トルファイ村への対策に追われていたアーダルベルトが、ちょっと暇そうにバルコニーから外を見ていた。彼の視線の先には城下町。…ではなく、そのまた先にある、アロッサ山を見ていた。多分、トルファイ村のことを考えていたのだろう。


「アディ、今時間ある?」

「なんだ、ミュー。お前こんなところでどうした?」

「ん?アディ探してた」

「俺を?」


 不思議そうなアーダルベルトに、ワタシはこくりと頷いた。だって本当のことだ。状態が落ち着いたならば、彼に話しておかなければならないことがある。これはワタシの責任だ。だから、その責任に付随する事象を、ちゃんとアディに伝えておかなければ、あとあとマズイ。…というか、ワタシの心臓に悪い。


「トルファイ村のことなんだけど」

「あぁ、そのことか。色々と調べたが、《まだ》地盤は悪影響を受けるほどでは無いらしい。ただ、降雨量によっては予断を許さないそうだからな。補強を急がせている」

「……いや、そっちじゃない。そっちは、アディに話をした時点で、出来ること全部やってくれるだろうと思ってたから」


 そう。そこは疑っちゃいない。アーダルベルトは武闘派の皇帝陛下だけれど、彼が武闘派なのは、ひとえに民を護るためだ。国と民を護るためなら、直接的な武術以外の頭脳戦だって、文化の発展だって、なんだってやる。そういう男だと、ワタシは《知っている》。……たとえそれがゲームの中のキャラクターの話でも、今目の前にいるアーダルベルトも、そういう男だと思う。

 ワタシが告げたいのは、そんなことじゃない。ワタシは自己満足のために行動をしているだけだ。自分の心痛を減らしたいだけだ。ごめん、と小さく呟いたワタシに、アーダルベルトは不思議そうな顔をした。


「頼みがある」

「トルファイ村の礼もある。できる限り叶えてやろう。流石に、元の世界に戻せと言われても不可能だが」

「……トルファイ村の一件が終わってからで良い。国内全ての、土砂災害の起りそうな地点を調べて、可能な限り補強して欲しい」

「……ミュー?」


 訝しげなアーダルベルト。ワタシは、自分の顔が悄然としているだろうことを悟っている。気分が暗い。重い。大抵のことでは動揺しないけれど、これは、ワタシの罪に等しい気がする。だから、その罪を相殺するために、アーダルベルトにさらに労力を強いるのだ。ワタシはなんて、我が儘だろう。ヒドイ人間だ。

 ワタシが余計なことを言ったばっかりに、アーダルベルトはトルファイ村を救うために忙しく仕事をしている。それは良い。結果的に人助けだ。良いと思っておこう。けれど、トルファイ村が土砂災害で滅びたからこそ、アーダルベルトは全国各地の土砂災害事情を調べることになる。だから。



 トルファイ村が滅びない道を選んだ今、アーダルベルトは全国の土砂事情を調べないかも、しれない。



 ぞっとする。背筋を走る悪寒は、ここ数日ワタシの胃をキリキリと痛ませる元凶でもあった。だって、そうすることで、その地方の安全が得られるのだ。トルファイ村だけじゃない。辺境過ぎて、貧しすぎて、対策が取れていない地方だって存在する。それを、アーダルベルトは全て国費で補った。その事実があるから、ガエリア帝国から土砂災害は《ほぼ》消えるのだ。

 あぁ、怖い。怖い怖い。怖すぎて嫌だ。だからワタシは、アーダルベルトに《お願い》をすることにした。忙しい彼に、さらに仕事を増やすのは申し訳ないと思う。けれど、この《お願い》はガエリア帝国の為だ。帝国の民が、平和に生きていくために必要なことだ。


 綺麗事を言っても、結局それは、ワタシの心が安寧を求めたがっているだけなのだけれど。


 俯いて、身体の横でぎゅっと拳を握っていたら、ぽすんと大きな掌が頭を撫でてきた。アーダルベルトの手は、獣人ベスティらしく毛皮に覆われている。普段はしまわれているけれど、鋭い爪もそこにある。獣と人の手を合わせたような、不思議な手だ。五本指だけど、人間のそれとはどこか違う。……それでも、頭を撫でる力は少し強くて痛いのに、優しかった。


「お前は何を恐れている」

「……ワタシがねじ曲げた歴史の行方を」

「阿呆。お前は歴史をねじ曲げた訳じゃない。俺達に希望を与えただけだ」

「アディ」

「それでもお前が己のせいだと嘆くなら、今後も遠慮無く、俺に民を救うための《予言》を与えろ。そうして全ての未来を希望に塗り替えてしまえば、お前の鬱屈も馬鹿馬鹿しくなるだろう?」


 にぃっと豪快に笑う姿に、思わず笑ってしまった。そんな単純な事じゃ無い。ワタシは歴史を改変しようとしている。それも、ワタシの感情一つで。それなのに、アーダルベルトはくだらないと笑う。……あぁ、本当に。この男はどうして、ここまで完璧な王様なんだろう。悔しいけど、惚れ惚れするほど格好良い。人間として、憧れる。


「しかし、そんなことは今更、お前に言われるまでもないことだが?」

「……ふぇ?」

「今まで後手後手になっていたが、国土を調べるのは必要事項だ。それで自然災害が防げるなら、行うのは当然だろう」

「……そっか」


 当たり前だろう、と言いたげなアーダルベルト。そうか。こいつはやっぱり、そういう男だったか。ワタシが心配する必要なんて、どこにもないんだ。どんな未来を選んでも、どんな道筋になっても、アーダルベルトが民を見捨てるわけがないんだから。

 あ、何か安心したら気が抜けた。ついでに力も抜けた。ぐでーっとバルコニーに身体を預ける。どっと疲れた気がする。自分で思っていたより、ワタシの心身は滅入っていたらしい。おぉう。自分がそんなに繊細だったなんて、ハジメテ知ったぞ。


「で、お前の知っている未来では、何が起っていたんだ?」

「……それ、今聞く?」

「聞く」


 色々と気が抜けている今のワタシに、そういう真面目なお話をさせようとするなんて、こいつはやっぱりゴーイングマイウェイだ。まぁ、そういう男だって知ってるけどねー。


「トルファイ村が全滅した後にさ、全国を調べることにしたんだよ」

「なるほど」

「同じ被害は減らすってすっげー燃えてた」

「そうか。ならば今回は、何も喪わずに目的を達成できそうだ。礼を言う」

「……そーくるかー」


 あくまでも前向きなアーダルベルトに、ワタシは思わず苦笑した。こいつは本当に強いなぁ。んでもって、ワタシはやっぱりどこまでも庶民だなぁ、と思ってしまう。まぁ、当然だけどね。アーダルベルトは国を継ぐべく幼い頃から色々背負ってた人間で、ワタシはただのオタク女子大生だ。しかも腐女子だしなぁ…。

 ……こう、腐女子としては、目の前にこんな最強クラスの男前がいたら、色々と妄想するべきなんだろうけど、生憎とアーダルベルトは昔から射程外なんだよなー。

 ゲームしてたときは、その完璧さから、「彼の隣に並び立てる人間も、彼を追える人間も、存在しないんじゃね?」とか思ってたから、フリー。現実に、生身の人間として目の前にいる今は、「こいつ、スペック完璧に男前でも、中身ただの悪友モードじゃね?」っていうことによる、「身内で妄想はいいわぁ……」という萎えた気分で。勝手に幻滅してるので、アーダルベルトにはすまないと思っている。



 …………ほんの少しぐらいは。



 申し訳ないと思えない大半は、ヤツの悪友モードによる、ワタシへの態度のせいだ。まるで猫の子みたいに襟首引っつかんでつまみ上げるの普通だし、ワタシの性別忘れてるらしい態度も普通だし、ワタシが自分の食事をより美味しく満たそうとナニカをしたら、絶対にそれを半分以上勝手に食べるし!あとあと、物凄い速さ殺人兵器レベルの乗馬に巻き込むし!

 あ、そうだ。一つ確認しとかないと駄目なことがあった。


「アディ」

「何だ?」

「アンタ、ワタシの年齢を何歳だと思ってんの?」

「?」


 ちょっと真面目な声で問いかけてみた。アーダルベルトは首を捻った。言われていることが理解できていないらしい。でもな、絶対、ワタシの実年齢より低く見積もってるよ、アンタ。

 そもそも、日本人は西洋系から見たら逆サバ通常運転って言われるぐらいに、幼く見られる。それに加えて、ワタシは元々童顔なのだ。母親の童顔が似たらしい。ついでに、化粧っ気もないものだから、余計に幼く見える。自覚はあるのだけれど、面倒くさくて、お洒落放置でした。てへ?

 だって、アーダルベルト、ことあるごとにワタシを小娘、小娘と呼ぶのですよ。そんな風に呼ばれるって事は、自分と年齢差があると思われてるってことじゃね?でもワタシ、一応コレでも、ハタチ!花の女子大生だから!腐女子だけど!

 

「俺より十歳ほど下かと思っていたが?」

「……アディ、アンタ幾つ?」

「今年で26歳だ」

「……その半分の年齢差だよ」

「………………は?」


 アーダルベルトの顔が間抜けな表情になった。口を開いて、ぽかんとしている。そして、まじまじとワタシを上から下までじっくり見る。そこまで凝視する必要あるかな?ワタシ、ちゃんとハタチ!成人してるから。大人だから。お酒飲めるし、結婚も出来るし、選挙だって行けるんだからな!


「ミュー、お前、何歳なんだ?」

「ハタチですが、ナニカ?」

「詐欺だろう?!人間でもここまで幼く見えるヤツなぞ、俺は知らんぞ!?」

「悪かったな!うちの人種は童顔系なんだよ!あと、うちの家系が童顔なんだよ!」


 詐欺とまで言われると、流石にむっとする。失礼な男だなー。でもとりあえず、ワタシの実年齢をちゃんと伝えたのだから、ここはきっちり釘を刺さなくては。そう、ワタシはハタチのお嬢さんなのだ。断じて、猫の子のようにつまみ上げられる小娘では、ない!


「だからとりあえず、小娘って呼ぶのやめれ。あと、猫の子みたいにつまみ上げるな」

「……お前が20歳には見えん……」

「……多分、皆そう思ってるんだろうねぇ?何かこう、ワタシに向けられる眼差しに時々、「幼いのにしっかりして……!」みたいな感涙っぽいの混ざってるし」

「俺を含めて、全員がお前を15歳以下だと思ってるぞ」

「うわー、つまりライナーさんが生暖かい眼差しで見てくるのって、ワタシを20歳近く年下と認識してるからだな?」

「あぁ」


 それ、真顔で言って欲しくなかった。確かに元の世界でも、二つ三つ年下に見られるのはよくあったよ。大学生なのに高校生に見られて、普通に塾とか予備校のチラシ渡されそうになったしね?でも、まさか、中学生レベルにまで落されるとは思わなかった……。そうか……。ワタシはそんなに子供に見えるのか…。


「皆にちゃんと訂正しといてくれ…。ワタシは子供じゃ無い。お酒も飲める大人だ…」

「……」

「…………アディ?」


 何で即答してくれないんだろう。ちらりと横目でアーダルベルトを見たら、……何かこう、すっごい悪巧みしてそうな顔を、していた。笑ってるんだけど、それ、絶対に悪いこと企んでる顔だよね?みたいな笑顔だった。何でや!

 え?ワタシの年齢を暴露することが、何で悪巧みの顔に繋がるん?意味がわからないんですけど?ちょっと、もしもーし!


「お前の年齢を暴露するのは、もうちょっと後にする」

「何で?!」

「どうせなら、その衝撃を利用する」

「利用できるような内容じゃなくね?え?ワタシがハタチであることが、この国の皆さんにどんな衝撃を与えると?!」


 理解不能すぎるわ!

 なのに、アーダルベルトは決定したと言いたげにワタシを無視して、バルコニーから去って行こうとする。逃がしてなるものか!とワタシが掴んだのは、アーダルベルトの尻尾。赤いふさふさがくっついてる、尻尾。掴んだ瞬間、びたりと動きが止まり、顔だけでこっちを振り返り、そして。



「尻尾は掴むな」



 超真顔だった。

 ごめん。マジごめん。え?尻尾ってもしかして急所?じゃあ、耳とかも触っちゃダメなの?え?アレ?あ、猫も尻尾触られたら怒ってたっけ?ごめん。ワタシ、自分に尻尾無いから、尻尾がどういう扱いなのかわからないんだけど。うん、とりあえず、マジ勘弁。真顔怖い。



 教訓。獣人の尻尾は掴んじゃいけない!ワタシ、一つ賢くなったよ!



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