10
「……し、死ぬかと、思った……」
「大げさな」
「大げさなわけあるくぁああああああ!」
爽やかな朝のトルファイ村に、ワタシの絶叫が響き渡った。
田舎の村の朝は早い。皆さん、畑仕事や家事に精を出していて、普通に起きておられる。時間帯で言うと、現在朝の7時くらいだろうか。昨夜の大雨が嘘のように、綺麗に晴れ渡った空に、軽く殺意すら覚える。
ワタシ?ワタシはね、アーダルベルトに早朝に馬に無理矢理乗せられて、
トルファイ村に在住してた騎士団から、通信魔法を使ってアーダルベルトに連絡があったのが、朝の5時。ワタシがたたき起こされて、馬に無理矢理乗せられたのは、その半時間後です。朝ご飯すら食べさせて貰えなかった……。着替えと水分だけ取らされて、無理矢理馬の上に乗せられて……。うぅ、いじめっ子め。
たどり着いたトルファイ村は、先日来たときと同じく、のどかな田舎の村だった。大雨の後らしく、あちこちに大きな水たまりがある。子供達が楽しそうに水たまりで遊んでいる姿は、微笑ましい。視線を向けた先のアロッサ山は、急遽増やされた植林や、積み上げられた土嚢のおかげなのか、あの日と変わらず、ちゃんとそこにある。
まるで、ワタシの知っている《未来》が、嘘だったかのように。
けれど、ワタシは知っている。コレは、アーダルベルトがつかみ取った未来だ。彼が動いたから、守れた光景だ。ワタシはそれを知っている。他の誰が知らなくても、ワタシだけは、それを、ちゃんと、知っている。……彼にありがとうと言うのはしゃくに障るけれど、城に戻ったら、ちゃんとお礼を言おう。ワタシの我が儘に付き合ってくれたお礼を。
「村長の所に行くぞ」
「うい」
「……泣くなよ」
「……泣いてないヨ」
隣を歩くアーダルベルトの歩幅が、いつもより小さかった。ワタシに合わせてくれているのか、村をゆっくり見ているのか、どちらだろう。後者だったら良いのにな。だって、あまり彼に気遣われるのは、しゃくに障るじゃないか。まるで、ワタシが泣き虫だと思われてるみたいで。
違うよ。泣き虫じゃないよ。泣いてないヨ。口の中で何度もぼそぼそと文句を言うけれど、アーダルベルトは反応してくれなかった。一度だけ、大きな掌がぽすっと頭を撫でてきたけれど、それだけだ。ひどいな。本当にヒドイ男だ。そういうことされると、涙腺弛みそうになるから、マジで止めろよ。村長さんに会う前に、大泣きしそうだ。ちくせう。
当たり前の、ごく普通の、村の日常風景。そんなモノを見ながら泣きそうになってるなんて、誰が思うだろうか。ワタシは泣きそうだ。この村がちゃんと護られたことに、泣いてしまいそうだ。
そして同時に、ねじ曲げた未来の行く末が、気になってしまう。でも、大丈夫だ。アーダルベルトは調べると言った。動いてくれると。だから、この国はちゃんと、これから先も、土砂災害から護られる。ワタシが変えた未来の先でも、彼らはちゃんと、生きていける。ホッとした。
「これは陛下、ようこそおいでくださいました」
「村に被害は?」
「いいえ。特にはございません。……ですが、陛下のお力添えがなければ、どうなったことか」
「ほぉ?」
ぽつり、と村長さんが零した言葉に、アーダルベルトが口元を歪めて笑った。それはまるで、楽しくて仕方ないと言いたげな顔だった。何がそんなに楽しいのか。何がそんなに面白いのか。ワタシにはわからないけれど、アーダルベルトは村長さんの言葉の続きを、楽しそうに待っていた。
……お前、何気に性格悪くないか?
「昨夜の雨は、今まで見たことがないほどの豪雨でございました。陛下が施してくださった対策がなければ、山崩れが起きていたかも知れません」
「なるほど。やはり、大雨が降ったか」
「はい。大雨、などという言葉では生温いほどでございます。近隣の川が氾濫するのではないか、屋敷が沈むのではないか、と皆が恐れるほどの、大雨にございました」
真面目な顔で村長さんが告げる。
あぁ、うん。やっぱりゲリラ豪雨だったんだ。イベントムービーで見た光景、本気でヤバイ大雨だったもんなぁ。近所の川も堤防を底上げしたり、色々と対処してたらしい。そりゃ、川が氾濫したらマジでやっべーもん。んでもって、その対策のおかげで、山は無事にそこにあって、村も滅びてない、と。あー良かった。
不意に、アーダルベルトがワタシの肩をぐいっと引き寄せた。
「我が参謀の英智、疑いはあるまい?」
鬼の首を取ったかのような発言だった。え?何のこと?ときょろきょろするワタシの前で、偉そうなアーダルベルトと、平伏する村長さんとがいた。え?だから、何が起こってんの?っていうか、アーダルベルト、何を威張ってんの?
「非才の身が、申し訳ございませんでした。よもや、真に未来を見通す英智をお持ちだったとは……」
「良い。元より、《予言》の力を持つと言われても、そう容易く信じられまい。騙りと思うのが普通だ。だが、ミューは我が参謀。誰より信を置く者なのだ」
「……ミュー様と陛下のお力を持ちまして、我が村は救われました。なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「礼はいらぬ。だが、今後、ミューの力を信じぬ者が現れたときは、真実を伝えて欲しい」
「承知いたしました」
えー?えー?待って?何か今、すっごい見逃しちゃいけない感じで、ヤッバイ方向に話が進んでないか?あの、アーダルベルト?アンタ何でそんな、むやみにワタシの存在を宣伝するみたいな方向に話を持ってってるの?あと、村長さん、拝むの止めて!ワタシは神仏じゃねーです!
あわあわしながら見上げた先では、超嬉しそうに笑うアーダルベルト。あーあーあー!おーまーえー!こうなるのわかってて、ワタシを一緒に連れてきたな?!村の安否が気になってるワタシを、安心させるために連れてきたとか言ってたけど、絶対に
冷や汗がだらだらと流れてきた。
ワタシの存在は、王城では既に、「予言の力を持つ参謀」として確立されている。けれど、それはあくまで、王城の中だけだ。つまり、王城に勤められるぐらい偉いヒトにしか、そういう風に認識されていない。そもそも、存在を知られていない。けれど、今、ここに、
つまりこれは、庶民の間にも、ワタシの存在が知れ渡るということだ。庶民の噂を舐めてはいけない。すっごい勢いで回る。んでもって、尾ひれも背びれも付きまくって、最終的には何がどうなたのかわからないぐらい、大事になっている。このまま行くと、噂が回った先で、ワタシは「世界を救うために未来からやってきた英雄」ぐらいになってる可能性がある。断固拒否したい!
「陛下の元にミュー様がいらっしゃるのならば、我が国は安泰でございますね」
「その通りだ。……これからも、国民を護るために力を尽くすと約束しよう」
「勿体ないお言葉にございます」
あの、すっごいイイ感じの会話してますけど、ちょっと待って?ワタシをそういう所に勝手に放り込まないで?アーダルベルト、お前話聞けよぉぉおおお!一生懸命足踏んでるけど、全然効いてないんですよね!知ってた!ワタシ非力すぎて、殴っても蹴っても踏んづけても、アーダルベルトにダメージ与えられない。それどころかむしろ、弱すぎてくすぐったいとか言われる始末ですよ!ちっくしょー!
その後、ワタシは文句を言わせて貰えずに、アーダルベルトに引っ張られて村長さんの家を出ました。そしたら、子供に囲まれました!えぇ、子供の群れに!最初はアーダルベルト目的かなと思ったら、違った!子供達、めっちゃワタシ見てる!
「……えーっと、ワタシに何か用でもあるのかな?」
とりあえず、子供達の中でリーダー格っぽい、虎の
なお、彼の周りには、およそ10人ほどのちびっ子がいる。全員10歳以下。一番小さい子は、多分5歳ぐらいじゃないかな?ちょっと離れた場所で、13歳前後っぽい女の子達が、その隣ではそれと同年代っぽい男の子達が。それぞれ、じぃーっとワタシを見ていた。止めて。ワタシ客寄せパンダじゃないです。
「ミュー様、村をすくってくれてありがとう!」
「……ハイ?」
「騎士団の人たちが、村をすくってくれたのは、ミュー様の予言だって言ってたから!」
あげる、と差し出されたのは花束だった。観賞用に育てられたのではなく、多分、自然に生えているのを集めてきたのだろうけれど。野生の花で作った小さな花束を、とりあえずワタシは受け取った。少年は笑顔だった。そりゃもう、笑顔だった。周囲の人間も、全員。
え?ナニコレ。
普通、こういうのは、アーダルベルトが受け取るんじゃないのかな?そう思ったのに、当の皇帝陛下は満足そうに笑っている。何でそんなにご満悦なんだ、アンタ。
「受け取っておけ。村人からの感謝の印だ」
「……いや、ワタシより、アディが受け取るべきじゃね?色々手配したの、アディじゃん」
「だが、お前の《予言》が無ければ、俺は何一つ動けなかったぞ。視察に来た日も、特別変わったことがあるとは思わなかったしな」
お前の手柄だ、とアーダルベルトは言い切る。そうかな?違うと思うけど。それでも、キラキラした顔の少年を裏切れずに、受け取った花束を見て、ありがとうと呟いた。それに返ってくるのは、子供達のありがとうの大合唱だった。あ、ヤバイ。何か泣きそうになってくる。涙腺弛むから、止めてぇ……。
続いて、子供達は遠慮を忘れて、ワタシに突撃した。抱きついて、ありがとう、ありがとうと言い続ける。ミュー様、と何度も呼ばれて、気恥ずかしくなる。助けを求めてアーダルベルトを見るのに、ヤツは笑ってるだけだった。こら!ワタシは庶民なんだから、こういうの慣れてないの!助け船ぐらい出せよ!
「ミュー様」
「うん?何?」
「ミュー様は男の人なの?それとも女の人なの?」
「………………」
ピシっと自分が固まったのがわかった。
無邪気な子供の発言は、それだけで非常に残酷だ。顔が引きつる。引きつりながら、隣で大爆笑を堪えているアーダルベルトを横目で睨んだ。ホラ見ろ。いつまでも侍従の服装だから、こんな風に、いたいけな子供にまで、ワタシの性別が誤解されることになるんだ!
「うん、こんな格好をしているけれど、ワタシは歴とした女だよ」
ついでに年齢も口にしようとしたけれど、ハタチのハと言いかけた瞬間に、アーダルベルトの腕が伸びてきて、ぐしゃりと頭を撫でられた。傍目には撫でてるように見えるかも知れませんが、むっちゃ押さえられてます。わかった。黙る。言わない。だから止めろ!痛いわ!
なお、ワタシの性別に関しては、子供だけじゃなくて大人も首を捻ってたらしいので、全員納得した顔で、作業に戻っていった。待って?ワタシ、そんなに男に見える?確かにズボンは男子限定らしいですけど、家庭の事情で男装してる女子もいるらしいじゃないですか!?そういう意味なら、ワタシ、女子として認識されても良くね?!
「……凹凸と身体の線の問題だろ」
「アディ、その喧嘩、全力で買わせて貰おうか」
「冗談だ。お前は参謀なんだから、多少異質の方がインパクトがある」
「それはアンタの理屈だ!ワタシは、男に見られたいと思った事なんてない!」
いつものように口喧嘩を始めるワタシ達を、周囲はびっくりした顔で見ていた。普通の顔しているのは、護衛についてきている皆さんぐらいですね、すみません。でももう、ワタシたちの関係はこういう悪友で固定されているので、諦めていただきたい。
トルファイ村を救った予言者の話は、その後、瞬く間に国内に広がっていて、ワタシをびっくりさせるのでした。
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