閑話 近衛兵ライナー

 俺の名前は、ライナー。ライナー・ハッシュバルト。アーダルベルト様に仕える近衛兵だ。

 我が国、ガエリア帝国の皇帝陛下、アーダルベルト・ガエリオス様が、参謀を置かれることになった。それだけならば、何の問題も無い。優秀な人材を発掘するのは、ガエリアの王族の皆様の常だ。人種も身分も問わず、優れた人間を登用する。それはこの国において、普通のこと。


 だが、今回ばかりは、状況が異なる。


 陛下が参謀に置かれたのは、まだ幼い人間族の少女だった。それも、異世界から召喚されてきた人間らしい。それだけならば、まだ。幼い見た目を裏切る、召喚者としての能力があるのかと思うことで、納得も出来ただろう。けれど、彼女は、彼女の存在は、あまりにも異質すぎた。

 ミュー様、と俺達がお呼びしている少女は、未来を見通す力を持っていた。あり得ないことだが、彼女は《予言》を口にしたのだ。それも、我が国の滅びを。この、繁栄を誇るガエリア帝国が、およそ5年後に滅ぶことも。その原因が、陛下の死であることも。彼女はまるで、当たり前の事実のように、口にした。

 その発言を不敬罪だと皆が憤る中で、陛下はただ一人、面白いと言われた。そうして、彼女を傍らに置くことを望まれた。居場所のない、誰に召喚されたかもわからない少女。陛下は彼女を己の傍らに、「予言の力を持つ参謀」として留め置くことを望まれた。……おそらくは、己の滅びの運命さだめを覆すためなのだろう。

 当然、重臣達は荒れた。荒れに荒れた。近衛兵の中にも、騎士団の中にも、到底信じられるぬと、陛下は乱心されたのかと、彼女が陛下を惑わせたのだと言う者も、多かった。彼女の存在を陛下が皆に告げられた直後、廊下で良く聞いた台詞が、「この不審者の小僧が!どうやって陛下に取り入った!」という内容だった。多少の違いはあっても、ほぼこれだ。

 彼女は、侍従の服装をしていることも手伝って、大抵の人間が幼い少年だと思っていたらしい。可哀想に。確かに、初めて出会った時も不思議な服装をしていたけれど、歴とした少女だ。小僧呼ばわりされる度に、不愉快そうに「私は女デスケド!」と叫んでいた。

 ミュー様は、不思議なほどに自分を失わない御方だ。唐突に皇帝陛下の参謀に抜擢されたというのに、そもそもが異世界に召喚されたというのに、ミュー様はあくまでも自然体だ。……ただまぁ、礼儀作法の教師などは怒り狂いそうな部分は、多々ある。端的に言えば、ミュー様は口が悪い。というか、陛下に対してのみ、口と態度が悪い、というべきだろう。

 俺の相棒である近衛兵のエレン、エーレンフリートなどは、常に殺気を向けている。…あいつは陛下至上主義だからなぁ……。別に、ミュー様の悪態は陛下と気を許しあってるからであって、陛下もそれを喜んで許容されてるんだから、我々近衛兵がどうこう言う部分ではないと思うんだが…。


――あの小娘!いつか必ず、不敬罪で牢屋に放り込んでくれるわ!


 と、言うのがエレンの口癖になっている。

 だが、エレン。よく考えたら、陛下が信頼を置いておられる「予言の力を持つ参謀」様に対して、お前のその態度も十分に不敬罪だぞ?ミュー様は笑って、「ワタシも悪いとは思うけど、敬語にしたら気色悪いって言われたんだから、仕方ないじゃないですかー」って流してくださってるが。

 この事実にあの馬鹿が気づくのは一体何時なんだろう。もうそろそろ気づかないと、ミュー様の株が上がっている今、お前の首が飛ぶぞ、エレン。そうなっても俺は助けないからな?


 そう、ミュー様の株は、凄まじい勢いで上がっている。


 というのも、ミュー様の《予言》から未来を知った陛下が取った対策によって、トルファイ村が救われたからだ。毎年6月は雨が良く降る。それはいつものことで、誰も不思議には思わない。ただ、アロッサ山は林業でいつも以上に樹が伐採されていた。そして、件の6月14日は、今までに類を見ないほどの大雨が降ったのだ。

 何の対策も講じていなければ、トルファイ村は、その大雨で起きたであろう山崩れによって、崩壊していたはずだ。事前にその話を知っていたのは、ミュー様と陛下、村長と、たまたま話を聞いていた俺のみ。当日は騎士団が駐屯していたが、その騎士達にしても、今まで見たこともない大雨に、ゾッとしたと言っていた。

 何しろ、ミュー様は、大雨の降る日時まで指定したのだから。

 結果として、トルファイ村は救われた。そして、陛下は以前から考えていた国土の調査を急ぐべきだという結論に達されたのだ。トルファイ村も、事前に調べ、対処をしたからこそ救えたのである。ならば、他の地方でも同じことだと、陛下は国費を持って対策を講じることを決められた。…これでまた、無為に死ぬ民が減ると思うと、俺も嬉しい。

 けれどミュー様は、その偉大な功績を、「ワタシは何もしてないヨ?」と不思議そうな顔で否定された。民を救ったのは、対策を講じた陛下だ、というのがミュー様の意見だ。それは確かにそうかも知れない。けれど、ミュー様がいなければ、誰もその未来を知らず、トルファイ村を救うことは出来なかった筈だ。

 そう告げても、ミュー様は困ったように笑っておられた。彼女は、己が未来を、歴史を変えることを、とてもとても重く受け止めておられる。トルファイ村の《未来》を口に出すまで、ミュー様は少しの間、真剣に悩んでおられた。らしくないほどに。


――何をそこまで真剣に悩んでおられるのですか?

――…………ワタシの覚悟の問題、かな?

――覚悟、ですか?

――ワタシ、アディが勝手に参謀にしてるだけで、ただの小娘だから。重荷を背負うなんて出来ないし、歴史を、未来を変えるなんて、恐ろしいこと出来ないなぁって思うわけです。


 笑って告げておられたけれど、俺は確かに、驚いた。まだ少女に過ぎないミュー様が、そこまで重く覚悟をしておられたことに。普通の人間ならば、不幸の未来を知ったなら、それを防ぐためにとにかく動くだろう。けれどミュー様は、変えた先の歴史、変わってしまう未来のことまで、考えておられた。いったいどこから、その聡明さは生まれるのだろうか。

 自分には何もない、と彼女は言う。けれど、違う。彼女の内側には、俺達も知らぬような、英智が詰まっている。子供だと、愚かだと言うけれど、そうではない。未来を知っているからではなく、彼女が培った人格が、得がたいものだと俺は思うのだ。

 結局、「重荷は俺が背負うもので、お前が背負うものじゃないだろうが」との陛下の一言で、ミュー様は色々と吹っ切れたらしい。《予言》を伝えてからは、自分の管轄じゃないからと、普通に生活をされていた。代わりに陛下が忙しく働いておられたが。


 そういえば、ミュー様は時々、不思議な料理を作られる。


 作るというか、料理番を巻き込んで色々やらかすというか。

 まず最初に、陛下にバーベキューなる料理方法を教えられた。焼きたてをそのまま食べる、まるで野戦料理のようなそれを、陛下はいたく気に入られ、数日に一回は中庭でバーベキューをされている。吟味した素材で、大変美味しい。……普段は陛下と共に食事をすることなど赦されないが、バーベキューの時は別で、近くに居合わせた人間もお相伴にあずかれる。

 何故なら、ミュー様が真顔で「バーベキューってのは皆で一緒にわいわい食べるから美味しいんであって、ワタシとお前の二人だけで食べたって、何も美味しくないじゃないか!」と仰ったからだ。陛下には馴染みのない感覚だったらしいが、大勢で食事を取る方が楽しいというミュー様の主張を聞き入れられて、我々もお食事をいただけるようになった。驚きの展開だ。だが、普段食べれない高級な肉を食せるとあって、密かに皆が喜んでいる。

 その他にも、我が国では殆ど食べられていない白米にひどく執着されて、料理番を巻き込んでご飯を求めておられた。更には、器に盛った白米の上におかずを乗せて丼という料理を作り上げてしまわれた。しかも、乗せる具材は多種多様。タレで焼いた肉、衣を付けて揚げた野菜や肉、魚、それに、タレに漬け込んだ生の魚介類まで扱ってしまわれるのだ。あの発想には驚かされるが、彼女曰く、故郷には普通に存在する料理らしい。

 この丼、王宮から端を発して城下の庶民にまで広がり、恐ろしい勢いで扱う店が増えている。今では専門店まで出来ている。何でも、器一つで主食も副食も取れる、それもスプーン一本で食べやすい、というのが理由だ。主に労働者の昼食として広がりつつある。

 先日は、「おにぎりが食べたい!」と叫び、料理番の若手、シュテファンと一緒に《おにぎり》なるものを作っておられた。白米を手で握るから、おにぎりなのだとか。中の具材は好みだ!と叫びながら、色々なものを入れておられた。あと、混ぜ込みご飯?なる白米に先に細かく切った具材を混ぜ込んで握るようなものも作っておられた。

 なお、そのおにぎりは携帯食として有能だとして、騎士団で流行っている。近衛兵でも。とりあえず、遠方に出る人間としては、パンではおかずが取れず、サンドイッチは少々食べにくいと言う意見が出ていたのだ。そこで、ミュー様考案のおにぎりを活用してみると、これが上手い具合に作用した。おまけに、白米は腹持ちが良いらしい。少量でも満腹になると、大人気だ。

 気づけば王城の料理はミュー様のおかげで随分と様変わりした。けれど同時に、ミュー様は、我々にとっては普通の料理を「美味しい!」と目を輝かせて食べておられる。異世界の出身であるからだろう。我々にとっての普通が、彼女にとっては珍しいのだ。それは逆もしかりで、彼女の意見を参考に、料理長達は新しい料理の考案に張り切っている。

 

 ところで、城勤めの女性陣が、ミュー様と陛下の関係を妙に勘ぐっているのは、どうするべきなのだろうか。


 今まで、陛下は特定の女性を側に置かれたことはなかった。いかに幼く見えようとも、普段男装である侍従の服装を身に纏っておられようと、ミュー様は歴とした女性。これは何か陛下に心境の変化が?と勘ぐる人間がいても、まぁ、無理はないのだろう。多分。

 ただ、日々お二人の傍に居る俺に言わせて貰えば、「天地がひっくり返ってもそんなことはあり得ない」としか言えないのだが。陛下とミュー様の間に艶めいた話題?陛下がミュー様を女性として見ている?いやいや、あり得ない。あり得なさすぎて、逆に笑える。

 お二人の関係は、もはやただの悪友だ。気心の知れた親友というよりも、悪態をつきながらもそれが楽しい、ただの悪友でしかないのだ。お二人を傍で見ている俺やエレン、宰相閣下などは、もうその結論に達しているし、二人をそういう関係だと邪推する気持ちすら沸かない。

 だが、女性というのは何時の時代もそういうことが大好きで、二人の関係を勘ぐるというか、勝手に色々と想像している。それはそれは楽しそうだ。あまりにも楽しそうなので、とりあえず放置して夢を見せておこうかと思う程度には、彼女たちはいつも、楽しそうなのだ。



 だがしかし、陛下がミュー様を肩に担ぎ上げて荷物のように運んでいるのを見ても、その妄想が消えないのはどうしてだろうか。



 普通、意中の女性をそんな風に荷物のように運ぶ男がいるだろうか?

 そもそも、陛下は他の女性にはそんな扱いはされない。今まで、陛下にあんな風に運ばれたことがあるのは、同性の部下達ばかりだ。年若い護衛などが、うっかり怪我をしたときにああやって運ばれる。エレンも昔は運ばれていた。陛下は大柄で、力も強い獅子であられるので、そういうことを平然とやってのけられるのだ。

 それを見ても、「ミュー様は陛下にとって特別な女性なのではないか?」という想像が出来る辺り、女性の思考回路はよくわからない。特別な存在であるのは確かだが、お二人の間に男女のそれは絶対に存在しない。今後も絶対に芽生えないだろう。むしろ芽生える日が来たら、俺は拍手喝采でお祝いしたい気分だ。



 まぁ、とにかく。俺はこれからも、専属護衛としてミュー様にお仕えするのが、とても楽しくて仕方ないんですよ。


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