9
運命の日がやってきた。
今日は、6月14日だ。朝から雨が降っている。今夜、ワタシの記憶が確かならば、ゲリラ豪雨と呼ぶべき大雨が降り、アロッサ山で土砂崩れを引き起こす。けれど、アーダルベルトはできる限りの対策はした、と言っていた。それに、注意喚起をしているので、村人も警戒はしているとか。あと、万が一のために、騎士団をちゃんと派遣しているらしい。流石は皇帝陛下。仕事が出来る男は違うね。
ワタシはちょっとドキドキしている。
アーダルベルトは心配するなと言っていたけれど、確かに、対策をしていない無防備な状態と、万全を期している今を一緒にしてはいけないのだろうけれど、怖いのは怖いのだ。むしろ、トルファイ村の住人全員に、「逃げてー!今すぐ逃げてー!」って叫びたい気分なのだ。……王城からはどんだけ声を大にしても無理だろうけど。
「濡れてしまいますよ」
優しい声で呼びかけて、ワタシにタオルを差し出してくるのは、ライナーさんだ。最近、ライナーさんはワタシの専属護衛みたいになっている。とても助かっている。ありがたいことだと思っている。
ただ、腐女子萌え的には、ワタシの横にいないで、アーダルベルトの背後に相棒と一緒に居て下さい。(真顔)
いつもにこにこ穏やかなライナーさんと、血の気の多い真面目人間のタッグは、大変萌え萌えさせていただけて、美味しいんですが。しかも年齢差が10歳とか美味しいね。血の気追い真面目君は、アーダルベルトと同い年らしいから。大変美味しくもぐもぐ出来る。
言わないけどね?
いやいや、いくら何でも、それを表に出さない程度の分別はゴザイマスヨ?それが正しい腐女子ってモンでしょう。まるで深海魚のようにひっそりと、一般人の目に触れないところで、こっそりと楽しませてもらうのが礼儀ってモンだ。と、ワタシは勝手に思ってる。
「ミュー様?」
「あ、うん。ありがとう、ライナーさん。結構降るね-」
「6月ですからね」
毎年のことですよ、とライナーさんは笑う。笑うと、大きめの犬耳が揺れる。……触りたい欲求を、必死に押さえてみました。うん。この間アーダルベルトの尻尾触って超真顔で怒られたので、耳もダメだと思います。いきなりはダメだよね。多分コレ、親しいヒトしか触っちゃダメなんだよ。多分。
まぁ、ワタシがここで雨の行方とかその他諸々を気にしたところで意味が無いので、大人しくしてますよ。最近は、城内でうろうろしてても、殆どのヒトが「予言の力を持つ参謀」殿という認識をしてくれているので、不審者扱いはありませぬし。ワタシ、そんなものになった覚えはないんですけどねー。
ただ、その分、身の危険もあるだろうからと、アーダルベルトはライナーさんを護衛に付けてくれた。何でライナーさんかと言えば、事情を知ってる+ワタシに好意的だからだ。もう一人の熱血真面目君はワタシを常に不敬罪で牢屋にぶち込みたそうにしてるので。……ワタシの口が悪いのが原因とはわかってますよ?わかってるけど、当事者の皇帝陛下が赦してんだから、良いじゃん?
彼があまりにも殺気バリバリなので、ワタシも一応、アーダルベルトに確認はしてみたのだ。ちょっとぐらい敬語を喋ることなら、ワタシにも出来る。礼儀作法の先生とかを付けてくれたら、頑張って、それっぽく振る舞えるようにするよ、と。一応無駄飯ぐらいのワタシとしては、皇帝陛下に気を遣ってみたのだ。
なお、そんな殊勝なワタシに返された言葉は、予想通り。
――そんなお前は気持ち悪いからいらん。
デスヨネー。
うん、知ってた。むしろ、アーダルベルトは不敬罪レッツゴーなワタシの態度を、面白がってるのだ。どうも、立場柄今まで気心知れた友人とか居なかったようで(実際、ゲーム内でも親しい人間はいても、腹を割って話せるヒトはいても、暴言混じりの悪友なんていなかった)、ワタシの態度が嬉しいらしい。それもどうなん?とは思うんだけど。まぁ、本人が喜んでるんだから、良くね?
「アロッサ山、大丈夫かなー」
ぽつっと呟いたら、ライナーさんが動きを止めた。あ、ごめん。貴方はワタシとアーダルベルトと村長以外で、唯一あの不吉な未来を知ってるヒトでしたね。ついうっかり。いやだって、今日のワタシが考えちゃうことって、どうしてもトルファイ村の安否ばっかりなんだよ。仕方ないじゃん。
てへ?と笑ってごまかしてみても、ライナーさんは困ったように笑ってる。すみません。ごめんなさい。別に心配をかけようとは思ってないんですけど。それでも、気になるのは仕方ないじゃないですかー。
「陛下が全て取り計らっておられますから。ミュー様は、どうかお心安らかに」
「いや、そう言われても、難しいヨ?」
「ですが、だからといって、不必要に夜更かしをされるのは見逃せませんが?」
にっこり笑ってくれるライナーさんだが、ちょっと目が、笑ってない。え?ナニコレ。もしかしてワタシ、聞き分けなく夜更かししようとしてる子供だと思われてませんか?いやいやいや、ライナーさん!ワタシ、ワタシは既にハタチなのです!アーダルベルトのヤツ、ライナーさんに説明してなかったんだな!?
よし、ライナーさんにぐらいは、話しておこう。だってこれからもお世話になるだろうから。うんうん。そうしよう。それで良い。それが良
「何を夜更かししているんだ、小娘。さっさと寝ろ」
「アディ!?」
今まさに、ライナーさんに年齢暴露しようとしてたワタシの頭を、アーダルベルトの手が掴んでました。待って、痛い。マジで痛い。勘弁して!痛い、痛い、痛い!この
ぎりぎり言ってる。ワタシの頭が、ギリギリ言ってるから、マジで離してくれださい!じたばた暴れても全然効果ないし、ライナーさんはいつものことみたいに優しい目で見守ってくれてるし…!
違ッ!全然違うから、ライナーさん!こいつ、今、結構普通に力入れてる!いつもは手加減してるけど、今、ワタシの頭をお仕置きと言わんばかりに、普通に力込めて押さえてるから!止めて!割れる!ワタシの頭が、リンゴのように割れてしまうぅううう!
「あまり夜更かしすると、ただでさえ無い体力が、余計に消耗されるぞ?そうだろう、ミュー?」
「イダ!痛い!ちょっ、ギブ!ぎぶぎぶ!!」
「ライナー、この阿呆は俺が部屋に放り込んでおく。お前は下がれ」
「承知いたしました。おやすみなさいませ、ミュー様」
「待って!見捨てないで、ライナーさん!」
爽やかな笑顔で去って行くライナーさん。待って、今のワタシ、明らかにドナドナ状態なんですけど!?助けてくれる人がどこにもいないです、先生!頭痛い!早く離せ!
ライナーさんが去ってしばらくして、ようやっとアーダルベルトはワタシの頭を解放した。痛い。……泣きたくなるほどに痛い。というか、涙目です。えぐえぐ。なんてヒドイヤツなんだ。年頃の乙女の頭を、力一杯掴むなんて……。そりゃ、
「余計なことを喋ろうとするな」
「何でワタシが自分の年齢を伝えるのを止められないといけないんだ」
「ライナーが動揺して使い物にならなくなったらどうしてくれる」
「そこまでの重要案件?!」
あまりの言いぐさに、思わず叫んでしまったけれど、ワタシは悪クナイヨ?だって普通に考えて、ワタシがハタチだと伝えることで、そんな大事になるなんて、誰が思うんですか!ワタシはどこにでもいる、ちょっと童顔気味なオタク女子大生です!日本だったら普通なんだからな!
……つってもまぁ、ここ、日本じゃないし?ガエリア帝国だし?そもそも、『ブレイブ・ファンタジア』の中の世界だし?多分。……ワタシの味方なんて、どこにもいなかったんや……。
「冗談はさておき、お前、さっさと寝ろよ」
「だってー、トルファイ村のこと気になるじゃんかー」
「ここでお前が夜更かししたところで、何もならんだろ。明日の早朝、連絡を寄越すように言ってある」
「むぐぅ」
確かにそれは正論だけど、そういう正論でどうこうされても、ワタシの心境は納得できないのですよ。ほら、理性でわかってても感情は別物とかいうアレです。えぇ、そういうアレなのですよ。だから、ワタシちょっとぐらい夜更かしして、雨の様子を見てたって別にかまわ
「さて、寝室に向かうぞ」
「だから!アンタは何で、ワタシを運ぶときに、そうやって米俵のように担ぐのか?!」
「これが楽だからに決まってるだろ。暴れるな。運びにくい」
「喧しいわー!」
もうこの展開にもだいぶ慣れてきた気がする。
アーダルベルトに強制的に肩に担ぎ上げられ、初対面の時と同じように、米俵のように運ばれるワタシ。途中ですれ違う人たちが、皆さん笑顔でいらっしゃるのが辛いです。あぁ、これが日常風景って思われてるの、どうなん?これでもワタシたち、皇帝陛下とその参謀なんですよ?え?外聞悪くね?
文句の意味を込めてアーダルベルトの背中をぽかぽか殴ってみるのですが、返ってくるのは「くすぐったいからやめろ」という一言だけです。ちっ、この戦闘民族め。一般人のワタシのパンチなど、羽根が触ったようなモノだと言うのか!……まぁ、実際そうみたいですねー。ライナーさんにもパンチしてみた事あるけど、目を丸くして「あの、殴ってらっしゃるんですよね?」ってわざわざ確認されたから!ワタシ非力!この異世界で、めっちゃ非力だった!
「ぐだぐだくだらんことを言ってないで、お前は大人しく、寝ろ」
「アディは?」
「俺はまだ仕事があるんだ。お前に関わってる暇はない」
「暇はないって言いつつ、今、ワタシを運んでるのアンタだよ……」
息抜きだ、とアーダルベルトは平然と言い放った。はいはい。仕事の合間の息抜きに、気分転換に、ワタシをからかいに来たんですね、わかります。いつものことだし、もう慣れたよ。アーダルベルトの中でワタシの存在、参謀と言うよりも、面白い玩具だもんね!知ってた!知ってたよ!泣いてなんか、いないんだからな!
そのまま当たり前みたいにワタシの部屋に入り、ベッドメイキングしてた侍女さんが目を丸くしてるのを無視して、ワタシをぽいっとベッドの上へ。あ、初めましての侍女さんですね?いつものお姉さんなら、ワタシがこういう扱いされてるのも、一応女子の部屋にアーダルベルトがずかずか入ってくるのも、慣れたので放置されてますし。
「新入りさん?あ、こいつのことはあんまり気にしないで良いよ」
「何でお前が偉そうなんだ」
「だってここはワタシの部屋だ」
「だが、俺の城だ」
「部屋の主に主導権があって何が悪い」
「城の主は俺だぞ」
バチバチと軽く火花を散らせるワタシ達を横目に、固まっていた侍女さんはいつもの侍女さんに連れて行かれていた。スマンね。こんなへんてこな光景に巻き込んで、申し訳ない。普段はワタシだって、ベッドメイクにありがとうってお礼を言って、大人しく休むんですけどね!今は放り投げられてちょっとむっとしてるんですよ!
気づいたら着慣れてしまった侍従服で、ベッドに転がる。アーダルベルトは仁王立ちをしてワタシを見ていた。寝ろと?さっさと寝てしまえと?そういうことなんですかね、皇帝陛下?
「……明日の朝、何かがあっても、なくても、トルファイ村へ行く」
「……うい」
「お前は俺の馬に乗せるから、大人しく今日は寝て体力を温存しろ」
「体力を温存しなきゃいけないような操縦するつもり?!」
「急ぐからな」
しれっと悪魔の宣告をして、アーダルベルトは外へ出て行った。鬼!悪魔!なんてヒドイことを平然と言い放つんだ!アンタの恐ろしい馬術に巻き込まれたら、ワタシ、また落馬の危機と闘わないとダメじゃないですか!それを防ぐための丸太っぽい左腕シートベルトも、腹がぐいぐい圧迫されて苦しいだけなんですけど!?
結局文句を言っても仕方ないので、ワタシは大人しく寝ることにしました。オヤスミナサイ!
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