129

 腹黒眼鏡の超絶見事な猫被り状態での、冷え切った殺意混じりの圧を受けながらワタシは必死に考えていた。そりゃもう必死に考えていた。ワタシの手持ちの知識では、術の核は間違いなく目の前のシスターさんなのだ。それ以外の情報は存在しない。

 しかし、ラウラの見立てが間違っているとも思えない。この外見幼女ロリババアは本当に優秀な魔導師なのだ。だから、彼女が違うというなら違うのだ。

 では、何がどうなっているのか。術の核に当たる存在は誰なのか。それを特定しなければいけない。だって、そうしなければこの面倒くさい状況は解消されないし、そうなるとヴェルナーのイライラも消えないし、ワタシは解決するまで不機嫌なヴェルナーに確保されたままなのである!やってられるかー!

 我ながら妙な特技だとは思うけれど、感情の振れ幅が一定を越えると顔に出なくなるワタシは、多分、今、対外的には無表情に近い普通の顔をしていると思う。内心はめっちゃくちゃ焦っているんですが。顔に出ないの、こういうときは困る。ヴェルナーの圧が増えるという意味で。

 でもでも、ワタシにだってわからないんだ。何でこんなことになっているのか、誰よりワタシが聞きたいぐらいだ。

 確かに、今までも多少のズレはあった。ワタシが介入したことにより、アレコレと変化が起きて、ちょこちょこっと知ってる情報とのズレが存在したことはある。あるけども、ここまで見事に空振りになったことはないので、どうして良いのかマジで困っている。

 ワタシは!不測の事態に弱い、一般人なんだ!ゲーム知識が及ばない状況になったら、何も出来ないんですが!?

 オロオロ、あわあわしているワタシを見かねてか、ラウラが静かな声で問い掛けてきた。


「のぉ、ミュー殿、その条件を整理してみんか?」

「へ?」

「じゃから、お主が言っておった術の核に該当する者の条件じゃ。このシスターがそうではないというのなら、他に条件に合致した誰かがおるということじゃろう?」

「あー、なるほど」


 魔導士らしい冷静なツッコミに、ワタシは思わずこくんと頷いた。確かにその通りだ。何せヴェルナーを取り巻く面倒くさい状況自体は、ワタシの知っているものと同じ、つまりは同じ状況になっているはずなのだ。であれば、やはり何かこう色んな術がぐちゃった結果、核になる人がいるということ自体は間違っていないはずである。多分。

 なのでラウラの言う通り、条件を見直すというのは悪くないのかもしれない。いや、でもなー。整理しても他に該当者いるっけって感じなんだけど。まあ、とりあえず口に出してみるか。


「えっとね、まずヴェルナーに近しい人で、周りにもそう思われてる女性。その上で、ヴェルナーに対して何の下心もないから、ヴェルナーからも特に敬遠されることもなく、普通に接してもらってる人。つまりはヴェルナーに言いよってる皆さんが『あーうらやましいな』って思えるぐらい仲良く見える人ってことなんだけど」

「ふむふむ。その者に何か術の適性や魔力の有無などの条件はあるのかのぉ?種族とか」

「多分ないんじゃないかな。ヴェルナーに親しい女の人。かつヴェルナーに特に敬遠もされてない人、かなあ?」


 改めて口に出して、条件自体は単純そうなのに実は該当者がものすごく少ないという事実に気づく。そもそもこの腹黒メガネ、猫被りの天才様である。本性は全く見せもしないこの男の、近しい人という枠に収まるのはなかなか難しい。

 そういう意味では、元パーティメンバーであるラウラとかは一応該当するのだろう。けれど、二人のやりとりは何て言うんだろうな……。あんまりこう、気を許してるとか近しいとかいう風に判断しにくいのかもしれない。いや、猫被り状態のヴェルナーが、ラウラ相手にどういう対応をしているのか全然知らないけども。

 後まぁ、普段は基本的に教会で仕事してるヴェルナーと、研究のためにほぼ塔にこもってるラウラとじゃあ、周りの人が思うほど接点はないんだよね。とはいえ、ちょいちょいアルノーも交えて、元パーティーメンバー三人で一緒にご飯食べたり、酒飲んだりはしてるみたいだけど。

 そう、お酒。妖精族だから年齢は三桁超えてるの知ってるけど、この外見幼女ロリババアがお酒を飲むっていう構図はなかなかにシュールだよね。幼い見た目の魔女っ子ルックで飲酒するとか、犯罪臭すごーい。

 そんな風に脳内ではちょびっと脱線しつつ、ラウラと二人で該当者がいないかどうかを話している。ちなみに、該当者から外れたということで、シスターはお仕事があるからと去っていった。なので、ヴェルナーも猫被りはポイッと投げ捨てて、いつもの口調で会話にちょいちょい参加している。うん、その方がワタシも落ち着く。

 とはいえ、ヴェルナー本人にはちっとも心当たりがないらしい。……まぁ、外れだったけどシスターさんのこともワタシが言うまで特に何も考えてなかったもんな。というか、下心がない相手というのは恐らく、意識して避けるとか対応するとかじゃない分、当人の意識にはあんまり残ってないのかもしれない。


「でも本当になー。誰かいるのかねえ。そもそもワタシ、ヴェルナーの知り合いって殆ど知らないもん。てか、客観的に見て、ヴェルナーに言い寄ってる女性陣の目にも留まる頻度で接点のある誰か。うん、わからない」

「仲がよろしいという意味ではミュー様もそうですよね」

「ユーリちゃん、確かにワタシはヴェルナーとある意味で仲がいいかもしれないけど、そんなに外で接点ないよ。ワタシが基本的にお城から出ないせいで」

「それは確かに、そうですね」


 そうなんだ。ワタシ自身もまぁヴェルナーと仲が悪いわけではないし、気を許されているというのも事実だと思う。そうでなきゃ本性を曝して、あんなに正直に話したりはしないだろう。まぁ、扱いがすごく雑なのはどうかと思うけど。

 けれども、ユリアーネちゃんに説明した通り、ワタシがヤツと接触するのはほぼお城。むしろ覇王様の執務室での話なので、ヴェルナーに言い寄っているであろうお嬢さん方の目に留まる場所では接点がないんだよね。だから、ワタシは条件に当てはまらない。

 そもそも、ワタシが何らかの形で関わってるなら、魔法の鬼であるラウラが気付かないわけがない。顔を合わせても何も言ってないんだから、ワタシはノーカウントということだ。やだ、結局何もわかってないだけじゃん。

 ということは、やっぱり教会でヴェルナーと接触する人っていうのが条件に追加かなあ。うーん。答えが出ずに皆であーでもないこーでもないとなっていると、不意にノックの音が聞こえた。誰か来た……?

 すかさずヴェルナーは特大の猫を装着し直し、一番扉に近いところにいたライナーさんがゆっくりと扉を開ける。来客者だろうか?それとも関係者だろうか?と、身構える一同。

 何せ、相手によってヴェルナーの対応が変わる。そして、それに合わせてこちらも対応を変えなければならないからだ。具体的に言うと、今みたいにわちゃわちゃやったり、雑な扱いをするのではなく、ちゃんと神父様として扱わなければならない。

 そんな風に考えていたワタシの耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた声だった。そう、とてもとても聞き慣れた声である。


「お邪魔します。あら、未結ちゃん?ここにいたの?」

「真綾さん?」


 現れたのは真綾さんだった。何やら教本らしきものを持っている。あれだろうか?薬師としてのお勉強の一環。真綾さんの後見人は一応ヴェルナーなので、何かあると相談したり教えてもらったりしているらしいということは聞いている。

 ヴェルナーは回復魔法の使い手で薬学に関してはそこまで詳しくはないけれど、それでもやはり教会関係者として薬草やら薬関係にはそれなりに知識があるらしい。まあなので、真綾さんがここに来るのは別に変ではない。

 変ではないのだけれど、「わーい、真綾さんだー」と能天気な反応をしていたワタシと違って、ラウラは妙な反応をしていた。妙というと失礼だろうか。とりあえず、見たこともないとてもとても真面目な顔で真綾さんを見ているのだ。

 何で?何でそんな物凄い真面目な顔で見てるの?ラウラの真剣な顔って珍しいよね。普段人をおちょくってる顔しか見てないから、こんな真面目な顔も出来るんだーってなっちゃう。……いえ、現実逃避です。

 だって、ラウラの真剣な顔って何かこう落ち着かないし、嫌な予感がしちゃう。だってあのラウラだよ?常にマイペースに周りを振り回す外見幼女ロリババアの厨二病魔導師!そいつが真面目な顔をしてるとか、何かあったと思っちゃうじゃん!

 そんなことを考えていたら、真剣な表情のままでラウラが口を開いた。


「何じゃこの珍妙な状況は」

「へ?」

「珍妙にも程があるというかなー。ああ、つまりこれが術の核ということか。いやはや、確かにこれは一目見ればわかる」

「ちょい待ち、ラウラ。今なんつった?」

「おいババア、詳しく説明しろ」

「何でお主らはそんなに偉そうなんじゃ。ワシは見たままを言うだけじゃぞ」


 思わず食い気味で反応したワタシとヴェルナー。何も言わないけれど、ライナーさんもユリアーネちゃんも同じ気持ちだろう。気配はそんな感じだ。

 ただ一人ラウラだけが、面倒くさそうな顔をしている。面倒くさそうにするなー!お前が理解してることが、こっちにはわからないの!説明しろ!


「見たままじゃわからんから、こっちは聞いてんでしょうが!」

「その通りだ。説明しろ!」


 ヴェルナーと二人で思わずラウラに詰め寄った。いや、だって詰め寄るでしょう。この状況でいきなりなんか核心的なこと言ったよ、この外見幼女ロリババア


「説明しろも何も、お主が言うておった術の核がこの娘であるというだけではないか。詳しい理由なんぞワシにわかるわけなかろう」

「真綾さんが!?」

「私がどうかしましたか?」


 不思議そうに首を傾げる真綾さん。面倒くさそうな顔をしているラウラ。とりあえず固まっているヴェルナー。ライナーさんとユリアーネちゃんは慎ましく沈黙を守っている。その中でワタシは、驚愕の顔で真綾さんを見る。

 そして、改めて理解する。術の核たる存在の条件を。

 ヴェルナーと親しいと認められて、かつヴェルナーにまったく下心を持っていない。仲は良いが、あくまでも知人とか友人とか知り合いとかそういうレベルの好意でしかない人。確かに、確かに当てはまる。

 だからって待ってほしい。何それ、盛大なトラップじゃん。ここで真綾さん出てきちゃうんですか!?

 思わずがっくりと肩を落とす。だって現実が世知辛い。条件はあってたけどさ、まさかここで真綾さんが関わってくると思わないじゃん。盛大にため息をつくワタシの前で、ラウラは呑気な口調で「では術を解いておくぞ」なんて軽く言っている。

 そうね、術は解いてあげて。仕事してください、よろしくお願いします。うん、それはありがたいのよ。連れてきた甲斐があるってもんさ。

 ただちょっと、そう、本当にちょっと、ワタシの精神がすり減っただけで。まあでもこれでヴェルナーのイライラからは解放されるよね。解放されたい!

 だって事件はこれで解決なんだから、ワタシは仕事した。仕事できた。多分。ってことでいいんだよね。チラリと視線を向けたら、石化から戻ったヴェルナーが物凄く面倒臭そうなというか、苦虫を噛み潰したような顔で、とりあえず頷いてくれた。よし、頷いた。大丈夫、これでサブイベント全部終わった。




 やっと不機嫌ウサギから解放されたよぉおおお!やったー!!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る