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「なるほど、なるほど。つまりは、ワシの協力が必要不可欠と言うわけじゃな?」


 にこやかに、楽しげに、そりゃもうご機嫌オーラで告げる外見幼女ロリババア。凄腕の魔導師であるラウラは、今日も相変わらず絶好調だった。普通ならドン引きするような厨二病魔女ルックも、妖精族らしい儚げで繊細な幼女の美貌だと幻想的な雰囲気がある。似合ってるのがまた腹立つやつなんだよな。

 いや、正しくは、似合っているから腹が立つのではない。魔女っ子ルックが似合う幼女が、ドヤ顔で煽ってくるから腹が立つのである。そして、そう考えているのはワタシだけではない。当事者であるヴェルナーが一番苛立っている。

 というかお前、状況を聞いたらヴェルナーの機嫌が悪いの分かるだろうに、何でそんな煽るような発言するのさ!バカなの!?そりゃ、魔法の鬼であるラウラなら、別に怖くないだろうけどもさ!転移魔法で逃げられるし。

 でも、周りの被害を考えてからやってくれないかな!主に、不機嫌オーラ天元突破で吹雪ブリザードをまき散らす腹黒眼鏡の横に確保されてるワタシのこととか!!付き合えとばかりに確保されてんだよ、ワタシは!

 ヴェルナーの隣で必死に視線で訴えるワタシに気付いているはずなのに、ラウラは楽しげに笑っているだけである。やっぱり腹立つな、この外見幼女ロリババア


「しかし、愉快じゃのぉ」

「何も愉快じゃねぇ」

「お主がそこまで振り回されておるのが愉快と言うておるんじゃが?」

「俺はちっとも愉快じゃねぇんだよ、ババア」

「相変わらず血の気が多いのぉ」


 のんびりとした口調で楽しげに煽るラウラ。いや、煽ってるつもりはないのかもしれない。思ったまま、マジでこの状況を楽しんでいる可能性を否定できない。何せ相手は長命種たる妖精族。面白いことは大好きなのだ。

 その辺はエルフと違う。同じ長命種でも、エルフはどちらかというと、研究に没頭するような真面目な性質のものが多い。妖精族は妖精の名を冠しているだけあって、気まぐれなところがある。気まぐれで面白がりで、長命ゆえにありとあらゆることに楽しさを見出そうとする。……目の前の外見幼女ロリババアのように。


「ラウラ、ヴェルナーからかうの止めて、さっさと協力して」

「うん?」

「この事態が解決されないことには、ワタシも解放されないんだよ」

「ほうほう。知るというのも大変じゃのぉ」

「お前マジで腹黒眼鏡がキレて暴れる前に協力しろ」


 相変わらず飄々としているラウラに、ワタシは思わず低い声で呻くように告げた。いや本当に。ワタシの精神安定のためにも、さっさと協力してほしい。そもそも、ヴェルナーをキレさせたところで何も良いことなんてないんだから。


「分かった。分かった。そう怒るでない」

「この状況で怒らない方がおかしいと思うんだよ。ほら、さっさと行こう」

「……お主、随分と必死じゃな?」

「こんな超絶不機嫌な男に張り付かれてて、平気なわけがないでしょ!?」


 何でそんな簡単なことが分からないんだと思わず叫んだワタシ。ラウラは首を傾げてヴェルナーを見た。不機嫌レッツゴーな腹黒眼鏡を見ても、やっぱり不思議そうに首を傾げている。……面白いのにとでも言い出しかねない顔だ。

 そりゃね、ラウラには面白いかもね。でもワタシには怖いだけなんだわ。ワタシが何かしたわけじゃないから攻撃とかはされないけども。圧が!不機嫌ゆえの圧がエグいんだって!

 必死に訴えるワタシに、やっぱりラウラは不思議そうだった。それでも、切々と訴えるワタシと、無言で威圧してくるヴェルナーのコンボで、それなりに切羽詰まった状況なのだということだけは理解したらしい。遅い。めっちゃ遅い。


「では、その術式の核になっているという女性のところへ参るかのぉ」

「うぅ……、やっと動く気になりやがった、この外見幼女ロリババア……」


 思わず泣きそうになりながら呟いたワタシに、まぁ頑張れと言いたげなアーダルベルトの視線が向けられている。そう、覇王様はそこにいる。だってここ、覇王様の執務室だし。それでも余計な口を挟まない程度には空気を読んで、真面目に仕事をしていたのだ。偉いね。

 偉いけど、巻き込まれたままのワタシをあっさり見捨てるのだけは嬉しくない。ちくせう。とっとと終わらせて引きこもってやる。不機嫌な腹黒眼鏡の相手なんてしたくないんだい!




 そんなわけで、ワタシは超絶不機嫌なヴェルナーと、相も変わらず飄々と楽しそうなラウラと共に、教会へとやってきている。ちなみに、ワタシの護衛であるライナーさんと専属侍女であるユリアーネちゃんも一緒である。まぁ、この二人は常にワタシの傍らにいるので。


「で、教会で何をする気だ」

「シスターさんに用事があるの」

「どのシスターだ」

「名前は知らない」

「ヲイ」


 素直に答えたら、ヴェルナーから向けられる圧が強くなった。違う、待って、話を聞いて。確かにお名前は知らないが、誰か分からないとかじゃないから!お願いだからワタシを威圧しないで!!

 あまりにも圧が強くて怖かったので、思わずライナーさんを盾にした。ライナーさんは心得ているのかそっとヴェルナーを牽制してくれるし、傍らのユリアーネちゃんも労るようにワタシの背中を撫でてくれている。二人とも優しい。大好き。

 ……え?ラウラ……?……そんなワタシたちを面白そうに見ていますが、何か?こいつにそういうのを期待するだけ無駄なんで。


「名前は知らないけど、多分ヴェルナーは誰か分かると思う」

「どういうことだ」

「他のシスターさんと違って、アンタに全然興味のない仕事に一途なシスターさん」

「……あぁ、なるほど」

「その人が多分、術の核」


 ワタシの言葉に、ヴェルナーはふむと頷いた。今の一言で、誰か分かったということである。……つまりは、その彼女以外は猫被りのヴェルナーに何らかのアプローチをしてくるとか、好意を持っているとか、そういう感じなのだろう。恐ろしや。

 ちなみにそのシスターさんは男嫌いとか男に興味がないとかではなくて、ヴェルナーのことは頼れる同僚としか見ていないってだけである。そんな人だから、ヴェルナーも気楽に付き合えてるらしいけど。あるよね、そういうパターン。


「彼女なら、今の時間は奥の作業室にいるはずだ」

「では、そこへレッツゴーということで」

「おい、ちゃんとついて来いよ、ババア」

「分かっておるわい」


 ヴェルナーを先頭に、てけてけ歩く。ちなみに今までのやりとりでヴェルナーが素だったのは、周りに誰もいないからです。その辺は徹底してる猫被りであった。

 ラウラへのヴェルナーの態度がアレなんだけども、多分前からそうなのか、ラウラは何も気にした風がなかった。というかこの外見幼女ロリババア、そういう意味での器は大きいんだよなぁ。……まぁ、面白がりの傍迷惑な部分でプラマイゼロどころかマイナスですけども。全然尊敬できない。

 辿り着いたのは、教会の奥にあるそこそこ広い作業室。スタッフルームみたいな感じなんだろうか。書類とか薬の材料とかがアレコレ広げられている。教会では香油とか軟膏とかの薬を作って配布してるらしいのだ。心が落ち着く成分的なアレだと思う。

 まぁね、医者に貰うのとはまた別に、教会で貰うと気持ち的に何か御利益がありそうな感じするもんね。気の持ちようってマジで大きいらしいし。


「あら、ヴェルナー神父。お客様ですか?」

「失礼、シスターエラ。少しお時間よろしいですか?」

「えぇ、私は構いませんわ。どうかなさいまして?」


 書類作業をしていたらしいシスターは、ヴェルナーの言葉に穏やかに応えてくれた。人当たりの良さMAXという感じである。……瞬時に猫被りモードになったヴェルナーに、こいつマジですげぇなと思ったのは内緒である。

 シスターはヴェルナーと同年代っぽいけど、受け答えにも表情にもまっっっったく下心や好意的なものが見えなかった。そんな人だからこそヴェルナーとの距離も近い。安全パイというのは、必然的に距離が縮まるのだ。

 だからこそ、何か良く分からない偶然の産物でぐちゃった術の核に、彼女が選ばれてしまった。ようは、ヴェルナーとお近づきになりたい女子たちにとっての憧れの場所がそこなんだろう。多分。

 まぁ、後はラウラが彼女にかかっているだろう術を解除してくれたら、この面倒くさい騒動は終わる。……ちなみに、教会に来るまでも、来てからも、アプローチしてくる女性から逃げるように、人目につかないルートを使うという徹底っぷりだったヴェルナーである。よっぽど鬱陶しかったらしい。

 ワタシが伝えておいたざっくりとした説明を、更にざっくりとラウラが説明している。複数の術が混ざって変異したその核になっているかもしれないから、ちょっと確かめさせてほしい、と。貴方個人には影響はないのだが、ヴェルナーがそれに巻き込まれているので、と。

 そのざっくりとした説明で、それでも信頼する同僚が大変な目に遭っていると聞いたシスターは、二つ返事でラウラに身を委ねてくれた。優しい。ステキ。サブイベントのときも即座に受け入れてくれたもんなぁ。いい人だ。

 とりあえず、これで問題も解決。ワタシも解放されるってもんだ。めでたしめでたし。

 そんな風に思っていたら、シスターと向き合っていたラウラが、くるりとこちらを振り返った。滅多に見せない真面目な顔をしている。……え、何?


「のぉ、別に彼女には何の術もかかっておらんのじゃが……?」

「……え?」

「お主が言ったような珍妙な状況ならば、まず間違いなく何らかの痕跡があるはずじゃが、欠片も見当たらんぞ?」

「……ハイ?」


 淡々とラウラに重ねて説明されて、ワタシは思わず間抜けな声を上げた。ヴェルナーの視線が突き刺さる。待って、待ってほしい。ワタシの知ってる情報はそれなんだ。ワタシは悪くない。悪くない!

 だらだらと冷や汗が流れる。猫被り状態のままとはいえ、ヴェルナーからの圧がすごい勢いで襲ってくる。やだ怖い。マジで怖い。縋るようにラウラを見たけれど、残念そうに首を左右に振った。

 当のシスターさんは何のことか分からないというように首を傾げている。そうだね。貴方は巻き込まれただけだから、分からなくて当然だよね。仮に術の核だったとしても、貴方に自覚症状はなかったし。




 何で!?何で彼女が術の核じゃないんですか!?この状況、どうしろって言うんだよー!!




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