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「お前、ワタシに何か言うことあるよなぁ、アディ?」


 無事に新年会を終えて控え室に引っ込んできたアーダルベルトを出迎えたワタシは、素晴らしい笑顔で開口一番凄んで見せた。にぃぃぃっこりという感じの効果音が聞こえそうな笑顔だと自覚はしている。ワタシの後で、ライナーさんが苦笑しているのがわかる。エーレンフリートが、不愉快そうに眉を寄せながらも何も言わないのは、ワタシの状況を彼も理解していたからでは無いだろうか。あと、一緒に戻ってきたらしいユリウスさんが、労るような表情をしていたので、ワタシは何も悪くは無い!


「無事に新年会を乗り切れて良かったな、ミュー」

「全然無事じゃねぇわ!ライナーさんが気を利かせて、ラウラを援護に使ってくれなかったら、ワタシは今頃、ご令嬢の集団に苛められて大変なことになってたわ!!!」

「安心しろ。そうなってたら俺が回収しに行ってる」

「そんなんしたら悪化するだろ!」


 べっしーんと手にしていたお盆――さっき、シュテファンが疲れが取れるようにと甘味を大量に乗せて持ってきてくれたトレイです。返すつもりだったけど、武器になると思って残しておいた――でぶん殴ってやったけど、いつものごとく、ダメージはゼロ。音はしてもダメージなどございません。知ってた。知ってる。でもむかつくから、もう一発べしっとやっといた。

 ワタシの態度に、アーダルベルトは楽しそうにくつくつと笑っている。ちくせう。全部わかった上で行動してたこいつにとって、ワタシの反応も、ワタシが巻き込まれた状況も、予想通りだったんだろう?悔しすぎるし、ヒトを虫除けに使ったこともムカツクんだけど!


「……まぁ、一つ言い訳を聞いてくれるか」

「何だよ」

「お前に赤を着せたのも、俺が黒を着たのも、お前が俺にとって唯一無二の存在だと示すための策であったのも事実だ。事実だが、単純にそうしてみたかっただけでもある」

「アディ」

「お前の年齢を口にしたのも、そうすれば侮られることはないと思ったからだ。子供だと思われていては、軽く見られることもあろうと思ってな」

「アディ」

「その結果、気づいたら俺の婚約者候補を狙ってる女性達が、凄い勢いで釣れてしまったという、副産物だ」

「余計悪いわぁああああああ!」


 べし、べし、べし、と何度もお盆でアーダルベルトを叩く。お盆がべこべこになりそうだけど、気にしない。シュテファンはこんなことじゃ怒らない。料理長が怒ったら、アーダルベルトが悪いって責任転嫁するから。ううん。元凶はこいつだから、ワタシ悪くないもん!

 つーかお前、何でそういうとこだけ頭悪くなってんだよ!いつものお前なら、そういうの全部読んだ上で行動してるだろ!?何で今回に限って「だってやってみたかったんだ」を優先させた結果、色々な連携技コンボが決まって、大変残念な状況が作り出されちゃった、になってんだよ!

 巨漢の獅子が「てへぺろ?」みたいなオーラ出してても、全然可愛くないし、癒やされないからな!お前ちょっとは反省しろよ!ワタシはこう、ただでさえ新年会という地獄の宴に精神ガリガリ削られてたのに、やっと終わった、解放された、と思った瞬間の美しき刺客ご令嬢達の登場に泣きそうになってたんだからな!しかも、ライナーさんじゃ助けられなくて、わざわざラウラ探して呼んできてくれてたんだぞ!ライナーさんにも謝れ!

 ユリウスさん、ユリウスさん!貴方の所の皇帝陛下、本当にぶん殴りたいぐらいに阿呆になってるんですけど!この人こんな阿呆じゃなかったよね!?教えて、宰相閣下!


「陛下は本当に、ミュー様が絡まれると子供のようですねぇ……」

「ユリウスさん、そこ、微笑ましく言うところじゃないから!」

「だが、この衣装も似合うと思わないか、ユリウス?ミューはドレスで着飾るより、こういう実用的な服装の方が似合うと思う」

「お前はこの期に及んで、ワタシの性別を綺麗さっぱり無視した、褒め言葉になってない褒め言葉を口にするんじゃねぇ!ちっとは反省して、ワタシに謝れ!」


 まるで何かを懐かしむように微笑むユリウスさんには、いつもの敏腕宰相閣下の姿が無い。ちょっと!貴方まで、新年会が終わった反動で気が抜けたとかですか!?そこは、この馬鹿皇帝を諫めるシーンであるべきなんですよ、ユリウスさん!

 あと、アーダルベルト!お前本当にぶれないな!ワタシはハタチの乙女だと言ってるのに、自分とお揃いの完全男装が似合うとか笑顔で告げるな!人の性別を否定するな!……エーレンフリート、お前がアーダルベルト至上主義なのは知ってるし、頷くのも納得するけど、それ以外に何があるっていう顔は止めろ。ライナーさんも、似合ってますよって微笑んでくれても、何も嬉しくないっす!


「まぁ、冗談はさておきまして。陛下がミュー様とのお揃いに無駄にうきうきされており、まるで社交界デビューデビュタントを控えた少年のようであったのは事実ですよ」

「ユリウス」

「ユリウスさん、こいつそんなにwktkしとったんですか」

「わくてかとは?」

「ワクワクテカテカの略です。簡単に意味をまとめると、物凄く何かを楽しみにしている、という感じです」

「概ね間違ってはおりませんね。……しかし、ミュー様の世界の言語は変わっておりますね」

「……そうですねぇ」


 というかスラングが大量に発生する世界だし、娯楽に溢れているせいで、その分野にのみ通用する言語が多数存在するのが、我が故郷である日本だと思っております。すみません。こちらの世界のヒトに、wktkは聞かせるべきじゃなかったかも知れない。でもうっかり口から出ちゃったんで、赦してください。

 自覚症状が無かったのか、アーダルベルトは納得いかないと言いたげに首を捻っている。捻っているのだがしかし、その背後に佇む近衛兵二人が、まるでアーダルベルトの言葉を否定するように、首を左右に振っていた。二人揃って。そう、二人揃って・・・・・だ。


 アーダルベルト至上主義のエーレンフリートが否定するって事は、お前、よっぽどうきうきだったんじゃね?


 でも、ワタシはそれを見ていないのだ。つまり、ワタシのいないところでは、新年会を心待ちにして、一人でうきうきしてたということだろうか。ヲイ、お前、仮にもガエリア帝国の皇帝陛下が、それでどうする。しかも、ワタシと色違いお揃いペアルックというそれだけが、そんなに嬉しかったのか?


「……友人と新年会に参加するのは初めてだったんだ」

「……あぁ、なるほど」


 ぼそりと呟かれた言葉に、ワタシは納得した。

 新年会なんて、アーダルベルトには何度も経験した通年行事だろう。それなのに、今回妙にうっきうきだったのは、ワタシと一緒だったから、らしい。よく考えなくても、多分、ワタシはアーダルベルトにとって初めての友人なのだ。その友人と新年会に出て、しかもお揃いの服で、周囲にあからさまに仲良しですとアピールするなんていうミッションが控えていて、喜びすぎたらしい。



 小学生か、お前は!



 いや、わかるよ?皇子様に普通の友人なんて存在しないよね?一番近しい場所にいるのが、近衛兵二人だろうってことは理解するし。その二人にしても、アーダルベルトとは主従の絆で結ばれているわけだしね。皇子時代だったら、パーティーメンバー達と友情が築けたかも知れないけど、彼らも今では国の要職に就いていて、対等の立場じゃ無いしね?

 わかるんだけど、お願いだから、ワタシに唐突に「ないわー」と思わせるの止めてくれんか。お前、完全無欠の覇王様モードどこやったの。悪友モードだけでも「ないわー」ってなる時あるのに、そこにオチ付けるんじゃねぇよ。色々と哀しくなるから。

 ……あぁ、新年会では、あんなに格好良かったのに。帽子胸に当ててお辞儀した姿とか、マジで素晴らしかったのに。優美な仕草で一礼し、浮かべる表情は不敵な覇王様とか、マジでシャッターチャンス過ぎて、なんで今ワタシの手元にカメラ無いんだと本気で思ったぐらいなのに。その後の茶目っ気たっぷりにウインクしてきたのも、大変素晴らしかったのに。

 全部終わって控え室に戻ったらただの悪友モード(ver小学生)とかいらんわ。バカタレ。


「それにな」

「まだ何かあったのか」

「お前と新年を迎えられるとは思わなかった」


 柔らかな笑みを浮かべて告げられた言葉に、ワタシは言葉に詰まった。あぁ、確かに。私もそう思うよ。唐突にこの世界に落っこちたワタシだ。いつ消えるか、いつ戻るかなんて、誰にもわからなかった。こうして年を越すことになるなんて、新しい年の始まりを彼らと迎えるなんて、思いもしなかったよ。

 じっと見つめ合っているワタシ達を、三人は不思議そうに見ている。申し訳ないが、この感覚はきっと、ワタシ達にしかわからんのだと思います。近い場所にいて過ごしたせいか、それとも最初から波長が合っていたのか。何となく、でわかる部分が多いのですよ、ワタシ達。

 伸ばされたアーダルベルトの腕が、ぽんぽんとワタシの頭を撫でた。いつもと同じ仕草。そこに込められた感慨を、ワタシはちゃんと受け止めている。だから、わかっているという代わりに、ぺしぺしとアーダルベルトの腕を叩いておいた。大丈夫だ。通じてる。ワタシはちゃんと、わかってる。



 少なくとも、今はまだ、ワタシはここにいるよ、アーダルベルト。



 戻りたいとか戻りたくないとか、そういうことを考えるのも面倒なんです。だって、何者かによってある日突然この世界に落っことされたワタシです。同じように、何者かによってある日突然元の世界に戻されるかも知れないじゃないですか。でもそれはいつかわからないので、ワタシに出来るのは、日々をしっかり生きることだけなんですよ。んでもって、それをアーダルベルトは理解しているのだ。誰よりも。


「とりあえず、新年明けましておめでとう。とりあえず、今年もよろしく、アディ」

「あぁ、今年もよろしくな、ミュー」


 期間限定かも知れないけど、とは心の中だけで呟いておく。それに気づいているだろうに何も言わない程度には、アーダルベルトもわかっているのだと、思うのだ。

 思えば、怒濤のような月日でした。こっちに飛ばされたのは五月。トルファイ村の事件があって、平和にまったりしようとしていたらテオドールの事件が起こって。全部終わったと思ったら、今度は新年会に向けて怒濤のダンスレッスンですよ。しかも新年会は、覇王様とお揃いの男装とか、ワタシの人生色々間違ってるな。

 この世界に吹っ飛ばされなければ、ワタシはただのオタク女子大生だった。腐女子だけど。この世界に来て、何か気づいたら参謀とか予言の力を持つとか色々言われるようになった。でも、最大のイベントは、アーダルベルトと友人になったことだと思う。ゲームの完全無欠の覇王様とは違うけど、ワタシはアディが大好きだ。大切な友人だと思えるほどに。

 だから、今年もよろしくと挨拶をする。新しい年になった。ワタシがいつまでこの世界にいるのか、永遠にそうなのか、誰にもわからない。それでも、今日はここにいるのだから、明日もいるかもしれないのだから、大事な友人である彼の手を取って、一緒に笑う日々を生きるのは、当然だと思っている自分がいるのだ。


「あ、新年会終わったんだし、もう、ワタシに地獄のミッション待ち構えてないよね?!」

「安心しろ。何も無い」

「これをきかっけに、女官長からの強制淑女教育ルートとか存在しないよね!?」

「安心しろ。お前に淑女が出来るわけがないし、そんなお前は気色悪いから、命じたりしない」

「何か色々と引っかかるけど、それでもありがとう、アディ!」


 言われている内容はアレですが、とりあえずお礼を言わせて貰おう。おかげでワタシは、平凡で平穏でごろごろする日常を、取り戻せたようですからな!良かった良かった。

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