閑話 神父ヴェルナー

 俺の名前はヴェルナー・オフコット。ガエリア帝国所属の神父だ。

 教会内での序列は中の上。特に何か役職を背負っているわけではない、同じ階級の者たちに比べれば比較的身軽な立場にある。……まぁ、これはあえてその立場を選んでいるというのもあるが。役職を得るなら中途半端な状態が一番面倒くさいからな。

 面倒くさいと言えば、教会の上層部には何だかんだで俺の親兄弟がいる。親兄弟と言っても、血縁はない。俺はオフコット家の末子という触れ込みだが、実際は養子だ。ヤツらは俺の類い希なる光属性魔法の才能が目当てで養子に迎えただけで、俺個人に興味はない。オフコット家の人間が優れた才能で教会に所属しているという名目が大事らしい。

 ……自分で言うのもなんだが、クソ面倒くさい。俺が天才なのは認めよう。国内でも上から数えた方が早い使い手である自負もある。だが、それはあくまでも俺個人の才覚であって、オフコット家も血筋も何も関係ないんだがな。今更言っても仕方ないが。

 まぁ、高水準の教育と衣食住を与えられたのは感謝しても良い。ただ、そのことで恩着せがましく俺に感謝しろと言ってくるのが気にくわないだけだ。あまりにも面倒くさいので、実家にはほとんど寄りつかずに教会を根城に過ごしている。神父としての務めを果たしていると言えばそれで通るので、そこのところは簡単な家族だと思ってしまうが。

 そんな俺の変わり映えのしない日常にある日変化が訪れた。

 その変化の始まりは、かつてまだ皇太子であったアーダルベルト陛下の旅の供に選ばれたことだ。そこから、俺の人生は様々に変化した。

 旅の供はまあ、神父として回復役としての務めを果たせばいいだけだった。頑堅な獅子の肉体を持った、その中でも特に優れた才覚を有した陛下を相手にはほぼほぼ必要なかったが。というか、基本的に旅の仲間は分野は違えど才能豊かで、俺が焦るほどに回復魔法を使うこともなかった。あの旅は賑やかで騒がしく、どうしようもないほどに良い思い出として俺たちの中に残っている。

 その後、まだ少年にすぎなかった陛下が、亡き先代の後を継ぎ皇帝になる決意を固めた。

 あのときに選んだ道だけはどうやら間違いであったと今も思っているが、それでもあの頃はそれが俺たちの最善だと思った。それぞれの分野で、若き皇帝を支えるためにその力になる。旅の頃と何ら変わらないのだと。

 ただ、上部だけでも皇帝と臣下の立場を取るべきだと思ったのだ。周辺諸国に、この若き皇帝が侮られぬように、と。その判断が間違いだったのだと、今ならわかる。だが、まあ初手を間違えたからといって、それ以降の俺たちの全てが間違いではなかろう。何だかんだで、全員が国に、陛下に貢献をしている。

 そんな俺たちが選べなかった道を、当たり前のように選んだ少女がいる。

 個人的な好悪を言えば、まあ嫌いではないという分類になるだろうか。ただ好きや嫌いという感情以前に、手がかかるという印象が強い。身分制度のない世界から来たという彼女は年齢の割に幼く見え、そしてまるで少年のような、まあ、端的に言えば子供のような性格をしている。喜怒哀楽が実に正直で分かりやすい。

 国の長たる皇帝が相手でも、一切の遠慮を挟まない。まあこれに関しては俺たちも人のことは言えんかもしれんか……。だが、時と場合に応じてはある程度の体裁を整える俺たちと異なり、彼女がそれをすることはほとんどないのだ。それはどうなんだと思ったが、当の陛下がそれを望んだのだというから仕方があるまい。

 彼女はただの小娘ではなかった。この世界の未来を予言してしまうのだ。当人曰く知っているだけだというが、それによって巻き起こされる事件の数々があった。もちろん陛下の助けになっているのだから、それをあしざまに言うつもりはない。

 ただそれによって己の立場が、少なくとも周囲からの認識が、どのように変わるか程度は理解してほしいと思う。

 何度言っても理解しない。いつまでも自分をただの小市民の小娘だと言い張る。そんなヤツが国政に関与するような大きな事件に幾度も幾度も首を突っ込むわけがないし、皇帝の行動の指針になるわけがない。ましてや、他国の重鎮と当たり前のように交流を深めるようなこともない。

 その辺りのことを少しも理解しないのだから、度し難い。

 この俺がわざわざ忠告をしてやっても理解しないのだから、もはや脳みそが詰まっているのかどうかすら怪しい。バカなのではないかと思うことがある。死にかけてなお治らんのだから、もはや処置なしと言うべきか。

 ただまあ、今は護衛役の他に俺が回復魔法を封じた魔道具を持たせている。当人は最後までつけるのを嫌がっていたが、そのくらいのことをしてもらわんと、こちらとしても安心出来ない。何せどこで何に首を突っ込むかわからんからな。

 というか、あれを野放しにしている陛下の神経がわからん。

 とはいえ、そんな愚か者としか言いようのない存在だが、彼女の存在が陛下の救いであることは否めない。否定できるわけがない。ただの少年のように屈託なく笑う姿を見てしまえば、疑う余地はどこにもないのだ。

 ラウラも、アルノーも、それに関しては俺と同じ見解だった。基本的に価値観も性格も何もかもが異なる我ら三人が同じ判断を下す程度には、陛下はわかりやすく彼女を気に入っていた。あの何にも揺るがされない精神の持ち主が、当たり前の青年のように動揺する姿など、俺たちは知りはしなかったのだから。

 ただ、次から次へと騒動を起こすのはどうにかならんのか、と個人的には思う。陛下の役には立っているが、何であいつは大人しくしていられないんだというのが個人的な感想だ。何だ?大人しくしていたら死ぬ生き物か何かなのか、あいつは。

 マーヤ殿にしてもそうだ。いきなり同郷人を連れてきて、とんでもない能力の持ち主だから保護と後見を頼むとか、突拍子もない。いや、確かに事情を聞けば、彼女は確保しておくべき人材だとは思うが。

 ……まぁ、何度聞いても、あの頑丈すぎるほどに頑丈な陛下が病死するとか言われても、理解できんが。当人も実感がわかんといっていたが、当然だろう。今まで病気知らずで生きているような男だぞ、あいつは。

 とはいえ、陛下の死を防ぐためにマーヤ殿が必要というのは理解した。幸い彼女は多少おっとりしすぎている気はするが善人で、真面目で、危ないことに首を突っ込んだりはしない。穏やかな雰囲気ですぐに教会関係者とも馴染んだしな。

 ……まぁ、馴染みすぎた結果の、訳の分からん複合術式の核になられたときは、どういう反応をして良いのかわからなかったが。どんな冗談だと思った。

 周囲から見て、彼女が俺に近しい存在になっているらしいというのは、まぁ、別に構わんが。確かに事実、素を出していても気にしていない彼女の相手は気楽だ。問題は、そのせいでわけのわからん状況が加速したことだが……。深く考えるのはやめよう。面倒くさい気配しかしない。

 複合術式の解除を行ったラウラが楽しそうに「お主、随分とあの娘を気に入っているようじゃな」と言われたときには、目の前の幼女姿のババアの頭をかち割ってやりたい気持ちになったが。何だあのババアは。他人をおちょくらんと生きていけんのか。

 確かにマーヤ殿に気を許している部分があるのは認めよう。客観的に見てもそうだというのも。だがそれは、別に余計な感情があるわけではなく、彼女が陛下を救える可能性だと知っているからだ。……そうでなければ、ここまで気にかけなかっただろうしな。

 そのあたりのことを告げたら、小娘は腹を抱えて笑った。余計な勘ぐりをするなと釘を刺した俺に対して彼女は、笑いすぎと苦しいと言いたげな状態でこう言った。


――アンタ、本当にアディのこと大好きだよね。


 何のてらいもなく、含みもなく、本心だとわかる言葉がまっすぐと突き刺さった。思わず言葉に詰まったのは、それを素直に認めて肯定するのはしゃくに障ると言うのと、他人から見てそう感じるほどにわかりやすいのかと思わず羞恥が勝ったからだ。

 面倒くさくなって適当にあしらって終わらせたが、彼女は「まぁ、ワタシは前から知ってたけどね。口が悪いだけで根っこは優しいし」などと訳知り顔で言っていた。……少しばかり腹が立ったので、とりあえず頭を軽く叩いておいた。文句は言われたが知らん。

 ……そんな子供みたいな姿を見せる彼女が、俺たちにも必要なのだと痛感する。当たり前の顔で、当たり前のように、俺たちが言えない言葉を彼女は口にする。それがきっと、陛下の心を救っているのだろう。だからこそ彼女の前にいる陛下は、どこにでもいる普通の青年のような顔をしているのだろうから。

 常日頃のアホさと、有事の際の情報の正確さと、奇妙に肝の据わった部分と。どうにもチグハグで奇妙だと思うが、そんな俺たちから見て歪だと思う彼女だからこそ出来ることがあるのだろう。既存の常識が通用しないからこその強さなのだと思う。

 ならば、俺たちは彼女が描いた絵図を正しく繋げるために、各々が出来ることを成すだけだ。どうにも自己評価が低いままのあの娘を守り、あの娘が告げる言葉を最大限に生かす。そうすることが、俺たちが守ると、支えると誓った陛下を助けることに繋がるのだろうから。

 そのためならば、どれだけ月日が流れても価値観も感性も趣味も何もかもが合わない旅の仲間あいつらと力を合わせることぐらい、たやすいのだから。




 我らの敬愛する皇帝陛下に祝福を。それが世界を創造し、守護する女神の望みから外れたとしても、運命への反逆であろうとも、導き手がいるのなら茨の道であろうと進んでみせるとも。



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ヒトを勝手に参謀にするんじゃない、この覇王。~ゲーム世界に放り込まれたオタクの苦労~ 港瀬つかさ @minatose

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