちのお皿取って。お代わり」

「あ、はい」


 宥めようとしてきたライナーさんを遮って、ワタシは別の皿を所望する。こうなったらやけ食いをしてやるに限るのです。シュテファン達料理番の渾身の作品を、お腹いっぱい食べることがワタシの慰めです。えぇ、そうですとも。こうやって隅っこでご飯食べてるのに、時々視線が突き刺さるのなんて、ワタシは知らぬ!

 まぁ、視線だけですけどね。アーダルベルトが思いっきり脅してたから、落ち着いている人たちは近寄ってこない。不意に視界に入った光景では、ワタシを取り囲んでいたお姉さん達が、何か身内らしき人たちにお説教されてるっぽかった。よし、これならとりあえず、今回は安全だろう。多分。そうであってくれ。



 空腹を満たしたワタシが、視線でアーダルベルトに許可を問い、速攻会場を離脱したのは無理の無いことだと理解して欲しいものです。


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