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超面倒くさいサブイベントを何とか片付けて、ワタシには平穏が戻ってくるはずだった。筈だったのだ。
……なのに何故、今、ワタシは執務室で覇王様と顔を突き合わせているのだろうか。そっちはお仕事してれば良いじゃないですかー!ワタシを解放しろー!
「グダグダ言っていないでさっさと説明をしろ」
「何でそんなに偉そうなんだよー」
ワタシの目の前の覇王様は、それはもう偉そうであった。説明するのは当然と言いたげな態度。いや、簡易報告はライナーさんから上がってるでしょうよ。ヴェルナーが押し込まれてた面倒くさい状況がとりあえず片付いたって言う報告。
もしかしたらラウラから面白半分の報告も上がっているかもしれない。ヴェルナー本人がどこまで報告したかはともかく、あの面白がりの妖精族の厨二病魔道士のことである。多分それなりにきっちり報告は上がっているはずなのだ。なのに何で今更ワタシからの報告を求めるのか、意味が分からない。
意味は分からないけれど、まあこういうモードになった覇王様はワタシが何を言っても聞いてはくれないのだ。仕方ないのでかいつまんで説明をすることにした。
「まあ、結論から言うとヴェルナーが巻き込まれてる面倒くさい状況の術の核になってたのが、真綾さんだったってだけの話なんだけど。ラウラがちゃんと術を解いてくれたから、今はもうヴェルナーも変な風に追い回されることはないよ。もちろん術の核になっていた真綾さんにも何の影響もない。っていう、多分がラウラから上がってるだろう報告と大差ないんだけど、今更何が聞きたいのさ」
そう告げたワタシをアーダルベルトは呆れたような目で見ていた。何故そんな目で見るんだよ。ワタシ、別に間違ったこと言ってないよね。
「目論見が外れたと聞いたぞ」
「……うぐっ」
淡々と告げられた言葉が滅茶苦茶突き刺さった。確かにそうですけど。そうですけども!言い方ってもんがあるだろうに。
そう、今回の事件、ワタシの目論見は外れてしまったのだ。ワタシの記憶通りならば、術の核になっているのはヴェルナーの同僚のシスターさんだった。ところが何でか真綾さんが術の核だったというお話である。
いやでも、確かに目論見は外れたけど、そこまで過剰に外してないもん!状況の読みは間違ってなかったもん!思ってたより後見役としてヴェルナーが真面目に仕事してて、傍目に見て真綾さんと友好的だったってだけで!!
「確かに目論見は外れたけど、でも、一応知ってる知識全部が間違ってるとかではなかったから!単純に真綾さんの存在がイレギュラーだっただけだもん」
「別にお前を責めているわけではない」
「じゃあ何だよぅ……」
ふてくされるワタシに、アーダルベルトはもう一度面倒くさそうにため息をついた。……いやお前、ワタシに対する態度本当にヒドくない?確かにワタシの態度も褒められたもんじゃないし、安定の背後からエーレンフリートの殺気は飛んでくるけども。……なお、飛んできた瞬間にライナーさんに絞められてるのか、何か変な声が聞こえた。聞こえないふりをしておきたい。今更なので。
……というかこの覇王様は、何かまたしてもアレコレと面倒なことを考えているんだろうか。見た目のワイルドイケメンさに反して、安定の理性型。あんまり一人で考え込んで抱え込まなくても良いと思うんだけども、そういう性分なんだろうなぁ、こやつの場合。
「お前の持つ情報にズレが生じるというなら、今後はその修正を念頭において考えねばと思っただけだ」
「今回みたいなケースは少ないと思うけども」
「そうでもないだろう」
「へ?」
「トルファイ村の件を思い出せ」
「あ」
アーダルベルトに言われて、ワタシは思わず間抜けな声を上げた。確かにそうだ。言われてみればトルファイ村でウォール王国組、オクタビオのおっさんに出会ったのもゲームの状況とは盛大にズレている。何せゲームではその頃トルファイ村は滅んでいたので、出会う場所は別の街だったからだ。
そう言われると、大きく変更はなくてもアレコレとズレが生じるのは今後も確定のような気がした。そもそも、起こるはずだったテオドールの最後のクーデターが起きていない。この世界では、何か心を入れ替えたのか良く分からんけど、あの愚弟は生きている。滅茶苦茶大きな変化だ。
となるとワタシは、今後は、何かが起きるときに知っている情報を、色々と調整して考えねばならんということですか……?……え、やだ。記憶力頼みでここにいるワタシに、そんな難しいことを言わないでほしい。真面目に。
「アディ、ワタシ、アホなので頭使うことやりたくない」
「お前な……」
「向き不向きの問題だと思うんだよね!知ってることを伝えることは出来るけど、考えるのは無理!向いてない!」
潔く白旗を上げるワタシに、アーダルベルトはため息をついた。ついたけど、その顔は笑っていた。さっきまでのどこか神妙な感じのため息とは違う。……うん、まぁ、肩の力が抜けたんならそれでいいよ。
考えるのは皆でやれば良いわけですよ。頼れる我らが宰相閣下もいらっしゃりますし。ユリウスさんは完全に頭脳派だもんな。……いや、最前線で魔法ぶっ放して戦えるスペックはあると思うんだが。自称後方支援なので、そういうことにしておこう。
後は、専門的な知識担当という枠で、ラウラやヴェルナーもそこに組み込んで良いのではないだろうか。……腹黒眼鏡はアレコレ文句を言いそうだけども、最終的には協力してくれるだろう。ヤツは素直じゃないのだ。
ワタシはそういう方面では使い物にならないので、とっかかりになるような情報をお伝えする担当で良いと思う。そもそもこの凄まじい記憶力を持ってしても、元がポンコツなので使いこなせてないんですよね。知ってると使えるは違うんだ。
「……開き直りがすごくないか?」
「ワタシは自分を知ってるんだよ」
「確かにお前はアホだが」
「間髪入れずに言われるとそれはそれで腹立つんだよなぁ……!」
打てば響くように言われた言葉に腹が立ったので、ぼかぼかと目の前の大きな胸を殴った。おのれ、分厚い胸筋め。それなりに力を込めて殴ってるのに、全然ダメージが入ってる気がしない。むしろワタシの手がダメージを負ってる気がする。クソ。
「止めろ、殴るな。くすぐったい」
「くすぐったい言うな!」
殴るとくすぐったいがイコールで結びつくんじゃないわ、この鉄壁ー!くっそー、この防御力と体力の鬼めぇ……!非力な人間のワタシが殴ったところで、くすぐったいにしかならんの本当に腹立つなぁ……!
……えー、安定のいつもの感じでじゃれているワタシたちでありますが、背後から安定の殺気。そしてやはり聞こえる何か変な声。こう、呻き声みたいなやつね。……絶対にライナーさんがエーレンフリートの首をこう、キュッてやってると思う。怖いから見ないけど。
ワタシは最近思うのだ。ライナーさん、エーレンフリートの扱いの雑さに磨きがかかってるな、と。正確には、ワタシがいても気にせず雑に扱うようになったな、と。
アーダルベルトに聞いたところ、彼らは士官学校時代からの付き合いで、しかもそのときに同室だったらしく、ライナーさんは基本的にエーレンフリートの扱いが雑なのだとか。何でもそつなくこなすし人当たりがよさそうなライナーさんだけに、とても珍しい姿だ。それだけ気を許してるってことらしいけど。
後、エーレンフリートがそんな扱いをされても特に後に引いてないのもアレだと思う。それが日常だったんだなぁ、みたいな気持ちになる。いや、良いんですけど。近衛兵ズが仲良しなのはワタシの心の栄養源なので。とても良いご飯である。今度エレオノーラ嬢に手紙で教えてあげよう。
「まぁとりあえずさぁ、小難しいこと考えても仕方ないし、どの程度のズレがあるかなんて現状じゃ分からんし、そのときになってから考えれば良いじゃん?」
「ミュー」
「アディは、抱え込まなくて良いことまで一人で抱え込もうとするのが悪い癖。ワタシは役立たずだけど、アンタには頼りになる仲間がいっぱいいるでしょ」
「……そうだな」
割と本音で諭したら、妙に素直に頷かれた。……うん、まぁ、そうやって素直に言えるようになったのは進歩なんじゃないですかね。他人に任せるの、苦手だもんなぁ、この覇王様。ハイスペック過ぎるから。
自分で何でも出来て、ついでに権力と責任も自分が握ってて、だからこそ全部自分でやらなきゃと考えてしまうのが、アーダルベルトの悪いところだ。専門分野に関しては担当者に投げることが出来るくせに、そうじゃないと自分でどうにかしようとするんだ。バカじゃないかと思う。
だって、手助けしたくてうずうずしてる人が周りにいっぱいいるんですよ。ユリウスさんもツェツィーリアさんもアディには甘いし、元パーティーメンバー組なんてアディのためにこの国に居座ってるみたいなもんだし。近衛兵ズも言わずもがな。
それに、今はお城にいないけど、三人の皇妹殿下の皆様だって、兄上のお役に立ちたいって思ってるしね。……クラウディアさんはちょっといきすぎてるので枠がアレだけども、エレオノーラ嬢とハンネローレちゃんは普通にお兄様のお役に立ちたいって感じだし。可愛い妹、プライスレス。
「お前もいるしな」
「……ワタシ?いや、ワタシは役に立たないから」
「役に立つ立たないとは違う意味でな」
「はえ?」
何のことか良くわからないので、首を傾げる。そんなワタシに、アーダルベルトは面白そうに声を立てて笑った。……いや、何でやねん。何面白がってんだよ、覇王様。説明しろよ。
でも結局何も説明してくれなくて、うやむやになった。まぁ、良いけども。何か機嫌直ったみたいだし、抱え込むのは良くないってわかってくれたみたいだから。そういうことにしておこう。
とりあえずは、サブイベントも一段落したし、出来ること、やらなきゃいけないことを、ぼちぼちやりましょうかね。……皆で協力して、ね?
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